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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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46 子種をください

 僕は派閥というものをいろんな情報なんかを教えてもらえる仲良しグループ程度にしか思っていなかった。それは間違ってはいなかったのだけど、そこでやり取りされる情報が問題だ。そこには、僕にとって最も必要な情報が含まれていた。


 そう、求人情報が……


 魔導院はモウヴィヴィアーナというド田舎にあるから、どこの貴族がどんな人材を求めているかといった情報が回ってこない。魔導院も卒業後の進路指導なんかはしてくれない。貴族の子や先輩たちといった伝手を使って、人材を探している貴族を紹介してくれる就職相談窓口。それが派閥の役割だった。


 アンドレーアはわかっていたのだ。領地を持たない準爵の子である僕は、自分を士族として雇ってくれる貴族を探さなければいけないことを。


 ハイそうですかと僕を受け入れてくれる派閥なんてない。Cクラスの落ちこぼれとなった今はなおさらだ。だけど、アーレイ子爵家の分家ということであれば、諸手を挙げてとはいかなくとも東部派には受け入れられる余地があった。

 自分の子分として僕を東部派に招くことでアンドレーアは嫡子としての立場を確立させ、代わりに僕は派閥から貴族の求人情報や紹介といったサポートを受けられるようになる。僕にとっても悪い話ではない。


 使えもしない魔導器やジラント革を得ようとしたのもそのためだった。魔導器なら術師課程の先輩。革ならシュセンドゥ先輩への手土産にすることで、自分の嫡子としての立場の補強と、僕を東部派に招く際の口利きをお願いできる。僕にしか使えない魔導器でも、そこに使われている記号や文字、魔法陣の構造なんかには研究価値があり、取引材料として充分すぎる代物らしい。


 シュセンドゥ先輩はアンドレーアの思惑を察していたけど、立場上口出しすることは許されなかった。派閥の中心メンバーである先輩が僕を東部派に招くという意向を示してしまえば、それはアンドレーアに代わる次期アーレイ子爵候補として迎えるのだと受け取られかねないからだ。

 だから、おとり捜査のことを知った時にメルエラを通して僕に伝えさせた。


 自分のための打算ではあったろう。でも、悪意からの行動というわけでもなかった。アンドレーアは1年もの間、憎っくきライバル候補であるはずの僕を、彼女なりに受け入れようとしてくれていたのだ。

 僕の将来のことまで考慮したうえで……


 そんな彼女の考えに思い至らず、口喧しいだけの本家と冷たく拒絶し続けていたのは僕の方だった。


「アンドレーアには申し訳ないことをしてしまったと思ってるよ。首席たちにもあんなに叱られて……」


 ひとり連行を免れたアンドレーアは、首席と次席から散々お説教されていた。首席からは勉強が足りないからバグジードなんかに丸め込まれるのだと。僕よりも自分こそAクラスにならなければいけない立場なのだと自覚しろと。


 次席からは人質を痛めつけられた程度で相手に屈するなど領主としてあるまじき選択。貴族の嫡子を名乗るくせに、その覚悟がないアンドレーアは領主の器ではないと叱られていた。もっとも、最後に僕を見捨ててくれた方が自分にとって好都合だったのにと次席がぶっちゃけて、いろいろ台無しになっていたけど……


「叱ってもらえる内に叱られておいた方が姉のためです。家ではお父様が甘やかしてしまいますから」


 アーレイ子爵は自分が教育したアンドレーアを殊の外可愛がっているらしい。祖父の教育を受けて祖父に似てしまったメルエラは、口答えばかりする生意気な娘と思われているそうだ。気に入った者には甘くって、それ以外には厳しいタイプみたいだな。


「ですが、申し訳ないと思ってらっしゃるのなら、是非姉の婚約者になってください。年下がお好みでしたら私でもかまいませんけど……」

「ごめんメルエラ。君がなにを言っているのかわからない……」


 いきなりなにを言いだすんだこの子は……

 いったい、どういう思考をたどったらそういう結論になる。言動がタルト以上に読めないぞ。


「出奔してしまったアーレイ準爵の息子が戻ってくれば、『爵位を兄に譲った方が良い』などと言われることもなくなるでしょうし。なにより先輩は魔力が豊富です」


 メルエラが言うには、アーレイ家の魔力は衰退してきているらしい。僕たちの父親の代では魔導院の入学水準に達する子が産まれなかった。彼女たちの母親は魔力の豊富な伯爵家から迎えたけど、なんと実家の伯爵家が経営している商会へ領内における免税特権を与えることと引き換えたという。

 ただ、それでもまだ足りなかった。アンドレーアが僕に隠していた秘密。僕を恐れた一番の理由……


 それは、彼女が僕よりひとつ年上ということだ。

 ヘルネストと同じ留年生である。10歳の時点では魔導院に入学できるだけの魔力がなかった。


 メルエラは生まれが4月ということもあり、ギリギリ留年生にならずに済んだといったところ。誕生日を迎えたので、もう僕と同い年。学年こそひとつ下だけど、僕とは3か月くらいしか離れていないのだ。


 アーカン王国では、魔力を持った跡取りのいなくなった貴族家は改易。すなわちお家取り潰しだ。爵位を継いで貴族となるには条件があって、魔導院や学習院といった入学に魔力が必要とされる特定の教育機関を卒業するか、若しくは貴族院という領主によって構成される議会で貴族の一員として相応しいと認められなければならない。

 条件を満たす跡取りがいなければお家断絶である。


「免税特権などという方法を取っていたら、アーレイ子爵領は他家の属領にされてしまいます。魔力が豊富で、後ろに他の家がない先輩は種馬として理想的です」

「僕、種馬なの……」


 僕をアカの他人と言い切るあたり、血筋に関してはクールな子だと思っていたけど、まさか種馬扱いとは……


「愛して欲しいなんて言いません。思うままに欲望を吐き出して下されば結構です」

「なんてこと言うの君はっ!」


 ダメだこの子は。いや、貴族家の娘としてはむしろこれが正しいのか……


「確かにアーレイ君は魔力の衰えてしまった貴族家にとって魅力的なお相手でしょうね」

「クゲナンデス先輩まで……」


 アーレイ家のように、魔力の豊富な相手が欲しいけど他家に牛耳られるのは嫌、という悩みを抱えている家は少なくないらしい。僕の父親は学習院にようやく入れる程度の魔力しか持っていなかった。片親が貴族として最低ランクにもかかわらず、魔導院でもトップクラスの魔力を子供に授けるロゥリング族の血。モテモテですよとクゲナンデス先輩が笑う。


「そうか、アーレイはモテモテか。羨ましいこった……」


 サンダース先輩がため息を吐いている。卒業までもう1年を切ったというのに、まだクゲナンデス先輩に告ってないのだろうか?


 派閥が違うんだから、在学中に相手のご両親に挨拶して家同士のつながりを作っておかないと、卒業後は顔を合わせる機会さえなくなってしまう。

 卒業式の日に伝説の木の下で告白したのでは完全に手遅れだというのに……


「先輩だってサークルの後輩たちにモテモテじゃないですか。この前もなにか贈り物――ぅをっ!」

「アーレイ。わざわざここでその話をするのかい……」


 躱す間もなく、一瞬でハーフネルソンを極められた。ムジヒダネさんより強いというのは伊達ではなかったようだ。耳元でクゲナンデス先輩の前でその話をするなと囁いてくる。


「あら、なにか素敵な贈り物があったんですの?」

「ははっ。作り過ぎたというクッキーを頂いただけさっ」


 作り過ぎをあんな綺麗にリボンかけてくれる子なんていないと思いますよ……


「作り過ぎたなら先輩じゃなく、タルトにくれると――おぼっ!」

「ここから後ろに投げる技もあるんだが……教えて欲しいのかな?」


 僕のロゥリング感覚が先輩はマジで殺る気だと伝えてくる。畳の上でなんて技をかけようとするのだろう。


「わかりました。いいことを教えますから……」

「いいことだと……」


 仕方ないから、クゲナンデス先輩の気の引き方を教えてあげよう。


「タルト。そろそろお昼寝したくなったんじゃないか。枕を持っておいでよ」

「下僕はよく気の回る下僕になったのです」


 座敷部屋は本来、騎獣が産気づいた時なんかに獣医の先生が寝泊まりする場所なんだけど、今ではすっかりタルトのお昼寝部屋と化してしまった。部屋の片隅にはタルトのお昼寝グッズをしまっておく木箱まで設置されている。3歳児は言われたとおり、木箱の中からヴィヴィアナ様祭りで手に入れた黄色いバシリスク枕を取り出す。


「それは、もしかしてお祭りの時に屋台の景品にあったぬいぐるみでしょうか?」

「そうなのです。下僕がお姫様の首を獲ったのですよ」


 クゲナンデス先輩もお祭りで目にしていたようだ。一緒に行った南部派の幾人かが挑戦したけど全員ダメだったらしい。あれは変化球が使えないと無理だったからね。

 どことなくゆるキャラのような間の抜けた顔のバシリスクなのだけど、思ったとおり先輩の気を引くことができたようだ。


「先輩、アレです。かわいいもので会話の取っ掛かりを作るんです。カッコイイところはその後で……」

「アーレイ。君を師匠と呼ばせてもらおう」


 なんて単純な先輩なんだろう……


「僕にはこの1球があれば充分だよ……キリッ!」

「ちょっ」

「魔術じゃないよ。誰にだってできる……ただの技術さっ。ドヤァ……」

「はうっ」


 タルトが球的でお姫様の首を落っことしたところをクゲナンデス先輩に説明していると思ったら、調子に乗ってまた盛に盛った僕のモノマネを始めやがった。自分でやっておいて何だけど、こうして見せられるとやらなきゃ良かったと心の底から思う。

 違うよっ。そんな戦隊ヒーローみたいな決めポーズは取ってないよっ。完全にタルトが作ってるよっ!


「アーレイ君も精霊さんの前ではキメてらっしゃいますね」

「先輩……。姉の前でもキメてみせてください」


 クゲナンデス先輩とメルエラには大ウケのようだ。サンダース先輩まで腹を抱えて笑っている。くそう……


「ほらタルト。変なポーズ決めてないで、さっさとおいで」


 お昼寝グッズを入れてある箱から毛布を取り出してタルトを呼ぶ。こういう時はさっさと寝付かせてしまうに限る。寝ている間だけはいい子なのだから。


「ペトペトも一緒に寝るのです」


 クゲナンデス先輩の肩にくっついていたくっつく精霊をタルトがヒョイと取り上げてしまう。くっつく精霊は強力な接着剤で貼り付けたかのようにくっついていて、自分から離れてくれない限り人の力で引き剥がせるようなものではない。

 簡単に取り上げられたのは、一緒にお昼寝がしたいという精霊の意思表示である。


「では、私もご一緒させていただきますね」

「クゲナンデスッ!」

「先輩は席を外してくださいますね。先輩の精霊さんはどうされますの?」


 雷鳴の精霊はふわふわとタルトの隣に雲を降ろすとゴロリと横になり、サンダース先輩に向かって右手をシッシッと振る仕種をした。とても使役者に対する態度とは思えない。


「お前まで……」


 自分の精霊にあっけなく裏切られたサンダース先輩は、クゲナンデス先輩に睨まれて背中で泣きながら部屋を出て行った。


「わたくしたちが真ん中なのです。クゲビッチは下僕の反対側に寝るのですよ」


 クゲビッチというのはクゲナンデス先輩のことである。3人以上で並んで寝るときは、タルトは自分が真ん中でないと許せないらしく、絶対にポジションを譲ってくれない。

 精霊たちに毛布を掛けてタルトのほっぺたをコショコショしてあげれば、満足そうに顔をふやけさせておとなしくなった。


「せっかくですから、私も……」


 メルエラが僕の隣にぴったりくっついてきた。おおおぅ……女の子がはしたないよっ!


「いつでも欲望を開放なさってください」

「……君は僕を社会的に抹殺するつもりなのかい?」

「魔力の衰退は貴族家にとってそれほど深刻だということです。アーレイ君には実感できないでしょうけど……」


 クゲナンデス先輩がクスクスと笑いながら、貴族家同士の結婚は同程度の魔力を持った子をトレードするような形で行われるのが一般的だと教えてくれる。迎える相手に見合う魔力の持ち主を出せないのであれば、それに代わる対価を要求されるのは当たり前。アーレイ家のように免税特権で済めばまだ良い方で、秘匿術式と引き換えということすらあるらしい。


 無条件でロゥリング族の魔力を持つ僕を迎えることができたなら、それは貴族家の娘にできる最高の親孝行となる。メルエラは言動こそアレだけど、子爵令嬢として当然のことをしているだけだそうだ。


「先輩との間に魔力に富んだ子が産まれれば、お母様の実家に与えた免税特権を失効させることができます」


 アーレイ家が与えた免税特権には期限が定められているのだけど、再び母親の実家にお世話になる可能性がある限り延長を求められれば応じるしかない。このままでは、次は秘匿術式を要求される。「同情するなら種をくれ!」とメルエラが体を擦り付けてきた。


 この子は婚姻に関しては恐ろしくドライだ。なんか前世で強い競走馬を育てるゲームをやっていた妹を思い出す。祖父はいったいどういう教育を……

 祖父……そうか……アンドレーアが父親のコンプレックスを受け継いだように、メルエラは祖父のコンプレックスを受け継いでいるんじゃないか。


 魔導院に入学できるだけの魔力を持った子を残せず、やむなく免税特権と引き換えに魔力の豊富な娘を息子の嫁に迎えた。アーレイ家を存続させるために手を尽くしたにも拘らず、出奔した長男がバカ魔力を持った妻と結婚したせいで、ずっと跡取りとする子を間違えた愚か者と呼ばれてきたのだ。

 魔力の豊富な婿を迎えて、自分が与えてしまった免税特権を失効させるのは祖父の悲願なのだろう。


 まったく……だからって孫娘をここまで見境なく育てるもんかね……


「私ではムラムラきませんか? 姉のおっぱいは先輩より育ってますよ」

「なっ!」


 アンドレーアよりおっぱいが小さいと言われたクゲナンデス先輩の表情が凍り付いた。


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