477 そろそろ本題に入ろうか……
「ちょっとした仕事を請け負ってね。ここまでくる必要があったんだ」
他人の縄張りを荒らしにきやがったのかとギロギロ睨みつけてくるポロリーヌ。頼まれただけなのだと伝えても、全然信用してくれない。警戒心MAXで歯をギリギリ鳴らし威嚇してくる。
「ポロリーヌ候補生。こちらの方はペロリーヌ王女の子息で間違いございませんわね?」
「はい。最後に会った時から、まっっったく変わっておりません」
シーナ様に尋ねられたポロリーヌが、まるで成長していないと兄の身体的欠陥をあげつらう。僕が魔導院に入学してからも成長を続けたようで、こいつまで偉大なる長兄様の身長を追い抜いていやがった。周りにいるロゥリング族よりは背が高く、クッコロちゃんよりは小柄といったところだ。
「すると、迎えに上がるよう命じられたお客様というのは彼のことでございましょうか?」
「神様が指示されたのであれば、それはおそらくタルトかクッコロちゃんでしょう」
来客があるから失礼のないようお迎えしなさいと遣わされたものの、相手が誰なのかは伝えられていないのだと首を傾げるシーナ様。多分こいつらだと3歳児とクッコロちゃんを指し示す。僕も神様も互いに用事なんてありはしない。
「失礼のないよう言いつけられたのであれば、まずはメロンのひとつも出すのです」
「メッ、メロンッ?」
タルトは相変わらずで、自分を招くのにご馳走のひとつも用意していないなんて失礼極まりない。これでは話もできんとそっぽを向いた。あまりにもど直球な賄賂要求にシーナ様とポロリが目をパチクリさせている。
「シーナ。この子は精霊で、ドルオータ様がまだ生きていらしたころからご縁があるそうだ」
「下僕はバナナを食べさせてくれたというのに、お前たちはなんにもくれないのですか? 役立たずには暇を出すよう【光棒の舞手】に言いつけてしまうのですよ」
「なななっ?」
唐突にメロンを要求した挙句、解雇をチラつかせる3歳児。はっきり言って酷い。それくらいにしておきなさいと抱き上げて、ヨチヨチとほっぺをコショコショしてやる。
「下僕ってお兄ちゃんのことなの?」
「いろいろあって、そういう契約を結ぶしかなかったんだよ」
タルトがおとなしくなったところでポロリがおそるおそる尋ねてきた。選択の余地はなかったのだと説明しておく。【真紅の茨】を呼び出してしまったことや、ペット用契約の主従を逆転させられたなんて些細なことまで明かす必要はないだろう。結果だけ報せておけば充分だ。
「こちらの方かもしれないというお話でしたね。精霊……のようには感じられませんけど……」
「雇い主のクッコロちゃんです。2千年以上の昔にロゥリング族から枝分かれした種族で、人族との交流が再開されたことを知って混血種が受け入れられるか確認にきたんですよ」
そろそろ本題を切り出す頃合いだとクッコロちゃんの正体と、僕たちがここを訪れた目的を明かす。「ジェン・トルメンの乱」に関してはロゥリング族の歴史でも伝えられているらしく、伯父さんもシーナ様もご存じだったものの、襲撃された集落にいた者は老若男女問わず皆殺しにあって生き残りはいないとされているらしい。
「ジェン・トルメン伯爵は娘たちを連れ去って自分たちの子供を産ませたそうです。伯爵は討ち取られましたが、人族との間に生まれた混血の赤ちゃんと身ごもっている娘は解放されませんでした。そのことからどっちの種族にも混血児を受け入れるつもりがないのだと察した娘に、タルトが抜け道を教えて逃がしたという話です。彼らの末裔がクッコロちゃんですね」
かくかくしかじかとゴブリンの歴史を要約して説明する。ロゥリング族の歴史で皆殺しとされたのは、赤ちゃんと娘たちがひとり残らず姿を消してしまったせい。足取りがまったくつかめない以上、死んだことにするしかなかったのではないかと僕の推測を加えておく。気がついた時には忽然と消えてしまっていてまったく説明がつかないので、話のつじつまを合わせるために最初から生き残っていなかったことにしたのだと思う。
「我が甥よ。今、古い歴史の話にこの精霊の名前がさらっと出てきた気がするのだが……」
マルダー伯父さんはタルトのことを聞き逃さなかったようだ。今、確かにこいつの名前を出したよなとプルプル震える指で3歳児を指差す。
「今の話に登場した娘がクッコロちゃんたちの女神様になっているのですが、実際にタルトの仕業だと話していました。ドルオータ様が【捨てられた子を守る母】と言ったら彼女のことです」
「その名は幾度か耳にした覚えがございます」
ロゥリング族の神様がゴブリンの女神様のことを口にするのはこれまでにも何度かあったそうで、シーナ様は聞き覚えがあるという。もっとも、愚痴をこぼしているとしか思えない内容だったため、どんな関係にあるのかはさっぱりらしい。混血の赤ちゃんを産んだお母さんなので、女神様自身は純粋なロゥリング族だったのだと伝えておく。
「じゃあ、このお姉ちゃんは私たちと同じってこと?」
「ちょっと違うんだ。近親交配をくり返すと赤ちゃんが病弱になってしまうから、他の種族の血を取り込むことにしたんだよ。クッコロちゃんには獣人の血も入ってる」
「なるほど、いくつか混じっていると君は言っていたな……」
自分たちと同じにしてはずいぶん大きいぞとポロリがクッコロちゃんを指差した。ゴブリンたちが他種族と交配することにした経緯と、今はゴブリンとホブゴブリンの2種に分かれていること。そして、ロゥリング族は混血種を許さないものと考え、これまで見つからないようにしてきたのだと説明する。
「ですが、僕やポロリが産まれたことで状況が変わりました。そこで、ロゥリング族が混血児を受け入れるようになったのか確かめることにしたそうです。僕はここまでの案内役として雇われたにすぎません」
僕は頼まれたから案内してきただけで、目的があってこの集落を訪れたわけではない。噂の天才児っぷりを見せつけて妹に嫌がらせするつもりなんて毛頭ないのだと説明したものの、やっぱりポロリは信じてくれなかった。これ以上ないくらいの猜疑心を瞳から溢れさせ僕を睨みつけてくる。業界の闇を知って、家族を信じる心を失ってしまったのだろうか。
「どうして最初からそう言わなかったのかね?」
「身元を怪しまれている状況で切り出すような話じゃないでしょう」
ロゥリング族の領域まできた本当の目的を明かしたところ、嘘は言ってないけど隠していやがったのかとマルダー伯父さんが咎めるような口調で尋ねてきた。隠す意図があったわけではなく、先に疑いを解いておいた方が話を聞く側も受け入れやすいから。単なる順番の問題だと説明しておく。
「君が本当にあのペロリーヌの息子なのか疑わしく思えてきた。あいつはそんなこと考えない」
「息子だからって性格まで一緒だと思わないでください」
言い負かされたと感じたのか、しかめっ面になって再び僕を疑い始める伯父さん。相手に信用されようがされまいがお構いなしで一方的にことを進める嵐のような奴だとロリオカンを評する。それには全力で同意するものの、僕まで同じだと考えていただきたくない。
「口の減らない甥は置いておいて、クッコロさん。君はどうやって我々の考えを確かめるつもりなのかね?」
「ロゥリング族ガ混血種ノ存在ヲ許シテイナイナラ、私ハ生キテ同胞ノ下ヘ帰レナイ」
「仲間の命を囮にして確かめようとは……。モロニダス、君は知っていて引き受けたのか?」
「コレハ私ノ言イ出シタコト。勘違イシナイデホシイ」
僕の相手をしていても仕方がないとマルダー伯父さんがクッコロちゃんに向き直った。ひと言にロゥリング族といっても考えは様々だ。何をもって判断するつもりなのかとの問いかけに、ロゥリング族が今でも混血児を許していないなら自分は殺されるだろうと返され、ゴブリンとやらは少女を囮に使う冷酷な種族なのかと額を抑える。事情を知ったうえで連れてきやがったのかと伯父さんが僕を睨みつけてきたものの、計画の発案者は他でもない自分。仲間と僕を説き伏せたのも自らの意思だとクッコロちゃんが説明してくれた。
「勇者ノ命ハ仲間ヲ守ルタメニアル。惜シムモノデハナイ」
「なんとまぁ……では仮に我々が混血種を受け入れたとして具体的に何を望む?」
「私タチガ求メルノハ交配相手。無理強イスルツモリハナイノデ、当事者ノ合意ニヨル交配ヲ禁ジナイデモライタイ」
覚悟が決まり過ぎているクッコロちゃんに呆れつつ、行動として何を求められるのかと伯父さんが尋ねる。ゴブリン側の要求は極めて単純。当事者の判断に口出しするなということのようだ。
「つまり、何もするなということだね。軍事協力や通商は求めないのかい?」
「ソレハ先ノ話。今スベキコトデハナイ」
戦争への協力や交易について尋ねたられたクッコロちゃんは、それは話が持ち上がった時にあらためて考えればいい。今は考慮するに値しないと切り捨てた。あれやこれやと増やしても話がまとまらなくなるだけなので、要求は1本に絞ろうという判断だろう。
「……わかった。では、クッコロさんはゴブリン族からの使者として私がロゥツルペターンにお招きしよう。シーナ、モロニダスと精霊殿を任せても構わんか?」
「かしこまりました。おふたりは神殿でお迎えいたします」
しばらく何事か考え込んでいたマルダー伯父さんだけど、クッコロちゃんを正式な外交使節として受け入れることを宣言する。僕とタルトは神様のお客として神殿へ連れて行かれるようだ。後の交渉はクッコロちゃんの仕事であって、僕が口出ししてよいことではない。これでミッションコンプリートである。
「メロンはまだなのですか? やり遂げたような雰囲気にごまかされるわたくしだと思ったら大間違いなのですよ」
と思ったのも束の間、重大な問題が僕たちの前に横たわっていた。お招きする気持ちがあるならメロンのひとつくらい用意しろ。ご馳走がないなら神殿なんぞに用はないとタルトが駄々をこね始めてしまったのだ。このままでは任務失敗だとシーナ様とポロリが青褪めた表情で頭を抱える。神様からの招待をお断りする罰当たりな精霊がいるなんて予想していなかったのだろう。
「果実のお酒で許してはもらえんかね?」
「わたくしは今メロンの気分なのですが、考えなくもないのです」
娘のピンチにマルダー伯父さんが助け舟を出す。生食できるような果物はないのだけど、果実酒ならあるそうだ。ロゥリング娘がやってきたなら祭祀――という名の興行――が催されるので、競技会の打ち上げも兼ねて今夜はパーティー。盛大に放出するからとタルトをなだめてくれた。
広場に祭壇――という名のミニステージ――が設けられ、ロゥリング娘シーナ様の興行準備が進められていく。演奏は養成中のポロリーヌだそうな。楽器はパッと見ギターなのだけど、ロゥリング族サイズなのでウクレレと呼んだ方がいいかもしれない。絃を指で弾いて鳴らす構造で、胴体に音を大きく響かせる術式と低い音域に切り換える術式が刻んであるという。
「お兄ちゃん。その恰好はなんなの……」
「今日はお兄ちゃんが全力で応援するからな」
「どどどっ、どこからピーネ様の応援グッズひと揃えをっ?」
タルトから借りたピーネちゃん応援グッズを全身に装備した僕の姿を見て、なんだそのいでたちはと妹は呆れ、どこから調達してきたのだとシーナ様は目を丸くしていた。永遠のセンター様を見たことないポロリには、この応援グッズの希少性が理解できないようだ。
「その昔、お気に入りを一緒に応援しようと【光棒の舞手】がくれたのです」
「ドルオータ様からのいただきものなのっ?」
「誰彼構わず配っていたので、天上にいた者ならひとつくらい持っているのです」
いつものローブに換えてピーネちゃん応援ハッピをまとったタルトが、お酒の注がれた木製ジョッキを傾けながらドルオタ神からもらったものだと出処を明かす。神様から賜った品と耳にしてポロリはドビックリだ。なるほど、神様が迎えに寄越させるのも納得だとシーナ様は頷いている。
祭祀という名のステージが始まり、ポロリの演奏に合わせてシーナ様が豊かな声でラヴバラードを披露してくれた。「私をあなたに捧げます」と歌う、ピーネちゃんが勝手に契約させられてしまった曲のようだ。なおシーナ様のダンスは流れるような優雅さが売りで、7歳女児という体格のハンデがなければクゲナンデス先輩も敵わないほどだったものの、ピーネちゃんのようにスカートの裾やリボンのハネ方まで妥協せず突き詰めたり、観ている者のハートを鷲掴みにするあざとかわいらしい仕種はない。そんなわずかな差が積み重なって、神様がドハマリしたスーパーアイドル様にはまだまだ及ばないという印象を受けた。
「D.I.S.K.ポロリッちゃぁぁぁんっ!」
もっとも、そんなことはどうでもいい。バックバンドとはいえ妹の晴れ舞台なのだ。お兄ちゃんたる者、全身全霊で応援しなければ男がすたる。「なんでお前、メインを応援しねぇんだ」という周囲の冷たい視線を無視して、ひたすらにポロリコールを続けた。これだけやれば、妹も涙を流して大歓喜してくれるに違いない。
「お兄ちゃん。今日はシーナ様のステージなんだよ……」
「ドルオータ様が現れたのかと目を疑うようなエールでございましたわねぇ」
ステージを終えたふたりがテーブルへとやってきたので喉が渇いただろうとお酒を差し出す。おつまみはタレコミしたシカラバのローストだ。どうしてひとりだけ自分の名前をコールしているのかとポロリは頬を膨らませていた。そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思う。シーナ様はと言えば、熱の入り方が神様にそっくりだとクスクス笑っていらっしゃる。
「……このお肉、この集落で獲れたものですわよね。どなたがタレコミを?」
おつまみを口にした瞬間、シーナ様の目が細められた。燻製や塩漬けされてないということは、よその集落から買ってきたものではない。この集落にタレコミできる者なんていなかったはずだと、獲物を探すトラのように視線を走らせる。捕食者の目がピタリと僕に向けられた。
「私もそろそろ一線から退いて、後進の指導にあたる頃合いだと考えてございますの……」
「しねぇぇぇ――――いっ!」
引退したらフリーだと口にする現役アイドル様。僕がタレコミした肉はすべて自分のものだとシアちゃんがお姉さんに襲いかかる。彼女はきっとメルエラと気が合うに違いない。
「わたくしにご馳走を食べさせるために下僕は生まれてきたのです。お前たちにも【光棒の舞手】にもあげないのです」
そして、この下僕はもう自分のものだと僕の膝の上で3歳児がふんぞり返っていた。




