474 ライバルたちにご挨拶
肉の宴は大盛況なうちに幕を閉じ、ひと晩明けた本日は競技会で使われるコースをシアちゃんに案内してもらっている。見取り図で説明を受けた時はわからなかったものの、予想していた以上に凸凹が多く平坦とは言い難い。射撃ポイントが限られるのはもちろんのこと、駆け下りるルートも制限されてくるだろう。ジュニア級にエントリーしている男の子が練習していたので、コース全体を見渡すことのできる樹上の審判小屋から観察させていただく。
「最後にあの的を射貫くのかぁ……どう考えてもそれは罠……いや、ひとつ前に射貫いた的が罠と言うべきか……」
「ジュニア級でも簡単なコースじゃないわ。タイムロスになるとわかっていても、そうせざるを得ないように考えられているのよ」
コースの下の方に大きな岩がでっぱって左右を隔てているのだけれど、男の子が最後に射貫いた的を狙うためにはその右側へ回り込まなければならない。ゴールはコースの左下なので、最後の的を射貫いてからその大きなでっぱりを迂回することになる。その際、駆け下りてきた勢いのまま下側へ迂回するとゴールより低い位置まで下がるしかなく、最後が登り坂になってしまうのだ。かといって、上側へ回り込むには駆け下りてきた勢いを完全に殺して射撃ポイントで停止するしかないだろう。さすがにそれは論外である。
練習していた彼も最後の登り坂でタイムが落ちることは承知のうえで、あのコースを選択するしかなかったのだと口にするシアちゃん。やはりロゥリング族の競技会だけあって一筋縄ではいかないようだ。きちんと攻略しなければメンドリの力があっても不覚をとりかねない。
「なるほどね。こりゃ厄介なコースだ」
全体を俯瞰した後はコース上に出て射撃ポイントを確認する。傾斜はアキマヘン嬢をしごくのに使っている地滑り跡と同じくらいだろうか。的は木製の桶を逆さにして底板に◎印を描いたような造りで、この底板の部分に矢が刺さらなければ射貫いたとは認められない。側板に刺さったり、斜め過ぎて弾かれたりしたらノーポイントだ。おおよそ的の正面から上下左右30度の範囲内で、障害物に射線を遮られないところが実用的な射撃ポイントなのだけど、もうタルトが考えたのかと疑いたくなるくらい意地悪なポイントに障害物が配置されていやがった。
「そっか。さっきの彼は、このサービス的を選んだのか……」
そんな中に、いかにも狙ってくださいと言わんばかりの的がひとつだけあった。わざわざ大回りしなくても10メートルくらいの距離から射れるくらい手前に置いてあるし、邪魔っけな障害物もない。ただし、この的を4番目に射貫いてしまうと、練習していた彼のようにゴールとは反対側にある的を最後に狙わなければいけなくなる。このサービス的を5番目にする構成も考えられるものの、それまでに4つ射貫いておこうとすると今度は前が詰まるのだ。射撃ポイント間の距離が近すぎると次の矢をつがえる前に通り過ぎてしまうので、ある程度は離しておかなければならない。コケトリスのスピードまで考慮すれば、最後が登り坂になるあのコース取りは実に無理のない無難な選択なのだとわかってくる。
「そういうこと。あの的を狙わない構成も考えられなくないけど難易度は跳ね上がるわ。ジュニア級ではちょっと厳しいと思う」
なるほど、なるほどとシアちゃんの解説に相槌を返しながら、手元のメモにそれぞれの的から射線が通る方向を記録していく。コース上の起伏や障害物のせいで、ひとつの的に対して狙えるポイントはひとつかふたつしかない。
――と、このコースの考案者は考えてるんだろうなぁ……
駆けるコケトリスに跨って命中させられる距離が20メートルまでと仮定すればそうなるものの、有効射程を倍の40メートルにまで延長すれば使える射撃ポイントも増えてくる。あのサービス的を5番目にする。いや、そもそも狙わないという構成も充分可能だ。優勝候補であるシオン君の腕前がどれほどのものかわからないけど、妹であるシアちゃんなら知っているのではあるまいか。
「シオン君てどのくらいの距離から的に当てられるかわかる?」
「う~ん。30メートルくらい離れると怪しくなってくるかな……」
どの選手でも15メートル以内ならほぼ当ててくる。20メートル離れた的を安定して射貫くことができれば上手な方で、シオン君は25メートルまでなら充分命中が期待できるとのこと。ならば有効射程を30メートルとして、彼が限界ギリギリを攻めた場合の構成を考えてみた。
「すると、サービス的を狙わない可能性もあるね」
「シオンはいつもふたつ構成を用意しているの。2回試せるから最初に確実な構成で上位を確保して、2回目で勝負をかけるのよ」
「ふ~ん。堅実というか、最低限の成績は確保したうえで勝負するタイプか……」
シアちゃんの話によれば、シオン君は1回目を保険に使う次席タイプのようだ。人口の少ないこの集落では強敵もおらず、順位を気にしていられるだけの余裕があるのだろう。すべてをかなぐり捨てて唯ひとつの勝利を求める。そうまでしても勝ちたいと思えるライバルに恵まれなかったから、噂の天才児なんかに対抗意識を燃やしてしまうに違いない。
「なら、1回分みすみす棒に振ったことを後悔させてやりますかね」
保険をかけてから勝負なんてのは、格下相手に勝利を確保するためのやり方だ。これまでの自分を超えなければ勝利は望めないという強敵に対して採る戦法じゃない。戦績や勝率が重要視されるプロならともかく、ジュニア級はしょせん競技者の底辺に位置する未熟者。未だ修行中の身でありながら下の連中と自分を比べて満足しているようでは、ミドル級やシニア級で伸び悩むに決まっている。トップに立ちたいなら息をするように上を目指せと、特別にこの僕が思い知らせてあげようぢゃないか。
クックック……彼を一人前のドブネズミにしてやんよ……
「なんだか臭ってきそうなくらい邪悪な魔力を感じるわ……」
臭いが髪の毛に移りそうな魔力だとこめかみを引きつらせるシアちゃん。それは我らが魂の故郷、ドブの臭いだ。実家にいるような安心感を得られるまで再教育してやろう。
「お前もドブネズミにしてやろうかぁぁぁ――――っ」
「いやぁぁぁっ。こないでぇぇぇ――――っ!」
ドブネズミ教育を施そうとしたところ、シア候補生は悲鳴を上げて逃げ出した。訓練中の雌鶏で勢いよく斜面を駆け下りていく。甘い、甘すぎる。覚醒したメンドリから逃げ切れると思ったら大間違いだ。
「うえへへへ……君もファミリーの一員になるのだぁぁぁ」
「その雌鶏、いろいろおかしいよっ」
ロリオカンがフラッピングスピンまで仕込んだメンドリさんだ。旋回性能と安定性は、振り返り動作を覚えさせていない持ち替え派のコケトリスとは比べ物にならない。あっという間に隣に並ばれたシアちゃんが、そんな雌鶏はインチキだと非難の声を上げた。残念だけど、勝負はコケトリスを育成するところから始まっている。だからロリオカンたちトップ競技者は、自ら手塩にかけて乗騎を訓練するのだ。コケトリスの性能差は、すなわちトレーナーとしての実力差。いかなる言い訳も通用しない。
シアちゃんを追っかけてコースを下っていったところ、ゴール地点を過ぎた辺りにシオン君を含む数人の男の子がたむろしていた。競技会に参加する選手たちのようだ。挨拶しておこうと手綱を引いてメンドリを止める。シアちゃんはそのまま逃げ去ってしまった。
「やぁ、シオン君。コースの攻略は進んでいるかな?」
「天才児様は雄鶏を扱えるはずじゃなかったのか?」
シオン君は僕が雌鶏を選んだことを気にしているらしい。メンドリを寄せて話しかけたら、早くも言い訳するための予防線を張っているのかとライバル意識むき出しで睨みつけてきた。ひと言に雄鶏と言ってもピンキリだ。僕は自分にとってベストの選択をしただけだと伝えておく。
「競技用に貸し出してる雄鶏はひと通り試したよ。言っちゃなんだけど、こいつに勝る雄鶏は一羽もいないね。君の雄鶏は自分のかい?」
「あぁ、こいつはおやじの雄鶏と一緒に訓練された兄弟だ。他の奴と同じだと思うな」
ロリオカンのしていた、何羽か一緒に訓練して一番デキがいいのを自分の乗騎にするというやり方は一般的なようだ。シオン君の雄鶏は黒スケポジションにいた奴だという。だとすれば、ほぼほぼマルダーのおっさんの雄鶏と遜色ない仕上がりと考えて間違いない。コケトリスの能力自体はメンドリより上なはずだ。なかなかの強敵である。
「それ、バラしちゃってよかったの? 負けた言い訳をコケトリスのせいにできなくなるよ」
「もう勝ったつもりでいるのか。ずいぶんな自信だな?」
ただし、それはシオン君がコケトリスの能力を充分に活用できればの話だ。この雄鶏がどんなに速くたって、弓が下手くそで的を外してしまえばそれまで。つまり、そういう勝負に持っていけばメンドリとの差は意味がなくなる。乗り手の勝負にすんぞと暗に告げたものの、どうも上手く伝わらなかったらしい。ただの自信家発言と受け取られてしまった。
「負けるつもりで出場するわけないさ。それとも、頼まれたから参加しただけで、最初から勝つつもりなんてありませんでしたって予防線を張っておいた方がいい?」
「ふざけるなっ。参加したからには本気で勝負しろっ」
それなら、それで構うまい。やると決めた以上、勝利を譲るつもりはないのだ。僕に負けた時の言い訳を用意して欲しかったのかと尋ねれば、逃げ口上は許さんとシオン君は激高した。自信のあるところを見せつけてもダメ、言い訳をするのもダメとは、いったい僕にどうしろというのだろう。自信なさげにプルプル震えながらガンバリマスとか言えばよかったのだろうか。そういうのはシアちゃんにでもお願いしていただきたい。
「もちろん、全力で勝利をもぎ取りにいくつもりだよ。だから君も、これまでのような安全策が通用するとは思わないことだね」
「なんだと?」
やる気マンマンなシオン君のために、これまでみたいな確実性を優先した戦法は通用しないと告げておく。シアちゃんの話から、彼が2回目のアタックで採るであろう構成もおおよそのところは想像がついた。だから、それをパーフェクトに決めても届かない構成を組み立てたのだ。
「君自身が想定している最高の成績を超えて、それ以上を目指さなければいけないようにしてあげる。最初の1回を上位入賞するために使うような余裕はないと心得ておいてくれ」
僕を相手にする以上、ミスを犯さなければ勝てるなんて甘い考えは捨ててもらう。リスクを承知のうえで、これまで足を踏み入れたことのない領域にチャレンジしなければ勝機はない。そんな、素晴らしき競技の世界ってヤツを体験させてあげようぢゃないか。
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「そんな雌鶏でシオンに勝てるわけないだろっ。大口を叩いて恥をかくのはお前の方だぞっ」
「自信ありげな態度で相手を焦らせてミスを誘う作戦だろう。シオン、無視した方がいい」
一緒にいた男の子たちはシオン君のお友達らしい。ひとりは雌鶏で勝てるわけないと根拠もなく決めつけ、もうひとりはあろうことか参謀気取りでこれまでのやり方を崩すなと勧めてやがる。どうやら、自分たちの手の届かないところへ行ってしまわないよう仲間の足を引っ張るタイプのようだ。こんな沼妖怪どもの中で一番になっても価値などないと、シオン君には一度思い知らせてあげよう。つき合うなとは言わないけど、つき合い方は考えた方がいい。
「どう考えようが構わないけどさ。今の言葉を信じたシオン君が負けたとき、君たちは責任をとるつもりがあるんだろうね?」
こいつらはいわゆる評論家気取り。専門家でもないくせにしたり顔でアドバイスしてくるけど、結果に責任を持とうなんて考えてもいない連中だ。専門性を買われて雇われた職業アドバイザーであれば、情報収集もしないうちに軽々しく結論を出したりしない。ジュニア級は今年で最後という歳なのだから、彼らの言葉には重みがないとシオン君もそろそろ気づいていいころだ。
「お前こそ、負けた時のことを考えてるんだろうなっ?」
「言い訳はしない。口先だけの奴と笑ってくれて構わないよ」
男の子のひとりは自分の責任に言及することなく、僕のことへと話をすり替えてきた。実に評論家気取りらしい反応だ。どのような結果であれ受け入れるまでよと答えておく。勝利の目途は立っているものの、僕の想定をシオン君が上回ってこないとも限らない。その時は素直に敗北を認めるしかないだろう。
伝えるべきは伝えたから、もうここに用はない。何もできないまま負けるのも、みっともなくあがいて負けるのも、万にひとつの勝利もをつかむのも、すべてはシオン君次第だ。競技会を楽しみにしていると告げてメンドリの踵を返す。
「噂の天才児様は勝利を確信していると言いたいのか? 他人を侮るのもいい加減にしろよ」
「侮ってはいないよ。勝負は蓋を開けてみるまでわからないって言うしね。ただ――」
どうやら、勝利宣言と受け取られてしまった模様。バカにすんなとシオン君が敵意に満ちた魔力を僕の背中にこれでもかとぶっ刺してくる。甘く見てなんていない。勝負である以上、負けることだって当然あるだろう。だけど、最後まで勝負を投げ出すことも、諦めることもしないと田西宿実は約束した。それがなんであれ、負けた後のことなど考えず全力投球あるのみだ。
「――屈辱を味わうのは初めてじゃない。今さら怖れたりしないってだけさ……」




