475 全力のモロニダス
競技会の日がやってきた。晴れ渡る空の下、出場を決めたジュニア級の猛者たちが続々と会場入りしてくる。その数、実に僕を含めても6名。まぁ、田舎集落の予選大会にしては集まった方だと思う。
「それではこれより、全ロゥリング族ジュニア級コケトリストライク選手権大会集落予選を始める。選手宣誓は特別参加のモロニダス選手」
開会を宣言したマルダーのおっさんが僕を手招きする。田西宿実であったころから一度やってみたかったので、こっそり袖の下を渡してお願いしておいたのだ。
「宣誓、我々選手一同はドブネズミ魂に則り――」
「ちょっとまてコラァァァ――――ッ」
横一列に並んでいる選手たちの前へ進み、右手を高々と上げて宣誓の言葉を口にしたところ、もともと選手代表に予定されていたシオン君がストップをかけてきた。残念ながら、もう遅い。
「――いかなる汚い手段を用いてでも勝利を目指すことを誓いますっ!」
「うむ、よろしい」
「いいのかよっ。それで、いいのかよっ?」
大会を汚すなと足をドシドシ踏み鳴らしてシオン君が抗議の声を上げたものの、マルダーのおっさんは取り合わない。勝つということを甘く考えるな。手段を選んでいるようでは手が届くはずの栄光もすり抜けていくぞと、逆に息子を言い包める。横の方ではヒヨコに囲まれたタルトがお腹を抱えてケラケラ笑い、シアちゃんはプンスカと頬を膨らませ、クッコロちゃんは呆れたようにため息を吐いていた。
「時間がもったいない。選手は速やかにスタート地点まで移動するように……」
おっさんに促されて斜面をトコトコ登っていく。見取り図は空から見下ろす視点なので右上スタートの左下ゴールだったけど、実際にコースを走行する際は左右が逆だ。左上からスタートして、右下のゴールめがけて崖を下っていくことになる。
走行する順番を決めるのはクジ引きでシオン君が3番手、僕は最後と決まった。一番最初に走るのは12歳で今年が初出場という男の子。まだ右手に弓を構えたのでは狙いがつけられないのか、左側にある的だけを射貫いていく。この構成にした場合、2番目と3番目に狙う的の射撃ポイントが近すぎるため、コケトリスで駆け抜けながらでは矢をつがえている間に通り過ぎてしまう。そのためスピードを上げられず、男の子はコケトリスの足を止めさせてふたつの的を射貫いていた。タイムよりも外さないことを優先したのだろう。
4番目にサービス的、5番目にゴールとは岩で遮られたペナルティ的を射貫いて初出場の男の子がゴールへ駆け込んでいく。どうやら、5つとも命中させて走行を終えた模様。集まった野次馬の皆さんに歓声で迎えられていた。
「さて、これでひとつも外せなくなったね」
「皆、確実に当ててくるからな。いつものことだ」
どんなにタイムが速くても、射貫いた的の数が5つを下回れば最初の男の子より下の順位にしかならない。一発でも外したら終わりだぞと話しかけてみたものの、そもそも的を外すこと自体が珍しいことであるらしく、最初からわかりきっていたことだとシオン君は涼しい顔をしている。それはつまり、誰ひとり限界チャレンジをしてこなかったということではあるまいか。
「優勝するために、イチかバチか勝負してみようって子はいなかったの?」
「不確実な賭けに出なきゃいけなくなった時点で、そいつはもう負けてるんだ。競技は修練の成果を確認する場であって賭場じゃない」
優勝できなきゃ、2位もドンケツも同じこと。すべてを捨てて1番になろうとした漢はいないのかと尋ねてみたところ、自分たちは結果をギャンブルに委ねたりしないとシオン君は言い切った。結局のところ積み重ねが肝心ということには全面的に同意する。だけど、座して敗北を待つような姿勢は容認し難い。どうやらここは次席タイプの集落で、首席やアキマヘン嬢のようなドブネズミに恵まれなかったようだ。
「勝てないからって何もせず諦めちゃうの? 最後まで足掻こうとは思わないの?」
「もちろん最善は尽くす。その結果が順位に現れるんだ」
最後まで諦めんなと言ってやったものの、誰だって自分にできる精一杯のことをしている。できもしないことに挑戦して順位を落としたら元も子もないとシオン君は言い張った。ワールドランキングじゃあるまいし、こじんまりとした競技会には優勝者と負け犬のふたつで充分。2位以下の序列なんて気にしても仕方がないと思う。
「まさか、たった6名の競技会で優勝を逃しておきながら、自分よりも下がいると考えて満足するつもりじゃあるまいね? そんな低い志で僕の化けの皮を剥ごうなんて、へそで油が煮えるよ」
「誰が負けて満足するものかっ。優勝を狙うに決まってるだろっ」
下を見て安心しているようでは上達しないぞと忠告してあげたところ、狙うは優勝のみだとシオン君は豪語した。ならば、言葉ではなく行動で示してもらおう。そろそろ君の出番だぞとスタート地点を指で示す。プリプリしていては狙いを外すと思ったのか、大きく深呼吸して自慢の雄鶏をスタートラインに立たせるシオン君。合図とともに勢いよくコースに駆け出していく。
「…………まったく行動が伴っていないのはなぜなのか?」
スタート地点のゲートを飛び出していったシオン君の前に最初の射撃ポイントが迫る。ここは右手側下向きに設置された的と、左手側横向きに置かれた的の射線が交差するポイントであり、足を完全に止めない限りどちらか一方しか狙えない。射撃ポイントを駆け抜けながら左手側にある的を射貫くシオン君。問題は次に向かった先だ。右手側の奥まったところにちょっと狙いにくいものの、射貫くことができればその後のコース取りがかなり自由になる的が置かれているのだけど、あろうことかヤツはこれをスルーしやがった。弓を左手に持ち替え、その下流側にある狙いやすい的を射貫いてコケトリスをコースの左手側へ向かわせる。
「結局、1本目は保険ですか。そうですか……」
もうこの時点で3番目から5番目までは初出場の男の子と同じ的を狙う構成だとわかる。コケトリスの足を緩めることなく右手に弓を構えて射る回数を1回で済ませるならば、このコース取りしかないのだ。他の選手たちまで同じように安全策を採用した場合、走行タイムはコケトリスで決まるからシオン君が暫定トップになるだろう。
――ここに僕がいなければな……
しきりに順位を気にしていたくせに、やっていることはコケトリス頼みの力押しだなんて、もう呆れるより他はない。思ったとおり、シオン君は5番目にペナルティ的を射貫いて最後の登り坂をエッホエッホ走りきってゴールした。続く選手もまったく同じコース取りで見どころのない走行を終える。
「全員が同じことしてたら、コケトリスの差でシオン君が勝つに決まってんじゃん。君たち、わかってやってんの?」
「大きなお世話です。代表資格のないあなたに言われたくありません」
僕のひとつ前に走行するのはシオン君と一緒にいた参謀気取りのスカしたお友達だ。もはや出来レースと言っても差し支えない展開につい声をかけてしまった。集落代表に選出される資格のない外野は黙ってろと睨まれる。確かに僕は部外者であるものの、正直なところお前らコケトリスの順位を決めてんのかと問い質してやりたくて仕方がない。やがてスカしたお友達の番となり、彼もやっぱりシオン君とまったく同じコース取りで1本目を走り終えた。
「手加減なしでいくよ。こんな競技会は、この1本目で終わらせてしまおう」
次は僕の番だ。全身全霊を込めた一発勝負だと声をかければ、メンドリはやる気マンマンでグゥグゥ喉を鳴らし応えてくれた。相棒も気合十分、保険なんていらない。スタート地点であるゲートへメンドリ進ませて合図を待つ。しばらくして、コース全体を見渡せる審判櫓からピカピカと緑色の発行信号が送られてきた。計測の準備が整った合図だ。コケトリスがゲートをくぐると魔導器がそれを検知して砂時計での計測が開始される仕組みらしい。
「いつでもいいですよ~」
「いけっ。メンドリッ」
スタート係のロゥリング族が準備オッケーと伝えてきたので、両脚で拍車を入れながら長い首を後ろから押してやる。危険が迫っている時の緊急発進にも使う合図を受けて、メンドリは尻に火がついたような勢いで駆けだした。グングンと最初の射撃ポイントが迫ってくる。
弓に矢をつがえ、左手側にある的を射貫く。次に狙うのは右手奥に置かれている的だ。こいつを射貫いておかなければ、連続した的を狙うために足を止めるか、最後が登り坂となるコースを回るかの2択を強いられる。今回のコースを攻略する上で最も重要な的であり、スルーするなどという選択肢はあり得ない。的まで30メートルほどの地点でフラッピングスピンを使い向きを変え、ど真ん中に矢を突き立てた。
――ここからが勝負の分かれ目だ。僕の本気を見せてやるよ……
ここまでは選択の幅なんてないに等しいから差はつかない。この的を射貫いたあと、残りの3つをどうするか。それが腕の見せどころだとコースを考案した奴は考えていることだろう。僕の想定したシオン君のタイムアタックはこの後まっすぐ下へ駆け下りて、1本目で2番目に射貫いた的かその直下にある的を狙うこと。そこから、最初の走行で3番目に射貫いた的を4番目に持ってくれば残りはひとつだ。でっぱった岩で左右に分断されているコースのゴール側にも的がひとつ設けられているので、サービス的やペナルティ的へ向かわなくて済む。
――だから、それじゃどうあっても届かない構成を考えてやったぜ……
このコースも地滑り跡なのか、やっぱり上の方は傾斜がきつくて、下にいくほど緩やかになっている。傾斜のきつい部分でどれだけスピードに乗せられるかが時間短縮のキモだ。余計な大回りはロスが大きい。ふたつ目の的を射貫いたあと、最初の走行でシオン君が3番目に射貫いた的に向かってメンドリをまっすぐ駆け下りさせる。あの的を3番目に射貫いたら最後に罰ゲームの登り坂が待っているけど、そこに向かうまでの中間地点から狙える的があれば話は別。そして、おあつらえの的がちゃんと用意されていた。
一番初めにスルーした右手にあった方の的である。的までの距離が50メートルを超えるものの、ここからなら弓を左手に構えたまま狙えるのだ。ロリオカンの仕込んだメンドリは乗り手が弓を射やすいよう姿勢を安定させてくれる。こいつとなら60メートルの騎射だって外さない。
一発必中、モロニダストライクと心の中で唱えながら矢を放つ。スピードが乗っていてすぐに次の的が迫ってくるので、命中確認をしている暇はない。次の矢をつがえ、メンドリを右へ旋回させながら4つ目の的を射貫く。そのまま岩で分断されているコースのゴール側へ飛び込み、フラッピングスピンで素早く向きを変え最後の的を狙う。命中させたら、後はゴールめがけて全力で駆け下りるだけだ。
「なんだ今の動きっ。コケトリスが一瞬で向きを変えたぞっ?」
「あんなのシニア級のトップランカーが駆使する技じゃないっ。本当にジュニア級なのっ?」
坂を登ってきた連中とは比べ物にならない勢いでゴールを駆け抜ければ、野次馬に集まった暇ロゥリング族たちが騒然となっていた。ここが持ち替え派の集落なせいかもしれないけど、どうもフラッピングスピンは一般的でないらしい。右側にある的を狙うための基本技能というロリオカンの説明は嘘だったのだろうか。
「モロニダス選手。的中5つで、タイムは791グラムです」
「なんだそりゃあぁぁぁ――――っ?」
「800グラムを下回るなんて、ミドル級でも優勝できるだろっ」
どうやらモロニダストライクは的を捉えていた模様。順位を掲示しているボードに僕の名前と記録が掲げられると、見た目どおりの年齢ではないのではないかという疑惑が一気に燃え上がった。どいつもこいつも外見年齢は同じだろとツッコミを受けて一瞬で鎮火する。
他の選手の成績を確認してみれば、シオン君の1188グラムを筆頭に残りはすべて1200グラムオーバーだ。本気のタイムアタックで300グラムは縮めてくるだろうけど、それでもまだ100グラム近い差がある。優勝は決まったようなものと考えてよい。
「ご苦労さん。今日はもう終わりだからゆっくりしていいよ」
メンドリの轡を外して水を飲ませていると、ヒヨコを連れたタルトたちがやってくる。あとはもうゴロゴロしているだけだと告げたら、抱っこしてやれと3歳児がヒヨコを差し出してきた。ヨシヨシと暴れん坊なヒヨコの遊び相手をしてあげる。
「走行はあと1回残ってるんだけど……」
「ここの集落の連中は腰抜けばかりだから、僕の記録に挑んでくるもの好きなんていないさ。せいぜい2位以下を争っていてもらうよ」
2本目は走らないのかとシアちゃんが尋ねてきたので、さりげなくこっちの様子をうかがっているシオン君たちの耳にも届くように、誰も抜きにこないから必要ないと宣言してやる。ここまで言われて、彼はどうしてくるだろう。僕の記録を超えるには、騎射で50メートル先の的を射貫くことに挑戦するしかない。命中させられれば優勝の可能性が出てくるものの、外せば代表選手の座を奪われること間違いなしだ。
「この状況でシオン君が何を優先させるのか、彼の本質を見せてもらおうぢゃないか」
「下僕はなかなか面白いいたずらを仕掛けるのです。もうちょっとここで遊んでいるのです」
「イジワル……」
楽しくなってまいりましたと喜ぶタルト。退屈な競技だけど、もうしばらくはつき合ってやるとヒヨコを抱えてドッカリ腰を下ろす。クッコロちゃんがジト目になっていたものの、競技での振る舞いや取り組み方に相手の性根が現れるとはマルダーのおっさんも言っていたことだ。決して僕の底意地が悪いわけではないと思う。腰抜けという言葉が気に入らなかったのか、シアちゃんはプンスカ怒ってどこかへ行ってしまった。
「見せてくれ、シオン君。君の中に眠るドブネズミの輝きを……」




