471 現れたロゥリング族
水場の近くには生き物が集まりやすい。そうなればもちろん、虎視眈々と彼らをつけ狙う捕食者も多くなる。川に沿って進むのは危険かと思われたものの、魔力が噴き出す山のある南岸側に比べて北岸側は魔物が少なかった。ニョロニョロと不器用に泳いでいるジラントを見かけたものの、やっぱり対岸の方へ這い上がっていく。どうやら、この川がひとつの境界線になっているらしい。
木立の中に身を隠しながら川沿いを進んでいく途中で不思議なことに気がついた。ポツポツと魔物の気配はあるもののほとんどが単独で、群れも家族単位と思われる小集団がせいぜいだ。オークのように集落を形成する魔物の気配をまったく感じない。こんないい場所があるのに誰も棲もうとしないなんて、なにか目に見えない危険でもあるのだろうかと訝しんでいたところ、すぐにその理由を思い知らされた。
700メートルは離れているであろう相手が突き刺すような魔力を放ってきたのである。
――あの距離から捕捉された? なるほど、魔物が棲まないわけだ……
どうやら、目的地に近づいてきたらしい。僕をロックオンしてきた連中がバラバラに分かれて、こちらを取り囲むような動きを見せていた。わかっているぞと魔力を叩き返してやり、隠れる意思はないことを示すため信号弾を打ち上げる。相手の魔力から一瞬だけ驚きが伝わってきたものの、獲物と見做されることは回避できた模様。コケーッと雄鶏の鳴き声が響いてきて、僕たちを囲もうとしていた連中の魔力が再び1カ所に集まっていく。間違いない。連中はこの辺りを狩り場にしているロゥリング族だろう。
「ナニゴト?」
「ロゥリング族に捕捉された。こっちに向かってくる」
「私ニハナニモ感ジラレナカッタノニ……」
クッコロちゃんは遠すぎて魔力を捉えられなかったようだ。相手に見つけられたと告げたところ、怖ろしい、怖ろしいと震えながらクマネストの背後に隠れる。しばらく待っているとコケトリスに跨ったロゥリング族が5人に、荷運び用なのか空荷のコケトリス3羽が僕たちの前に姿を現した。
「初めて見る顔だな。動けなくて救援を待っていたようにも見えないが、どこの部族の者だ?」
頭から首にかけては薄黄色で、胴体と翼がオレンジに近い褐色。尾羽は黒という派手な見た目の雄鶏に跨った男の子が、よそ者がうちのシマに何の用だと尋ねてきた。ロゥリング族だから外見は人族の7歳児だけど、落ち着き払った様子から察するに成人男性と思われる。おそらく、この一団のリーダーだろう。とりあえず、僕のことをロゥリング族と認識してくれているようだ。
「第24王女ペロリーヌの息子でモロニダスといいます。人族の国にいましたから、所属している部族とかはありません」
「自分は王族に連なる者であると主張するのだな。さすがに、はいそうですかと信用することは致しかねる。この場にいる目的を教えてもらえるかね?」
どうやら、僕は王族を自称する不審者にされてしまったらしい。当然の対応だと思う。信用しないけど嘘と決めつけもせず、礼儀正しさを保ったまま判断は保留するあたり、この見た目7歳児のおっさんは理性的で話の通じる相手とみた。俺様の言葉を疑うのかと腹を立てたりして交渉をぶち壊すのは得策ではない。
「ロゥリング族が人族との混血児をどのように考えているのか確認したくて参りました。ロゥリング娘の養成所にいる妹のことも気になりますからね」
ここに来たのはクッコロちゃんに頼まれてのことだけど、決して嘘ではない。ポロリーヌのことを心配していないわけではないのだ。妹を気にかけるのはお兄ちゃんの義務であり特権である。
「その話は私も耳にしている。詳しくは知らないがドルオータ様の意向でもあるとね。君が本当にリ……ペロリーヌ王女の息子であるならば筋は通っているな」
目的に関しては了解した。やはり、僕が本物かどうかという疑問を解決しないことには話が進まないようだとおっさんが口にする。そんなこと言われても証明する方法なんて……ロリオカンかポロリーヌを連れて来てもらうくらいしか思いつかない。神様は意地悪で知らんぷりするかもしれないからダメだ。
「母か妹なら僕がモロニダスであると証言してくれると思いますが……」
「万が一にも君が偽物であった場合、私の立場はどうなる?」
「崩壊しますね。はい……」
不審者の身元確認を王女様にやらせるのだ。偽物であれば、つまんない用事でわざわざ呼びつけるなとロリオカンから叱責されるであろうことは火を見るより明らか。そのリスクをこのおっさんに負ってくれというのは確かに虫が好すぎる。
「とはいえ、僕を知っているロゥリング族はそのふたりくらしか……」
「実は私も知っているのだよ。君自身ではなく、評判をだがね。そこで提案がある。近々、私の集落でコケトリストライクの競技会を予定しているから、天才児と誉れ高い君の腕前を披露していただけないか?」
「誰が天才児なんですか?」
「ペロリーヌ王女の息子は8歳にして雄鶏を乗りこなし、崖を下りながら的を射貫いたという」
そういえば冬に帰省した時、僕のことを姉妹たちに文で報せたとロリオカンが口にしていた。その内容が噂としてひとり歩きしているようだ。標準的なロゥリング族の上達速度がどんなものなのかさっぱりだけど、やはり8歳でというのはかなり早熟だったらしい。
「それは僕の才能じゃなく、虐待スレスレともいえる教育の賜だと思いますよ」
「どっちだって構わんよ。実力は嘘を吐けないからね。相手の力量を測っているうちに、自ずとひととなりも見えてくる」
競技に対する取り組み方や振る舞いには、その者の性格や受けてきた教育、経験といったものが如実に現れる。言葉を交わすよりよっぽど確実だと言い切るおっさん。理性的な相手かと思っていたけど、案外バカな王子の同類だったのかもしれない。それとも、ロゥリング族全体がこの手の脳筋思考なのだろうか。ロリオカンにプロセルピーネ先生、それと神様の言動を思い返すと、なんかそんな気もしてきた。
「コケトリスを借りられるなら構いませんよ。こいつはまだまだ訓練中なので……」
「参加してもらうのはジュニア級だ。3歳を過ぎたコケトリスなら充分だろう」
「こいつは秋の生まれなので、まだ3歳になってません」
「にゃにっ?」
イリーガルピッチがいればよかったけど、身体が充分に成長しきっていないバナナンテにガチンコ崖下りはまだ早い。こいつは2歳の若鶏だからと伝えたところ、おっさんの声がひっくり返った。そんなに驚くことだろうか。
「本当にこれでまだ3歳になっていないのかね?」
「母も驚いてました。寄越せ、寄越せとさんざんねだられましたよ」
コケトリスから飛び降りて、もっとよく見せてくれとバナナンテの足元を確認するおっさん。なんか反応がロリオカンにそっくりだ。もしかしたら、腕前に自信のある競技者なのかもしれない。これまで後ろに控えていたロゥリング族も、マジかマジかと寄ってくる。その中にバナナンテよりやや小柄な雌鶏に跨った女の子がいた。
「春に3歳になったこの子よりガッシリしてる~」
「こいつは血統的にもガッチガチの競技用だからね」
「君が本当にペロリーヌ王女の息子なら、こいつの父鶏は【天より降る白銀の星】かね?」
半年先に生まれた相手を抜いてしまったのかと女の子が目を丸くする。やはり名うての競技者だったのか、おっさんはロリオカンの乗騎を知っているようだ。ブッブー、不正解です。
「あいつは母の父にあたります。こいつは【天より降る白銀の星】の娘に別の競技用コケトリスをかけ合わせた子供ですよ」
どうしてか雌鶏ばっか孵るので【天より降る白銀の星】の息子は存在しない。娘の一羽が孵した雄鶏だと教えたところ、おっさんがもの欲しそうな目で僕を睨みつけてきた。こいつにはロリオカンも目をつけているから、他人に譲ったことがバレたら僕は母親に殺されてしまうのだと、クレクレねだられないよう先手を打っておく。おっさんの見立てによれば、競技者なら誰もが自分の手で育ててみたいと思うような逸材だそうな。
「このクマちゃんはあなたの使い魔なの?」
「これはわたくしの僕なのです」
金色のクマだとクマネストを指差しながらロゥリング族の女の子が尋ねてきた。僕ではなく跨っている3歳児が主だと知って、こんな子供が野獣を従えているなんてと驚いている。
「そいつはタルト。オムツの精霊でドルオータ様とも顔見知りなんだ」
「この子が精霊っ? ドルオータ様を知っているのっ?」
「【光棒の舞手】なら、まだ地上の生き物だったころから知っているのです」
神様として祀られる前の大英雄ドルオータを知っていると耳にして、おっさんたちロゥリング族が揃ってこめかみを引きつらせる。唯ひとり女の子だけは、美しい毛並みだとクマネストの首筋をナデナデしていた。幼い感じだけど物怖じしない性格をしているようだ。
「この背の高いお姉ちゃんは人族かしら?」
「私ハゴブ……」
「クッコロちゃんだよ。僕と同じでいくつかの種族が混じってるんだ」
ロゥリング族は人族の7歳児から8歳児くらいの体格しかないので、12歳児相当のクッコロちゃんはひとりだけ浮いて見えるくらい背が高い。ゴブリンと口にしようとしたのを制止して、混血児ということだけ伝えておく。交渉を上手く運ぶコツは順序正しく進めること。まずは僕をペロリーヌ第24王女の息子だと認めてもらうのが先だ。身元がはっきりしない状態で種族間の問題をぶち上げたりしても煙たがられるのがオチだろう。
「それでは君たちを我らの集落へ招待しよう……と言いたいところだが、狩猟に出て空荷で帰るわけにもいかんのだ。手伝ってくれるかね?」
「構いませんよ。なにを狙います?」
空荷のコケトリスを連れているのは獲物を運ぶため。おっさんたちは狩猟にやってきて、警戒に値する魔力を有する一団を見つけたそうな。手ぶらでは帰れないとお手伝いを要求されたので了解しておく。獲物はよく太ってさえいればいいのだけど、狩り尽してしまわないよう子連れのメスは手出し禁止だとおっさんが教えてくれる。
「なかなか条件にあったのがいませんね。悪いことではないのでしょうけど……」
「獲物が豊富な証拠でもあるからな。多少の苦労は厭わないさ」
魔力をたどってシカやイノシシを見つけたものの、今年産まれたばかりと思われる子連ればっかりだ。美味しい獲物がせっせと繁殖してくれているのは喜ばしい。文句を言うのは筋違いだとおっさんがため息を漏らす。ボヤいていても仕方がないと獲物を探し歩いたところ、ゴッツイ角があって前脚から肩が異常に発達した魔獣がスモモをかじっているのを見つけた。
「モリバイソンだ。神様にお祈りはしておくものだな」
見たところ野牛の類で、獲物としてはかなりアタリの部類らしい。おっさんが神様に感謝のお祈りを捧げている。体重が500キロを超えていそうな大物だから、そのままではとても運べそうにない。この場で解体してコケトリスに積むしかないだろう。それでも運びきれないくらいの量がありそうだ。僕がこめかみを、おっさんが頸椎を狙って同時に矢を放って仕留める。どちらがとどめを刺したのかわからなくなってしまうものの、危険な巨獣を仕留め損なうリスクは少ないに越したことはない。
「持ち替え派でしたか」
おっさんの弓を見て、僕の弓とは造りが違うことに気がついた。矢をつがえる部分を中心に上下対象になっていて、グリップまで両方についているのだ。見るのは初めてだけど、右側方にある的を狙うのにコケトリスの向きを変えるのではなく、弓を右手に持ち替える一派がいるという話はロリオカンから聞かされていた。逆さまになるよう持ち替えるので、弓の造りが上下で対象になっているのである。
「君はやはり振り返り派かな」
僕の弓は左手に持つことを前提に作られていて、グリップの形も左手にあわせてある。右手で構えることなんていっさい考慮されていない僕の弓を見て、コケトリスの向きを変える振り返り派だなとおっさんがニヤリと笑みを浮かべた。こいつはちょっと困ったことになりそうだ。競技会で使うコケトリスを借りようにも、そもそも振り向き動作を覚えさせていないかもしれない。
――訓練を施す時間があればいいんだけど……
バナナンテはまだまだ成長中。成長する余地があるってことは、骨や筋肉が変化しやすい状態を保っているという意味でもある。成熟したコケトリスに比べると耐久性に劣るので、今は無理させたくない。となれば、借りたコケトリスに動作を覚えさせるしかないだろう。
僕が訓練スケジュールを考えている間に、おっさんたちがパタリと動かなくなった獲物の後肢にロープをかけて吊り上げてくれた。もっとも、獲物が重いので下半身をわずかに浮かせるのがせいぜいだ。誰も魔力同調を覚えていないのか、血が自然に抜けてくるのを待つ構えだったので心臓を動かして搾り出す。
「魔力同調が使えるのか? ペロリーヌ王女が使えたなんて聞いたことないが……」
「母はもちろん使えません。人族の学校で習ったんです」
国を捨てた元アイドルの扱いがどうなっているのかわからないので、プロセルピーネ先生のことは伏せたままにしておく。僕がタレコミもできると知って、どうしてタレを用意してこなかったのだとおっさんたちは地面をペシペシ叩いて悔しがっていた。ロゥリング族の女の子にねだられて、次の機会にはタレコミをするよう約束させられる。
「上手にできたら、シアお嫁さんになってあげるっ」
この子はおっさんの娘でマルダシアというそうな。シアというのは愛称だろう。タレコミが上手なら結婚してあげるとは、なんだか肉バカ妹どもに通じるものを感じる。おっさんの方は自分のことはマルダーでいいと名乗ったものの、なんだか本名ではない感じだ。もしかしたら、恥ずかしネームなのかもしれない。
血と腹わたを抜いたら獲物を左右の上半身と下半身の3つに分割しコケトリスに背負わせる。腹わたから胆石が見つかったので、知り合いの薬師が欲しがっていたのだともらい受けた。代わりに魔力結晶はマルダーのおっさんに譲っておく。モリバイソン1頭で積荷がいっぱいになってしまったので狩猟はこれまでとし、おっさんの集落へ引き揚げることになった。




