478 ロゥツルペターンへ
マルダー伯父さんとシーナ様に連れられて、僕たちはロゥリング族の中心都市ロゥツルペターンへ向かう。山脈を抜ける長いトンネルの向こうには広大な森林地帯が広がっていた。北側はドワーフ国のある山脈で遮られているものの、西側と南側は地平線の向こうまで続いている。
この辺りは完全な原生林というわけではなく、荷車が通行できるよう街道が整備されていた。しっかりと踏み固められた路面には、水が自然に排出されるようわずかな傾斜がつけられている。これはドワーフの坑道で用いられている技術だ。トンネルを掘ったドワーフたちが敷設したものに違いない。ため息が出るような景観を楽しみながら、山肌に沿ってクネクネ曲がる道を下って麓を目指す。
標高が下がって地形がなだらかになってくると、街道は森の中を突き抜ける1本道に変わる。両側から張り出した樹木の枝がギラギラした真夏の太陽を気持ちの良い木漏れ日へとやわらげ、わずかに土の香りと湿り気を帯びた風が吹き抜けていくご機嫌な道だ。オープンカーの助手席におっぱいの大きいお姉さんを乗せてかっ飛ばしたくなるような街道を進むこと数日、僕たちは目的地であるロゥツルペターンに到着した。
「外壁はないんですね」
「我々が持ちこたえられると思うかい?」
「無理ですね。愚問でした」
都市を守る外壁はなく、道沿いにドワーフが建築したものと思われる石造りの頑丈そうな建物がポツポツ増えてきた辺りからロゥツルペターンだそうな。攻められた時のことを考慮していないのかと疑問に感じたものの、考えてみれば外壁で攻撃を耐え凌ぐなんてロゥリング族の戦い方じゃなかった。7歳児が防衛戦なんてしたところで維持できるわけがない。
「ここは古くからドワーフとの交易拠点として栄えてきた場所でね。大勢集まるからちょうどいいとドルオータ様の神殿が後から建てられたんだ」
マルダー伯父さんがこの都市のいわれを語ってくれる。物が集まるところには人も金も集まるからお供え物を集めるのにうってつけだと、亡くなった大英雄をお祀りする神殿が建てられたそうな。その後、神殿の管理と祭祀を取り仕切っていた一族が王様という名の雑用係を押しつけられたらしい。狩猟民族ゆえかロゥリング族は独立独歩の気質が強く、紛争の調停とか他種族との交渉が王様の役割。自分たちの面倒は自分たちでみるから、面倒な話は王様ヨロシクという連中だという。
――まぁ、野球でいうところの審判みたいなもんか……
ジャッジする権限を与えられてはいるものの、どうせならプレーする方が楽しいとみんな選手になりたがるというわけだ。その気持ちはとってもよくわかる。
街道を進んでいくと、街の中心に近づくにつれ徐々に建物の密度が高くなってきた。それでも建物同士の間には大きな樹木がで~んと居座って、まるでアーケードを形作っているかのように枝を伸ばしている。あまり強い日差しが射し込んでこないので、これなら明るいところが苦手なドワーフも大助かりだろう。案外、そのために残してあるのかもしれない。
「お店でコケトリスも売ってるんですか?」
「あれは名の通ったブリーダーが経営しているお店ですね。品評会で入選した後、繁殖に使わない個体などはよく売りに出されます」
区切られた房にコケトリスが並ぶ店舗を見つけたのでシーナ様に尋ねてみる。受賞したコケトリスは以降に開催される品評会への参加資格を失うため、観賞用の個体は頻繁に売り出されるそうだ。シーナ様が跨っているコケトリスもそういった受賞歴を持つ雄鶏だという。
「ブリーダーは決まった体色を受け継ぐ血統を保持していますから、どんな雛が孵るかわからない個体は繁殖に用いないのです」
品評会に出展されるコケトリスは特定の体色が必ず出る血統をふたつ。祖父母にあたる世代から管理されているなら、さらにいくつかの血統をかけ合わせて生み出される。品評会に出展されたコケトリスは複数の血統が混じり合って次世代にどう伝わるかまったく予想できないので、ブリーダー自身は繁殖に用いないらしい。表通りに面した房によってみれば、「○○品評会優秀賞」といった受賞歴が掲げられていた。
「これはシーナ様。コケトリスがご入用ですか?」
「いいえ、今日はこちらの方々を案内しているところでございますの」
興味本位でのぞいていたら店主が声をかけてきた。神様に仕えるアイドルだけあってシーナ様は顔が売れているようだ。カッチョイイ雄鶏からめんこい雌鶏まで、ここに展示している以外にもラインナップは豊富ですぜと店主がもみ手しながら売り込んでくる。アーカン王国にいるコケトリスは元となる親が4羽しかいないからお土産に買って帰れればよいのだけど、遠征実習に大金なんて持ってきているはずもなかった。購入しようにも元手がない。
「競技用のコケトリスを扱っているお店もあるんですか?」
「ございますけれど、血筋の良いものはかなり高価です。加えて、お探しの条件に合う個体が必ず見つかるとも限りません」
「優れた競技用は持ち主が放出してくれなければ流通しませんからなぁ。繁殖用としての価値も高いとなれば大金貨数十枚なんてこともザラですぜ」
尋ねてみたところ、競技用コケトリスも普通に売られているらしい。ただ、受賞歴があっても結局のところは乗用にしか使えない観賞用と違ってお値段はそれなりに張る。血統的価値の低い個体でも訓練済みなら大金貨2枚はするし、トップクラスの競技者が育てているガチ血統はそもそも出回ることが少ないため探しても見つからないことの方が多いそうな。
「お財布と相談して、連れて行けそうなら帰りに寄らせてもらいますよ」
「その際はどうぞごひいきに……」
近親交配を避けるために親となる鶏を増やすことが目的なので、競技用にこだわる必要はない。騎乗技術も訓練技術もまだまだ未熟なのだから安価な観賞用で充分だろう。購入できる目途がついたらまた来ると告げてお店を後にする。再び神殿目指して大通りを進んでいったところ、なんか大樹の根元に設けられたステージで女の子3人組が曲とダンスを披露していた。
「あの子たちもロゥリング娘なんですか?」
「彼女たちはポロリーヌと同じ養成所の候補生です。街中に設けられた礼拝堂で祭祀を行うのは候補生たちの仕事のひとつとなっております」
シーナ様によればここは礼拝堂だそうな。よくよく観察してみれば、ステージのバックにある大樹の幹に神様の肖像が飾られていた。神殿にある舞台に立てるのはロゥリング娘の正式メンバーだけで、候補生たちは神殿の外にある礼拝堂で祭祀――という名の野外ライブ――をやっているらしい。
「じゃあ、ポロリも祭祀をしてるの?」
「私はまだ養成所に入って日が浅いから……」
「ポロリーヌもそろそろ祭祀に加わってよいころですわね」
野外祭祀をしているのは候補生の中でもそれなりに上達したメンバーで、ここで人気が出てお賽銭――という名のおひねり――をたくさん頂戴できるようになると正式加入への道が開けるそうだ。最初はストリートライブからなんて、トップアイドルへの道はこの世界でもなかなかに厳しい模様。ここはやはりコスプレエンジェル、オムツフリーナちゃんを世に送り出した敏腕プロデューサー、モロPの出番だろう。
「任せろ、ポロリ。お兄ちゃん、これでも国民的アイドルをプロデュースした経験があるんだ」
「もしかしてロゥリングシスターズのこと? じゃあ、モロリーヌって娘を知っているの?」
「…………そっちはドクロPの担当だから、会って話をしたこともないよ」
危ない、危ない。養成所にいるポロリーヌがロゥリングシスターズのことを知らないわけがなかった。それはまた担当プロデューサーが別にいるのだとごまかしておく。
「興味深いお話でございますね。後ほど詳しく聞かせていただけないでしょうか?」
シーナ様はもう10年近くロゥリング娘に在籍していて、実年齢はアラサーに足を踏み入れているとのこと。そろそろ裏方に回る頃合いなので、新人のプロデュースにはとっても興味があるそうだ。従妹にあたるポロリーヌをマルダシーナプロデュースの第1号にするべく計画中だと打ち明けられたので、ぜひお力にならせてくださいとお願いしておいた。話を耳にしたポロリは、なんだかすっごく嫌な予感がすると頭を抱えている。
先ほどの3人組は清純派王道路線だったけど、オーソドックス過ぎてつかみが足りてない。ありふれた量産型アイドルという印象をぬぐえなかった。ガッチリとファンの心を鷲掴みにするには、基本路線から逸脱しない範囲で他との差別化が必要となる。コレと言えばアノ娘と言われるようなナニカ。しいて言うなら、味わいのようなものがいるのだと講釈を垂れながら道を進んでいく間に、僕たちは目的地である神殿に到着した。元が神殿の管理者であったため、王様の館もここにあるそうな。
王様はもちろんお仕事中。アポなしで面会できるわけないので、マルダー伯父さんが手配しておいてくれるそうだ。ロの字型に建物が四角くつながったような王様の館を通り過ぎ、ど~せ暇してるだろうからと先に神様の下へ向かう。神殿は正面に大きな広場が設けられた木造の高床建築で、屋根付きのステージが広場へ突き出ている。祭祀の際は、きっとここでロゥリング娘のライブが行われるのだろう。コケトリスたちを獣舎に預け、シーナ様が取次ぎをお願いすれば待たされることなく通してもらえた。
「ようこそ【忍び寄るいたずら】様。メロンを用意しておきましたのでこちらへ」
「気が回る男は嫌いでないのです」
応接間のような部屋に通されると神様がメロンを用意して待ち構えていた。ヨッコイショとタルトを膝に抱いて椅子に腰かけると、サイドテーブルに置いてあったご馳走を食べさせる。3歳児の扱いに長けているようだ。こんなに親しい間柄だったなんてとシーナ様が目を丸くしている。
「よく来たな。裏切り者のモロニダス」
「まだ根に持ってるんですか?」
「そうじゃない。お前がアイドルを【安らかなる終焉】に渡したからだ」
僕は裏切り者だそうな。ぶん殴ったことを今でも恨んでいるのかと思ったら、僕が回収したアイドルは自分に捧げられるものと期待していたらしい。
「アンデッドになった赤ちゃんを見捨てていればよかったんですか?」
「そんなことをしていたら、お前の首にはとっくに懸賞金がかけられていただろう」
「じゃあ、僕にどうしろって言うんです?」
「おとなしく僕の愚痴を聞かされていろ。それだけでいい」
いったいどうすれば満足していたのかと尋ねたところ、ありがた~い愚痴だから黙って拝聴せよと命じられた。酷い神様もいたものである。これから盛大に愚痴を垂れ流すからと僕とタルト、クッコロちゃんを除いたロゥリング娘を下がらせる神様。人払いが済んだところで、お前には神々に対する敬意が足りないなどと説教を始めやがった。目の前にいるのが依代に宿った分体でなければ、もう一度殴り合いに持ち込んでいるところだ。
「この鬱憤は僕を讃える祝詞でも作られない限り晴れそうにない……」
しばらくブチブチ零した後、神様はふて腐れたような顔で祝詞をおねだりしてきた。ドルオータ様はゴブリンの女神様より100年ほど後の時代に生きていたそうで、そのころにはもうロゥリング族も最初の言語を忘れてしまっていたらしい。そのため自分にだけ向けられた祝詞は作られたことがなく、ロゥリング娘の楽曲もほとんどが狩人の守護者である【月の女神】様への祝詞に、ドルオタ神に語りかける現代語歌詞をあてがったものだという。
「そういうことなら、最初からそう言えばいいじゃないですか」
「それでは僕の腹の虫が治まらない。ロゥリング娘に八つ当たりするわけにもいかないからな」
「他人にお願いする時の作法ってもんがありますよね」
「【忍び寄るいたずら】様、もうひとついかがですか?」
結局、ただ腹いせのために説教された模様。なんだかとっても釈然としない。他人になにかを頼むときは頭を下げてお願いしますだろってパンチくれてやりたかったものの、ドルオタはメロンを見せつけながらタルトにお願いしやがった。
「下僕、ケチケチしないで作ってあげればよいではありませんか」
あっさり買収されたクソ3歳児が、ひとりだけメロンをムシャムシャしながら命じる。どうだ思い知ったかと言わんばかりにニヤニヤ笑いを浮かべるドルオタ神。間違いない。こいつはオタクの風上にもおけない特大級のドブネズミだ。なんたる不覚。タルトを持っていかれたことで、僕はあらゆる対抗手段を封じられてしまった。任せておけと3歳児が勝手に約束してしまう。
「さて、クッコロと言ったな。ゴブリンの境遇には同情するが手を貸してやることはできない。理由は君が人族との和解より、ロゥリング族との交流を選んだことと同じだ。わかるな?」
「皆ガ納得スルトハ限ラナイカラ?」
「そういうことだ。結論を出すのは王に任せる」
自分だけの祝詞が手に入るとわかった神様は上機嫌になって、今度はクッコロちゃんに声をかけた。ゴブリンの置かれている状況を理解したうえで、判断は王様に委ねるつもりのようだ。これは神のご意思であると告げても、ロゥリング族が本心から受け入れないのでは仕方がないと考えているのだろう。クッコロちゃんもそれで納得した模様。当然の判断だと頷いている。
人払いしておくべき話は終わったのか神様がパチンと指を鳴らす。すぐにシーナ様たちロゥリング娘が戻ってきた。僕たちのために神殿に部屋を用意してあるそうだ。滞在中のもてなし役にシーナ様が、補佐にポロリが任じられる。旅の疲れを癒せるようお風呂を湧かしてあると告げられて、さっそく行くぞと3歳児が神様の膝から飛び降りローブの袖口から竹製のポンプ砲を取り出した。シーナ様に案内され遊ぶ気マンマンで部屋から出ていく。
「モロニダス。期待しているぞ……」
「そりゃまぁ、タルトが請け負っちゃった以上やりますよ」
タルトを追って部屋を後にしようとした時、勝ち誇ったように神様が声をかけてきた。なんだか無性に悔しいけど、この場は負けを認めるしかない。転んでもただでは起きてやらんぞとドブネズミ魂に誓いを立てる。祝詞の件は了解したと伝え、僕は久しぶりのお風呂を楽しむことにした。




