44 アンドレーアの選択
専門課程の工作棟にある一室で、僕はBクラスの奴らに取り囲まれていた。
家探ししてもジラント革は出てこなかったから、僕がどこかに隠していると思っているのだろう。教養課程の工作室ではジラント革の加工はできないから、僕が工作棟でジラント革の加工をするつもりだと勘違いした奴らが隠し場所を突き止めようとやってきたのだ。
アンドレーアとバグジードを筆頭に11人も来ている。よくもまあ、こんなに集まったもんだ。こいつら、本当におこぼれに与れると信じているのか?
「アンドレーア。ずいぶんと人を集めたみたいだけど、こんな大勢で分けたら腰巻くらいしか作れないよ」
「なに言ってるのよ。皆、あんたが許せないから来てくれたんじゃない」
アンドレーアは分配などしないと言うけど、後ろの奴らを見れば明らかに動揺してる奴がいる。話が伝わってないというよりも……
「君にそのつもりがなくっても、誰かさんはそう約束しちゃったみたいだね」
「ちょっとしたお礼さ。アンドレーアにもそう言ったはずだ」
「そんなっ。勝手に?」
やっぱりバグジードが約束していたか。アンドレーアには「ちょっとしたお礼」とだけ伝えて、それがジラント革だってことは伏せていたんだろう。
本家の嫡子を自称するくせに、こんな手に引っかかるとは……
「僕から取り上げれば、ロゥリング族から奪ったことになるよ」
「アンドレーアが取り戻したものを分けてもらうだけさ」
なるほど、僕から取り上げれば略奪者だけど、アンドレーアから受け取る分にはそうはならない。それが問題になった時の責任は全部アンドレーアに押し付けるつもりか。当のアンドレーアは話についていけなくって目を白黒させている。自分が利用されたってことにまだ気が付かないようだ。
「アンドレーア。バグジードが直接僕に要求しないで君に協力するのは、好意からだとでも思っているのかい?」
「それは……」
「メルエラにも言われたろう。それは他種族からの略奪と見做されるって。だから君にやらせるんだよ」
「ずいぶんな言い方じゃないか。同じ派閥の仲間に手を貸すのは当たり前のことだろう」
なにを言ってやがる。お前は東部派だって仲間だなんて思っちゃいないだろ。
「仲間とはよく言うね。同じ東部派の先輩からグリフォンの遺体を奪ったくせに」
魔導院では秋学期の終わる12月に競技会という大会が催される。バグジードは昨年行われた『ライフポット』という競技で優勝したのだけど、その決勝戦で相手の使い魔であるグリフォンをわざと死に至らしめた。いつでも勝てるものを、あえて競技を終了させずに攻撃を続けたのだ。
そして奴はそれが当然であるかのように、「敵の使い魔を戦利品とする権利は自分にある」と主張して先輩の使い魔だったグリフォンの遺体を自分のものにした。確かに戦争や決闘で相手の使い魔を倒した場合、遺体を戦利品とする権利は倒した者にあるとされている。ただし、競技中の事故で亡くなった場合には使い魔に敬意を表し、遺体は使役者に返却するものだ。
亡くなった使い魔に縋って泣く先輩を蹴り倒して遺体を奪っていった奴の姿からは、対戦相手に敬意を表そうという気など微塵も感じられなかった。同じ魔導院の生徒で同じ派閥の先輩であっても、バグジードは仲間だなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
「勝手に分け与える約束までしてしまって、自分に都合のいい時だけは仲間かい」
「協力してくれた仲間にお礼はあって然るべきだと、アンドレーアだって納得したはずだ」
ようやくアンドレーアも同じ派閥なんて理由で好意から行動を起こすような奴じゃないと思い出したようで、心持ちバグジードから離れて警戒している。
「アンドレーア。君がここにいる限り、ジラント革を取り上げたのは君ということになるだろうね」
バグジードが協力するのはすべての責任を負わせるためだと教えてやると、アンドレーアもようやく自分の置かれた状況を理解してくれたようだ。悔しそうに唇を噛みしめながら、何も言わずに踵を返して部屋を出ていこうとする。
「あなたたちっ!」
「君に協力してやっている僕たちを置いていこうなんて、ずいぶんと冷たいじゃないか」
こうなるだろうと思っていた。アンドレーア以外は全員バグジードに付くことに決めたらしい。Bクラスの奴らが入口に立ち塞がってアンドレーアを部屋から出さない構えだ。
「おい、バカなゴブリンを押さえつけろ」
「ちょっとっ。暴力なんてっ!」
バグジードの手下ふたりが両側から僕を押さえつけた。もうこれ以上アンドレーアは利用できないと知って、この場で無理やりジラント革のありかを吐かせるつもりか……
暴力を振るうのかとアンドレーアが悲鳴を上げている。彼女は何があっても人に手を上げることだけはしない。僕を叩いたりしたことはないし、Cクラスとの間で乱闘騒ぎになった時も最後まで加わらなかったそうだ。
さんざん煽っておきながら、自分だけは反省室行きを逃れる卑怯者だとヘルネストがブチブチ零していた。
「ほら、アーレイ家のジラント革はどこだ? 僕がアンドレーアに返しておいてやるよ」
「げふっ!」
「やめなさいっ。あなたたちっ!」
バグジードのつま先が僕の鳩尾に突き刺さり息が詰まる。アンドレーアがやめさせようとしたけど、Bクラスの男子に腕を掴まれて止められていた。
「あれはアーレイ家の物じゃないし、僕は分家でもないよ。勉強が足りないんじゃないか?」
「Cクラスのお前こそ勉強が足りないんじゃないか。お前はアーレイ子爵の代理人としてあれを受け取ったんだよ」
いつの間にか僕はアンドレーアの父親の代理人にされていたらしい。
「そんなものに任命された覚えはないね」
「記憶力の悪いゴブリンが忘れているだけさ。そうだろうアンドレーア?」
僕の髪の毛を掴んだバグジードがアンドレーアに尋ねる。
「そうだと言ったら。本当に全部君のせいにされ――ごぶっ!」
「僕はアンドレーアに聞いているんだ。ゴブリンは黙ってろよ」
バグジードがそうだと言わなければまた蹴っ飛ばすぞとつま先で床をトントンと叩く。アンドレーアは目に涙をためて悔しそうにバグジードを睨みつけていた。僕が子爵の代理人であることを肯定すれば、バグジードに言い訳を与えるだけだとさすがにわかっているだろう。
「勘違いするなよ。僕はお前のために取り返そうとしてやってるんじゃないか」
「ぐふっ!」
さすがに3発も蹴りを入れられると立っていられなくなって床に膝をつく。アンドレーアがさっさと態度を決めてくれればいいのに……
「あんたはお父様の代理人よっ。いつまでも意地張ってないで、あんなもの渡しちゃいなさいっ!」
アンドレーアはボロボロと涙をこぼしながらバグジードの要求を受け入れた。意外だな……僕のために自分が責任を被ろうなんて……
メルエラの言っていたことは正しかったのか……
「ジラント革なら、あっちの奥の部屋にあるよ……」
「ふんっ。ゴブリンごときが調子に乗るからだ」
バグジードたちはもう僕に用はないと奥の部屋に向かう。
「あんたっ。すぐ治療室にっ」
「その必要はありませんよ」
僕の示した奥の部屋に続く扉から、ジラント革で作られた貫頭衣エプロンを着けたドクロワルさんが出てきた。治療室に行く必要はない。こうなるだろうと、最初っから凄腕の治療士にいてもらったのだから。
「なっ。どうして?」
ドクロワルさんに続いて、チャップスという騎乗時に足を保護する巻き革を身に着けた首席。農作業用の二の腕まで覆う長手袋を着けた次席が現れた。どちらもジラント革で作られたものだ。
喜べよバグジード。お前の欲しがってたジラント革だぞ。もう仕立て上がって、それぞれの持ち主に渡されているけどな。
「大丈夫ですよ。すぐに痛みは引きますから」
ドクロワルさんが近寄ってきて治療術をかけてくれる。魔力が反発して弾いてしまわないように治療術を受け入れると、ズキズキとした痛みがあっという間に引いていった。
「まったく、お芝居だからってあんまりヒヤヒヤさせるんじゃないわよ」
首席たちの後ろからシュセンドゥ先輩とクダシーナ君の幼馴染みの南部派の女の子、そしてタルトが姿を現す。
「芝居だと……」
「そう……ジラント革を狙ってる者を炙りだすために……アーレイがひとりでここにいると情報を流した……バカ釣れ……」
さすがに空き巣狙いまで出てきては放っておけないと、事態を収拾させるように命じられたのだ。そこで、関与している者たちをおびき出すことにした。
首席からは「僕が工作棟に用がある」と、クセーラさんからは「僕がひとりで」と、ヘルネストからは「一緒に行こうとしたら断られた」という情報を流してもらった。複数のルートから断片的な情報を流すように指示したのは次席である。
人は自力でたどり着いた推論を疑わないものらしい。
「毒蛇に噛まれたふたり以外にも……まだ西部派にバカが残っていたのね……」
「北部派に南部派もいるのですか。嘆かわしい……」
次席と南部派の女の子がBクラスの面子を見回して呟いた。
「半数ほどは東部派ですわ。先輩」
「ここに東部派はいないわよ。バグジード派の間違いじゃないの?」
首席に半分は東部派だと教えられたシュセンドゥ先輩が、こいつらはバグジード派だと決めつける。先輩は専門課程の特待生だ。将来有望とされる生徒の周囲には自然と人が集まってくるので、東部派の中心と言ってもいいくらいに派閥内での発言力は強いらしい。
先輩に東部派ではないと言われたら、そいつはもう東部派ではないのだ。
「どうして先輩が……」
「加工を請け負ったのは私だもの。どうかしら私の作品は?」
バグジード派にされてしまった奴らが顔を青ざめさせながら尋ねると、先輩は晴れやかなドヤ顔で自身の作品を自慢する。ジラント革の用途はとっくに決まっていたので、僕自身は受け取らず、なめし終わったところでシュセンドゥ先輩に渡してもらっていたのだ。いくら探したところで見つかるはずがない。
ずっと彼らの立ち入れない高等研究棟に置かれていたのだから。
北部派の首席、西部派の次席、南部派のドクロワルさんがジラント革の装備を受け取って、加工を申し出てくれたのは東部派のシュセンドゥ先輩だ。もう、彼らに味方してくれる者はどこにもいない。自分たちが孤立無援の状態に追い込まれたと知って、バグジードに協力した奴らは助けを求めるように辺りを見回し、そして――
「俺たちはシャチョナルドに騙されて……」
「アンドレーアが困っているから協力しようって……」
「きさまらっ!」
――バグジードを売った。なんて奴らだ。
「アンドレーアさんとモロニダス君を取り押さえ暴行に加担しましたね。彼への協力はあなた方の自発的な行動だったと判断します」
誰もいなかったはずの部屋の隅っこから声がかけられる。そこには、いつの間にかリアリィ先生の姿があった。ワーナビー先生ともうひとり騎士課程の先生を連れている。姿を隠す魔術を使ってずっとこの部屋の中に潜んでいたのだ。彼らの行動は最初っから先生たちに筒抜けである。
僕にこの一件を収拾するよう命じたのは他でもないリアリィ先生だ。空き巣の一件は犯人が毒蛇に噛まれるという笑い話のような結果に終わったけど、リアリィ先生にとっては笑って済ませられることではなかった。魔導院でロゥリング族からの略奪行為など起こされては困るのだ。僕が何も言わなくてもまだプロセルピーネ先生がいる。
ホンマニ公爵様が直々にスカウトしてきた先生は、学長の権威をもってしても黙らせることなどできない。
公爵様の代理として魔導院を任されている以上、プロセルピーネ先生から話が伝わる前に手を打たなければならなかった。万が一、公爵様に尋ねられた時に、「対処済み」という答えが返せなければ無能者という烙印を押されてしまうと、3日分の追加補習の権利と引き換えに僕を収拾に当たらせることにしたのだ。
空き巣の実行犯であるふたりはしょせん手駒でしかなく、処罰したところで対処したことにはならない。そこで、おとり捜査ということになった。リアリィ先生は準爵の位を与えられた立派な貴族の一員だし、後ろにいるふたりもホンマニ公爵様に仕える士族だ。彼らに現場を目撃されては、もう誰も白を切ることはできない。
「先生だって暴行を黙認したのでは……」
「アーレイ君に約束させられてしまいましたからね。ジラント革の在処を口にするまで、何があっても手を出さないと……」
先生に止められてしまっては僕が困るのだ。空き巣に入ったふたりが吐いたところによると、入手方法を知ってジラント革の受け取りを拒否されると困るので、アンドレーア自身は空き巣のことを知らされていなかったらしい。
結局のところ、彼女は口でジラント革を渡せと要求する以上のことはしていない。
それに僕はアンドレーアがどうするか知りたかった。メルエラやシュセンドゥ先輩の言うことが正しいなら、僕はずいぶんと彼女を誤解していたことになる。そして、どうやらふたりの言っていたことは正しかったようだ。
アンドレーアは決して僕に意地悪だったわけではない……
「あなたたちからは、一人ひとりじっくりと事情を聴かせてもらいます。反省室で……」
リアリィ先生の指示でバグジードと裏切った仲間たちが連行されていく。もはや一切の言い訳は通用しない。たとえ実家の権威にものを言わせようとも、貴族ひとりと士族ふたりの目撃証言を握り潰すのは容易なことではない。
「アーレイを見捨ててくれると期待していたのに……アンドレーアには失望した……」
どこぞの宇宙忍者のように手袋を見せびらかしながら、次席が言ってはいけない本音を口にした。




