493 アート作品では敵わないもの
イモクセイさんと無事契約し、クマドンナは庭にあるクマ穴から工師課程の女子寮である鉄百合寮へ移っていった。クマネストが少し寂しそうにしていたものの、魔法薬調合を専攻したイモクセイさんはわりと頻繁にドクロ研究室を訪れている。一緒に遊ぶ機会はこれからも多いだろう。
「問題です。この中にひとりだけ仲間外れがいます。それは誰でしょう?」
「クセーラッ。あんたっ!」
午前中の講座が終わった後、みんなと一緒に厚生棟のカフェでお茶していたところ、唐突にクセーラさんがクイズを出題した。この場にいるのは僕の他、首席とカリューア姉妹、ロミーオさんにイモクセイさんだ。唯ひとり使い魔のいないボッチな人に全員の視線が集中し、精霊を自慢するのはやめろとロミーオさんがいきり立つ。
「ペッ、ペッ……いつまでもえり好みしてないで、さっさと契約しちゃえばいいんだよっ」
「あんなのと契約したら身の破滅じゃないっ」
ボッチが嫌なら契約してしまえというクセーラさん。ロミーオさんのもとにはピンク色の綿毛に包まれたでっかいヒヨコ姿の精霊がちょくちょく訪れている。タルトがクレクレと呼ぶそいつは欲しがる精霊で、契約した者は何をどれほど手に入れたところで決して満足することがなくなるという、見た目のかわいらしさとは裏腹にわりと洒落にならない特性を持っているらしい。自分を破滅させるつもりかとロミーオさんがテーブルをバシバシ叩く。
人族の歴史をひも解けば、強欲が過ぎて国を滅ぼす原因となった支配者なんてゴロゴロ転がっているのだけど、なかには正気を疑うレベルの重税を課したり、無謀な外征をくり返した王様なんてのもいる。あのピンクヒヨコが歴史の裏側で暗躍していた可能性は捨てきれず、ロミーオさんが慎重になるのも当然だと思う。なお、真実を知っているであろう3歳児はなにを尋ねられてもニヤニヤ微笑むばっかりで、ヒントのひとつもくれなかった。
「精霊にこだわるから変なのが寄ってくるんだよっ。屋台でカラーバシリスクでも買ってくればいいじゃないっ」
「嫌よっ。ジュリエットでさえ精霊をもらったのにっ」
「あげたわけじゃないんだけど……」
ロミーオさんは今でも僕がクダシーナ君にドキドキを譲ったと思い込んでいるらしい。どうして自分には精霊をくれないのだと歯をむいて威嚇してくる。クセーラさんの言葉どおり、そういうところが欲しがる精霊を引き寄せているのではなかろうか。これまでの実績から推察されるのは、精霊が欲しいと強く望むほどロクでもない連中が寄ってくるってこと。どんどん贅沢になっていく食いしん坊とゲイ霊を呼び出してしまった僕が言うのだから間違いない。
「くまぁぁぁ……」
そして、激しく言い争うふたりをよそに、ひとり首席は膝に抱いたクマドンナをあやしていた。ドワーフ国でパンダ飼育員をしていた経験ゆえか、気持ちよく感じるポイントがわかっているのだろう。お腹をコチョコチョされた小熊がくすぐったそうに身体をよじらせる。
「すごい喜びようだわ。上手というか……慣れてる感じね」
「首席はモロリーヌの実家で……トロールの赤ちゃんを世話していたの……体色が白黒で特徴的なことを除けば……ほぼクマと言っていいような生き物だったわ……」
どうしてこんなに巧みなのかと目を丸くしているイモクセイさんに、これは経験の差だと次席が解説してくれる。首席はふたりだけの世界に没入していて、もう周囲の会話なんて耳に入っていないようだ。虚ろな笑みを満面に湛え、その瞳は小熊しか映していない。
「わたくしたちにも小熊と遊ばせるのです」
「ああっ、返してくださいましっ」
だけど、もちろんそんなことを許すタルトではなかった。ひとり占めすんなと首席の膝の上からクマドンナを取り上げる。母親から子供を奪い去るなんて人の道に外れていると非難の声を上げる首席。いい加減みんな慣れてしまったのか、彼女は母親でも契約者でもないという事実に誰ひとりツッコミを入れようともしない。スベッたデカ女芸人を無視して小熊のために揚げパンを用意する。
「餡の代わりに、甘~い蜜をたっぷりつけてあげるのです」
もう具なし揚げパンでは満足できなくなったクソ3歳児が、蜜の精霊が出してくれた蜜をたっぷりと絡めて差し出す。クマは甘いものが大好きだ。蜜の匂いに興奮したクマドンナは千切られた揚げパンにパクリと喰いつき、そしてクワッと目を見開くと全身の毛を逆立ててタルトにつかみかかった。
「もっと欲しいのですか。いっぱい食べるのですよ」
よっぽど揚げパンがお気に召したらしい。もっと、もっとと相手の身体を揺さぶって催促する様はどっかの3歳児にそっくりだ。また1頭、食いしん坊が目覚めてしまった。食費を負担するのが僕でないのが唯一の救いと言える。
「あ゛あ゛ぁぁぁ……どうしてこうかわいいのが私のところには来てくれないのよぅ……」
「ピンク色をしたフワフワ綿毛のでっかいヒヨコは充分かわいいと思うけど……」
「あいつは見た目だけじゃないっ」
ハグハグと差し出された揚げパンを貪る小熊の姿に皆が癒されている中、ひとりロミーオさんだけが黄昏ていた。ベコーンたんやクマドンナみたいな愛らしい使い魔が欲しいのだと訴えてくるので、まんまるでフワッとしたヒヨコだって相当愛らしいだろうと告げたところ、外見がすべてじゃないと贅沢なことをおっしゃる。もっとも、コケトリスのヒヨコに混じってしれっと契約を済ませてしまおうと企むあたり、欲しがる精霊はかなり図太い性格をしているようだから、かわいげがないという言い分もわからなくはない。実のところ、アイツを進化させると3歳児になるのではないかと僕は今でも疑っているのだ。
「えり好みばっかりしてるボチーオは放っておいて、伯爵は魔導器製作の課題をどうするのかなっ? やっぱりヴィヴィアナ様の秘匿術式をカートリッジにするのっ?」
贅沢ばっかし言ってるボッチの相手なんて時間の無駄。それより、今学期の課題をどうするつもりなのか教えろとクセーラさんが尋ねてきた。魔導器製作の課題は術式切換型汎用魔導器の本体か、もしくはそれに装填する術式カートリッジのいずれかだ。術式切換型魔導器というのは、クマネストを捕まえる際にコナカケイル氏が所持していたリボルバー式拳銃のような構造を持った魔導器のこと。弾倉にあたる部分に術式を刻んだカートリッジを装填し、それを回転させることで発動する術式を切り換えることができる。
術式カートリッジはこの魔導器に装填するためのものだ。細かい寸法なんかがシュセンドゥインダストリアルスタンダード――通称、SIS規格――に定められていて、汎用と指定された場合はその仕様を満足していなければならない。つまり、SIS規格に準拠した切り換え機構、もしくは術式カートリッジを自作せよというのが今学期の課題である。これまでと違って、サイズや形状に制限がある中でどこまで実現できるかという競争になるだろう。
「デリケッツ先生は喜びそうだけど、僕にとっては無意味なんだよなぁ……」
課題の内容が告げられた時、もちろん一番最初に考えたのは『ヴィヴィアナロック』の術式カートリッジである。カートリッジを積層構造にしなければならないものの、実現はさほど困難ではない。チマチマした細工が大好きなデリケッツ先生なら、ようやく評価に値する作品を作りやがったと大喜びしてくれることだろう。だけど、僕はその案をきっぱり捨てることに決めた。
「どうしてでございますの? モロリーヌさんにしか作れない希少カートリッジ。使える方々は限られますけど、公爵家なら喉から手が出るほど欲しがるに決まってますわよ」
僕が呟いたのを耳にして、どうして無意味なのだと首を傾げる首席。術式の実用性は充分過ぎるほど高く、建国王がヴィヴィアナ様と交わした盟約の範囲に含まれている者であれば発動させられることもアキマヘン家の娘が証明してくれた。いらないのなら高値で売りつけてみせるから、処分を任せてほしいと性懲りもなく転売をもくろむ。
「どんなに高額で取引されようと、しょせんは一点ものだからね。それじゃあ――」
もちろん理由はある。絶対に譲るわけにはいかない理由が……
「――ドクロワルさんに敵う道理がないんだ」
「はっ! それは……」
ライバルはここにいる誰でもない。ドクロワルさんだと告げれば首席は一瞬だけまなじりを吊り上げたものの、すぐに理性を取り戻した。最大の脅威は彼女。それは誰にとっても、もちろん自分にとっても同じことだと思い出せたのだろう。
「どんなに優れていても、個人の作品では勝負の場に上がることすらできないよ。ドクロワルさんが生み出すのは、もう作品じゃないから……」
狙ってのことなのか、たまたまなのかはわからないけど、ドクロワルさんの研究成果は生産するのが本人である必要のないものばっかりだ。イボ汁染めやイボリンスを始めとするイボ汁製品にドクロ式魔法薬製造プラントを用いた魔法薬も、ある程度の技能が備わっていれば誰にでも同じものが作れる。生産者の腕前に左右されず、一定の品質が保たれたまま安定して供給されるもの。人はそれを工業製品と呼ぶ。
世界にひとつしかない1億円の名画より、500円で100万個売れるオムツの方が動くお金の総額は大きくなる。オンリーワンのアート作品では、どうあがいても工業製品の有する経済効果には及ばないのだ。秘匿術式を握っているだけの僕と、次々と工業製品を生み出してくれるドクロワルさん。賢い領主であれば、どちらを選ぶかなんて考えるまでもない。間違えるのはアンドレーアのパパくらいのもんだ。
「作品ではない……いえ、確かにそうでございますわね。新型の魔法薬製造装置も出来上がるのはありふれた上級再生薬。希少性なんて欠片もございませんわ」
考えをまとめるのが爆速な首席は、もう僕たち生徒とドクロ博士の方向性の違いを理解したのだろう。自分だけの知識、自分だけの技能。これまでの評価基準に囚われていては競い合うことさえ許されないのかと顔をしかめさせる。
「私たちの作品はしょせん誰かの模倣……ドクロワルの研究は……むしろモロリーヌのお菓子に近い……新しいものを生み出す発想が必要なのね……」
「へ~。じゃあ、ひつじ飴製造機なら――って、なんで睨むのっ?」
自分たちの作品はこれまであったものをちょっぴり良くしただけにすぎない。ドクロワルさんの研究はこれまでの常識を根本からひっくり返すもの。それは僕が新しいお菓子を考え出すのに似ていると次席が呟く。そして、わたがし機で高評価なのかと迂闊なことを口走ったクソビッチに学年トップたちの殺意が突き刺さった。
「盲点でございましたわ。私としたことがっ」
「なんてこと……お菓子作り専用魔導器だと思って……完全に見落としていたわ……」
「なにっ? なんなのっ? 助けて、伯爵っ」
出来上がるのがお菓子であるにせよ、ひつじ飴製造機はこれまでになかったものを生成する魔導器だ。自分たちの求めていたものは、これまでもずっと目の前にあった。どうしてその製造ノウハウを、よりにもよって【ゴーレム子爵】に独占させてしまったのかと首席と次席がギリギリ歯を鳴らす。わたがし機を赤ちゃんや精霊が喜んでくれるおもちゃ程度にしか考えていなかったのだろう。ふたりから睨みつけられたクセーラさんが助けを求めてしがみついてくる。
「そういえば、王太子殿下やワロスイーツ家のご婦人も欲しがってた」
「えぇっ? そんな大層なものだったのっ?」
タルトが自慢したら譲ってくれるよう頼まれたのだと告げれば、そんな話は聞いてないぞとクセーラさんは目を丸くした。僕自身もすっかり失念していたけど、ひつじ飴製造機はコロリとタルトが持っているふたつしか存在しない未発表の魔導器なのだ。学期末の品評会で発表することに、何ひとつ支障はない。
「ひつじ飴の製造原理を理解しているのは私と伯爵だけだね~。伯爵は私を裏切ったりしないよね~?」
「…………まあね……」
ウヒヒヒ……と薄笑いを浮かべながら、秘密を漏らすなとクセーラさんがすり寄ってくる。クソビッチに肩入れする理由はひとつもないものの、ひつじ飴を作るためには熱された飴の入ったカゴを高速で回転させなければならない。工師でない素人に手を出されるのは危険なので、設計図を競りにかけたい気持ちをグッと堪えて了承しておく。どうして飴があんな形になるのか、それだけでも解明しておくべくだったと首席と次席は揃って頭を抱えていた。たかがお菓子と、そこに自分の知らない理論が働いていることを見逃していたなんてとテーブルをペシペシ叩いて悔しがる。
「魔導器製作の課題はどうしよっかな~。伯爵ぅ~、何かいいアイデアな~い?」
品評会での敵はいなくなったと、クソビッチがさらなるアイデアの提供を求めてきやがった。甘えんなと突っぱねてしまってもよいのだけれど、実はクセーラさんに実現してもらいたい切り換え機構があるのだ。概要を伝えれば採用してくれるかもしれない。
「カートリッジが汎用でなくカード型になるんだけど、左腕にカードを5枚装着する場所と1枚づつ引き出せるカードケースが一体になった魔導器を取り付けられないかな?」
カードケースには術式を刻んだカードを50枚くらい入れられて、最初に引いた5枚を装着しその中からひとつを選んで発動させられる。5枚の中にない術式を使いたいときはケースからドローして入れ替えるのだと説明したところ、話が進むにつれだんだんとクセーラさんが呆れ顔になってきた。
「それって、リアリィ先生が持ってる精霊の好きな術式を選べるとは限らない版だよね?」
「ここぞという時に魂を込めた気迫のドローで必要なカードを引き当てるのが、この魔導器の醍醐味なんだ」
「大ゴミでございますわね」
機能的にはリアリィ先生が契約している精霊の下位互換にすぎないと、勘のいいクソビッチは気づいたようだ。さすがに好きなタイミングで好きなカードを回数制限なしでドローできるというのはインチキ過ぎる。「俺はこのドローに賭けるぜ」ってところにロマンがあるのだと説明したものの、女の子たちはひとりとしてわかってくれなかった。こんなもんが使えるかと、鬼の首をとったかのような勢いで僕を非難してくる。
「騙そうとしたねっ。もう伯爵の言うことなんて信じないよっ」
そして、僕は嘘の情報を伝えてゴミを作らせようとした悪党に認定されてしまった。




