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道案内の少女  作者: 小睦 博
第15章 ロゥリング族の都へ

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470 水中に潜む迂闊

 虚ろなる神のいた谷を通り過ぎ山の西側へ回り込むと、北側にあったドワーフ国のある山脈が南に伸びてきているのが見えた。これはちょっと面倒だ。この山と山脈に挟まれた一番低いところには、流れ出る雪解け水を集めた川が流れているに違いない。


「安全に渡河できる場所が見つかるといいんだけど……」


 身を隠せないうえに行動も制限されるので、渡河中はどうしても無防備とならざるを得ない。加えて、そもそも水の中に危険が潜んでいないとも限らないのだ。もちろん橋なんてかかっているはずもなく、川を渡るのはなかなかに難業である。


「…………ダメだこりゃ」


 とりあえず地形を確認しようと周囲を一望できそうな峰へと登ってみたところ、山脈との間に挟まれた西側の裾野にでっかい湖が見えた。東西を山に遮られているものの南側は開けているため、日照時間がやや短くても陽当たりは悪くないのだろう。水も豊富とあって湖周辺はこんもりとした緑のドームに覆われている。強力な魔獣がひしめき合う一等地であることは一目瞭然だ。


 あそこはきっと恐竜王国に違いない。いくらロゥリング族でも不用意に足を踏み入れるのは危険なので、北へ伸びる尾根に沿って下山することに決めた。川は下流に行くにしたがって水量が増え太くなるはずだから、渡れるポイントを探すなら上流へ向かうのがいい。


「下僕~、おんぶするのです~」


 尾根道から沢が見えた谷へと下り、水場近くにキャンプ地を整えていると、遊び相手をしろとタルトが背後からおぶさってくる。赤ちゃんサルコールを埋葬してから甘えん坊に拍車がかかり、休憩のたびに抱っこしろ、おんぶしろとしがみついてくるようになってしまった。ヨッコイショとおんぶして、バナナンテとクマネストを連れて水場へ向かう。沢の近くは高木が少なく、カラスムギなどが自生する草っぱらになっていることを確認ずみだ。穀類が期待できるとわかっているのか、バナナンテの奴が器用にスキップしてやがる。


 水場までは草ぼうぼうだったけど、食べられそうな実がいっぱいついていた。食いしん坊どもが大喜びで草を踏みつぶし道を作ってくれる。近くに危なそうな魔力は感じないけどあまり離れないようにと言い含めて自由にしてやり、僕とタルトにクッコロちゃんは水浴びだ。虚ろなる神に追いかけられたせいで、もう全身汗でベットベト。流さないと気持ち悪い。


「マタ例ノ虫除ケヲオ願イスル」


 3歳児にシャンプーハットを被せて汚れることのない髪を洗ってやっていると、隣にブタさんだけをまとったスッポンポンのクッコロちゃんが腰かけてくる。もう一度イボリンスを使ってくれとピッタリ身体を寄せてきた。もしかしたら、ゴブリン社会にはキャバ嬢がいるのだろうか。田西宿実は大人のプレイランドを体験することなくこの世界に転生してしまったから、興味がないと言ったら嘘になる。


 ふたりの髪をジャバジャバ洗ってイボリンスを施す。水浴びを終えるとバナナンテとクマネストが稲に似た植物の実をモグモグしていた。バナナンテが嘴で籾をそぎ落とし、クマネストが掌でゴリゴリやって殻を割り、出てきた薄黄色の実をいただいているようだ。もしかして、僕の目を盗んで次席が脱穀することを教えたのだろうか。お米とはまた違うみたいだけど、どうやら気に入ったご様子。満足するまで食べさせてやり、その間にイボノミンでノミ取りをしておく。バナナンテたちがお腹いっぱいになったところでキャンプ地へ戻れば、抱っこしろ、抱っこしろと再びタルトがしがみついてきた。


「下僕はあの赤ちゃんのためにあれだけの信仰を捧げたのですから、その倍くらいわたくしに尽くすのです。それが下僕の使命なのです」


 どうやら、こいつはサルコールの赤ちゃんに対抗心を抱いている模様。たまたま出会った赤ちゃんにあれだけ優しくしたのだから、ご主人様はもっともっと甘やかされて然るべきだと言い張る。まぁ、バナナを要求されるよりはマシだろう。抱っこしてヨチヨチとあやしてやれば、僕のお腹にしがみついたまま寝てしまった。こうなってしまったら僕はもう何もできない。


「食事は余ってるものを適当に食べててよ」

「食ベサセテアゲルカラ安心スル」


 身動き取れなくなった僕のためにクッコロちゃんが薄切りにしたローストウシコーンをフライパンで軽く焼いて、食べさせてやるからあ~んしろと差し出してきた。いつか、ドクロワルさんに裸エプロンでやってもらおうと妄想しながら口を開けた瞬間、水中からジャンプして獲物に喰らいつくワニのように3歳児の頭が跳ね上がり、バクリとローストウシコーンを咥え込んだ。再び僕の膝の上にうつ伏せになると、寝たままムシャムシャと咀嚼する。


「むぅ~、なんだか脂っこいバナナなのです……」


 本人はバナナのつもりらしい。脂っこいなどと不満を漏らしながらも吐き出さずにゴックンしてしまう。食いしん坊の本能恐るべしだ。骨付きバナナに喰いつかれては困るので、動けないように頭をナデナデして押さえておく。


「ビックリシタ……」

「こいつは交尾期のカエルみたいに見境がなく、釣り上げられても餌を放さないザリガニくらい諦めの悪い卑しん坊なんだ」


 あまりの出来事に目を丸くしているクッコロちゃんに、この3歳児は食べ物の匂いを嗅ぎつけると本能のままに喰いつくのだと説明してあげる。ナデナデされている間は跳ね上がろうとしないようなので、その後は安心してローストウシコーンを食べさせてもらえた。






 水場近くは餌になる植物が豊富でいいと沢に沿って北上していけば、予想していたとおり川に行く手を遮られた。流れは東から西へ向かい、ティコアの母親が縄張りとしていた山をグルリと回り込んで遠くに見えた湖へ続いているようだ。大河というほどではないものの、そこそこの水量があって筏でもないと渡れそうにない。


 どこか川幅が広まって浅くなり、流れもゆったりしている場所はないかと上流へ向かう。しばらく進んだところで、どうにか渡れそうな場所を見つけた。川底が削れてできた溝が3本あって、そこは深く流れも急なのだけど周りは浅く流れも緩やかだ。実際は3つに分流しているものの、溝から溢れた水のせいでひとつの川に見えているのだろう。溝のひとつひとつはさほど幅広くないので、『ヴィヴィアナロック』を足場にすれば越えるのは難しくない。ここで渡河することに決める。


「クッコロちゃんは足のつかないところでも泳げる?」

「私ハ誇リ高キゴブリンノ勇者。魚ジャナイ」

「つまり、泳げないんだね」


 水に落ちても大丈夫かクッコロちゃんに確認したところ、遠回しにダメという答えが返ってきた。

野生のクマはたいてい泳ぎ方を覚えているものなのでクマネストとタルトは心配ない。僕はひとりなら泳いで渡ってしまえるから、流されるとマズイのはバナナンテとゴブリンの勇者様だ。


「じゃあ、クッコロちゃんはバナナンテに跨っていて」


 しがみついていればいいからとクッコロちゃんを鞍に跨らせる。先に立って川に足を踏み入れれば、僕の足首が浸かるくらいの水深しかない。溝になっているところ以外は水たまりと言っていいだろう。慎重に足元を確認しながら流れの速い溝に近づき、『ヴィヴィアナロック』で動かない水の壁を水平になるよう設置する。最初に僕が渡って橋がちゃんと架かっていることを確かめ、大丈夫そうなのでいいぞと合図を出す。クッコロちゃんを跨らせたバナナンテ、タルトを乗っけたクマネストが渡りきったら『ヴィヴィアナロック』を解除して次の溝へ向かう。


 ――なんか寄ってきたな。この川、ワニがいるのか?


 最後の溝に橋を架けた時、下流から流れに逆らって接近してくる魔力を感じた。この流れの中を遡上してこれるってことは、パワーに長けた泳ぎの達者な生き物だ。ヒトを襲うような魚が棲むには川幅が狭すぎるので、ワニかカワウソあたりだろう。バナナンテとクマネストに離れているよう合図を出し『タルトドリル』の魔導器を構える。『ヴィヴィアナロック』は足場にしてしまっているので、飛びかかってきたところにカウンターをくらわすしかない。


 クッコロちゃんも何者かが寄ってきていることは感じているのだろう。厳しい表情で槍を構えている。クマネストも事態を察したのか、いつでも迎撃できる構えだ。ボケッとしているのは丸呑みにされても平気な3歳児だけである。


「さて、上流と下流のどっちからくるか――」


 狙いは『ヴィヴィアナロック』の上に立っている僕のようだ。謎の魔力はすぐ足元まできているけど、まだ襲いかかってくる気配はない。下流側から飛びかかるのは流れで勢いが削がれるから、いったん下をくぐり抜けて上流側から流れを利用して襲いかかるつもりだろう。こいつはヘルネストより賢いなと上流側へ振り向こうとした瞬間、足元で殺気が膨れ上がった。


「――真下だとぅ?」


 まさかと足元に目を向ければ、動かない水の壁の向こうに潰れたカエルのような顔がベッチャリと張り付いていた。どうやら、『ヴィヴィアナロック』を認識できていなかった模様。考えてみれば、水の中から水の壁があることを見抜くのはなかなか難しそうだ。フルパワーで頭から壁に激突して気を失ってしまったのか、背びれのある背中がプカリと浮かんでそのまま水に流されていく。


「大丈夫かな、あれ?」

「あいつは水の中でも息ができるのです」

「なら、溺れる心配はないか……」


 タルトによれば、あのヘルネストより賢く迂闊な魔物はヴォジャノーイといって、水中でも呼吸できるらしい。溺れることがないなら放っておいてもいいだろう。運悪く他の魔物に襲われてしまった時は、己の迂闊を恨んでほしい。


「今ノハ酷イ。アンマリナ仕打チ……」

「まさか、足場にしてる壁に全力で突っ込んでくるなんてね……」


 あんなマヌケとしか表現のしようがない無様を晒したら、もう恥ずかしくて隠れ家から出られなくなってしまう。戦いに手心を加える必要はないものの、相手の尊厳を貶めるのは感心しないとクッコロちゃんが顔をしかめていた。意図していたわけではないのだと説明しても信じてくれず、他者を辱めて喜ぶのはブサオークのすることだとプンスカ怒っている。


「あ~んなの引っかかる方が迂闊なのです」


 一方、いたずらの大家であらせられる【忍び寄るいたずら】様は、あいつは自分で自分を辱めたのだとお腹を抱えて笑い転げていた。相手の欲望や功名心を利用して自ら地雷原に踏み込ませるのがタルトのやり方。力で相手を打ち倒すより、自滅させることを好むのだからタチが悪い。


「プンスカ笑ってないで、意識を取り戻したヴォジャネストがリベンジマッチを申し込んでくる前にちゃっちゃと渡っちゃってよ」

「私ハ笑ッテナイ……」


 あの迂闊なるカエルが復習に燃えて戻ってきたとしても、警戒すべきは水中から接近されることだけだ。溝の近くであれば獲物を水中に引き摺り込んで逃げてしまえばいいけど、浅いところに這い上がったらクマと格闘戦をするハメになる。僕たちが溝を渡りきってしまえば、もう手は出せないと諦めるしかなくなるだろう。さっさと渡って来いとふたりを促す。


 川を渡り切った先は砂利浜になっていて、その先に草ぼうぼうの岸辺があった。雨が降って川が増水すると、この浜みたいなところは水を被るのだろう。今はキャンプにちょうどいい。ひと休みしてランチにしていると、復活したヴォジャネストが水面から頭だけ出して僕たちの様子をうかがいにきた。気づいているぞと石を投げて追い払う。


「下僕、わたくしはまた甘~い果物が食べたくなってきたのですよ」

「じゃあ、探しながら行こうか」


 そろそろご馳走が恋しくなってきたと果物を催促してくるタルト。ランチをすませたら、今度は川に沿って西へ向かう。遠くには北から南へと伸びる山脈が、まるで僕たちの行く手を遮るかのように立ち塞がっていた。あの山脈を超えなければいけないのだとしたらちょっと厄介だ。いっそのこと、地上を行くより北へ向かってドワーフの洞窟を通過する方が得策かもしれない。僕は使ったことないけど、ロゥリング族の領域へつながっている坑道は間違いなく存在している。


「とはいえ、この近くに入口があるとは限らないしなぁ……」


 残念なことに、僕が把握している入口は0-81採掘跡地の周辺にあるいくつかだけだ。こんな西の方まで来たことはないし、ロゥリング族の領域につながる坑道も知らない。洞窟を進む欠点は、道を知らなければ目的地までたどり着けないということ。案内役をつけてくれるようマイン様にお願いしようにも信仰は聖女様に渡してしまった。お酒なんて用意してこなかったし、ネクタールはもちろんバナナと引き換えだろう。


 知らない洞窟をあてずっぽうに進めば、迷子になったまま行き倒れてしまいかねない。地上を進む分には、少なくとも向かっている方角は常に確認できる。やはり、このまま西へ向かう方が確実だ。


「今日ノ晩ゴ飯ガイタ」


 結論がでたところで、クッコロちゃんが葉っぱに隠れて休んでいるデッサイスフィールを見つけてくれた。見失わないよう魔力をロックオンしたまま、少し離れたところで野営の準備をする。果実が期待できると知ってそわそわする食いしん坊を落ち着かせておくのが大変だ。日が暮れたころに動き出したコウモリ魔物は、僕たちをイチジクの樹の下へ案内してくれた。


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― 新着の感想 ―
[一言] バナナンテとクマネストがファーマー汚染されてる!
[一言] 甘えるために信仰をとりにいかせたのかw 可愛すぎるでしょww
[一言] 甘えん坊を発揮しているのは赤ちゃんに対抗してるだけじゃなくてアンデッドになっていたのを見たっていうのもありそうですね。 赤ちゃん第一主義な三歳児には生存競争の結果だとしても赤ちゃんがあんなこ…
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