464 サバイバルな日々
ペドロリアン領軍の制圧地域を抜けた僕たちは、ドワーフ国のある山脈の裾野に沿って西を目指す。時折、ロゥリングレーダーに引っかかる騎士たちの動きから推測するに、本来の任務に戻された模様。逃亡から時間が経ち過ぎたので、もうどこにいるか見当もつかないとリアリィ総司令も捜索を諦めてくれたのだろう。
ここからは本格的なサバイバル生活になるので、少しペースを落として食料や水の確保に時間を割く。獲物の肉の味は多くの場合食性に左右され、肉食の魔物はたいてい屍肉も口にしているから、ゴブリンもやっぱり臭くて美味しくないと感じるそうな。僕は美味しい魔物なんて知らないのでクッコロちゃんに尋ねてみたところ、デッサイスフィールなる魔物がオススメらしい。見た目は禍々しい雰囲気を漂わせているものの、実は果実を食べている魔物なのだと教えてくれた。
夜行性の魔物で明るいうちは葉っぱの間に身を潜めているらしいのだけど、もちろん僕たちの前ではただの動かない的だ。さっそく獲物を見つけたクッコロちゃんが、あそこに隠れているのがそうだと指差す。そこには青々とした葉っぱに紛れて枝から逆さにぶら下がっている魔物がいた。サルを思わせるような顔つきに翼というか皮膜をマントのように身体に巻き付けて、今にも「俺を見た奴は死ぬぜぇ」と襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせている。
「コウモリなんて食べたことなかったけど美味しいんだ」
「下僕、後をつけるのです。あいつはきっと果物が生っている場所を知っているのですよ」
いったいどんな魔物なのかと思ったらコウモリ魔物だった。さっそく頭を射貫いてやろうと弓に手を伸ばしたところ、ちょっと待てとタルトに止められる。まもなく日暮れの時刻。薄暗くなってくれば食事に向かうはずなので、果実の生っているところまで案内させるつもりらしい。果物と耳にしたバナナンテとクマネストが3歳児に賛成票を投じ、多数決により獲物を泳がせることに決まった。バナナンテが空腹で動けなくなっては僕も困るので、それもアリだろう。
本日のキャンプ地を設置しながら日没を待つ。お天道様がお隠れになって夕焼け色に染められていた西の空が白っぽくなってきたころ、獲物が行動を開始した。バサバサと枝から枝へ飛び移るように短距離飛行をくり返しいずこかへと向かう。魔力を頼りにこっそり後を追えば、向かった先には真っ赤な実を鈴なりにしたサクランボの樹があった。すっ飛んでいこうとするバナナンテを手綱で抑えつける。
「もう一匹いるな……さて、どうしたものか……」
サクランボの樹には僕たちが追ってきたのとはまた別のデッサイスフィールがいた。弓で一匹は仕留められるとしても、もう片方には逃げられてしまうだろう。せっかくの獲物だから両方仕留めたいと思案していたところ、仲好しになったのかコウモリどもが隣り合ってサクランボをモグモグし始めた。チャンスだ。
魔導器を片手にバナナンテから降り、デッサイスフィールの位置からは樹の幹が邪魔で死角になるルートを使ってこっそり近づく。魔術が届く距離まで接近したところで『ヴィヴィアナロック』を発動。動かない水の枷に捕らえられたコウモリどもは気が狂ったかのように悲鳴を上げて暴れるものの、もはや手遅れだ。ヒャッハーと飛び出してきたクッコロちゃんがサクランボの樹によじ登って、憐れな獲物の首を刎ねた。
「木登りが得意なら、高いところに生っている実を摘んでくるのですよ」
「任セテゴブゴブ」
僕が獲物を捌いている間に、よく熟しているのを選んで摘み取ってくるようにとクッコロちゃんにカゴを渡すタルト。バナナンテとクマネストはすでに低く張り出した枝に生っているサクランボをモシャモシャ始めている。この手は明日からも使えそうだ。果実の生っているところを知っている獲物を泳がせて案内させれば、ロゥリングレーダーでは捉えられない植物性の食べ物を探し回る手間が省けるだろう。加えて、僕とクッコロちゃんの食料も同時に手に入るとは実に無駄がない。食いしん坊の知恵もたまには役に立つ。
バナナンテとクマネストが満足したころ、クッコロちゃんがカゴ一杯のサクランボを摘んで下りてきた。真っ赤に熟していて傷跡のないきれいな実を選んできてくれたようで、3歳児は大満足といった感じで喜んでいる。キャンプ地に戻ったらサクランボを水で洗い、皮を剥いだコウモリ肉を薄切りにしてフライパンで焼く。試しに味を確かめてみたところ、うっすらと果実の香りが鼻に抜けてくる鶏肉といった印象を受けた。
「油デ揚ゲルノガ美味シイノダケド……」
「それだけの油は用意してないからねぇ」
クッコロちゃんは揚げコウモリがお好みだそうな。無性にから揚げが食べたくなってしまったけど、残念なことに揚げ物に使えるほど油の持ち合わせがない。僕はどこぞの3歳児とは違うので、クレクレとない物ねだりはせずきっぱり諦める。
「下僕~、サクランボを食べさせるのですよ~」
コウモリ肉を堪能しているところ、もう辛抱堪らんとタルトがご馳走を催促してくる。3歳児を膝の上に抱っこして、カゴからサクランボをひとつ摘まみ上げ――
「どうして下僕が食べてしまうのですかっ」
――誰かさんのマネをして自分の口に入れてみた。思っていたより酸っぱさは抑えめで甘味を強く感じる。例えるなら、憧れのお姉さんに告白したらその場でゴチソウサマされてしまったような味だろうか。きっとサクランボのひとつひとつに違った味わいがあるだと初恋のテイストを噛みしめていたら、あんぐりと口を開いて待ち構えていたタルトが暴れ出した。
「変なものが入っていないか確かめただけだよ」
「わたくしには毒も薬も効かないのですっ。そんなの言い訳にもなっていないのですっ」
その昔、とある食いしん坊がしていた言い訳をマネてみたものの、タルトは自らの行いをすっかり棚に上げてご主人様のサクランボを横取りすんなとドッスン、ドッスンお尻を叩きつけてきた。戻ってきたブーメランをぶ厚い面の皮で弾き返す3歳児に呆れながらサクランボを食べさせてやれば、今度はおいしいおいしいと脚をバタバタさせる。不満があろうが満足しようが、どっちにしろ暴れなければ気が済まないらしい。しばらく口の中でサクランボを味わったのち、大きく頬を膨らませて種をプッと遠くへ吹き飛ばす。
「はしたないからやめなさい」
「種は飛ばすためにあるのです。同じところへ捨てるなんてかわいそうではありませんか」
品がないと注意しても、サクランボが果実の中に種を仕込むのは飛ばしてもらうためだとタルトは耳を貸さない。遠くへ飛ばすのはよい事だと言わんばかりに全身を使って種を勢いよく吹き飛ばす。屁理屈をぬかしやがってとグルグル攻撃をかましてやりたくなったけど、植物が美味しい果実をつけるのは動物に種を運んでもらうため。サクランボの樹にしてみれば、種族繁栄のためにいろんな所へ種をばら撒いてくれた方が嬉しいに決まっている。植物にも魂の役割をはたしている神様や精霊がいるという話だったし、顔見知りのためにやっているのだとしたら人族のマナーを押しつけても聞き入れないだろう。それが精霊ってもんだ。
「わかったら下僕も種を飛ばすのです。わたくしが食べさせてあげるのですよ」
理解できたならサクランボが根を張れそうな場所に飛ばしてやれとプルプルの果実を差し出してくるタルト。ロゥリング族は野人なのだからマナーを気にすることもあるまいとモグモグ……ペッしたところ、上手く飛ばせず3歳児の頭に落っことしてしまう。
「わたくしの頭に生やしてどうするのですかっ」
そんなところに樹が生えるかと、癇癪を起したタルトが再びお尻を暴れさせた。
サバイバル生活を続けながらロゥリング族の領域を目指して西へ進む。土地の魔力が豊富なせいか、だんだんと周囲の樹木が太く大きくなってきたような気がする。タルトに尋ねてみたところ、土壌に含まれる魔力が多いと植物の成長が早まるということだった。ロゥリングレーダーで捉えられる魔力にも凶悪な魔獣と思われる強い反応が増えてくる。なんかすごいのがいるとのぞいてみたら、体長が20メートルを超えていそうな大型種のバシリスクが日向ぼっこしていやがった。毒を持ってない限り襲ってこないという話なので鼻先を失礼させていただく。
強力な魔獣の反応とは別に、集落でもあるかのように集まって動かない魔力も捉えられた。尾根を超える際にちょうど崖下に見えたので様子をうかがってみたところ、地形に隠されて気づかれにくそうなところに掘っ立て小屋が並んでいる。住んでいるのは頭がブタになった【皇帝】というか、小太りのおっさんみたいな魔物だ。クッコロちゃんが怒りを含んだ唸り声を立てる。
「アイツラハブサオーク。生カシテオク価値モナイ最悪ナ連中……」
どうやら、ブサオークというらしい。魔物図鑑でオスしかいないエロゲ種族のように説明されていたオークとは違うのだろうか。タルトによればちゃんとメスのオークもいるという話だったものの、観察できた範囲ではメスはおろか子供も見当たらない。
「連中ハ同種族ノメスト交配スルコトヲ禁ジラレ、集落カラ追イ払ワレタ劣等個体。他種族ノメスヲ集団デ嬲ルコトヲ好ム汚ラワシイ害悪種……」
オークは種族としての強さを維持するため、上位に位置するひと握りのオスにしかメスオークとの間に子孫を残すことを許していないそうだ。競争に敗れたオスは集落から追い出され、孤立しているところを他の魔獣に襲われて終わることも少なくないのだけど、生きのびた連中同士が集まって群れを形成しているらしい。交配させるに値しないと捨てられたことを拗らせているせいか、他種族のメスをさらおうと執拗に狙ってくるのだとクッコロちゃんが口調に嫌悪感を滲ませた。なるほど、魔物図鑑のオークはこいつらがモデルだったようだ。
「見ツケ次第、皆殺シニスルノガ掟ダケド……」
勇者としての感覚を持たないゴブリン娘は恰好の獲物だと頻繁に狙われるため、ゴブリンたちはブサオーク殲滅を種族の方針に掲げているらしい。ロクな子供が産まれてこないからお前の種は要らんと仲間から捨てられたことには憐みを覚えるものの、だからといって性犯罪に手を染めるのはさすがにアウトだ。極刑もやむなしである。
「16体もいるんじゃ、手の出しようがないよ」
とはいえ、識別できる魔力は16もある。集落から離れているブサオークがいればさらに増えることになるだろう。丸ごと壊滅させたいなら爆装した魔導騎士並みの火力が要求される。とてもじゃないけど僕たちの手に負える数ではなく、一匹たりとも生かしておきたくはないのにとクッコロちゃんが口惜しそうに唇を噛みしめていた。
「見つからないうちに行こう。僕たちの目的はブサオーク討伐じゃない」
目的を見失うなと、先へ進むようゴブリンの勇者を促す。脳筋ズよりは聞き分けが良いようで、峰を超えてブサオーク集落が見えなくなった後は振り返ることもしなかった。忘れたようにというか、忘れようとしているようにズンズン先を急ぐ。ロゥリング感覚のないゴブリンの一団を率いて活動していただけあって、クッコロちゃんは危なそうな魔力を避けるのが上手い。地形を利用して死角となる迂回ルートをサクサク進んでいく。
西の空が黄昏色に染まってきたので、再び果実のありかを知ってそうな魔物を探す。首尾よくデッサイスフィールを見つけたので、ロゥリングレーダーで監視しながら少し離れた場所にキャンプ地を整え、暗くなって動き出したら後をつける。晩ご飯になる予定のコウモリ魔物はパタパタ飛んでイチジクっぽい果実が生っている樹へ案内してくれたものの、厄介な先客がいたために飛び去ってしまった。
「そりゃ、こういうこともあるか……」
イチジクをモゴモゴしていたのは鎧竜に似て頑丈そうな皮膚に覆われた魔獣だった。おそらくはドレイク種の亜竜だろう。親子なのか鎧竜並みにデカいのと、ポニーサイズのちっこいのがいる。人喰い魔獣ではなさそうだけど、子育て中で気が荒くなっているかもしれないから下手に近づくのは危険だ。あんなのがいたのでは仕方がないと食いしん坊どもも納得してくれたので、気づかれないようそっとその場を離れる。
「下僕~。わたくしはひもじいのです~」
あたりはすっかり暗くなってしまったので、食べ物を探して歩き回るのはオススメできない。今晩は我慢して夜が明けたらあらためて探すことにしたものの、タルトはなにか口にしないと気が済まないようだ。生きるために栄養を摂取する必要はなく、食べ物はすべて嗜好品でしかないくせに、ひもじぃ、ひもじぃとくり返す。
「保存用の干し肉がいくらかあるけど食べる?」
「そんなしょっぱいだけのものはイヤなのです。甘~いイチジクが食べたいのです」
仕方がないので最後の手段にとってある干し肉を勧めてみたものの、すっかり舌を肥えさせたクソ3歳児はイヤイヤしやがった。イチジクが諦めきれないらしい。朝になったらなにかしら探してあげるからと背中をさすってやりどうにか寝付かせる。
「むぅ~、骨付きバナナを見つけたのでう~」
ようやく落ち着いたかと安堵したのも束の間、人喰い3歳児は性懲りもなく僕の指に齧りついてこようとしやがった。




