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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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45 彼女が恐れていた者

「アーレイ。確かに僕に口出しをする権利はない……」


 飼育サークルの座敷部屋で沈鬱な表情をしたサンダース先輩が口を開いた。


「ふたりがどんな約束をしようとも、お前たちの自由だってわかってる……」


 サンダース先輩は屈辱に耐えているかのように拳を震わせている。そして、僕の隣で言葉を抑えるようにクゲナンデス先輩が両手で口元を覆った。


「悔しいよ。僕があんなことをしなければ、また違った結末もあったかもしれないのに……でもっ!」


 やり場のない想いをぶつけずにいられなかったのか、サンダース先輩が両手の拳を畳に叩きつけた。


「オムツはないだろう。オムツはっ!」

「羨ましいのですか。触ってもいいのですよ」


 ヒヨコさんワンピースのスカートを捲りあげたタルトが、お尻をフリフリさせながらジラント革で作られたオムツを見せびらかしていた。自分はどうしてあの時ジラントを吹き飛ばしてしまったのだとサンダース先輩は頭を抱え、クゲナンデス先輩の口元からは抑えきれない笑いがクスクスと漏れてくる。


「騎士課程の先輩には欠片ひとつ渡すなと言われてますし……」

「まだ怒ってるのか……」


 プロセルピーネ先生はチャーリーを吹き飛ばされた怨みを忘れてはいなかった。ドクロワルさんのエプロンを作ったら、余りは僕の好きにしていいと言われていたジラント革だけど、騎士課程の先輩にだけは絶対に渡すなと厳命されていた。


 ロゥリング族秘伝の技でなめされたこの革には、人族がなめしたものには無い機能が備わっている。この機能をもった革で作られたものは、アーカン王国内ではプロセルピーネ先生が使っているバシリスク革の貫頭衣エプロンただひとつしか存在が知られていなかった。

 後から知ったのだけど、先生がその昔ホンマニ公爵様に自慢しまくったせいで、公爵様が喉から手が出るほど欲しがっていた革だそうだ。


 実はこの革、脱皮するのである。


 なめされたにも拘らず表面に鱗を形成する機能がまだ生きていて、刻まれた魔法陣に魔力を流すと今ある鱗の下に新たな鱗を形成し、外側の古い鱗が剥がれ落ちる仕組みになっている。ジラントの体を覆っている鱗は鋼のように頑丈だし、表面の部分なら傷付いたって何度でも再生できる優れものだ。


 元々は薬物を扱うのに長けたロゥリング族が、エプロンに付着した触れるだけで危険な毒物なんかを古い鱗ごと除去するための機能らしい。試してみたところ、蛇の抜け殻みたいに表面の鱗がベロリと剥がれてきた。


 この脱皮する革で作られた品は全部で5点。どれも、大判の一枚革を活かした、継ぎ目のない模様が美しい逸品である。


 まずはドクロワルさんと僕でお揃いの貫頭衣エプロン。ドクロワルさんにとっては師から贈られた弟子の証。僕にとっては憧れのペアルックだ。古いと言われようと一度やってみたかった。たとえこの世界にペアルックという概念がなく、ドクロワルさんがそこに特別な意味を感じてくれなくても、それでも僕は満足だ。


 首席にはチャップス。足首から太ももまでをすっぽりと覆い、脚の外側部分がベルトと繋がるカウボーイなんかが着ける革の保護具だ。見方によっては、股間の部分だけ空いているスケベズボンに見えなくもない。次席には長手袋を贈った。ジラント革は厚みがあって細かい作業をする手袋には向かないので、人差し指と親指が独立したミトンになっている。


 そしてタルトのオムツカバー。オムツ3歳児は、「わたくしにも亜竜のオムツで過激に決めたい日があるのです」などとわけのわからんことを言って、僕にジラント革製オムツカバーを要求した。3歳児のくせしてレザー下着オムツなんて、ハードゲイの精霊でも始めるつもりだろうか。

 そんなのは【真紅の茨】だけで充分間に合ってるのに……


 製作を請け負ってくれたのはシュセンドゥ先輩。こんな革を加工する機会など二度とないかもしれないと、タダでいいから自分にやらせろと言ってくれたのだ。特待生だから高等研究棟にある設備も使わせてもらえるし、先輩以上の職人も知らなかった僕はありがたくお願いした。


 作られた品の裏側には製作者として先輩の名前が刻まれている。アーカン王国に5点しか存在しない脱皮するジラント革で作られた品。そのすべてが自分の手によるものだというのは最高に気分の良いものだそうだ。持ち主の成長も見込んで大きめに作ってあるし、首席のチャップスに至っては後から調整できる仕様になっているから、一生モノとして使えると先輩は自信満々だった。


 山狩りの時にムジヒダネさんを抑えてくれたお礼がこのジラント革の装備品。公爵様が欲しがってるなんて知らなかったから、シュセンドゥ先輩がやってくれるって機会を逃したくなくて一度に余さず加工をお願いしてしまった。


 リアリィ先生が事態を早急に収拾したがったのは、公爵様がこの革に興味を持っていたからでもある。僕が売ってお金に替える気なら気前よく買い取れという指示が出ていたのだけど、お礼の品にされると耳にして「院長である自分が生徒に贈られる品を横から買い叩くなどあまりにも不粋だ」と泣く泣く諦めてくれたそうだ。

 知っていたら、公爵様に売ったお金でお礼の品を用意しても良かったんだけどね。


「アーレイがあんな術式を持っていると知っていたら……」

「横殴りしたのは先輩です」


 サンダース先輩が恨めし気な視線を送ってくる。僕のせいだと言いたいのだろうか。部隊指揮を任されながら状況判断を誤ったのは先輩自身だ。恨むなら自分を恨むしかない。


「ペドロリアンさんにあのように自慢されては致し方ありません……」


 クゲナンデス先輩がクスクスと笑う。サンダース先輩がこうなっているのには理由がないわけではない。再びジラント革を欲しがる者が現れないようにと、あちらこちらで首席たちが自慢しまくっているのだ。

 持ち主が誰であるのか知れ渡ってしまえば、手に入れたところで魔導院内では身に着けることも取引することも難しくなる。ひと目で盗品だとわかるようにして、利用価値をなくしてしまおうという次席のアイデアだった。


 首席はもう「ムォーフォッフォッフォ……」と変なお嬢様キャラを演じて、教室でもサークルでもところかまわず見せびらかしまくった。椅子に腰かけるたびに、片足を高々と掲げてズビシッ!とポーズを決めた後、見せつけるようなゆっくりとした動きで足を組むのだ。とってもはしたない。

 侍女兼お目付け役のモチカさんがもの凄くなにか言いたそうだったけど、演技だと言われ苦々しい顔で歯ぎしりをしていた。


 次席はいつものおすまし顔のまま、いつもの次席らしからぬファンキーな踊りで長手袋を披露した。何となく喜んでくれているように見えて嬉しい。首席をマネて高笑いをしようとしたドクロワルさんは、慣れないことをしようとしたせいか思いっきりむせていた。

 シュセンドゥ先輩まで悪乗りして、彼女たちを連れて専門課程エリアを闊歩し自分の作品だと自慢しまくったのだけど、これがいけなかった。


 原則として魔導院内の競技で使われる武器、防具、魔導器には木材、革材、布材のうち、購買で入手可能な素材か生徒が自力入手した素材しか使ってはいけないというルールがある。金属材の使用が許されるのは留め金とかの小部品とゴーレム系競技といった限られた例外だけだ。

 つまり、生徒が自力入手した亜竜の革はここでは最上級素材と言って間違いない。


 ラトルジラントは生徒が相手にするには危険すぎる相手だった。事実、領軍は幾人もの犠牲者を出している。戦利品がチャーリーのガラガラだけであっても誰も攻めることはできない。犠牲者を出さなかったそのことが、何物にも代えがたい戦果だ。

 そんなことくらい皆わかっている。わかっているけど……


 一枚革を豪快に使ったジラント革の装備品。そんなものを目の前で見せつけられては、どうしてガラガラしかないのだと思わずにはいられないだろう。専門課程の先輩たちだって年齢的にはほぼ中学生。聖人君子でいられるわけないのだ。


 そんなわけで、北方面の部隊指揮を任されていたサンダース先輩とブチョナルド先輩は只今絶賛針の筵状態らしい。誰も文句を言ってこない。誰も自分を攻めたりしない。だけど、突き刺さってくる視線が痛い。

 それはもう、面と向かって罵倒してくれた方がマシと思えるような雰囲気なのだとか。


 ブチョナルド先輩は飼育サークルの所属でないのだけど、居た堪れなくなってサンダース先輩と一緒に逃げてきたそうだ。今は厩舎で馬セラピー中。なんでも馬に向かって「お前たちだけは俺を攻めない」とか呟いているらしい。

 泣きながら走り出した挙句、馬車に撥ねられて別の世界に転生してしまわないか心配だ。気持ちはわかるけど、やめておいた方が良いよ。後悔だけが残るから……


「アーレイ先輩……」

「やあ、メルエラ。アンドレーアの様子はどう?」


 座敷部屋にメルエラが上がってくる。アンドレーアは先生たちに連行されずに済んだけど、自分の味方だと思っていた奴らがジラント革欲しさに自分を利用していただけだと知って、すっかりふさぎ込んでしまっていた。


「姉を救っていただいてありがとうございます。ご心配には及びません。この程度で潰れてしまうようなら、領主の器ではなかっただけのことです」

「き、厳しいね……」

「一緒に処分されていてもおかしくなかったのですから、先輩はもう充分なことをしてくださいました。これ以上のお心遣いは無用です」


 先生たちに連行された奴らには謹慎処分が言い渡され、寮以外の院内施設の使用と立ち入りが禁止された。前世で言うところの停学処分に相当する。

 バグジードは2週間。空き巣の実行犯を含めて協力した奴らは1週間だ。春学期の試験が近くなってきたこの時期の停学は痛いだろう。バグジードは処分が明けたらもう試験。がっつりと成績を落としてくれそうだ。


 僕はアンドレーアもバグジードの一味だと考えていたのだけど、メルエラから彼女のことを教えてもらって、どうも違うっぽいとバグジードから切り離すことにした。

 わざわざ奴らに取り囲まれた状況で、バグジードに利用されているだけだと指摘したのもそのためだ。ジラント革が手に入りそうで、かつ自分が絶対的に優位な状況なら、バグジードはアンドレーアを懐柔することよりも目的を優先させるだろうという次席の予想はピタリと当たった。


 メルエラが教えてくれたアンドレーアの本当の姿。それは超ビビリというものだ。


 見た目も振る舞いも勝気そうに見えるけど、実はアンドレーアはもの凄く怖がり。Cクラスの生徒に抜かれるのが怖いから様子を見には来るけど、ガチバトルをする覚悟なんてなく、口で強がって見せるのが精一杯だという。


 そして、アンドレーアが最も恐れているのがこの僕。これには彼女の父親が深く関係している。アーレイ子爵が今でも領主の座を僕の父に奪われやしないかと怯えているせいだ。


 僕は知らなかったけど、なんと父は国立高等学習院を首席で卒業したのだという。卒業と同時に侯爵家の士族になれたのだから優秀だったのだろうとは思っていたけど、まさか首席とは思わなかった。同じ学習院に在学していたふたつ下の弟であるアーレイ子爵は平凡な成績だったらしい。

 それでも、生まれ持った魔力が兄より多いという理由で弟が跡取りとされた。


 これは珍しい話じゃない。貴族が魔術を武器とする武力階級である以上、魔力が多い子を跡取りに据えるのは当然といえる。知識は勉強すれば身に付けられるけど、魔力の量は生まれつきの才能で決まるからだ。魔力を持った血統を維持するという目的からすれば才能を大切する方が正しい。


 ただ、父は弟が子爵位を襲爵する前に、ホルニウス侯爵様の元で貴族になることが決まってしまった。それも魔力に溢れたロゥリング族の王女を妻としてだ。当時アーレイ子爵だった祖父は、優秀な長男をみすみす他家に渡してしまった愚か者と揶揄された。

 それ以来、「アーレイ家は嫡子とする子を間違えた」とずっと言われ続けているらしい。


 父にも僕にも子爵位に未練なんてないし、間違えたなんてのは結果論でしかないと思う。だけど、他の貴族たちがアーレイ子爵に対する当て擦りとして未だに口にするらしく、子爵はそれを耳にするたびに父への憎悪を募らせているそうだ。なんとも迷惑な話である。


 そして、父親に教育されたアンドレーアにもそのコンプレックスが受け継がれてしまった。


 多少魔力に優れていたという理由で子爵となった弟の娘の前に、優秀だった兄の子がノコノコと姿を現した。それもロゥリング族の魔力を受け継いだ男子が。アーカン王国では女性の領主も珍しくないけど、跡取りはやっぱり男子が良いとされている。

 アンドレーアはずっと、僕に次の子爵の座を奪われるのではないかと恐れていたのだ。


 自分が本家の嫡子であることを誇示しようとするのもそのためだった。そして、僕はそんな彼女の振る舞いをガキ大将が空威張りしているようなものだとシカトしまくった。


 まるで、彼女など歯牙にかけるに値しないと言わんばかりに……

 仮にも18歳まで生きた田西宿実がとる大人の対応だと思って……

 それがとんでもない思い上がりだったとも気が付かずに……


 アンドレーアが僕を分家だと言い張った理由。それは、僕を東部派に招くためだった。


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