480 爆誕、オムツレディー
「ソレハ……」
残念な事実という言葉にクッコロちゃんの表情が強張った。ロゥリング族が混血種の存在を許さないならここで殺されるか、殺されなかったとしても跡をつけられる可能性があるので、もう仲間の元へは帰れない。なにより、このままロゥリング族の血が薄まり続ければゴブリンはじわじわと淘汰されていくしかないのだ。一縷の希望に命を賭けた勇者が悔しそうに唇を噛みしめる。
「――君たちの問いかけに対する答えを、我々もまだ持ち合わせておらんのだ。せめて、あと2年ほど待っておってくれたらよかったのだがな……」
だけど、続けられた言葉はどう答えていいものか王様にもわからないというものだった。どういうことかと首を傾げるクッコロちゃん。だけど、僕はあと2年というところでピンときた。
「もしかして、ポロリーヌですか?」
「察しがよいな。ワシは混血児を受け入れてもよいと考えておるが、それはひとりの考えでしかない。だから、種族の者たちに受け入れられるかポロリーヌで試すつもりでいた」
ロゥリング族全員の考えを統一することなんてできはしない。だから、どちらに偏っているか明らかにしたかったと王様が考えを明かす。ポロリーヌの人気に火がつけば混血児を受け入れる下地は充分にあるとわかるし、混ざりものという理由でファンがつかないなら準備が整っていないということだ。どちらが大勢を占めているか判明すれば、少数派も自分たちの主張が通らないことを自覚し、渋々とではあっても矛を収めてくれる。互いが自らを主流と考えている状態で一方的に考えを押しつけては内乱になりかねないので、多くはこう考えているという認識を皆に浸透させておきたかったそうな。
「我々にも考えをまとめる時間は必要だ。ことを急いて仲間同士での争いになるくらいなら、君はここで始末しておく。だが、待ってくれるというのなら滞在していても構わんよ」
今すぐ回答を寄越せということなら死んでもらうと、クッコロちゃんに向けてキッパリ告げる王様。この距離で接近戦になったら身体能力に優れるゴブリンの方が有利だけど、ふと思いついてロゥリングアクティブサーチで探ってみたところ、あっちこっちに魔法陣が仕込まれていることが判明した。僕が腰かけている椅子からも魔力が吸い込まれるような反応がある。おそらくは拘束術式。いざ戦いになっても取り押さえられるよう準備は怠っていないようだ。ロゥリング族が答えを出すまで待つということなら、マルダー伯父さんのところで厄介になればいいという。
「……アナタハ最大ノ譲歩ヲシテクレテイルト思ウ。アリガタク待タセテモライタイ」
「相手の置かれている状況を推察することはできるか。娘ひとりを囮に使う種族かと警戒しておったが、人族よりも話の通じる相手のようだな」
最初からギリギリのところまで譲歩して丸呑みか決裂かの二択を迫る。それがロゥリング族のやり方のようだ。クッコロちゃんもそのことに気づいたのか、無駄な交渉などせず待たせてもらうと口にした。人族より理性的だと王様が笑みを浮かべる。
「人族ときたら、自分の都合ばかり押しつけてくるからのぅ」
「そんなこともないと思いますけど……」
「最後に会った奴は、お前たちの都合なんてどうでもいいから娘を寄越せと言い放ちおった」
「マジですか……」
ロゥリング族の王様に娘を寄越せと啖呵を切った奴なんてマイダディ以外に考えられない。それが外交官のすることかとパンチくれてやりたいけど、結果的に上手くいったから僕が存在するのだろう。勝算があっての行動なのか、ただの勢い任せだったのか、なんだか気になってきた。
「まぁ、夫婦仲は円満みたいだからよかったんじゃありませんか。昨年、3番目の赤ちゃんも産まれましたし」
「元気いっぱいのかわいい赤ちゃんだったのです。下僕のおもちゃに大喜びしていたのです」
「会っておりましたの。詳しく聞かせてくださいな」
タルトがコロリの話を口にした途端、ご婦人が喰いついてきた。文で娘が産まれたと報せがあったものの、それっきり音沙汰なしだと不満そうに頬を膨らませる。やはり、ロリオカンの母親だったようだ。僕の作った手押し車でつかまり立ちを覚えたのだと3歳児から聞かされて、孫が初めて立ち上がるところを見たかったとテーブルをペシペシ叩いて悔しがる。
「まったく、誰があんな薄情な娘に育てたのだか。親の顔が見てみたいですわ」
「母上。お言葉ですがご自身かと……」
「わかりきったことをいちいち指摘するんじゃありませんっ」
自分も孫と遊びたいのに子供たちが冷たいと憤慨するロリオカンママ。そのように育てたのはご自身だと告げられ、そこにツッコむのは不粋の極みだと息子を叱責する。なるほど、あのロリオカンの母親だと納得せざるを得ない。タルトがコロリの様子をいちいち事細かに説明するものだから、とうとう我慢できなくなってしまったようだ。赤ちゃんを抱っこさせてくれなければ爆発してしまうとわけのわからんことをぬかし始めた。
「あばばばば……」
「おぉぉ、落ち着くのじゃチラリーヌ……」
「母上、お気を確かにっ」
限界を迎えてひきつけを起こしてしまったロリオカンママを王様とマルダー伯父さんが介抱する。そして、その様子をクッコロちゃんがどこか寂しげな表情で見つめていた。彼女の帰りを待っているであろう家族や仲間たちのことを思い出しているかもしれない。ロゥリング族の決定次第では、もう二度と会うことが叶わないかもしれないのだ。覚悟を決めてここまで来たのだとしても、心残りがまったくないわけではなかったのだと思う。
僕は引き受けた仕事が終われば魔導院へ帰る身だ。ロゥリング族の決めることに口を挟む権利も、そのつもりもない。後はもう成り行きを見守るしかないのだとわかっているものの、それでもクッコロちゃんを見ていると胸の奥がちょっぴり痛んだ。もっともっと、してあげたいことがたくさんあったのに……。その想いは深い後悔となって、今でも僕の心に残り続けている。たとえ結末は変えられなくとも、少しでも彼女の気持ちを楽にしてあげられる方法はないだろうか。
――部外者の僕にはなにもできない。だけど、当事者であるクッコロちゃんなら……
考えを巡らせているうちに、ひとつのプランが浮かび上がってきた。このやり方なら決定権をロゥリング族に預けてしまうことなく、多少なりともクッコロちゃんに主導権を握らせることができる。結末は自分のがんばり次第ということになれば、たとえ力及ばずという結果に終わったとしても、何もできなかったと後悔することはないだろう。僕にしてあげられるのはここまでだ。
「ひとつ提案があるのですが、クッコロちゃんをロゥリング娘の候補生にできませんか?」
「突然、何を言い出すのだ。モロニダス」
あぅあぅ呻きながらピクピク震えているロリオカンママをなだめているふたりに、クッコロちゃんをロゥリング娘として養成することを勧める。王様がいったいどうしたのだと目をパチクリさせながら尋ね返してきた。
「混血児が受け入れられるか試すというお話でしたけど、ポロリひとりに背負わせるには重すぎます。クッコロちゃんとペアを組ませましょう」
「それは……」
結果如何ではお前が不甲斐ないせいだと責められかねない。ポロリがひとりで抱え込んでしまわないよう、共に重荷を引き受けてくれるパートナーは必要だと王様を説得する。僕は傍にいてやれず、コロリはまだ赤ん坊だ。せっかく現れたポロリーヌに寄り添える混血種を利用しない手はないし、クッコロちゃんにしても何もできないまま手をこまねいているよりマシだろう。
「シーナでは不足かね?」
「純粋なロゥリング族であるシーナ様は責務を分担してはくれません。あくまで指導者です」
伯父さんはその役目をシーナ様に割り振ろうとしていた模様。だけど、どれほど親身になってくれようともシーナ様はコーチであって、同じ夢を抱いて共にステージに立つ相棒にはなり得ない。
「マルダシウス。ポロリーヌとマルダシーナでは背負っているものが違うと、モロニダスは言いたいのでしょう。それはきっと、私たちが頭で考えるよりもずっと重いのですよ」
孫の話題になったせいかロリオカンママが正気を取り戻した。自分たち純粋なロゥリング族は選択権を行使する側で、結論を一方的に押しつけられる側の事情なんて結局のところ他人事でしかない。ポロリと同じ立場に立ってくれるのはクッコロちゃんだけだと僕の提案に賛成してくれる。
「ふぅむ……クッコロさんの考えはいかがなものかね?」
「私ニデキルコトガ残ッテイルナラ、ヤラナイトイウ選択肢ハナイ」
本人の意思はどうなのかと王様が問い質せば、もちろんクッコロちゃんはやる気マンマンだ。もとより命を捨てる覚悟でここまで来た。できることは全部やっておきたいと意欲を見せる。やはり、手をこまねいたまま答えが出るのを待つだけという状況には耐えがたいものがあったのだろう。
「だが、ロゥリング娘のことは神殿の管轄事項でのぅ。ワシも決定権があるわけではないのだ」
「そっちの方はアテがあります。僕が何とかしますよ」
さぁどうするとロリオカンママとクッコロちゃんから睨まれて、多少のわがままなら聞いてもらえるけどゴリ押しはできないのだと口にする王様。その回答は予想の範囲内だ。最初から神様の方は僕自身で説得にあたろうと、そのための企画もすでに考えてある。交渉のカードは僕の手中にあるから、ど~んと任せて大安心と握った拳で胸を叩く。
「わたくしの下僕はいたずらが上手なのです。お前たちはなぁんにもしなくてよいのですよ」
「よかろう。神殿を説得することができたなら、ワシはもう口をださん」
「ありがとうございます」
最後にタルトがダメ押しを決めてくれる。なにもするなと言われた王様は、そもそもロゥリング娘に関しては神殿が決めることだと判断を丸投げした。これでよし。後はドルオタ神を説得してしまえば話は決まりだ。神殿にも偉い人はいるのだろうけど、ロゥリングシスターズがすんなり選抜ユニットとして認められたことから、神様の決定に異議を唱えることはないのだと思う。
給仕にあたっていたロゥリング族がそろそろお時間ですと告げてきたので、王様とロリオカンママに暇を告げ神殿へ戻ることにした。
神殿へ戻ったら、まずシーナ様とポロリの姿を探す。首尾よく捕まえられたので、さっそく企画会議だ。今後の活動のことも踏まえて担当プロデューサーはシーナ様にお願いし、僕のことは立ち上げ時の協力スタッフということにしておく。
「クッコロさんと私がペアって、そんなこと勝手に決めちゃって大丈夫なの?」
「ドルオータ様を説得するから問題ない」
構想を説明したところ、自由に決めてよいものではないはずだとさっそくポロリーヌから問い質される。神殿組織にプロデュース部門のようなところがあって、ユニットメンバーの組み合わせや祭祀の割り振りなんかを決めているそうだ。そこは神様権限でゴリ押しするから気にすんなと告げておく。
「【光棒の舞手】のことは任せておくのです。お前たちはさっさとこのオムツを着けるのですよ」
「お兄ちゃんっ。このNEW候補生ユニット、オムツレディーってなんなのっ?」
神様を説得するのは任せて今すぐ着けろと、ローブの袖口からオムツを取り出すタルト。構想をまとめたメモに目を通したポロリが、悪ふざけもいい加減にしろとまなじりを吊り上げた。ふざけてなどいない。王道の清純派路線ではライバルたちの中に埋もれるだけなので、他の候補生が容易にマネできない方向に舵を切ることにしたのだ。すなわち、セクシー路線である。
「ふたりとも純粋なロゥリング族より身長があってスタイルもいいからね。それを生かすにはこの路線が一番なんだ。マネしようにも体格の差は埋めようがないだろう」
わざわざ相手の土俵に上がってやることはない。こっちはこっちで得意なステージを用意してしまえばよいのだ。他種族の血が混じっていることが有利に働くようなステージを……
「とても勉強になりますわ。やはり経験のある方は違いますわね」
「シーナ様まで……」
清純派路線はすでにレッドオーシャンと化していて、他の候補生と限られたパイを取り合ったところでたかが知れている。新機軸を打ち出して、それに引かれた連中を残らず虜にしてやるのだとセクシー戦略を説明したところ、さすが経験者は考えることが違うとシーナ様は納得してくれた。どうしてこんな企画に誰も疑問を抱かないのかと頭を抱えているのはポロリだけだ。
「クッコロさんはこんな話を引き受けたのっ?」
「デキルコトハ何デアレヤリ遂ゲルト誓ッタ。ロゥリング族ニ受ケ入レテモラエルナラ、私ノオムツナンテ安イモノ……」
ポロリが味方を求めてクッコロちゃんにすがりつくものの、種族の未来は己の働き如何とあってゴブリンの勇者様はなんでもござれの構えだ。こうなったらもう神様に却下されることを期待するしかないと、諦めの悪い妹が祈りをささげ始めた。残念だけど、それはない。「デビュー曲はカリスマ作曲家モロニダス氏が手がけた新曲」というキャッチコピーを目にすれば、神様は全力でこの企画を後押ししてくれることだろう。
ガリガリと手書きで企画書をまとめプレゼンすべく神様を探せば、ドルオタは沐浴施設にある水上バーで酒なんて飲んでいやがった。バニーガールのような恰好でドリンクを給仕しているのは、やっぱり見た目7歳児のロゥリング娘だ。実にけしからん。
「ふん……いいだろう。マルダシーナにもよい経験になりそうだしな……」
担当プロデューサーに就任予定のシーナ様から企画書を渡された神様が、チラリと横目で僕を睨みつけてくる。デビュー曲に僕の新曲ということの意味を察したのだろう。却下するなら祝詞もパァだぞと睨み返してやれば、ふて腐れたように鼻を鳴らして了承してくれた。バニー7歳児ガールから受け取ったペンで企画書に承認のサインを入れる。
「お前たち、僕の期待を裏切るなよ……」
「必ずやご期待に応えてみせますわ」
「あうぅぅぅ……どうじでごんな企画が……」
承認された企画書を受け取りながら、オムツレディーを候補生トップにのし上がらせてみせると約束するシーナ様。こんな悪ふざけみたいな企画がすんなり通ってしまうなんて世の中どうかしてると、祝詞の件を知らないポロリはヘニャヘニャになっている。きっちりと裏で手を回しておいた者が勝つのがドブネズミ社会だ。企画の内容に価値はない。
「私ノ働キデ、ゴブリンヲ認メサセテミセル……」
そして、種族の未来を託された勇者様はやってやるぜとひとり心を燃やしていた。




