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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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43 失われた小さな命

「こんな感じで、ふたつの軸を逆に回転させて、かき混ぜ棒がぶつからないように……」

「去年失敗したドリルが使えそうだねっ」


 今日は厚生棟のオープンカフェでクセーラさんと新たなゴーレム腕の開発会議だ。


 彼女のゴーレム腕は関節にかかるテンションを感じることで疑似的に触覚を再現しているけど、やっぱり本当に何かに触れている感覚ほど繊細ではない。物を掴んだりする分には困らないけど、ダメ草の下拵えみたいな微妙な力加減が必要な作業には向いていなかった。


 初級再生薬を作りながら調合用のゴーレム腕を作ってみてはどうかという話になったのだけど、話が膨らんで料理にも使えるゴーレム腕にしようということになり、今は搭載する機能をあれこれ話し合っている。前世の調理器具の記憶から、ハンドミキサーの機能を付けてみたらどうだろうとクセーラさんに説明してみた。回転部分だけをゴーレム腕に組み込んで、アタッチメントを交換可能にしておけば、ミキサーの他にミルとかスライサーにも使えるかもしれない。


 他にも、先端に触れたものの温度がわかる金属串とか、軽く炙ったりするのにバーナーがあるといいか。キッチンタイマーも欲しいな……


「――――」

「どうして秤を付けないのかと言っているのです」


 料理用ということでシルヒメさんにもご参加いただいている。いかんいかん。基本を忘れるところだった。重さだけでなく、体積がわかるような秤があるとよさそうだ。


「さっすが伯爵だねっ。ゴーレムのアイデアがどんどん湧いてくるよっ」


 昨年の秋学期から僕はクセーラさんのゴーレムアドバイザーに就任している。切っ掛けは昨年の春学期の課題だったゴーレム用の人形である。


 多くの子は粘土で人形を作った。クレイゴーレムという奴だ。柔らかい粘土で出来ているから難しい関節を作らなくて済む。金属ゴーレムなんかは関節を作ってあげないと動くことすらできない。

 僕は木で人形を作った。ウッドゴーレムという奴だ。ただし、主な関節部分には鉄球を用い、磁石でくっついて自由なポーズがとれるようにした。名前は忘れたけど、前世でそんなおもちゃを見た記憶があったから。


 磁石の力が弱かったせいで簡単にバラバラになってしまい、課題としてはいい評価はもらえず、クラスメートからは欠陥品と呼ばれた人形だったけど、その関節の構造に目を付けた女の子がいた。

 僕は有無を言わさず縄でグルグル巻きにされた挙句、当時学年6位だった優等生クセーラ・カリューア伯爵令嬢の前に転がされたのだ。


 初めて会った時のクセーラさんは髪型も口調も、左腕以外は次席にそっくりなご令嬢だった。


 そのころ彼女が使っていたゴーレム腕は見た目こそ人の腕そっくりだったけど、腕を捻るという動作ができずにいた。そこに肘から先や手首を捻るどころかクルクルと回して、人ではあり得ないポーズを取れる人形のことを耳にしたそうだ。

 妹が興味を示した人形の持ち主を探し出して捕らえよと、次席がムジヒダネさんに命じたらしい。


 ムジヒダネさんに関節を極めさせながら要求することを「お願い」と言うかどうかは別として、クセーラさんは話をしている間もずっと沈んだような雰囲気を纏っていた。まだ10歳の女の子にすべてを諦めたような悲しい顔をさせておきたくなかった僕は、彼女に望まれるまま関節だけでなく磁束や磁力線、極といった前世知識まで披露したのだ。


 夏学期の間は会うこともなかったのだけど、秋学期の初めに磁力関節を使ったゴーレム腕第1号を完成させた彼女が僕の前に現れた。僕が力になりたいと思った儚げなご令嬢はすっかり鳴りを潜め、暴れん坊の本性を現したクセーラさんが……


「でも、成績を戻すんじゃなかったの? また次席に怒られるよ」


 僕たちは昨年の秋学期のほとんどをゴーレム造りに費やしていた。前世ではアニメの中の存在だったロボを再現できると、僕もついつい悪乗りしてしまったのだ。僕たちが成績を落としてしまった原因もそこら辺にあると思う。


「これは夏の課題として作るつもりだよっ」


 夏学期は専門課程や教養課程の3年生が長期間魔導院を離れる実習がある。先生の手が足りなくなるので授業は行われず、代わりに課題が与えられるのだ。つまりは夏休みの宿題である。いい評価をもらいたいと思ったら、そろそろ何を提出するか考えておいた方が良い。ありあわせの材料で作るならともかく、素材にまでこだわるなら乾燥やなめしといった下処理の時間が必要だ。


「その点、伯爵はズルいよねっ」


 ジト目になったクセーラさんが糾弾するかのように僕を睨みつけてくる。彼女が言っているのはタルトの術式のことだ。使い魔の能力も生徒の実力の内と考えられているから、『タルトドリル』や『ヴィヴィアナロック』の魔導器を提出するだけで相当な高評価を得られるだろう。

 僕自身、それは反則だと思ってる。


「さすがにやらないよ。僕は木を削るだけなんて……」

「下僕はわたくしに乳母車を作るのです。動く背もたれと日除けの覆いに出し入れできるテーブルも付けるのですよ」


 タルトが乳母車を要求してきた。フルフラットリクライニングシートに収納可能なテーブルとか、どこの航空会社のビジネスクラスだよ。エコノミークラスベビーカーなら考えてやらんでもないぞ。


「折り畳み椅子に車輪をくっつけたんじゃダメかい? 肘掛けも付けるから」

「話にならないのです」


 3歳児はあくまでもビジネスクラスを要求するようだ。風が入ってこない大きなバスケットで落ち着いてお昼寝ができないと嫌だと言う。まったくお大臣様である。


「やっぱり、伯爵はズルいよ……」


 クセーラさんが涙目になっていた。抱っこだお昼寝だと甘えたがるタルトを知ってしまったため、もうゴレームたんでは心が満たされなくなってしまったらしい。


「甘えて欲しいなら、声を発するようにすれば……」

「だからっ。そういう問題じゃないんだよっ。伯爵の言ってることは違うんだよっ」


 テーブルをバシバシ叩きながらクセーラさんがそうじゃないと力説する。


「心が満たされないのはオムツを穿かないからなのです」

「ぎゃああぁぁぁ――――!」


 いつの間にかテーブルの下に潜り込んでいたタルトがクセーラさんのスカートを捲り上げた。うほぅ。なんか水色の縞々が見えたぞっ。


「オムツなら何があっても安心なのです。心細く感じることなどないのです」

「下着の話じゃなぁぁぁいっ!」


 クセーラさんが悲鳴を上げながら必死にスカートを押さえつける。彼女はこんなオムツ推しをしてくる精霊が本当に欲しいのだろうか……






 ゴーレム腕開発会議を終えて寮に戻る途中、Bクラスの奴らに通せんぼされた。ジラント革はアーレイ家の物なのだから、嫡子であるアンドレーアに引き渡せと言うのだ。このやり取りはもう何回目かもわからない。

 でも、当のアンドレーアがいないなんて珍しいな。代わりにAクラスのバグジードの奴がいやがるぞ。


「おい、僕の手を焼かせる気か?」

「どうして君が手を焼く必要があるのさ?」

「同じ派閥の子が不当に所有物を奪われているんだ。見逃せるはずがないだろう」


 呆れるほどに恩着せがましい言い分だ。偉そうに義憤を口にする奴の思惑なんて知れている。取り戻してやったのだからと、お裾分けに与ろうというのだろう。

 アンドレーアに都合のいいことばかり吹き込んでいるというのはこいつか?


「さっさとジラント革をアンドレーアに返せ。ゴブリンには過ぎたものだ」

「借りた覚えなんてないけど」

「自分の立場が理解できないのか? お前の家など――」

「どうにもできないね」


 バカな奴だ。僕の家はこの国には無いというのに、無いものをどうしようっていうんだ?


 弟であるアーレイ子爵に疎んじられている父は、ドワーフ国から帰国しなくていいようにとありとあらゆる手段を講じている。国内には家も財産も、圧力をかけられるような相手も存在しない。


「どうせ口だけで、実際にどうするかなんて考えてもいないんだろ?」

「たかが、大使館の職員くらいなんとでも――」

「ならないよ。シャチョナルド侯爵ほどの大物が一職員の人事に口出ししようものなら、『そんな些細なことにまで』と笑われて終わりさ」


 父は爵位を得てからも大使への就任を断って大使館の一職員でいる。大使は王様が任命する重職であり、貴族たちもあれこれと口出ししてくるから、大使になってしまうと帰国を命じられる可能性があるせいだ。


 大使館の職員であれば、人事は外務大臣であるホルニウス侯爵様の胸ひとつ。帰国したくない父とロゥリング族との関係を改善したい大臣が手を握り、他の貴族から口出しされないように、わざと一職員という低い身分のままドワーフ国に置いていた。

 父の考えた「もう帰らない大作戦」の一環である。


「できるかどうかよりも、侯爵様がそれをされるかどうかをよく考えなよ」


 家格の低い貴族では大臣に相手にされず、大貴族ともなればかえって自分の器の小ささを示すことになりかねない。すべて計算ずくなのだ。


「…………きさま……」

「おい、邪魔だっ。道を開けろっ!」


 なんだ?

 紅薔薇寮の方から大勢人がやってきた。ヘルネストもいるな。荷車に乗せられているのは……人か……


「モロニダス? そうか……足止めしてやがったのか……」


 なんで僕を足止めするのかと思ったら、同じ紅薔薇寮に住むBクラスの奴が僕不在の間に寮の部屋を家探ししていたらしい。いつもはシルヒメさんが留守番をしてくれているのだけど、今日は料理用ゴーレム腕のアドバイザーとして連れ出してしまったので誰もいなくなった隙を狙われたようだ。


 そして、僕の部屋に侵入した空き巣はそれと気付かずに飼育箱をひっくり返し、怒った毒蛇に噛みつかれた。荷車に乗せられているふたりがそうだという。呆れてバカとしか言いようがない。

 寮の部屋なんて探したって何も出てこないのに……


「お前ら、東部派の手先になったのかよ?」

「言い掛かりはやめてもらおう。彼らと僕は何の関係もない」


 毒蛇に噛まれた西部派のふたりをヘルネストが裏切り者と糾弾する。バグジードは僕の部屋を家探ししたことは自分の与り知らぬことだとすっとぼけるつもりのようだ。


「おい、仲間なんだろ。治療室まで運んでやれよ」

「西部派のバカなんて知らないね。僕はゴブリンに言いたいことがあってきただけだ」


 ドジを踏んだふたりをあっさりと見限ったバグジードは、彼らを一瞥することもなく去っていく。少しの間だけ逡巡していたBクラスの連中も、結局はバグジードに倣って知らんぷりすることに決めた。


「ちっ。騎士の情けだ。治療室までは運んでやる。サクラがいなくて良かったな」


 ムジヒダネ家は裏切り者にかける情けなどないという家柄らしい。彼女がここにいれば、見せしめとして木から吊るして放置だそうだ。話を聞かされた彼らの顔が青くなっているのは、毒のせいだけではないだろう。


「ヘルネスト。逃げ出した毒蛇はどうしたの?」

「それが……箱から出ちまった上に気が立っていて危なかったんでな……サクラヒメに……」

「あれはプロセルピーネ先生から預かった毒蛇だよ……」

「責任はこいつらに取らせるさ」


 毒蛇に噛まれたふたりは泡を吹いて気絶してしまった。毒が回ってしまったわけではない。これから自分の毒蛇を食べられてしまった【魔薬王ドラッガー】のところにドナドナされると知って、恐怖に気を失ってしまったのだろう。

 治療と称した実験が行われることは火を見るより明らかだ。


 治療室に向かったヘルネストたちを見送って寮の部屋に戻ると、なるほどドアの鍵が開けられていた。


 寮の部屋の鍵は簡単な構造の安物だし、実のところ同じ鍵で開いてしまう部屋がいくつかあったりする。防犯性を考慮していないというより、自分で何とかしろということらしい。【禁書王フォビドゥン】なんかはカードキーみたいな魔導器をかざして開けるハイテクっぽい自作の鍵に付け替えている。

 オートロック機能までつけて、案の定やらかしていたけど……


「まだ毒が貯まっていないのです」


 空になってしまった飼育箱を覗き込みながらタルトが寂しそうに呟いた。タルトが作ろうとしている怪しげな毒の材料として、毒蛇には時おり毒を吐いてもらっていたのだけど、まだ半分くらいしか貯まっていないらしい。


「どぐへびが……いなぐなっでしまっだのでず……」


 おやすみの時間になって3歳児がぐずり出してしまった。タルトは毒を採るだけでなく、天気のいい日には日向ぼっこさせたりして可愛がっていたし、毒蛇たちも精霊を脅威とは感じないようで、よく湯たんぽの上で心地好よさそうにとぐろを巻いていたものだ。


「ごんど、どぐを吐いだら……ご褒美にねずびをあげるっで……やぐぞくしでいだのです……」


 ヒックヒックとしゃくり上げながらペットを失った悲しみを訴えてくる3歳児。言葉で納得させることはせず、ヨシヨシと抱っこして思う存分泣かせてあげる。


「どぐへびも……ねずびをたのしびに……よろごんでぐれで……」


 精霊であるタルトにとって、毒蛇たちもまた僕と同じ従僕だったのかもしれない。精霊でない僕にはそれ知ることはできず、タルトを慰める言葉も見つからない。僕にできるのは、約束したとおりそばにいてあげることだけだ。


 落ち着いてきたところでヴィヴィアナ様祭りで手に入れたタヌキのぬいぐるみを使ってあやす。ぬいぐるみを抱かせて、ほっぺたを優しくナデナデしてあげていると、まだ鼻をグスグス鳴らしてはいたけど目を閉じて静かになった。


 まさか、空き巣狙いまでするとはね。バカどもが、よくもタルトを悲しませてくれたな……


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