42 置いて行かれたくないから
全身が筋肉痛で痛い。素材採りという名の地獄のしごきのせいである。
昨日はダイエットを兼ねた素材採りということでコケトリスの使用が禁止され、素材で重くなった荷物を背負って採集場所から5刻かけて帰ってきたのだ。
ドクロワルさんが採集物と言い張って漬物石をカゴに入れた時は目の前が真っ暗になった。
タルトはあんなお昼ご飯はまっぴらだと来てくれず、自分だけシルヒメさんのフルーツタルトを食べていたらしい。一切れだけ残しておいてくれたフルーツタルトは涙の味がした。
ありがたいことに漬物石以外はほとんど僕が使う素材だったので、しばらくの間は初級再生薬の材料に困らないで済みそうだ。ちなみに、漬物石は本当に採集目的だったようで、プロセルピーネ先生の研究室で使われるらしい。
何に使うんだか……
「おい、モロニダス。今日も見てるだけなのかよ。相手がいないなら俺が相手してしてやるぞ」
「ヘルネスト。君は僕を殺す気なのかい」
今は『武技』の授業中だ。クラスメートたちが木剣や棒をもって、訓練場のあちこちで振り回したり試合をしたりしている。
体中が痛くて動きたくないというのに、よりによってヘルネストの相手なんかしてられない。こいつは勉強はさっぱりなくせに、こと『体力』と『武技』の成績に関してだけは学年でも上位なのだ。
この授業で行われている試合は『ダブルダウン』と呼ばれ、プロテクターを着けて木製の武器で殴り合い、相手を2回ダウンさせれば勝ちという荒っぽいルールが採用されている。前世での剣道のように決まった場所を叩くというものではなく、どこをどうぶん殴ろうと相手がダウンすれば有効。ダウンしなければ無効。投げ技だってアリである。
教養課程のうちは使っていい魔術がかなり限定されていて使い魔の使用も禁止という、もうムジヒダネさんに無双させるためにあるようなルールだ。彼女の戦い方は酷い。ダウンするまで怒涛の連続攻撃を繰り出してくる。ダウンしてからも怒涛の連続攻撃を繰り出してくる。とにかく相手が動かなくなるまでフルパワーで殴り続けるのだ。
その情け容赦のない戦いぶりゆえに【ヴァイオレンス公爵】の名を贈られた。
「だめだよ。伯爵をいじめちゃ」
ロリボーデさんが巨体を揺らせながらノシノシとやってきた。彼女は脳筋ズのように好戦的な性質ではないけど、その巨体とパワーゆえに試合ではヘルネストに勝ち越すくらいに強い。彼女を完封できるのは【ヴァイオレンス公爵】ただひとりだ。
「だけど、訓練しないといつまでも弱っちいままだぞ」
「伯爵は訓練したって強くなんないよ」
「そりゃまあな……」
それで納得すんなとツッコミたいところだけど事実だから仕方ない。僕の得意とするところは騎射だ。ロゥリング族にはコケトリスで斜面を駆け下りながら弓で途中にある的を射抜いていくという競技がある。僕のロリオカンが最も得意だったという競技で、魔導院に来る前にさんざん仕込まれた。
ただ残念なことに、成績に反映される競技の中に騎獣に乗って行われるものはない。自前の騎獣を持っている子なんて1学年に10人といないのだから、それで成績を決めるわけにはいかないだろう。
「下僕はわたくしと遊ぶのです」
タルトが自分の身長よりも長い木の棒を2本持ってきた。3歳児にとっては長柄物だけど、槍ではなく杖を模した武器だ。
「タルト、武器なんて使えたの?」
「見たことはあるのです」
見様見真似か。まあ、何もしないで見ているとワーナビー先生が文句を言ってきそうだから、タルトと遊んでいるのもいいだろう。ヘルネストにボコボコにされるよりマシだ。
「ていっ」
「あいたっ」
タルトの杖が僕の頭にポコンと当たる。力は弱いし動きもぎこちないのだけど、流れというか型のようなものを知っているようで、それに入られると上手いことやられてしまう。今も武器を跳ね上げられてガードが空いた隙を叩かれた。
「モロニダス。お前はチミッ子より弱いのか……」
「そう言うな。今のは受け方を知っていないと躱すのは難しいぞ」
「あ、ワーナビー先生……」
山狩りの時にやらかして、教員から指導員に降格されてしまったワーナビー先生が見に来ていた。指導員というのは訓練場で技術指導だけを行う先生で、教員と違って授業内容や成績の評価に口を挟むことはできない。前世でも学校の先生じゃないのに部活の指導だけを請け負っている人がいたけど、あんな感じだ。
生徒からの評判は指導員になってからの方がいいとサンダース先輩が言っていた。なにしろ騎士としての実力だけはピカイチ。忙しい教員と違って遠慮なく指導をお願いできるので、順番待ちの列ができることも珍しくないらしい。
「ウカツダネは足の運びに注意がいってないな。今の流れにある時だけ、歩法が変わったことに気が付かなかったのか?」
タルトの動きは相手のガードを崩して一撃入れるために組み上げられた型なのだと先生が教えてくれた。構えからしてまったくなっていないのだけど、型を出している最中だけは、足運びから重心の動かし方まで美しいと言えるレベルであったらしい。
ヘルネストよりよっぽどよく出来ているという。
「お前は体格と力に頼り過ぎなんだ。だから、ロリボーデに負け越すことになる」
ヘルネストは周りより1歳年上で元々体格もいい方だ。たいていの相手には力任せで勝ててしまうので、その分戦い方が雑。それでは、体格も力も上のロリボーデさんに勝てないのは当然だとワーナビー先生が指摘する。
「ムジヒダネと訓練するのもいいが、お前は自分より大きい相手との戦い方も学んでおけ」
ちょうどいいと、ワーナビー先生の提案によりヘルネスト対【ジャイアント侯爵】の試合をすることになった。ふたりとも武器は長柄物のようだ。ヘルネストは山狩りの前に作っていた朱槍で、ロリボーデさんも物干し竿みたいな長い竹竿を手にしている。
試合開始の合図とともにロリボーデさんが竿をブンブンと振り回し始めた。ヘルネストの槍よりリーチが長いので、踏み込まなければヘルネストの攻撃は届かない。槍を投げれば別だけど、投げ槍を喰らってダウンする相手なんて僕くらいのものだ。このままではラインを超えて場外に押し出されるだろう。
押し出されたら1ダウン。自分から出たら敵前逃亡と見做されて即敗北である。
なんとか反撃に転じようと、振り回される竿を槍で受け止めたヘルネストが強引に踏み込んだ。迂闊だよヘルネスト……
「ごぶえっ!」
ヘルネストが吹っ飛ばされて倒れた。1ダウンである。【ジャイアント侯爵】の最大の武器は竿じゃない。ジャイアントパワーで繰り出される「張り手」だってことくらい、わかっていただろうに……
ロリボーデさんの戦い方は単純明快。相手より長い武器を振り回して追い詰め、たまらず懐に飛び込んできたところを張り手で迎え撃つだけだ。竿を力任せに振り回すのは、自分が最も得意とするクロスレンジに相手を踏み込ませるためである。
待ってましたといわんばかりの張り手を顔面に喰らい、ヘルネストは一発でグロッキーだ。カウンターでモロに入ったから、診察室に行かせた方がいいと思う。
「それまでだ。ウカツダネは診察室に行ってこい」
「まだだっ。俺はまだ戦えるっ!」
「考えもなしに飛び込んだバカが偉そうに言うな」
ワーナビー先生がダメだこりゃと試合を止めた。この先生が試合を止めるというのはよっぽどのことだ。まあ、ヘルネストは完全に膝が笑っていて、槍を支えにしてようやく立っているような有様だし、脳震盪を起こしているかもしれない。
訓練所には簡単な診察と手当てができる診察室が併設されていて、軍医の資格をもっている先生が詰めている。ここで最初の診察をしてもらって、手に負えないようなら中央管理棟にあるプロセルピーネ先生の治療室送りだ。
ヘルネストはロリボーデさんにひょいと担がれて、診察室へと連行されていった。
「ふむ、アーレイの相手は誰が良いか……」
「僕もやるんですか?」
「当然だ。ジラントを相手にした奴が何を恐れる」
ちっ……。この先生には僕がジラントを討伐したことを知られている。そして、生徒が単独でジラントを倒したという戦果が魔導院の公式記録として残されなかったことを面白く思っていないのだ。
実習であった以上、参加した生徒の成績は評価しなければならない。そのため、魔導院は山狩りの報告書をきっちりとまとめて公表したけど、僕に関する記録はプロセルピーネ先生の治療班の一員というだけにとどめられた。
ジラントを倒したのであれば、どうやって倒したのか説明が必要になる。僕は『ヴィヴィアナロック』の術式から芋づる式にタルトがトンデモ精霊だと知られるのが嫌だったし、魔導院としても山狩りに参加していないはずの僕の勝手な行動を報告書に記載することは憚られた。
そこで、プロセルピーネ先生やリアリィ先生と結託し、僕が倒したジラントに関しては報告書には一切出てこないようにしてもらったのだ。
報告書にはプロセルピーネ先生とドクロワルさんがヒメバシリスクの角を用いた解毒薬を作製したとあるけど、角を提供したヒメバシリスクがラトルジラントの毒に耐性を得た経緯までは載っていない。薬に使われた材料の来歴までいちいち記載するのは蛇足でしかないとプロセルピーネ先生が主張し、妥当な意見だとリアリィ先生が受け入れた。
「俺の考えが浅はかだったことは認めるし、犠牲者を出さずに済んだことには感謝している。だが、なぜ隠す?」
「あんなの偶然ですよ。もう一度やらされたら堪りません」
「危機的な状況で、あの術式を使ったお前の判断まで偶然ではないのだぞ」
命懸けの戦いを偶然などというひと言で片付けるなとワーナビー先生は口惜しそうだ。それはそうかもしんないけど、転がり落ちてきたジラントの首を捉えるなんて、狙ってあんなことできないよ。
「お前の相手は……そうだな、クダシーナでいいだろう」
僕と同じく、見てるだけだったクダシーナ君が呼ばれた。やれやれだ。武器はタルトが持ってきた、訓練場備え付けの魔法陣の刻まれてない杖でいいだろう。クダシーナ君は片手持ちの木剣と小型の盾を手にしている。自前の装備みたいだから、両方とも魔法陣を刻んだ魔導器かもしれない。
痛くない方を選んで適当に喰らった振りすればいいな。
開始の合図と同時にクダシーナ君が積極的に打ちかかってくる。いつもは僕と一緒で見てるだけなのに、今日はやる気に満ちて……いや、彼の魔力から感じるのは、これは怒りか。何で怒っているんだ?
『体力』の授業でブルマー姿をジロジロ眺めていたせいで、自分を狙っているホモだと思われているのだろうか?
「アーレイは……どうしてあんなことを言ったんだ。君がAクラスになるなんて口にしなければ……」
それか……。確かに僕がBクラスの連中にAクラスになると啖呵を切ったせいで、「自分は弱いから、身分も低いから」という彼の言い訳は、幼馴染みだという南部派の女の子に通用しなくなった。でも、僕を恨むのは筋違いじゃないかと思う。
「僕は今のままで良かったんだ。それなのに……」
クダシーナ君は美少女のような顔を歪めて余計なことをするなと打ちかかってくる。でも、それはダメだろう。彼の幼馴染みはそれが許せなかったんだから。僕がおとなしくしてようと、遅かれ早かれ結果は同じだ。
「今のままはずっと続くわけじゃない。今のままがいいなら、どうして何もしないのさっ」
彼と彼女の関係を今のままに保とうとしているのはクダシーナ君じゃない。彼女の方だ。クダシーナ君に自分の後を離れずについてきて欲しいから泣きながらあんなことをした。今のままがいいから何もするなという彼の言葉に無性に腹が立つ。
そんなんで、いつまでも今のままでいられると思ってるのか?
クダシーナ君の剣を払って、返す手で頭を狙ったけど防がれた。さっさと負けて終わりにしようと思っていたけどヤメだ。そのクソ美少女顔を叩き潰してやらないと気が済まない。
誰だって前に進んでいくんだ。今のままがいいと立ち止まっていたら、ひとりだけ置いてきぼりにされてしまう。
「今のままでいたいなら、噛り付いてでも彼女について行けよっ!」
振るう剣に力を入れようと盾が下がった隙をついて、クダシーナ君の顎に渾身の突きをぶち込んだ。ただ相打ち覚悟の一撃だったので、僕もまともに袈裟切りを喰らっている。僕は吹き飛ばされたけど、クダシーナ君も立っていられずに崩れ落ちた。
互いに1ダウンだけど、くそっ……左腕が上がらない。
「本当に何も恐れないの……君は……」
仕切り直したところでクダシーナ君が苦々し気に尋ねてくる。バカか? 怖いに決まっているだろう。僕が何もできないまま彼女が手の届かないところに行ってしまうのが怖いから、Aクラスを目指したんじゃないか。
スタートラインは同じはずだったのに、気が付けばずいぶんと離されてしまった……
僕のことなど振り返ることなくドンドン先へ行ってしまう……
魔導院にきて最初にできた僕の友達……
「置いて行かれるのが怖い……だから僕はAクラスに行くんだっ!」
オカマ野郎の美少女顔をめがけて杖を振るう。クダシーナ君が幼馴染みについて行くのも、彼女から離れてしまうのも彼の自由だ。好きにすればいい。
――でも、僕は……ドクロワルさんに追いつくって決めたんだ。
突き出された剣を受け止めてタルトにやられた型へと持ち込む。相手の剣を跳ね上げながら杖を振りかぶり頭めがけて振り下ろす。
だけど、クダシーナ君はそれを避けようとせず、殴られるのも平気で左手の盾を僕の顔面に力いっぱい叩きつけてきた。
「ぐえっ!」
盾殴りで目が眩んだところへヤクザキックを喰らって僕は吹き飛んだ。わかってはいたんだ。この左腕ではダウンを奪えるような一撃はもう放てない。
とっくに僕は負けていたってことくらい……
「……お前がジラントを倒したのは、決して偶然ではなかったよ」
僕を診察室へと運ぶ途中でワーナビー先生が呟いた。慰めなんていらない。あんなのただの偶然さ。
僕はこんなに弱いのだから……




