479 ドキッ、7歳児だらけの水泳大会
ロゥツルペターンに到着した翌日、僕たちは神殿の裏手にあるロゥリング娘が身体を浄めるために使う屋外沐浴施設を訪れていた。午後のティータイムを王様とご一緒できるようマルダー伯父さんが手筈を整えてくれたので、それまでの時間潰しである。お清めをする場所というわりには大小のプールに人口の砂浜、水の流れる滑り台まで設置されており、僕の目にはレジャー施設にしか見えない。この世界では水着でキャアキャアはしゃぎながら互いに水をかけあうことを沐浴と称するそうだ。
「いやあぁぁぁん……」
バランスの悪い筏の上を走ってプールの対岸まで渡る競争をしていたロゥリング娘のひとりが足を滑らせて水に落っこちる。その際に水着の結び目が解けてしまったらしい。両手で胸元を隠しながら恥ずかし気な声を上げる様子を、ドルオタ神がニヤニヤしながら眺めていた。水中カメラで決定的瞬間をとらえても、やっぱりそこにブタさんはいるのだろうか。気になって仕方がない。
「下僕、あの滑り台で遊ぶのですよ」
胸元と腰にフリルをあしらったヒマワリ模様の水着に身を包んだタルトが、プールのど真ん中に築かれた滑り台を指差しながら僕の手を引っ張ってきた。円錐の上部分を切り落としたような形をした石の台に、てっぺんまで登る木製の階段をくっつけた滑り台だ。落差は2メートル弱といったところで、てっぺんの中心部分から湧き出た水が斜面をジャバジャバ流れ落ちている。水が偏ることなく全周囲に流れていくのは、水平と傾斜が均一になるようしっかり測って作られていることの証。間違いなくドワーフの手によるものだろう。
プールの水深は僕の胸元くらいまでと浅いものの、もちろん3歳児では足がつかないので抱え上げて滑り台まで連れて行ってやる。石の表面はツルッツルに磨かれているので尻を擦りむく心配もなさそうだ。てっぺんに設けられた足場の縁に腰かけてタルトを膝に抱える。
「それじゃいくよ」
「いつでもよいのです」
えいっと腰を浮かして1歩踏み出し、水がダバダバ流れている斜面に尻もちをつく。後はもう重力と水の勢いに流されるがまま滑り下りるだけだ。水しぶきを上げながら勢いよくプールへ着水すれば、3歳児は大喜びで腕をブンブン振り回しながら歓声を上げた。
「あらあら、可愛らしい子ですこと……」
「ドルオータ様の招かれた精霊というのがこの子でございますの?」
もっと、もっととはしゃぐタルトの姿に釣られたのか、ふたり組のロゥリング娘が声をかけてきた。ひとりは黒のワンショルダーワンピースで、もうひとりはレースがふんだんに使用された白水着を身に着けている。言葉づかいからお姉様的な雰囲気を感じるし、水着のデザインには男心をくすぐられるものの、もちろん外見はどっちも7歳女児だ。あまりのミスマッチに脳がクラクラしてきた。これで歓喜するのはオムツレッドことコナカケイル氏くらいだろう。
「よしよし、今度はお姉さんと滑りましょうね」
「それでは、私たちもふたりで滑りましょうか」
黒ワンピのお姉さんがタルトを抱き上げて滑り台を登る階段へ向かえば、白レース水着のお姉さんも一緒に滑りましょうと腕を絡めてくる。いつもブタさんに隠されてしまう肝心なところを除くほとんどの部分にレースが使われ、かなり地肌が透けて見える7歳児ボディをピッタリとくっつけてきた。神に選ばれしアイドル様が美少女でないはずがなく、ニッコリと微笑みかけられついつい肩を組んで手をつないだ状態での滑り台を堪能してしまう。
「楽しんでくれているようでなりよりだ。君たち、水上ステージで一曲披露してくれないか」
「かしこまりました」
滑り台で遊んでいる僕たちのところへ、シーナ様にポロリとクッコロちゃんを引き連れて神様がやってきた。ちょうどいいサイズの水着が見つからなかったのか、クッコロちゃんは比較的調整しやすい紐ビキニだ。元がロゥリング族サイズなため、ゴブリンが着けるとマイクロビキニみたいに見える。シーナ様はおちついた小豆色のセパレート水着で、ポロリは薄紫色のワンピースを身に着けていた。僕たちの相手をしていたふたり組のお姉さんに、ひとつサービスしてくれとドルオタ神がプールに突き出たステージを指差す。
水上ステージは直径4メートルほどの円形をしていて、プールサイドとの間には橋がかけられている。観客はステージの縁にしがみついてローアングルを楽しむという趣向だ。これを思いついたドルオタ神はわかっていると感心せざるを得ない。
「モロニダス。これを渡しておく」
メインはふたり組のお姉さんたちで、シーナ様とポロリが演奏を務める模様。ステージの準備が整うと神様が応援グッズを差し出してきた。オリジナルエンジェライザーに使われているものと同じピカピカ光る棒の魔導器だ。これでお姉さんたちを応援しろということらしい。任せてもらおう。
「Fooooo――――ッ!」
「やるなモロニダスッ。だが、負けるものかっ。Fuuuuu――――ッ!」
アイドルらしい軽快なリズムに合わせてお姉さんたちが澄んだ歌声を響かせる。歌詞は恋の始まりを告げるような明るい内容であるものの、ちっちゃい身体を精一杯利用するためダンスは結構ハードだ。目まぐるしくステップを踏む真っ白な太ももに向けて低い視点からあらん限りの声援を送れば、神様も負けじと声を張り上げた。ふたりして競い合うように光る棒を勢いよく振り上げる。
「僕にここまでついてきた奴は初めてだ。褒美にその魔導器はくれてやろう……」
自分の足で全力疾走するような応援を続けて力尽き、ステージの縁を枕にプカプカ浮いていると、隣でやっぱりだらしなく水に浮いていた神様から応援グッズは返さなくていいと告げられた。これでピーネちゃんをいっぱい応援しろということなのだろう。ありがたくいただいておく。
「まるでドルオータ様がふたりいらっしゃるような声援でございましたわぁ」
白レース水着のお姉さんがやってきて、形の整った足先をプールに浸けて僕の隣に腰かける。応援ありがと~と、たおやかな手でほっぺをヨチヨチしてくれた。アイドル様の満点なファンサービスに、目の前に迫ってきた7歳児の太ももと水着の境目をペロペロしたくなる。
「私が先に目をつけた獲物に色目を使わないでいただけませんことっ」
「きゃあぁぁぁ――――っ。なにをなさいま゛っ……」
そこにタレコミのできる僕を獲物と言い放ったシーナ様が、お姉さんを背後からフルネルソンに捕らえた。そのまま力任せに引き摺り起こすと、プールに背を向け反りを打つように頭から飛び込む。ドラゴンスープレックスってやつだ。再び水面に頭を出したふたりが、先に目をつけたのは自分だだの、早い者勝ちが世の掟だなどと言いあいながら髪を引っ張り合う。
「あなたの精霊様はとても可愛らしいですわね。私、赤ちゃんが欲しくなってしまいましたわ」
黒ワンピのお姉さんはタルトが気に入ったらしい。僕の隣に腰を下ろし、あんな子供が欲しいなと脚のつけ根部分から水着に指を挿し込んでちょっとだけズラす。ブタさんが現れるまであと1センチというきわどい仕種に、ついつい見た目7歳児なんてことがどうでもよい些事に思えてきた。
「あんだもかあぁぁぁ――――っ!」
「相方を差し置いて抜け駆けなんて許しませんわよっ!」
「あぁぁぁれぇぇぇ……」
だけど、言い争っていたふたりの抜け駆けセンサーに引っかかってしまったらしい。シーナ様と白レースの水着のお姉さんがすっ飛んできて、黒ワンピのお姉さんを左右から取り押さえる。腕を取ったふたりが左右の両脇に頭を挿し込み、身動きできない黒ワンピお姉さんをツープラトンのバックドロップでプールに叩き込んだ。
「神様の巫女が他の男に色仕掛けとかいいんですか?」
「ふたりとも実力は充分あったのにピーネちゃんの陰に隠れて日の目を見る時期が遅かったからな。そろそろよい相手と娶わせてやりたい」
神様の前であんなことが許されるのかと尋ねてみたところ、おふたりは長いことプロセルピーネ先生のバックダンサーを務めていたそうで、もう寿引退してもいい年頃だそうな。ふたりまとめてもらってくれても構わんのだぞと逆にオススメされてしまう。
「あのふたり、実際にはいくつなんです?」
「ピーネちゃんの2期下にあたる」
実年齢を問い質してみたところ、ドルオタ神はプイと目を逸らしてプッピーのふたつ下だと口にした。なるほど、神様がピーネちゃんにドハマリしていたせいでアイドルとして一番フレッシュな時期に目をかけてもらえなかった氷河期世代ど真ん中というわけだ。多少なりとも責任を感じているのか、よい結婚相手を都合してあげたいという。
「正直に僕の母親と同い年だって言ったらどうなんです」
とはいえ、プロセルピーネ先生より2歳年下ならロリオカンと同い年である。神様が候補生時代のロリオカンを憶えていることは確認済み。わざわざごまかすような言い方をするなと問い詰めれば、ドルオタ神は空を見上げて下手くそな口笛を吹き鳴らした。水の中に沈めてやりたい。
「ま~た下僕がヘタレているのです。まとめて孕ませてしまえばよいではありませんか」
「やめなさい」
そして、倫理よりも赤ちゃん優先な3歳児が、今すぐここで孕ませてしまえと僕の水着を引っ張ってきやがった。抱っこしてグルグルワニドリルに巻き込んでやる。ウキャーと歓声を上げて、もっともっととおねだりしてくるタルト。こいつを黙らせておくには、何かを食べさせるか遊んでやるのが一番だ。
「いっぱい遊んだあとはお昼寝にするのです。今日はポロビッチが隣にくるのですよ」
「ひゃあぁぁぁっ。引っ張らないでくださいっ」
お昼寝にするぞと人口の砂浜を指差すタルト。抱っこして連れて行こうとしたら、一緒に添い寝しろとポロリーヌが着ている水着の肩ひもをつかんでグイグイ引っ張り始めた。こいつに目をつけられたら逆らってもロクなことにならないので諦めるよう言い含めておく。隣でドルオタ神がウムウムと頷いている。
「隙間があると寂しいのです。ピッタリくっついているのですよ」
「タルトは寝ている間にいなくなられるのが大嫌いだから、目を覚ますまで動いちゃダメだよ」
「これじゃどこにもいけないよぅ……」
砂浜に防水布を敷いて寝かせてやれば、3歳児はポロリの肩ひもをガッチリ握りしめたままバナナの国へ旅立ってしまった。これではスッポンポンにならなければお手洗いにも行けないと涙目になるポロリ。その時は僕がオムツを着けてやると伝えたらもの凄い目で睨まれてしまう。
「ポロリーヌ候補生。【忍び寄るいたずら】様に何か命じられたら必ずイエスだ。憶えておけ」
「ドルオータ様まで……」
「僕がまだ生きていたころ身につけた処世術だよ。君もそのうちわかるさ」
とにかくご機嫌を取っておけ。抵抗すればするほど深い奈落に突き落とされるぞと乾いた笑いを上げながら、神様がポロリの向こうで横になる。はるか昔にそれを思い知らされたのだと告げられてポロリーヌが息を呑んだ。こうなっては致し方なしと諦めてくれたようで、ひとつため息を吐き出すと寝ているタルトのほっぺをコショコショし始めた。
王様とのティータイムが迫ってきたところでタルトが目を覚まし、マルダー伯父さんに連れられて僕とタルトにクッコロちゃんの3名でお邪魔する。今日は天気がよいので場所は応接間でなく中庭だそうな。案内された先では大きな樹の陰になるところにテーブルが設けられ、やっぱり7歳児にしか見えない男女が椅子に腰かけていた。
「このたびはご挨拶の機会を賜り恐悦至極に……」
「お前、爺に会いに来た孫の第一声がそれなのか?」
「モロニダス。君は一族の者としてここに招かれたということを忘れないよう……」
失礼にならないよう挨拶しようとしたら、男性の方に何やってんだお前としかめっ面をされる。外交使節なのはクッコロちゃんだけで、僕は王様に会いに来た孫という扱いだと伯父さんが耳打ちしてくれた。そう言うことは先に言っておいてもらいたい。
「礼儀作法なんて人族が面従腹背を隠すために考えついたものよ。我らには無意味だ」
ロゥリング族は魔力から相手の感情をある程度察することができるものの、人族は仕種から読み取るしかなかった。だから、ルールを作って皆に同じ仕種をさせておけば本心を覚られずに済むという考えに至ったのだと語る王様。心がこもっていなくても形式さえ整えておけばごまかせると考える方がよっぽど相手をバカにしていると、僕たちに腰かけるよう席を勧めてくれる。
「わかっているなら、心を込めてわたくしをもてなすのですよ」
「あら、かわいらしい。ドルオータ様がお招きになったという精霊さんですね」
作法にこだわる必要はないと言われた途端、作法にこだわったことのないタルトが王様の隣に腰かけているご婦人のところへ突撃を敢行する。ご婦人の方も無礼だなどとは言わず、かわいい、かわいいと膝の上に抱き上げてくれた。
「フッフッフ……そなたは果物を好むとマルダシウスから耳にしているぞ」
王様がチョチョイと手で合図すると、給仕のロゥリング族たちがやってきてお茶とフルーツ盛り合わせを出してくれた。3歳児が瞳を輝かせて早く食べさせろと催促する。確かに形式ばった挨拶を長々とくり返すより、相手の好物を振る舞う方が喜ばれるのは事実だ。礼儀作法に則ったご挨拶というのは、正直なところ演劇を見せられているように感じてしまう。
「さて、クッコロと言ったか。我々から枝分かれした種族という話だが、やはり肉がよいか。豆はどうだ?」
「肉ハ充分ニイタダイテイル。果物デ結構……」
次にクッコロちゃんに向かって果物が苦手なら肉でも豆でも用意してあると告げる王様。豆狂いのロゥリング族が客人に豆を勧めるなんて、さすが王様だけあって器の大きさを感じる。これがロリオカンやプッピーなら絶対ひとり占めしていたに違いない。
「話はすでに聞いておる。我々ロゥリング族が混血種を受け入れるかどうか確かめに来たということで相違ないな?」
居住まいを正した王様が、ゴブリンたちの要求内容に間違いはないなと確認する。種族の未来がかかった問いかけに、緊張した面持ちでクッコロちゃんがひとつ頷いた。
「ならば、ワシは君に残念な事実を告げなければならぬ――」




