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道案内の少女  作者: 小睦 博
第15章 ロゥリング族の都へ

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472 再会、ヤツはここにもいた

 ロゥリング族の集落は南に伸びる山脈のふもとにあった。ティコアの母親が縄張りにしていた山の西側に回り込んでいるのは、ドワーフ国のある山脈から枝分かれした部分だそうな。元の山脈はまっすぐ西へ続いているらしい。もともとロゥリング族の領域はこの山脈を超えた西側にあるのだけど、数年前にドワーフたちが東西に抜けるトンネルを掘ってくれたので、マルダーのおっさんたちが集落を構えたのだという。


「トンネルを抜ければ荷車でもロゥツルペターンまで数日だ。獲物も豊富だし、こんな場所に集落を構えられるなんてドワーフ様様だよ」


 コケトリスに荷を積んで山越えするのと、鎧竜に曳かせた荷車でトンネルを抜けるのとでは運送コストに天と地ほどの違いが出る。近くて遠い最果ての地が、ドワーフのおかげで一等地に早変わりだと上機嫌でガハガハ笑うマルダーのおっさん。どうやら、百年に一度みたいな機会をものにしたラッキー野郎のようだ。


 ロゥリング族は樹上に居を構える種族のようで、でっかい樹の上にリス小屋みたいなのがいくつも並んでいた。これらが個室にあたるようで、倉庫に炊事場、コケトリス用の鶏舎といった共用施設は地上に建てられている。建築様式が異なるので、リス小屋みたいな個室はロゥリング族が、地上の建物はドワーフが建てているのだろう。


「モリバイソンが獲れたぞ~」


 おっさんが大声を上げて報告すると集落にいるロゥリング族が集まってきて、獲物を屠殺場のような施設へ運び込んだ。ロゥリング族でも扱える大きさに切り出されたブロック肉を、おそらくは成人しているものと思われる7歳女児が目利きして、これは塩漬けに、それは燻製に、新鮮なうちに食べた方がよい部分は今晩の食事にと仕分けしていく。解体された獲物はこの女性の管理下へと移されるようで、邪魔な男どもは出て行けと屠殺場から追い出された。マルダーのおっさんは用心棒どものリーダーにすぎず、台所を取り仕切っている彼女こそ集落を統治する真の支配者に違いない。


「シオン、ちょっと話がある」

「なんだおやじ?」


 屠殺場から追い出されたところで、おっさんが解体を手伝っていたロゥリング族のひとりを呼び寄せる。どうやら、おっさんの息子でシアちゃんのお兄さんのようだ。


「彼は自称ペロリーヌ王女の息子だ。次の競技会でジュニア級に参加することになった」

「へぇ、8歳で雄鶏を乗りこなしたって奴か。フカすにも程があるだろ」


 噂の天才児だと僕を紹介するマルダーのおっさん。わざわざ煽るような伝え方をするってことは、競技会でライバルとなるのが彼なのだろう。おっさんの意図を見抜けていないのか、はたまた見抜いたうえで乗っかっているのか、シオン君はやる気マンマンで盛られまくった噂なんて信用ならんと事実を否定してくる。なんであれ否定から入る性格とみた。


「息子のマルダシオンだ。17歳だからジュニア級は今年で最後になる」


 ジュニア級は18歳未満までで、それ以上はミドル級かシニア級になるそうだ。今回の競技会は、この後にロゥツルペターンで開かれる全ロゥリング族ジュニア級コケトリストライク選手権大会に参加する集落代表を選出する予選であるらしい。なるほど、彼にとっては最後の大会。最後の夏なのだから、やる気に燃えているのも理解できる。


 ――ケッケッケ……勝負の世界の厳しさってヤツを魂に刻み込んでやんよ……


 今年が最後のチャンスなんて聞かされたら、もう手心を加えるわけにはいかない。田西宿実の最後の試合、すべての希望が失われたことを告げるゲームセットの声は、今もなお薄れることなく僕の記憶に残っている。あの何も残らなかったという虚無感と、すべてを失ったかのような絶望を、こいつにも味わわせてやろう。きっと、そのために宿命が僕をここへ導いたのだ。


「6歳のころからコケトリスと崖から突き落とされていれば、それくらいできるようになりますよ。マルダーさんは息子に甘すぎじゃないですか?」

「それはもう非道だと思うのだが……」


 栄冠を手にするためには親子の情を断ち切らねばならないと説いたものの、それはただの虐待だと甘ちゃんなおっさんは言い張った。勝負の世界に情けは無用なのだと、やはり僕が思い知らせてやるしかないようだ。これもシオン君のためと心に鬼を宿すことを決意する。


「噂話だけで実績のない天才児様がどこまでやれるか、楽しませてもらおうじゃないか」


 シオン君はどうやら天才児という看板に目を奪われて、僕がそれだけの技能を身につけるに足る訓練をこなしてきたという可能性に思い至らないご様子。ちょっと早熟なだけで天才児だなんて片腹痛いと鼻で笑う。


「僕が雄鶏を扱えるようになったのは訓練の賜。才能ではないってことを教えてあげますよ」


 スイッとかギュギューンなんて擬音まみれなロリオカンの指導を理解できたのは田西宿実が学んだ力学知識のおかげだけど、それを実践できるようになるには訓練をくり返すしかなかった。血と汗と涙とお漏らしにまみれて身につけた技能を、才能なんて言葉で片付けられるのは腹に据えかねる。こいつにこそドクロ塾が必要だ。もう泣いても許さない。


 天才児とやらの化けの皮を剥いでやると言い残してシオン君が去っていく。マルダーのおっさんの話によれば、噂話を耳にしてからめっちゃ僕を意識するようになっていたとのこと。どうやら、彼の中で勝手にライバル認定されていたらしい。おもしろくなってまいりましたとおっさんがニヤニヤ笑ってやがる。


「下僕、ヒヨコがいるのです。一緒に遊ぶのですよ」


 自分が楽しむために競技会に出場しろなんて言い出したのではないかとおっさんを問い詰めたかったものの、今年産まれたヒヨコを見つけたタルトに袖を引っ張られる。3歳児が指さした先に目を向ければ、母鶏の周りを元気いっぱいに駆け回るヒヨコたちの姿があった。もう辛抱堪らんと、赤ちゃん至上主義者がグイグイ僕を引っ張っていこうとする。こうなってしまっては仕方がない。ヒヨコに気を取られてご馳走を要求してこないことに期待して、今は3歳児の相手をすることに決めた。






 ロゥリング族の集落に滞在して早々、僕は頭を抱える事態に直面していた。競技に使えるコケトリスが見つからないのである。競技用に訓練してあるという雄鶏をひと通り試乗してみたものの、ここの住人は揃って持ち替え派なのか瞬時に向きを変えるという動作を覚えさせていなかったのだ。その場でターンさせようとしても、「どうしてそんなことすんの?」みたいな感じで反応が鈍いったらありゃしない。ロリオカンのやり方で訓練されてないコケトリスがこんなに扱いにくいものだとは予想していなかった。


「コースの見取り図よ。あとで案内してあげるねっ」


 乗っけてくれた雄鶏にご苦労さんの砂浴びをさせているところへ、競技会で使われるコースだとシアちゃんが木製のパネルを持ってきてくれた。僕とシオン君が参加するのはフリースタイルと呼ばれるルールで、斜面を駆け下りながら矢の本数だけ的を射てゴールするというものだ。コース上に設置されている的の数は矢の本数の倍くらいあって、どういったルートを駆け抜けてどの的を射るかは競技者の自由。矢を命中させた的の数で成績が決まり、同じ場合はスタートからゴールまでのタイムで順位がつけられる。もちろん、短い方が上位だ。今回は的が10個で矢は5本だという。


 木製のパネルには的を掲げる位置が20カ所以上示されている。この中から10カ所が選ばれていて、指定されているのはここだとシアちゃんが教えてくれた。スタートとゴール地点は的の置かれるエリアの左右に1カ所ずつあり、今回は右上スタートの左下ゴールだそうな。実際のコースには地面のでっぱりとか繁みといった障害になるものがあって、どこからでも好きなように的を狙えるわけではない。射撃ポイントはけっこう絞られるそうなので、後ほどコースを案内してもらうことになった。


「コケトリスはまだ決まらないの?」

「う~ん。ここに振り返り派はひとりもいないの?」

「集落の者は揃って持ち替え派よ」


 この集落にいるコケトリスはマルダーのおっさんが訓練を手掛けたもの。みんなそれを基準にしているので、競技で使われる振り返り動作なんて仕込んだこともないとシアちゃんは言う。


「競技会は4日後よ。それまでに覚えさせる?」

「無理だなぁ。そもそもコケトリスがそういった動作の意味を理解していないし……」


 ロリオカンや僕が訓練したコケトリスはフラッピングスピンの後に弓を射ることを理解しているので、そのために姿勢を安定させてくれる。そこまで含めて訓練してあるのだ。ここの雄鶏はどうして逆を向かせるのかわかっていないので、頭の上にハテナマークを浮かべたままとりあえず指示に従っているだけ。そのため、まだイナホリプルの方がマシってくらい反応が鈍い。


「じゃあ、あなたが弓を持ち替える?」

「そもそも右手に弓を構えたことなんてないから、どこに矢が飛んでいくかわからない。競技にならないどころか危険すぎるよ」


 シアちゃんが持ち替え派に鞍替えするよう勧めてくるものの、慣れないことはするもんじゃない。ピッチャーをやっていた田西宿実は、もちろん両投げというものを試した経験がある。どうにか球を届かせることはできたものの、コントロールはもう運任せと言う他なく、とても試合で使えるものではなかった。あれを思えば、とても右手に弓を構える気にはならない。


 加えて、右手で弓を構えることには重大な欠点があるとロリオカンから聞かされている。それは予選開始から決勝戦が終わるまで間、左右どちらでも同じ精度で弓を射れる状態を保つのが難しいことだ。弓矢を扱う左右の腕に、狙いをつける目も感覚に違いがあってはならない。ちょっとコンディションが崩れただけでスランプに陥り、大会期間中に持ち直すことはまず不可能。予選で大会レコードを記録した持ち替え派の選手が、決勝戦で見どころなく終わるなんてことも珍しくないという話だった。


「下僕、そんなしかめっ面をしてないでヒヨコたちと遊ぶのですよ」


 これではバナナンテを使わざるを得ないと頭を抱えているところに、遊ぶことしか考えてない3歳児がヒヨコ3羽と母鶏を従えてきた。虫をたらふく平らげた後なのか、ヒヨコたちは1羽残らず元気いっぱいだ。まだ風切り羽の生えていない翼を懸命にパタパタさせながら、僕の身体をよじ登ろうとしてくる。


「はいはい、抱っこしてあげるから爪を立てんじゃないよ」


 ヒヨコを捕まえて、1羽ずつたか~い、たか~いしてやる。鳥でも視点の高さが変わるのが楽しいのか、遠くを眺めようと必死に首を伸ばしてキョロキョロしていた。だけど、遊んでほしいのはヒヨコだけではなかった模様。自分の相手もしろと言うかのように、母鶏が僕の頭に首を乗っけてきやがった。3歳児の甘えん坊が感染したのだろうか。


「こいつは下僕が大好きなのです。久しぶりに相手してもらいたがっているのですよ」

「どうして僕……久しぶり? あれ……こいつもしかして……」


 どこかで会っていたかと思い返して、この雌鶏だけ胴体や翼が白いことに気がついた。ここの集落にいる他のコケトリスはおっさんの雄鶏と同じく褐色がベースとなっていて、雄鶏にも雌鶏にも白地のヤツなんてこいつだけだ。首から胴体にかけては真っ白で尾羽だけが黒いこの雌鶏は、身体つきも含め見れば見るほどイリーガルピッチによく似ている。

 まるで、姉妹であるかのように……


「こいつ、ここで産まれた雌鶏じゃないでしょ。どっかから譲られてきたの?」

「ジュニア級競技の練習用にってお父さんがもらってきた雌鶏なんだけど、指示にすっごく敏感で意図しない動きをするの。誰も扱えないから、ヒヨコを孵させることにしたのよ」


 シアちゃんに来歴を尋ねてみたところ、思ったとおり譲られてきた雌鶏だという。間違いない。こいつはロリオカンが出荷したメンドリシリーズの一羽だ。僕がまだ魔導院に入学する前に会っているのだとしたら、本当にイリーガルピッチと一緒に孵った姉妹かもしれない。試しに手で伏せるよう指示を出してみれば、即座にその場にしゃがみ込んだ。


「決めた。こいつを使わせてもらうよ」

「ええっ? 雌鶏だけどいいの?」

「そこいらの雄鶏にだって、こいつは負けないよ」


 僕が雌鶏を選んだことにシアちゃんが驚いていたけど、こいつに勝る雄鶏は黒スケクラスのガチ競技用コケトリスになる。この集落にいる中ではマルダーのおっさんが乗っていた雄鶏くらいだろう。ジュニア級で使われてるズブい連中なんて目じゃない。


「明日は狩猟に出かけようか。タレを用意しておいてくれると助かるんだけど……」

「練習もしないで狩りに出かけるのっ?」


 タレコミ用のタレの準備をお願いしたところ、どうして話がビュンビュン飛ぶのだとシアちゃんが目を丸くしていた。練習なんて後回しでいい。まずはお互いを再確認するところからだ。そのためには、決まったコースよりもあっちこっち駆け回るのが一番。狩猟はついでである。


「タルト。母鶏を連れ出している間、ヒヨコの面倒をお願いしてもいいかな?」

「わたくしにど~んと任せるのです」


 ヒヨコの世話をお願いすれば、任せて安心と快く引き受けてくれる3歳児。赤ちゃん至上主義者だけに、こういう仕事だけは頼りにできる。ヒヨコの心配はいらないからと言い聞かせれば、久しぶりに遊びに行けると知った母鶏は翼をバサバサ羽ばたかせて喜びを現した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鶏ガラにならなくて済んだイリーガルピッチの姉妹か! そう言えばコケトリスの寿命と騎獣としての現役期間ってどれくらい何でしょう?
[一言] マルダシオン君、井の中の蛙のオタマジャクシ説 まぁロリおかんの教えがスパルタ通り越した物だけど、そのお陰で目利きは出来る様になったんだから集落から弟子入りさせる人出した方が良いんじゃないか…
[一言] コケトリストライクが楽しみで仕方ない。
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