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道案内の少女  作者: 小睦 博
第16章 誰もが成長する季節

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492 動物は皆ツンデレさん

 タルトが保護した小熊はメスで、契約予定のイモクセイさんによりクマドンナと名づけられた。まだ人が近寄ると怖がるので、今はクマネストがクマ穴で世話している。成熟したメストロールには無関心だったくせに生後半年しか経ってないクマ女児を自宅に連れ込み、全身をペロペロしてクンカクンカするなんてケダモノの所業と言わざるを得ない。クマ社会にはポリスメンがいないのだろうか。


 数日も経てばティコアやカソリエッタとも仲良く遊ぶようになった。みんな同じ境遇にあったせいか打ち解けるのも早いようだ。それでも、まだ人族に対する警戒心が残っているようで、イモクセイさんが飼料の入った桶を持っていったらクマネストの後ろに隠れてしまった。ちなみに、精霊に対してはまったくの無警戒。動物たちの感覚では精霊がどのように捉えられているのか、とっても興味がある。


「くまぁぁぁ…………」

「いい加減、諦めなって……」


 自分がのけ者にされている間にかわいい、かわいい小熊がイモクセイさんと契約することに決まってしまったと嘆いているのは、巻きつく精霊に縛られ離れの隅に転がされていた首席である。タルトが決めてしまったことなのに、あてつけるように僕の前でくまぁ、くまぁとため息を漏らす。


「ぐま゛ぁぁぁぁ…………」


 とうとう、メソメソと涙を流し始めた。首席にはもう蜜の精霊がいるし、制御を誤ると危ないので使い魔は生徒ひとりにつき1体までと校則で定められている。いずれにせよ誰かに契約してもらう他はなく、信頼できる里親が見つかってよかったと思うのだけど、諦めが悪いったらありゃしない。どうせ大好物の蜜をねだりにヌトリエッタのところへくるのだから、好きなだけかわいがらせてもらえばいいと思う。


「なかなか気を許してくれないわねぇ……」

「徐々に慣れていってるとは思うよ。ただ、態度に現れるのは警戒心を信頼が上回った時なんだ。ある日突然、掌を返したように懐いてくる」


 クマネストの前に桶を置いて戻ってきたイモクセイさんが、なかなか警戒を解いてくれないと表情を曇らせていたので、それは表面的な部分だと伝えておく。信頼がマイナスなうちはそれが1だろうと100だろうと態度に変化はなく、プラスへと転じた途端に甘えてくるのが動物ってもんだ。早い話がツンデレさんなので、嫌われているように思えても根気よく信頼を積み重ねていくことが重要なのである。


「イモクセイさんの愛が足りないのではございませんこと? 私なら……」

「どうにもなりません。逆に怖がらせる結果になるからやめましょう」


 受け入れてもらえないのは愛が足りないせい。自分のあふれる愛でクマドンナの心を開いて見せると首席がたわ言をぬかし始めたので、デカ女に迫られたら恐慌状態に陥りかねないから契約が済むまで近づくのは禁止だと申し渡す。ここにいると辛抱できなくなってしまいそうだったので、小熊の相手は精霊たちに任せ飼育サークルへ場所を移すことにした。


「ラブね。ラブの波動を感じるわ」

「首席が離れたがらないから引っ張ってきただけだって……」

「彼女が離れてくれないなんて自慢してるのかい? もう爆発してしまえよ」


 虚ろな表情でくまぁ、くまぁ……と呟き続ける首席の手を引いて飼育サークルに顔を出したところ、仲良くお手てつないでご登場とは見せつけてくれるじゃねぇかとロミーオさんに言いがかりをつけられた。無理やり引っ張ってきたのだと説明すれば、モテ自慢するリア充は爆発しろと今度は【皇帝】が目を剥く。


「相手は僕じゃなくて小熊なんですけど……」

「ヘカテリーナが契約するって子ね。そんなにかわいいの?」

「くまぁぁぁ……」


 首席がクマドンナにハマって廃人になってしまったのだと告げたところ、イモクセイさんから話を耳にしていたようで、正気を失うほど愛らしいのかとロミーオさんがゴクリと唾を飲み込んだ。見慣れない人が増えると怯えるため、クマドンナはまだ他の生徒に披露していない。上手く言葉で表現できないのか、くまぁ、くまぁと首席が必死にナニカを伝えようとしていた。


「クマの幼獣は仕種が妙に人の赤ちゃんに似ているから、むっちゃ愛くるしいんだ」

「くまぁぁぁ……」


 仕方ないので僕が代わって説明すれば、くまぁ、くまぁと首席が相槌を打つ。完全に言語機能を失っているようだ。これでよく学年トップを維持できるものだと素直に感心する。とはいえ、いつまでもこのままでは面倒なので、正気を取り戻させるために騎乗部門の獣舎へ引っ張っていく。


「やぁ、ヒポリエッタ。残念なことにご主人様はクマドンナに心を奪われてしまってね。つまり、君はもういらない子……」

「ヒポリエッタになにを吹き込んでございますのっ!」


 首席の愛馬であるヒッポグリフのヒポリエッタに、お前はもう用済みなのだと伝えたところ、正気を失っていたはずのデカ女がチョップを振り下ろしてきた。この反応は予想していたところなので、ヒポリエッタの陰に隠れて回避する。


「アーレイ君の言うことに耳を傾けてはいけません。あなたとヌトリエッタにカソリエッタやクマリエッタも、私は等しく大切に想ってございますのよ」


 みんな平等に大切だと、幾人もの男に金品を貢がせる悪女の如き台詞を口にしながらヒポリエッタに頬ずりする首席。ふたりっきりの時はあなたが1番と言っておきながら、二股を追及されるとみんな平等に1番だから嘘は言ってないと開き直るタイプに違いない。僕がまだ田西宿実であったころ、そんな毒婦を何人も見てきた。テレビドラマで……


 ヒポリエッタの魔力から、おまえら何しにきたんだと呆れたような感情が伝わってくる。どうせなら食べ物をよこせと飼い葉桶の縁を嘴でコツコツして催促してきたので、お邪魔しましたとカラスムギを投入したものの、違うそうじゃないと首を横に振られてしまった。どうやら、悪い友だち(イリーガルピッチ)にすっかり感化されてしまった模様。仕方なく人族様用の精米済み白米をひと握り追加したところ、それでいいのだと言わんばかりにモグモグ始める。どんどん贅沢になっていく様は、まるでどこぞのクソ3歳児のようだ。


「ロゥリング族が調教を施したにしては反応が鈍いのではございませんこと?」


 理性を取り戻した首席を連れて獣舎から出れば、オムツベルベットとオムツビューティーが馬場の中を走り回っていた。騎乗しているのは雪だるま先輩とクニーケさんで、障害がない代わりにターンが多い複雑なコースが設定されている。トコトコ走る様子を眺めていた首席が、ホンマニアキマヘンと変わらないのではないかと口にした。そのとおり。競技用として訓練されてない雌鶏だからイナホリプルより動きは鈍い。


「それじゃ、オムツシローの奴を少し運動させてやりますかね……」


 クニーケさんが雌鶏を使っているということは、まだ雄鶏に跨ることまで許してもらえたわけではないのだろう。運動不足にならないようオムツシローを鶏舎から引っ張り出してやる。ちょうど身体を動かしたかったのか、馬場に入れてやれば気持ちよくかっ飛ばし始めた。こいつはフラッピングスピンこそ覚えさせていないものの、ループなどの基本的な動きは訓練済み。市場に流通している競技用コケトリスとしては標準的な仕上がりで、ミドル級競技であれば騎手の腕次第で優勝も狙えるという話だった。評判どおり尾羽を巧みに利用し、なめらかで安定したコーナリングを披露してくれる。


「わっ? 速いっ」

「特別な合図を出しているようには見えないのに、動きが全然違うわ」

「こいつは崖下り競技用に訓練されてますからね。僕は進路を指示していただけです」


 オムツビューティーとは比べ物にならないスピードでコーナーをクリアしていくオムツシローを見て、こんなに早い奴だったのかとクニーケさんが目を丸くする。騎手が特別な指示を出しているわけでもないのに、どうしてこんなに違うのかと雪だるま先輩が首を傾げていた。フラッピングスピンが使えないことを除けば、こいつはイリーガルピッチと比べても遜色ないレベルなのだと伝えておく。


「どうやったら雄鶏に乗せてもらえるようになるんですか?」

「そりゃ、崖下りを覚えるのが一番の近道だよ」

「クニーケさんっ。だまされてはいけませんっ!」


 自分も雄鶏を乗りこなしたいというクニーケさんに崖下りを勧めたところ、イナホリプルに跨ってアキマヘン嬢がすっ飛んできた。こいつは言葉巧みに他人を崖から突き落とそうとする悪党なのだと僕のことを指差す。言いがかりも甚だしい。


「雄鶏は意地っ張りだからね。崖下りのできる乗り手から期待外れと思われるのが嫌で、全力で指示を実行してくれるようになるよ」


 ヘボな騎手に命令されるのは我慢ならないけど、期待に応えられるだけの実力がないと判断されるのはもっと我慢ならない。雄鶏ってのはプライドの塊みたいな連中なので、乗り手の側が実力を測れるようになるのが一番手っ取り早いのだと説明したものの、アキマヘン嬢はわかってくれなかった。コケトリスが自分に従順なのをいいことに、心の準備も整わないうちに崖から飛び下りさせるのだと純真無垢な新入生へ悪意を吹き込む。


「先輩が私も駈け下りたことのある斜面なんて言ったら、それは無理やり突き落とした崖だと思ってください」


 意図的に誤解を生じさせておいて、嘘は言っていないと開き直るのは僕の常套手段。垂直でさえなければ斜面と表現するから絶対に信用するなと告げられて、クニーケさんの魔力が警戒心に染まった。人はこうやって疑うことを覚え、信じる心を失っていくのだろう。


「垂直でも水平でもない面は斜面と呼ぶしかないよね?」

「正直に崖って言えばいいんですっ」


 他に表現のしようがないだろうと同意を求めたものの、アキマヘン嬢は頑なに崖と呼ぶよう言い張った。雪だるま先輩にクニーケさんも同感のようで、わざわざイメージの伝わりにくい表現を用いるのは詐欺師のすることだと頬を膨らませている。平均すれば傾斜はそれほどきつくないと説明しても、始まりが急ならそれは崖だと3人は譲らない。このままでは多勢に無勢なので味方を求めて辺りを見回せば、園芸サークルにしょっ引かれていったはずのヘルネストが荷車を引いてやってくるのが見えた。


「ヘルネスト。一部が急峻でも平均すれば傾斜が45度に達しない斜面は崖とは呼ばないよね?」

「マイフレンド。どうして急な崖が平均して緩やかになるのかわかるように説明してくれ」

「…………ゴメン。僕が間違っていたよ……」


 万年69位の男はビックリするくらい勉強していなかった。二次関数グラフを見たことないのかとパンチくれてやりたくなったものの、それは田西宿実の知識であったことを思い出したのでやめておく。もっとも、新入生のクニーケさんでも理解できる状況をイメージできないのは、やっぱり不勉強だからとしか言いようがない。なんだか一気に力が抜けてしまった。頭を切り替えることにして、なにを運んできたのだと荷車に目を移す。


「虫が喰っちまったり、傷があったりした収穫物だ。直売所にも並べられないから持っていけと次席に渡された」

「ナシにブドウに……あら、もう柿が生っているのね」


 どうやら、次席が差し入れしてくれたらしい。荷台に乗せられていた木箱のふたを開けた雪だるま先輩が、ところどころ黒ずんでいたり、表面が凸凹になっている柿の実を取り出す。人が食べるには向かないものの、コケトリスにとって虫は餌なので食害された果実はご馳走なのだ。食いしん坊どもがガリガリ地面をひっかいて、早く食べさせろと催促してきた。匂いを嗅ぎつけたのか、騎乗部門の馬たちも寄ってくる。


「下僕……」


 柿を剥いてきれいなところをひとつ味見しようとした瞬間、背後から声がかけられる。振り向いてみれば、コテージにいるはずの3歳児があんぐりと口を開けて構えていた。


「ご馳走をひとり占めされる気配を感じたのです」


 モシャモシャと柿を咀嚼しながら、ひとり占めなんて許すものかと得意げに語るタルト。美味しそうなところを寄越せと【思い出のがらくた箱】からカゴを取り出す。


「小熊に秋は美味しいものがいっぱいなのだと教えてあげるのです」


 クマドンナは今年の春に生まれたばかりだから、秋にご馳走が生ることを知らない。いなくなってしまった母熊に代わって教えてあげるのだと3歳児がカゴを押し付けてくる。なるほど、そいつは気づかなかった。ただの卑しん坊ではなく、母熊と交わした約束をちゃんと果たそうとしていたようだ。


「小熊にわけ与える分でございますのっ。でしたら、私が厳選いたしますわっ」


 かわいい小熊の分と耳にして、さっそく首席がきれいな果実を探し始めた。傷んでいるところさえ切り落とせば、人が食べても大丈夫な部分も多いのだ。やっぱりいらない子になってしまったのかと寂しそうな表情を浮かべているヒポリエッタには、しばらく経てば正気に戻るからと僕が剥いた梨を食べさせてやる。


 自分が持っていくのだと譲らない首席と三輪車をキコキコ漕ぐ3歳児と共にコテージへ戻り、タルトの姿が見えなくなったとキョロキョロしていたイモクセイさんにおっきな柿を渡す。ご馳走の匂いを嗅ぎつけたのか、庭でゴロゴロしていたクマネストがむっくりと起き上がってこちらへ向かってきた。その巨体に隠れてクマドンナがチョコチョコついてくる。人族にはあまり近づきたくないけど、クマネストから離れるのも不安なのだろう。


「ほ~ら、甘あ~い柿よ~」


 美味しいご馳走だぞとイモクセイさんが柿を差し出せば、さっそくクマネストがモシャモシャ齧り始める。甘柿はドングリに並ぶクマの大好物だ。田西宿実の住んでいた世界では、柿が実を生らせると熊が出没するとまで言われていた。野生を捨てたパンダ野郎が一心不乱にモグモグする様子を羨ましそうにうかがっているクマドンナへ、お前も堕ちてしまえとイモクセイさんが新しい柿を差し出す。


 しばらくは尻込みしていたクマドンナだけど、やっぱり食べ物の誘惑には抗えなかった模様。とうとうイモクセイさんが手にしている柿へガブリと嚙みついた。


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― 新着の感想 ―
[一言] アーレイ君は崖下りを本当に効率の良い訓練方法と考えているのか、それとも自分が味わった苦しみを他者にも伝えようとしているのか……
[一言] ほっこり回でした
[一言] 秋の味覚を初体験…やっぱりこの三歳児赤ちゃんの面倒を見ることに懸けては文句のつけようがないやり手である。
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