481 栄冠は君に輝く
「へったくそなのです」
「ポロリ。ダンスはタコが獲物を捕らえるのとは違うんだよ」
オムツレディーの企画が通った翌日、僕たちはポロリの実力を確認するため養成所の稽古場を訪れた。さっそく見せてもらったものの、ちょっとまだおひねりが期待できるレベルではない。ピーネちゃんであれば容赦なく叱責を浴びせていただろう。
「タコってなに?」
「目にもとまらぬ早業で魚を捕まえて食べる海の生き物でね……」
海を知らないポロリがタコを知っているはずもなく、なんだそれはと尋ね返されてしまう。仕方なくタコの説明をしながら問題点を指摘する。最も致命的と思われるのは、ダンスをリズムに合わせてこなすことを優先するあまり、観ている人の目にどう映るのかまったく考慮していないところだ。身体を大きく伸ばすポーズをトップスピードでこなして次の動作に移るため、一番の見どころがまったく目に映らない。結果として、これぽっちも躍動感の感じられないダンスになってしまっていた。
「ひとつひとつのポーズをとった時に、息を吸うような一瞬でいいから止めるようにするんだ。一挙手一投足を見逃さないよう目を皿のようにして観ているファンばかりじゃないんだよ」
一番見てほしいポーズをきちんとアピールしなさいととお手本を見せる。礼拝堂の祭祀を観ているのは熱心なファンというより、たまたま通りがかったとか、ひと休みしようと足を止めただけの観衆。素人目にもわかり易くしなければ興味を持ってもらえない。
「なんで、お兄ちゃんがダンスに詳しいの?」
「僕が詳しいのは演出だよ。人族の国にはドラゴンのように厳しい演出家がいるんだ」
ダメ出しされたポロリーヌが、素人に何がわかるのだと頬を膨らませた。ピーネちゃんに指導されてましたなんて口にした日には芋づる式にモロリーヌのことがバレかねないので、鬼の演出総監督からの受け売りだと答えておく。
「ドラゴンなんて見たこともないくせに……」
「自慢するわけじゃないけど、実は噛まれたこともあってね」
「嘘、絶対に信じない」
いい加減な例えを出すなとイーッしてくるポロリにガブガブされたこともあると事実を告げたものの、まったく信用してくれない。もっとも、家で飼ってるドラゴンが食事のたびに肉を寄越せと甘噛みしてくるなんて荒唐無稽もいいところ。そんな可能性に思い当たる方がイカレているので、これは妹が常識を備えてくれたと喜んでいいだろう。
「クッコロちゃんの方はどうですか?」
「動きは素人もいいところだけど、身体つきがしっかりしているから上達は速そうだわ」
キシャー、キシャーと威嚇音を鳴らして睨みつけてくるポロリをさらっとスルーして、クッコロちゃんにレッスンをつけていたシーナ様に尋ねる。しっかりと鍛えられて筋肉がついているから身体作りをする必要はない。コツさえ飲み込んでしまえば、あっという間に上達するだろうと太鼓判を押してくれた。さすがは勇者様、戦いの中を生き延びてきただけのことはある。
「ポロリもがんばらないとす~ぐ追い越されちゃうよ。瞬発力や持久力ではクッコロちゃんの方が上なんだから」
「あうぅぅぅ……」
身体能力の面ではクッコロちゃんに分があるので、表現力を磨かない限り追いつかれるのは時間の問題だ。観ている相手に可愛らしいと感じさせるテクニックを習得しなければ明日はないと妹に告げておく。これを一切の妥協なく、とことん突き詰めたのが永遠のセンターことピーネちゃんで、極めれば身体的なハンデすら覆す。
「曲はゆっくりとしたテンポのものにしましょう。振り付けはあまり複雑でない……誰でもマネできるようなのをお願いします」
曲は僕が用意するものの、振り付けを考えるのはシーナ様だ。ダンス大会で披露されるような振り付けは観る側にもそれなりの知識と審美眼を要求するので却下。とてもマネできないと誰もが唸る技巧的なダンスではなく、ちびっ子がマネしたくなるようなのがいいとリクエストしておく。
「観衆からの受け取られ方まで考慮しているなんて、人族の演出家も侮れませんわね」
「とにかく最初の印象が大事です。理解しがたいものと思われたら、もうそれ以上は興味を持ってもらえませんからね」
まず話題にならないことには始まらないので、最初は受け入れやすさ重視だ。専門家でなければ見分けのつかない難解なのはノーセンキュー。ファンがついてこれることを確認しながら、徐々に難しくしていくのだとシーナ様にノウハウを伝える。田西宿実の世界にあったダンスゲームにも難易度の低いものからランクアップさせていく仕組みがあった。初心者お断りという印象を持たれたら終わりだからだろう。
「あら、こちらにいらっしゃいましたのね」
「ドルオータ様からマルダシを手伝ってほしいと頼まれましたのよ」
それでは基本のダンスを最初からとポロリとクッコロちゃんにレッスンをつけていたところ、沐浴施設で会ったロリオカンと同い年のふたり組がやってきた。おふたりは「モノトーン」というユニットを組んでいて、白のレース水着を着ていた方がスルーシーさん。黒のワンショルダーワンピースを着ていた方がロライーズさんだそうな。ドルオタ神がサポートにつけてくれたらしい。
「ちょうどよかったです。衣装の手配をお願いしてもいいですか?」
「ど~んとお任せくださいな」
僕は祝詞の作曲を急がなければならないし、シーナ様はポロリたちのレッスンで手が離せないので、モノトーンのおふたりに衣装係をお願いする。すでに大まかなデザインは考えてあるから、サイズの合ったものを用意して細かい部分を仕上げてもらいたい。企画書に含めておいたデザインラフを見せて、こんなイメージにしたいのだと説明すればふたりは快く引き受けてくれた。なんでも、スルーシーさんは裁縫が得意で白レース水着も自作したものだという。
「もっと細かいところまでご覧になっていただきたいですわ。ふたりっきり――でゅえっ?」
全部見せてあげるからと微笑みながら腕を絡めてくるスルーシーさん。いったいナニを全部なのだろう。とっても気になったものの、まなじりを吊り上げてすっ飛んできたシーナ様に背後からチョークスリーパーで締め上げられヒキガエルみたいなうめき声をあげる。
「モロニダスさん。このふたりはきっとスパイです。即刻、叩き出しましょう」
「いや……別に隠してるわけでもないし……」
オムツレディーは極秘プロジェクトでもなんでもないのだけど、こいつらは神様の名を騙ったスパイだとシーナ様が決めつけた。バレて困ることなんてないので、今はスパイの手も借りたいくらいスタッフが不足していると説明し、顔色がヤバくなってきたスルーシーさんを解放してもらう。まだ息があるようでなによりだ。
「なんてひどい……マルダシには慎みが足りませんわ……」
「おふたりに言われたくありませんっ」
ロライーズさんが相方を介抱しながら、ロゥリング娘に相応しい慎みを持てとシーナ様を責める。沐浴施設で見せてはいけないところを露出させようとしやがったのはどこのどいつだと柳眉を逆立てるシーナ様。ブタさんが現れるギリギリのところまで水着をめくってみせるのは慎み深い行動と言えるのか。確かめるために、ぜひもう一度目の前でお願いしたい。
「3人とも頭を冷やしてください。一度休憩にするから、その間に採寸を済ませちゃいましょう」
プンスカ睨み合う3人にドゥドゥ落ち着けと声をかけ、ポロリとクッコロちゃんの採寸をするよう促す。ふたりともロゥリング族サイズではないので、余裕を持って仕立てておきたいのだ。特に靴は替えが利かない。いざ本番という時に形やサイズが合っていないのは致命傷となる。
「オムツはタルトが見繕ってくれるから気にしなくていいです。靴のフィッティングは念入りにお願いしますよ」
「わたくしにど~んと任せるのです」
オムツ教の開祖様はどんなサイズでも持っているのか、初めて会った相手にもピッタリのオムツを差し出してくるのだ。ピチピチでお尻が入らないとか、ユルユルで隙間ができちゃうなんてことは一度としてなかった。オムツに関しては100パーセント信頼して任せられるから、靴にだけは支障がないようにと念押ししておく。ダンスの途中で胸元のボタンがはじけ飛ぶ分には、そういう演出なんですとごまかしがきくだろう。
「合ってない靴で無理をするのは怪我の元ですからね。急いで型を採ってしまいましょう」
「お兄ちゃん。なんでそんなところで視ているの?」
さすがに現役アイドルだけあって靴の重要性は理解してくれている模様。足元に不安があってはダンスに集中できないとロライーズさんが採寸の準備に取りかかる。ゆっくり見学させていただこうかとタルトを抱っこして椅子に腰かけたところ、なにしてやがるとポロリがギロギロ睨みつけてきた。
「終わるまですることもないしね。それとも、僕が測った方がいい?」
「そうじゃなくてっ。部屋の外に出ていなさいって言ってるのっ!」
測るのは足だけじゃないぞと妹がまなじりを吊り上げる。見られて減るほどのおっぱいもないのに視線が気になるようだ。僕を壁に向かって座らせて椅子に縛りつけると、頭からすっぽりと布を被せてきた。お兄ちゃんに向かってなんてことをするのだろう。
「ポロリ。これじゃ、なにも見えないよ」
「当たり前でしょっ。終わるまでそこでじっとしてなさいっ」
採寸のやり方は僕もそれほど詳しいわけじゃない。後学のために勉強させてもらおうと思ったのだけど、絶対に秘密だとポロリは許してくれなかった。
ダンスのレッスンと衣装の手配も済んだので、僕は祝詞の作曲に取りかかる。内容的には「神様好き好き、宿命感じちゃった」といったところ。ドルオタだからきっと喜ぶことだろう。最初の言語で奏でられる曲が形になって、そこに乗せる現代語の歌詞を考えていたところ、近くオーディションが開かれるという話をシーナ様から伝えられた。
「全ロゥリング族ジュニア級コケトリストライク選手権大会にあたって祭祀が催されるのですけど、開会式は候補生の中から選抜されるのです」
競技会で催される祭祀は開会式が候補生、表彰式はロゥリング娘というのが通例となっているらしい。その候補生を選抜する公開オーディションだそうな。それは田西宿実が夢見た舞台の入場行進曲に匹敵するものではあるまいか。意地でも逃したくない。
「その祭祀はオムツレディーがいただきましょう。歌詞はまだですけど、曲はこれでいきます」
タルトに最初の言語を奏でるのに合った楽器を選び出してもらい、皆を集めて聴かせる。競技会の選抜オーディションに参加することを伝えて、シーナ様に今後の作業スケジュールを立ててもらった。ちょっと厳しいけど、これくらいこなせなければロゥリング娘はやっていけないとモノトーンのおふたりにも了承していただく。顔色を青褪めさせているのはポロリだけだ。
「まだ仮縫いなのですけど、衣装を合わせておきたいですわ」
衣装の方もできあがってきたようで、スルーシーさんからきついところがないか確認しておきたいという話が合った。さっそく試着してもらう。上半身はおへそが見えるまで丈を短くしたノースリーブのブラウスで、下半身はもちろんオムツだ。ブラウスの色はポロリが赤で、クッコロちゃんが黄色。どちらも白いフリルで縁どりがされていた。これにポロリは手首にフリルをあしらった手袋と膝上まであるニーソックス、クッコロちゃんは肘の上までカバーする長手袋を合わせる。12歳児相当のクッコロちゃんはスラリと伸びたむき出しの脚がアダルティ、9歳児相当のポロリはスポーティな印象を受けた。
「はうぅぅぅ……こんな格好でステージに上がるなんて……」
「ちょっと変わったホットパンツだと思えば、そう変でもないんじゃないかな?」
「オムツはオムツだよぅ……」
オムツ丸出しなんて変態的過ぎるとポロリが涙目になっていたものの、構造が異なるだけで見た感じはホットパンツとそう違わない。下着だと思うから恥ずかしいだけだと思う。
「悪くないのです。これでオムツの素晴らしさを広め歩くのですよ」
「ひゃあぁぁぁ……お尻をつかまないでくださいっ」
タルトはオムツレディーの衣装がすっかり気に入った様子で、パンツを穿いている娘は全員ビッチだ。淑女はオムツを穿くべしと布教に勤しむようポロリに告げる。
「素足に靴を履くのは滑って危ないかもしれませんね」
「くるぶしより下を覆う靴下を準備しておりますわ」
靴はまだできあがっていないのでクッコロちゃんは裸足である。汗で滑るのではないかと尋ねてみたところ、短い丈の靴下があるとのこと。スルーシーさんが靴と併せて仕立てている最中だという。余計な心配だったようだ。
「今のロゥリング娘とはまた違った方向性を感じます。間違いなくイケる気がしてきましたわ」
こんなユニットはロゥリング娘にもいない。大ヒットの予感がすると興奮気味に語るシーナ様。スルーシーさんとロライーズさんも時代の潮流を感じると満足そうに微笑んでいる。クッコロちゃんもやる気マンマンで、ひとりポロリだけが絶望に顔色を青褪めさせていた。
「ですが、振り付けを考えるのに歌詞がないのではイメージがつかめません。せめて、曲名だけでも決めておきませんか?」
今すぐにでも振り付けを考えたいけど、歌詞の内容がわからないのではイメージが湧いてこないそうだ。せめて、タイトルだけでも考えてくれとシーナ様に急かされる。
「あぁ、曲名ならもう決まってます」
競技会の開会式で歌われると聞いた時から、僕の中でタイトルは決定している。あの球場で聴きたいと、田西宿実がずっと憧れ続けた思い出深い曲があるのだ。かの曲のように大会の歴史と共に末永く奏でられるよう願いを込めて、僕は空のままになっている楽譜のタイトル欄に夏の全国高等学校野球選手権大会の象徴だった大会歌の曲名を書き綴った。




