476 挑まなかった今日の勝者
でんぐり返って遊ぶヒヨコの相手をしている僕を尻目に、2本目を走る選手たちがスタート地点へ向かっていく。はたしてシオン君は化けの皮を剥いでやるという言葉を実践すべく、考えてもいなかったであろう50メートルの騎射に挑戦するだろうか。競技は修練の成果を確認する場という彼の言葉はまったくもってそのとおり。ロクに練習もしていないことが土壇場で成功するなんてあり得な……絶対に的を外さないという【月の女神】様に大量の信仰を捧げてご利益をいただかない限り無理だろう。まぁつまり、それはもう奇跡の領域ってことだ。
「シオン君。必中のご利益とかいただいてないよね?」
「あの者にはないのです」
なんか心配になってきたのでタルトに確認してみたところ、シオン君にはないという答えが返ってきた。だけど、裏を返せばご利益をいただいている奴がいるってことではあるまいか。
「いただいてる人もいるってこと?」
「下僕やヒラビッチがそうなのです。必ず赤ちゃんを授かるのですよ」
「いや、そっちの必中じゃなくって……」
その昔、獲物の心臓を捧げてしまったせいか、僕は子宝成就のご利益をいただいているそうだ。せっかく神様がご利益をくださったのだからバンバン孕ませろと無責任ブッパを勧めてくるタルト。人族の社会規範を鼻で笑う精霊にしてみれば、すべての男は種馬でしかないのだろう。ただ女性と交配するためにのみ存在すると考えているのかもしれない。
「やはり本物だったか。あのお転婆が、よくこれほどの息子を育て上げたものだ……」
ヒヨコのお腹を押しつけて倫理の欠片もない3歳児を物理的に黙らせていたところ、今度はマルダーのおっさんがやってきた。どうやら、偽者疑惑は解けたらしい。ロリオカンをお転婆と評するあたり、やはり面識があったようだ。
「どうして信用する気になったんです?」
「君には本物らしく見せようという素振りがまるでなかった。にもかかわらず、一羽だけいるペロリーヌの雌鶏を見つけ出し、当たり前のようにフラッピングスピンを使いこなす。これで信用しないというのなら、本当にリーヌを連れてくるしかあるまいよ」
バナナンテの父鶏が【天より降る白銀の星】かとカマをかければ即座に否定するし、8歳で雄鶏を乗りこなした天才児との評判を聞かせても平気で雌鶏を選ぶ。噂どおりであろうと振る舞う様子がまるでないくせに、コケトリスを駆る姿は母親に瓜二つだ。信用するにせよ、疑うにせよ、もう確かめる手段がロリオカンに面通しさせるくらいしか残っていないと、僕に理由を尋ねられたマルダーのおっさんは肩をすくめてみせた。
「母とは知り合いなんですか?」
「私の名はマルダシウスという。歳は少々離れているが、ペロリーヌは同腹の妹だよ」
「うえっ?」
マルダーのおっさんは伯父さんだった。イケメンハーレムを形成するロゥリング族は父親が同じでさえあれば等しく兄弟姉妹という大家族主義なのだけれど、ロリオカンとは母親まで同じ兄だそうな。メンドリはここに集落を構えると決まった時にお祝いとして贈られたものだという。
「山脈のこちら側に集落を構えるとなれば他種族との軋轢も生じかねないからね。判断を下せる立場にある者をということで、私に白羽の矢が立ったのさ」
ロリオカンの兄となれば、このおっさん……いや、伯父さんは王子様。れっきとしたプリンスである。これまで交流のなかった種族との接触に備えて王族から配置されたらしい。つまり、マルダー伯父さんは縄張りに侵入してきた相手を見極める役であり、同時に外交大使でもあったわけだ。なるほど、最初に出会った時の対応が慎重かつ論理的であったことも頷ける。
「それにしても、1本目からあの距離の的を射貫いてフラッピングスピンまで使うとは……」
2番目の的を射貫いた後、4番目の的に向かう途中から最初に通り過ぎた的が狙える。そのことに気がつくのは、あの距離を射程圏内と認識している者だけだ。普通のジュニア級選手は射線が通っていることを確認すらしないのにとマルダー伯父さんがため息を吐く。フラッピングスピンにしても、まさか最初から使うこと前提のコース取りをしてくるとは予想していなかったそうな。
「振り返り派なんですから、フラッピングスピンを使わなければ右側の的が狙えませんよ」
「その、振り返り派なら誰でも使えて当たり前みたいな言い方はやめてくれ」
「違うんですか?」
「我が甥よ。お前もか……」
僕はフラッピングスピンで向きを変える以外の方法を教えられていなかったけど、一般的な振り返り派は射撃ポイントの下側から回り込み、駆け降りてきた勢いを利用して輪を描く。ループと呼ばれる乗り方で右側にある的を射界に捉えているらしい。そもそも空中で向きを変えるなどという動きをコケトリスに覚えさせられる競技者自体が少なく、伯父さんもあんなの無理だと諦めて持ち替え派に転向したという。
「鳥なんですから、空中で姿勢を変えるのはお手の物ですよね?」
「だから、その母親そっくりなできない方がおかしい的言い回しはやめるんだ」
お前は間違いなくあの妹の息子だ。たった今、確信したと涙を流すマルダー伯父さん。かつて教えを乞うたものの、グワッとかズギャーンといった擬音ばかりで何を伝えたいのかさっぱり理解できなかった。あんな妹に教育者としても劣っていたなんてとガックリ肩を落とす。田西宿実が学んだ知識のおかげで自分なりに解釈できてしまったことが、なんだか申し訳ない。
「実はそのせいもあって、母は娘で大失敗したんです。僕と同じように教育を施そうとして大喧嘩になったという話でした。妹がロゥリング娘の養成所に入ることを決めたのも、背景には母や僕から離れたかったという事情があるのかもしれません」
「詳しく聞かせてくれ。君の妹こそ私の同志だ。放ってはおけない」
だけど、これはチャンスでもある。ロリオカンにギャフンと言わせられているマルダー伯父さんなら、ポロリーヌの気持ちを察して力になってくれるかもしれない。僕で上手くいったと調子に乗った母が娘の教育でやらかしたことを伝えたところ、多感な時期の少女にこんな無力感を抱えさせておきたくないと協力を申し出てくれた。
「始まりましたかね」
お喋りをしているうちに2本目のアタックが開始された。初出場だという最初の子はシオン君たちが1本目で採った安全策に挑戦した模様。相変わらず最下位ではあったものの、自己ベストを更新することはできたようで喜んでいる。とっても微笑ましい。ふたり目の選手は僕が想定していたシオン君のタイムアタック構成をそのままなぞり、トップから150グラムも遅れた955グラムでゴールした。挑むことを諦めた奴なんて、しょせんこんなもんだ。
「さて、この状況でシオンはどうしてくるかな……」
50メートルを超える騎射。それも低い位置から仰ぎ見る的なんて、ロクに練習したこともないはずだとマルダー伯父さんはニヤニヤ笑っている。僕と同じく、ここで息子を見極めるつもりなのだろう。走行を開始したシオン君がひとつふたつと的を射貫いていく。
ここまでは僕と同じ。お次をどうするか……
「あ~、打ち上げる場合の弾道を読み損ないましたかね」
「想定すらつけられないまま、あてずっぽうに狙ったんだろう。当然の結果だな……」
シオン君はチャレンジャーだった。僕と同じように4つ目の的に向かう中間地点から最初にスルーした的を狙って矢を放つ。そして、的の20メートル手前の地面から土ぼこりが上がった。重力による減速とそれによって弾道が低くなる分の見積りが甘く、矢を地面に打ち込んでしまったようだ。初めての奴は必ずやらかすんだと伯父さんはクスクス笑っている。
「マルダシオン選手。的中4つで、タイムは778グラムです」
マルダー伯父さんが訓練した雄鶏はさすがのスピードで僕のタイムを抜いてきたものの、まず最初に判定されるのは射貫いた的の数。的中4つでは初出場の子にも及ばない。1本目の成績がシオン君の記録となる。すでに2番目に走行した選手に抜かされているので、代表争いからも完全に脱落だ。そして、続く選手たちが堅実に自分の記録を更新することを選んだため、最終結果は5位という成績に終わった。
「惜しかったとは言えないが、今後に期待だな」
「期待が持てるだけマシでしょう。ですが、代表選手になれなかったのは彼の判断ミスです」
1本目からタイムアタックを仕掛けていれば、まだ代表争いには残れていたはずだ。全員が初めに保険をかけてくるなら、結局のところ結果は2本目の成績で決まる。それなら、1回しか走行しないのも同じことではなかろうか。
「かつて、本命視されていたにもかかわらず連続で的を外した選手がいてね。それを見て以来、どうにも皆臆病になってしまったんだ」
保険の意味あるのかと疑問を口にしたところ、今回のシオン君と同じ最後のジュニア級大会でやらかした選手がいたのだと伯父さんが教えてくれた。1本目をミスったことで精神的に追い詰められてしまい、ガチガチに緊張した状態のまま2本目に臨んで自滅したそうな。その様子を目の当たりにしてから、1本目では絶対に外せないという空気が選手たちに広まってしまったという。
「続いて、マルダシア選手による模範演技を披露いたします」
「えっ、シアちゃん?」
「先ほど、妙に不機嫌な顔で私の雄鶏を貸してくれと言ってきた」
選手の成績を読み上げているアナウンサー役の女性が、シアちゃんの模範演技が行われると告げる。コケトリスはこの集落で一番のガチ競技用雄鶏だそうな。コースに目を向けてみれば、スタートを切ったシアちゃんが僕と同じコース取りでふたつ目の的まで射貫いていた。シオン君と同じく、4つ目の的に向かう途中から50メートル先の的を狙う。
「どりゃあぁぁぁ――――っ!」
そして、見事にすべて命中させ気迫満点の雄叫びを上げながらゴールに駆け込んできた。タイムは762グラム。参加選手であったなら優勝を奪われていたところだ。
「なんでシアちゃんがジュニア級の代表選手じゃないんです?」
「シアはミドル級だ。ジュニア級の大会には参加資格がない」
「彼女、シオン君の妹じゃないんですか?」
「あれでも姉だ。今年で21歳になる」
思い返してみれば、どっちが年上かなんて本人から聞かされてない。なんか言動が子供っぽいから年下と思い込んでいたけど、シアちゃんはベリノーチ先生と同い年だそうな。おっぱいがないから全然そうは見えなかった。
「どうっ、思い知ったっ?」
クラスが違うにもかかわらず、フンスフンスと鼻を鳴らしながらドヤ顔でふんぞり返るシアちゃん。振る舞いが完全に見た目相応の7歳女児だ。いい子、いい子したくなる。
「上達したな。今のを毎回決められればシニア級に上がれるぞ」
「まっ、毎回っ? それは……ちょっと……」
どうやら、ここ一発の気合いで命中させたらしい。完璧に決められるようになればシニア級だと父親に言われたシアちゃんは、急に自信を失ってしどろもどろになった。まだまだ必中を期待できる腕前ではないのだろう。だけど、彼女の中にドブネズミの輝きを感じる。この集落にも、やっぱり同胞は潜んでいたようだ。
競技が終了した後は表彰式が行われる。もちろん、僕が優勝だ。特に副賞なんかはないのだけど、シアちゃんが自分をお嫁さんにする権利をくれた。毎日、タレコミした肉を食べさせてくれるだけでいいと肉バカ妹たちのようなおねだりをしてくる。そして、準優勝で集落の代表選手に選ばれたのは、参謀気取りのスカしたシオン君のお友達だった。
「あなたのおかげで代表選手になることができました。感謝していますよ」
「これから大変だと思うけど、まぁがんばって……」
表彰式を終えて集落に戻る途中で、代表選手の座を負け取ったスカし野郎がお礼を伝えてきた。コケトリスの能力ではシオン君がダントツなので、同じ構成を採る限りタイムで上回ることは難しい。2本目でシオン君が的を外してくれることだけが唯一残された勝ち筋と考えていたそうな。相手の失敗に期待することを勝ち筋とは呼ばない。それはただの無策だというツッコミをどうにか飲み込む。
「あの男、下僕のいたずらにまったく気づいていないのです」
「いつか、彼も察する時がくるよ。一番大きなものを失ったのは、他でもない自分だったってね」
あいつは自分が捨てたものをわかってないと、僕たちから離れていく背中を指差すタルト。自ら負ける道を選んでしまった者はその楽ちんなところに味を占め、困難にぶちあたる度に負けてもよい言い訳を探すようになる。これから先、シオン君との差は開く一方だろう。彼は己の判断で、今日のこの日を競技人生のピークにしてしまったのだ。ジュニア級の代表選手に選ばれたという、あっという間に色褪せてしまう過去の栄光を胸に敗北を重ねていくに違いない。
別に負けたっていいじゃないかと自分に言い聞かせながら……
挑戦することを忘れた男の背中は俺様の時代キタコレと自信に満ちあふれていたものの、僕には滑稽なくらい小さく感じられた。
「お頭、シーナ様がお戻りになられました。公務だそうです」
集落に戻ったところで、留守番をしていたロゥリング族がマルダー伯父さんに来客を伝えてきた。シーナ様というのは伯父さんの一番上の娘で、なんとロゥリング娘のメンバーであるという。公務ということはつまり、神様に仕える巫女の仕事でこの集落を訪れたということだ。僕たちに関係することだと予想したのか、一緒にくるよう告げられる。
伯父さんの仕事場である頭領屋敷に到着すれば、ドクロ研究室に飾られている肖像画のピーネちゃんが着ていた衣装によく似た装束の7歳女児が応接間で待っていた。ロゥリング娘のシーナ様で間違いないだろう。問題はその隣に控えている9歳くらいに見える女の子だ。僕の姿を見つけてまん丸に開かれていた目が、親の仇を探し当てたかのようにスッと細められた。
「どうして人族の国にいるはずのお兄ちゃんがここにいるの?」




