494 アイドル様はやめられない
カラリと晴れ渡った秋晴れの今日、ドクロワルさん監督のもとでイモクセイさんとアンドレーアによる膠の抽出作業が始められた。獲ってきたシカとイノシシの皮をグツグツ煮て膠液を作ったのち、研究室にある試作のドクロ式魔法薬製造装置を用いて不純物を取り除くことで純粋なプルプル成分が得られるのだそうな。これでロリヴァの素が手に入ると3歳児はニッコニコである。
「ロリヴァって煮凝りのことでございましたのね。まったく気づきませんでしたわ」
プルプル成分自体は古くから人族にも知られており、煮込み料理が専門という首席のコックさんはこれを利用した料理も作れるそうだ。もっとも、人族には不純物を取り除く方法が伝わっていないそうで、材料となった肉や魚の風味を生かした料理にするしかなかったという。コテージの離れでお茶をいただきながら、肉の旨味を凝縮したような煮凝りとフルーツの甘味たっぷりのロリヴァが味付けの違いでしかなかったなんて信じられないと首席がため息を吐き出す。
「あたしも培養素を喰っちまう奴がいるなんて思ってもみなかったわ」
そして、純粋プルプル成分の抽出法を人族にもたらしたプロセルピーネ先生は、食べるなら肉のまま食べればいいだろうとふくれっ面をしていた。わざわざ手間暇かけて不純物を取り除くのは培養素として使うため。味のなくなった培養素より、肉を食べた方が美味しいに決まっているとギィギィ僕を威嚇してくる。ロリヴァの素を食いしん坊が見逃さないため、怪しげな臓器の培養が思うように進まなくなったのだろう。素晴らしいことだ。
「それで、あのふたりはどんな感じです?」
「調合の腕前はギリギリ及第点ってところだけど、あいつらの目的は弟子の考案した装置の方でしょ。なかなか上手に使いこなすようになってきたわ」
話を逸らすためにアンドレーアたちはどうなのか尋ねてみたところ、調合は最低ラインをクリアした程度という回答が返ってきた。もっとも、これはプロセルピーネ基準での評価。落第を言い渡されていないということは、効果、品質共に4の魔法薬が作れると考えて間違いない。ドクロ式プラントの取り扱いはなかなからしく、実験の一部を任せてもいいくらいには上達しているという。
「まぁ、目のつけどころは悪くないわね。弟子の装置は組み合わせ次第でいろいろ応用が利くから、用途に合わせて組み替えられる工師はしばらく売り手市場になるはずよ」
ドクロ式魔法薬製造装置に精通しておけば有利に立てるというイモクセイさんの読みはバッチリ当たっていた模様。さまざまな生産物に応用させるためにはドクロ式の仕組みと薬学の両方に通じている必要があるものの、そんな工師は数えるほどしか存在しない。卒業するころには応用分野への需要も高まって、引っ張りだこになるだろうとプロセルピーネ先生は予想しているそうだ。
特に調理サークルに所属しているイモクセイさんは食品加工の知識も持っている。ドクロ式を魔法薬以外の分野に広めてくれるのではないかとプッピーと話していたら、作業中なはずのご本人が離れへとやってきた。プルプル成分の抽出は長時間の作業になるので、交代で休憩を取ることにしたらしい。シルヒメさんが入れてくれたお茶に口をつけながら、ティコアたちと庭で遊んでいるクマドンナの様子を見守っている。
「ここは友だちがいてくれるから助かるわ。寮の部屋だと母親を恋しがるの……」
夜になると寂しがって鳴いていることも多いそうだ。慰めてあげたくても、家族を失った経験のない自分には限界がある。同じ境遇にある仲間がいてくれるのは心強いとイモクセイさんが安堵したように息を吐き出す。ティコアもカソリエッタもアンドレーアのオオカミも、みんな親を失ってタルトに拾われてきた兄弟だ。そう思って眺めていると、新しくできた妹が寂しさを感じないよう、お兄ちゃんどもがちょっかいを出しているように見えてきた。
そのうち遊び疲れたのかクマドンナがウトウトし始めると、お兄ちゃんズがフワフワで温かいクマネストのお腹に妹を誘導する。カソリエッタがぴったりと隣に寄り添って、ティコアが長い首を伸ばしてクマドンナの頬をペロペロしていた。仲間がいることで安心したのか、母親を失ったばかりの小熊は気持ちよさそうにグースカお昼寝を始めた模様。その様子を眺めていたイモクセイさんが、ニコニコ微笑みながら作業へと戻っていく。
「シルヒメ。例のブツを持ってくるのです」
クマドンナに続いてティコアたちまでお昼寝を始めると、手持ち無沙汰になった3歳児保育士が離れに戻ってきた。シルヒメさんに何かを運んで来いと指示を出す。ご主人様にお茶を淹れたシルキーが離れを出てどこかへと向かい、しばらくして見覚えのある衣装ケースを抱えて戻ってきた。ロゥリング族の神様からいただいたステージ衣装である。
「……あんた。なんで、こんなもんを……」
「神様が持ってけって……」
ケースから取り出されたステージ衣装を見て、再び過去が自分を捕まえにきたと頭を抱える今なお現役の年齢詐称アイドル、ピーネちゃん。弟子に見つからないうちに片付けてしまおうと、衣装をケースに戻そうとする。そいつはちょっと遅かったようだ。
「先生、なんですかその衣装は?」
「げげっ。いつの間にっ」
ロゥリングレーダーで相手の居所を知ることができると言っても、それは油断せず警戒していればの話。攻撃の意思を持たず、こちらをロックオンしてこない相手は意識して魔力に注意を払っておかなければ見逃してしまうことだってある。背後から唐突に声をかけられたプッピーが恐るおそる振り向けば、そこにはイモクセイさんと交代で休憩しにきたドクロワルさんがいた。自分が手作りした安物と違って、夜会服のような上質さを感じるとステージ衣装に手を伸ばす。
「シルクに似てますけど……なにか違うような……」
「そりゃ、クモの糸よ。与える飼料によって個体ごとに色が違ってくんの」
「えっ。じゃあ、染めてないんですか?」
いただいた衣装はピンクを基調としたものと、黄色を基調としたものの2着なのだけど、なんとクモの糸で織られているそうな。プロセルピーネ先生の話によればクモ織物を専門にしている部族がいて、彼らは長年の研究によりどういう飼料でどんな色の糸になるか把握しているらしい。いろんな色の糸を吐き出させるために、織物専用に品種改良したクモをものすごい規模で飼育しているという。
「これはもう魔導祭で盛大に披露するしかありませんね」
「こぅなるんじゃないかと思ってたわ……」
ドクロプロデューサーによって魔導院祭でロゥリングシスターズのライブをすることが決定された。神様が僕に衣装を渡したのはピーネちゃんに着てもらうため。あんなドルオタでも魔力を隠匿するサソリを滅ぼした大英雄なのだ。それくらいは引き受けよう。
「実は新曲が用意してあるんだ」
「いいですね。それでいきましょう」
「あんた。さては、あたしを売ったわね……」
ライブでは新曲を披露しようと告げれば、それは好都合だとドクロPが採用を決める。僕の行動の裏側に神様の意思が働いていると勘付いたようで、いつからドルオタの手先になりやがったと、当のドルオータ様と契約している巫女が睨みつけてきた。身内を売り渡すようなひとでなしは唾液がイボ汁に変わる呪いにかかるぞと、本人に断りなくイボ汁分泌器官を移植することをほのめかしてくる。
「遠征の時は普通にステージに立ってたじゃないですか」
「あれはただのステージじゃない。今回のはロゥリング娘として祭祀をしろってことでしょ?」
ライブなら遠征先でもやっていたではないかと言ってみたものの、ステージと祭祀は別物というのがピーネちゃんの認識であるらしい。自分はもう引退したはずなのに、祭祀なんてやったらまた現役に復帰させられてしまうと、未だ現役であることから目を背け続けている永遠のセンター様がテーブルをバシバシ叩いて抗議してきた。
「先生の名前なら神殿にあるメンバー表の一番上にデカデカと載ってましたけど……」
「言うなあ゛ぁぁぁ――――っ。ぎぎだぐない゛ぃぃぃ――――っ!」
ドルオータ様の神殿に滞在している間、現在活動中とされているロゥリング娘正式メンバーの一覧表を確認する機会があった。シーナ様やモノトーンのおふたりの名前は探さなければならなかったものの、ピーネちゃんに関してはもう見落とす方が難しい。一番目立つ場所にデデンとでっかく記載されていたと伝えたところ、プッピーは両手で耳をふさいで聞きたくないと床をゴロゴロ転げまわり始めた。自分はもう引退済みだと、3歳児のように脚をバタバタ暴れさせて訴えてくる。
「先生、ダメですよ。神様を粗末にしたらバチが当たります」
だけど、いくら駄々をこねたところで許してくれるほどドクロPは甘くない。めっと叱りつけると、さっそく試着だと小脇に師匠と衣装ケースを抱えて離れから出ていった。研究室で着せ替え人形にして遊ぶつもりだろう。
「それではアーレ……いえ、モロリーヌさんの方は私が仕上げて差し上げますわ」
そして、黄色いステージ衣装を手にしたデカ女がおいで、おいでと僕を手招きしてきた。
「あんたまでそんな格好して……」
「文句があるなら首席に言ってよ」
デカ女が僕をおもちゃにするのに満足したころ、ピンク色のステージ衣装に身を包んだピーネちゃんと一緒にアンドレーアが離れへとやってきた。首席の手でメイクまでされた僕の姿を目にして、家の中でまで女装してやがんのかと眉をひそめる。ドクロワルさんは膠液の抽出作業に戻ったそうだ。
「魔導院祭でステージをやるから演奏ヨロシク」
「私は構わないけど、あんたも好きねぇ……」
とりあえずバックバンドをひとり確保しておく。僕の携帯楽器であれば「好き好きドルオータ様」はひとりでも演奏できるから、これでまぁ最低限の形は整うだろう。後はロミーオさんに丸投げすればノリノリで演出を考えてくれるに違いない。
「こんなことならリアリィに協力してあんたを地下牢に叩き込んでおくんだった……」
ぬかったわと力なく長椅子に横たわるピーネちゃん。ロゥツルペターンから戻ってきたのであれば、神様から何事か申し付かっていても不思議ではない。どうしてそんな当たり前のことを見落としてしまったのだと、ふて腐れたように足をパタパタさせる。
「ウシコーンの角を欲しがったのは先生ですからね」
「ぢぐじょぉぉぉ…………」
タルトにあっさり買収されたくせに、希少な素材を人質にとるとは卑怯なりとピーネちゃんが言いがかりをつけてくる。往生際の悪いことこの上ない。どの道、ドクロPに知られてしまえば結果は同じなのだから諦めろと言い渡しておく。
「また湖畔に人を集めますの?」
「魔導院祭の時期だと風も冷たくなってくるから、できれば講堂を使いたいかな」
春学期と同じく水上ステージにするのかと首席から尋ねられたので、ノーと答えておく。もうすぐ夏という季節と違って、湖から冷たい風がピュウピュウ吹いてくるのだ。出演する側は凍えてしまうし、訪れてくれたお客さんもステージどころではないだろう。
「講堂を使用するとなると、枠の取り合いでございますわね。クレネーダーさんにくじを引かせるおつもりですの?」
「僕が引くよ。やらかしをくり返すのが人族の宿命って言うしね」
講堂での出し物を企画するのが僕たちだけなはずないので、使用枠は時間で区切られ抽選となる。以前にロミーオさんにくじを引かせたら、見事にハズレを引いて迷子の預り所を開設するハメになったので、今回は僕が引くつもりだ。開催場所が抽選と耳にしてピーネちゃんの魔力に喜色が宿った。講堂が使えなければ中止などと甘いことを考えているに違いない。
「講堂が使えないくらいでドクロワルさんが諦めるわけないじゃないですか」
「あ゛ぁぁぁ……ぞうだっだわね……」
やると決めたことは鉄の意志で貫き通すのがドクロワルさんだ。これまでも、唯ひとつの例外を除いてすべての目標を達成してきた。場所が取れなかったくらいで引き下がる弟子ではないと気がついたのだろう。全身から力が抜けてしまったかのようにプロセルピーネ先生が長椅子に突っ伏した。
「騎乗部門も早く決めないといけませんわねぇ。コケトリス部門は何か考えてございますの?」
「今、決めたばかりじゃないか」
「ロゥリングシスターズのステージをサークルの出し物にいたしますの?」
騎乗部門はまだ何も考えてないのだと首席が口にする。コケトリス部門はどうするのかと尋ねられたのでもちろんライブだと告げたところ、サークル主催にするつもりだったのかと目を丸くされた。もちろんだ。代表以下、主要メンバーに顧問まで参加するのだから飼育サークル主催とする他ない。
「ドクロワルさんとロミーオさんが仕切るんだよ。オムツフリーナちゃんライブと同時開催に決まってるじゃないか」




