488 バナナを積み上げろ
クレクレとワイバーンの魔力結晶をおねだりしてくるクセーラさんに、そんなモノより正義を執行することの方が大切ではないかと問い質してみたものの、すでに無罪が確定していることを蒸し返しても仕方がない。それより友だちなら魔力結晶を譲ってくれるよねと、クソビッチは瞳をキラキラ輝かせながら胡散臭い笑顔を浮かべた。彼女との関係を今一度見直す必要がありそうだ。
「モロリーヌさん。私たち一緒に赤ちゃんのお世話をした仲ではございませんか」
「術師課程の特待生には使い道なんてないでしょ……」
ふたりで赤ん坊の世話をしたのだから、もう夫婦のようなものではないかと首席まで魔力結晶をおねだりしてきた。こんな魔力結晶が必要になるようなゴーレムを作れるのはクセーラさんくらいのもので、他の生徒に渡してもアホみたいに高コストな爆弾にするのがせいぜいだと思う。
「それほどの魔力結晶なら、以前よりも大掛かりな舞台ゴーレムに……。いえ、いっそのこと劇場を丸ごとゴーレムにしてしまえるんじゃないかしら……」
「またステージですかっ? 今年はロゥリングシスターズの単独公演にしてくださいっ」
ステージ上のギミックだけでなく、観客席周りの照明や音を反射する反響板なんかまでひとつのゴーレム核からコントロールできるのではないかと考えを口にしているのはロミーオさんだ。今年もまたステージに駆り出されるのかとアキマヘン嬢がイヤイヤするものの、劇場ゴーレムにするなら専用の建屋を設計するところから始めなければならない。どうあがいても魔導院祭には間に合わないからと告げて落ち着かせる。
「伯爵ぅ。あの魔力結晶があれば、今のサソリゴーレムを超える大サソリゴーレムが作れるんだよ。荷物の積載量だって1トンを超えられるよ」
「ちゃんと道幅とか考えてんの? いっぱいまで占領しちゃって他の荷車とすれ違えないんじゃ使いどころなんてないよ」
「う゛っ……」
クセーラさんはさらなる巨大サソリを作るつもりのようだけど、サソリゴーレムが軽トラサイズなことには理由がある。鎧竜に曳かせる大型荷車と同じ大きさに収めておけば、道路や橋梁に車庫といった設備がそのまま使えるからだ。2トントラックのような大きさになってしまったら、もうどこに行くにも通行可能な道が通じているか事前調査が必須となるだろう。ちゃんと運用面を考慮してのことだろうなと問い質したところ、何も考えていなかったらしくクソビッチは言葉に詰まってバツが悪そうに目を逸らした。
「やっぱり劇場みたいに場所が固定されたゴーレムに向いていると思うんだけど……」
「そんなものを建設するアテがあるの?」
「あったらこんなに悩まないわよ……」
劇場ゴーレムを諦めきれないロミーオさんが、建築物に固定されたゴーレムであればそのような心配は無用だと口にした。とはいえ、劇場を丸ごとひとつ建設するなんて生徒の財力でどうにかなるものではない。資金提供者に心当たりがあるのかと尋ねてみれば、そんな相手がいれば苦労はしないとガックリ肩を落とす。
「まったく、よくよく使い道も考えずに欲しがるだなんて……」
「そういう首席こそ使い捨ての爆弾にするしかないよね?」
「失礼なことをおっしゃらないでくださいまし」
工師課程の特待生ふたりが揃って僕に論破される様子を見て、考えが足りんと呆れたようにため息をつく首席。どうやら、爆弾以外の用途があるらしい。
「生徒に扱いきれないなら、扱える方にお譲りするのが最も有効な活用法でございましょう。シュセンドゥ家であれば使い道もあると思いますから、私が可能な限り高値で――」
「それはただの転売だよっ!」
なにかと思えば転売だった。シュセンドゥ家に高値で売りつけてみせるから交渉は任せてほしい。手数料は友人価格にしておくとデカ女が両手を揉みながら迫ってくる。まさに金の亡者の所業だと正義のクソビッチが非難の声を上げたものの、希少な資源を無意味に浪費することは人族にとっての損失であると首席はふんぞり返った。
「お金が必要なら……シュセンドゥ先輩のところへ婿入りすれば済む話……首席に手数料を払うことなく……莫大な財産が手に入るわ……」
「ごふえっ……」
だけど、魔力に優れたロゥリング族であることに加えて、ドワーフと精霊から得た知識を有する僕には魔力結晶を超える価値がある。それはもう売却代金が霞むくらいのお金が自由になるから、金の亡者に仲介してもらう意味はないと次席に論破されてしまった。手数料目当てなんてセコすぎると指摘された首席が胸を押さえてうずくまる。
「総鋼造りのゴーレムで競技会を蹂躙することもできそうではありますが……」
「それをやったらリアリィ先生が僕を吊るし斬りにかけると思うよ」
オール鋼ゴーレムでゴーレムバトルに出場すれば敵はいないとアキマヘン嬢が思案顔をしているけれど、実用性皆無の競技専門ゴーレムを作って素材自慢なんてしようものならリアリィ山脈が大噴火を起こすこと間違いなしだ。それに、術師課程の生徒が競技会で優勝する意味は薄い。使われている術式が画期的なものであるなら後の研究発表につながるけど、ただスゴイ素材を使いましたってだけでは実力を示すことにならないだろう。
「ですから、お金に換えるのが一番かと……」
「金の亡者がっ。いさぎよく諦めるんだよっ」
扱いきれない素材を後生大事に抱え込んでいても仕方がない。有効活用できる人に売り渡す方が亡くなったワイバーンも浮かばれると、そんなはずない台詞を口にする首席。お前のような守銭奴に貴重な魔力結晶は渡さんとクセーラさんがデカイお尻にバシバシ攻撃を叩きこむ。
「この魔力結晶はわたくしの前に一番たくさんのバナナを積み上げた者へあげるのです」
「それはつまり……オークションということでございますの?」
ワイバーンの魔力結晶は自分のものだと欲しがり屋どもが互いに牽制を続ける中、突如として3歳児がひと言の断りもなく競売にかけてしまった。もっとも、タルトがワイバーンに嚙みつかれてくれなければ、今ここに僕はいなかったかもしれないので許す。どうせ僕にだって使い道なんてありはしないのだ。バナナに換えたいなら、それもいいだろう。
「その条件ではクサンサさんが有利すぎるのではございませんこと?」
「知ったことではないのです。わたくしはバナナをいっぱい食べたいのです」
バナナ集めで次席に勝てる生徒なんていない。不公平な条件ではないかと首席が唇を尖らせたものの、ハナッから公平にするつもりなんてないとタルトは堂々と開き直った。お前たちに許されるのはバナナを集めてくるか、競りから降りるかのふたつにひとつ。条件を決める権利は自分だけのものだと絶対に譲らない構えをみせる。
「クサンサさんにだって魔力結晶の使い道なんてないでしょう。全員が降りてしまったらバナナは手に入りませんわよ」
「はなまるビッチは必ずバナナを持ってくるのです。ゾルビッチは考えが足らないのです」
イーッ、イーッと威嚇してくる3歳児を言い含めるように、オークションには不成立だってあり得るのだぞと首席が反論を試みたものの、どうやらタルトには絶対の自信があるらしい。首席の見落としを指摘する発言から察するに、次席が魔力結晶を必要とする理由に心当たりがあるようだ。
「話が済んだならお昼寝にするのです。久しぶりにみんな一緒におやすみするのですよ」
お昼寝するから抱っこしていけと3歳児がしがみついてくる。エッホエッホと座敷部屋まで運んで、黄色いバシリスク枕をセット。ローブと靴下を脱がせたらブタさんフードをかぶせ横にしてやれば、フキフキしろと右足を僕の方へ突き出してきやがった。乾いた布で汚れることのない足の裏を丁寧に拭ってやる。
今日はアキマヘン嬢が一緒だから掛布団はいらない。寝転がっているタルトにベコーンたんを抱かせてやれば、隣に蜜の精霊を抱っこした発芽の精霊が横になる。その向こう側に位置どったアキマヘン嬢が羽ばたく精霊の翼で僕たちを覆ってくれた。柔らかい羽が音を吸収してくれるようで、魔力結晶のことが頭を離れない輩はやかましいから離れていろとのけ者にされた連中がウーウー唸る声も気にならない。お昼寝態勢は万全だ。
「クサンサハカナラズバナナヲモッテクル……」
「わかっているのです。バナナがどっさり手に入ったら下僕に新しいお菓子を作らせますから、みんなで食べるのです」
発芽の精霊も次席が魔力結晶を欲しがる事情を察しているようで、必ず期待に応えてくれると太鼓判を押してくれる。己の予想を微塵も疑ってないタルトは、僕が新作のお菓子をご馳走してくれると勝手に約束しちまいやがった。毎回レシピを考える方の身にもなれと窓から放り捨ててやりたい。
「ちゃあんと下僕にもわけてあげますから、美味しいお菓子を作るのですよ」
「はいはい。何かしら考えておくからおやすみしようね」
とはいえ、精霊たちから期待のまなざしを向けられては応えないわけにもいかない。これ以上、余計なことを押し付けられても面倒なので、早よ寝てしまえとタルトのほっぺをナデナデして寝付くよう促す。僕が引き受けたことに安心したのか、3歳児はあっという間にバナナの国へ旅立っていった。
夕方になって精霊たちが目を覚ましたので借りているコテージへと戻る。庭に出てみれば、再び動物園のパンダと化したクマネストが仰向けにひっくり返って日向ぼっこをしていた。ティコアと首席のカワウソがフワフワで柔らかいお腹の毛を堪能しているところへ、自分も混ぜろと3歳児が突撃していく。僕たちが不在の間、留守番してくれていたブンザイモンさんによれば、ティコアもカソリエッタもクマ親分がいないのを寂しがっていたらしい。怠け者のくせに妙に人望があるようだ。
そのまま庭を通って首席が借りているコテージとの間に建てられた離れへ向かえば、ウッドデッキでプッピー師弟と魔性レディがお茶をいただいていた。どうやら、今後の研究スケジュールについて話し合っている模様。ひょんなことからウシコーンの角とモリバイソンの胆石が手に入ったため、予定していた実験を組み替えることにしたのだろう。
「モロリーヌちゃんのおかげで研究がはかどりそうです。今年の秋学期は胆石の成分や効能の研究に充てて、来年は新薬の開発に取り掛かりたいですね」
僕が戻ってきたことに気づいたドクロワルさんが膝の上に抱っこしてくれる。ヨチヨチと僕の頭をなでてくれながら、今年の研究発表は成分や効能の研究。そして、最終学年でこれまでなかった新薬を披露するのだと卒業までの予定を口にした。成績順位なんてものは、もう頭の中からすっぽり抜け落ちてしまっているに違いない。研究実績を残すことがすべてだと言わんばかりの口調に気が重くなってくる。首席卒業生になったところで、それはトップでスタートラインにたどり着いただけのこと。上流階級の一員として、とっくにスタートダッシュを決めている彼女に追いついたと言えるのだろうか。
なにをどうしたらドクロ準爵と肩を並べる存在になれるのか、そのイメージすらつかめないものの、僕が追いつけるよう足を緩めてくださいなどとお願いするつもりはない。彼女の足を引っ張るくらいなら、3歳児を抱えてゴブリン谷へ身投げする覚悟だ。ドクロ山の頂がどこまで高くなろうとも、必ず手を届かせてやんぞと誓いを新たにしつつ、今は背中に感じるおっぱいの感触を堪能させていただく。このおっぱいは僕のものだ。誰にも渡さない。
「我もどうにか治療士協会の正会員になれたわ。看護士講座で御子と出会えたおかげね」
「ギリギリ協会の基準をクリアしただけなんだから、これからも精進を忘れんじゃないわよ」
夏の間、ホンマニ領軍で治療行為にあたっていた魔性レディは晴れて正式な治療士になれたそうな。自分がプロセルピーネ先生の指導で治療士になれるなんて考えてもいなかった。すべて宿命の仕組んだこととはいえ、奇縁というものはどこに転がっているかわからないものだとニコニコしている。もっとも、プロセルピーネ基準ではヤブもいいところ。一人前の治療士面をするのは100年早いとプッピーがしっかり釘を刺す。
「魔性に渡しておくものがあるんです」
「我に?」
上機嫌なところに悲報を伝えるのは心苦しいものの、後回しにしていると言い出せなくなってしまいそうだったので、ヴィロードのことを伝えなければと心を決める。僕の決意を感じ取ったのか、クマネストのお腹で遊んでいたタルトがデッキへと上がってきた。
「お前が育てていたグリフォンのものなのです」
「まさか……ヴィロード? あの子になにが?」
ローブの袖口からちっちゃな魔力結晶を取り出し、魔性レディへ差し出す3歳児。ロゥリング族のもとへ向かう途中、ワイバーンに襲われているところへ偶然出くわした。重傷を負っていて、治療してほしければ従僕になるようタルトが勧めたのだけれど、ヴィロードは契約を拒んでそのまま亡くなったのだと説明する。
「誰かに使役されるのはもうこりごりだと思っていたのかもしれません」
「いいえ……違うわね――」
もう誰の従僕にもならないと心を決めていたようだと僕の推測を伝えたところ、そうではないだろうと魔性レディが差し出された魔力結晶を大事そうにつまみ上げた。
「――あの人のところへ行きたかったのでしょう? とても大切にされていたから……」
故人であるヤーブドゥク氏のところに行きたかったのだなと、尋ねるように魔性レディが魔力結晶に語りかける。ヴィロードはよく懐いていて、相当な甘えん坊さんだったそうな。魔性レディがそうだと言うのなら、きっとそうなのだろう。本当のところを知る術はないのだから、本人が納得する答えが正解ってことにしておけばよい。
山間へと沈みゆく夕日に照らされて、答えるはずのない魔力結晶が育ての親の言葉を肯定するかのように一瞬だけきらめいた。




