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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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39 モロニダスの挑戦状

 ヴィヴィアナ様祭りが終わり春学期の授業が後半に入ったころ、前半の成績による暫定順位が発表された。上位10人のみ掲示板に貼りだされ、残りは先生から順位が書かれた成績票を渡される。

 首席と次席、そして3位の【禁書王】は変わらずだ。10位にはムジヒダネさんが入っていた。強さこそすべてという脳筋思考にもかかわらず、勉強はできるんだよなぁ。


「どうだったモロニダス?」


 授業が終わった教室でヘルネストが尋ねてきた。ヘルネストは91人中、69位だったそうだ。この男らしいエロい順位だな。僕は何も言わずに先生から渡された成績票を見せてやる。


「なんだこれ……マジか……」


 悪いけど、週1とはいえ先生から定期的に補習してもらってる僕だ。真ん中には届かなかったけど、Bクラス並の成績は取ることができた。


「モロニダス……俺たちを裏切るのか……」

「学校で勉強することの何が裏切りになるっていうのさ?」


 バカなこと言ってないで君も勉強したまえよ。ヘルネストは現実を受け入れられないのか、僕の成績票を持ったままプルプルと震えている。


「おおっと、手が滑ったあっ。モロニダスの成績票があっ!」


 この野郎! 僕の成績票を教室の真ん中に投げ込みやがった。発表されたばかりで成績の話題に敏感になってるクラスメートたちが注目する。


「なん……だと……」

「バカな……ゴブリンが……こんな……」

「アーレイ……Cクラスを……いやっ、ベリノーチ先生を捨てるって言うのかっ」


 僕の順位を知った奴らが睨みつけてくる。何を言ってるんだお前たちは。そのベリノーチ先生に補習してもらってんだから、成績が悪かったらそれこそ申し訳ないだろう。それに、次のクラス替えは来年だ。クラス担任だってベリノーチ先生のままとは限らないじゃないか。


 クラスメートの3分の2が男子というCクラスとはさっさとおさらばして、圧倒的に女子が多いAクラスに行きたいという本音を隠したまま成績票を取り返す。Cクラスは騎士を志望しているからと勉強そっちのけで訓練に身を入れる男子が多く、逆にAクラスは汗臭い騎士は嫌ということで、特待生や定員のある工師課程を狙っている女子が多い。

 男に囲まれた薔薇色の学園生活なんてまっぴらだ。こんなクラス、いつだって捨ててやんよ。


「てめえ……元Bクラスだったお前でも、俺たちは仲間だと思っていたのに……」

「伯爵……そんなにBクラスに行きたいの?」


 おわっ。後ろから伸びてきたバカでかい手に捕まった。そのままバカでかい膝の上に抱っこされて頭をナデナデされる。


「ロリボーデさん。僕はBクラスになんか行かないよ」


 僕を捕まえたのは栗色の髪を左右で束ねたでっかい女の子。グラマーデル・ロリボーデ男爵令嬢だ。学年一の長身を誇り、11歳にしてベリノーチ先生を超えてリアリィ先生に迫るほど背が高い。

 ただし、体型は5歳児のまま……


 ノッポなのではなく、何もかもがでっかく成長しているのだ。幼児をそのまま大きくしたように頭もでっかいし手足もぶっとい。一見プニプニに見えるその腕に、その太さに見合ったパワーを秘めている学年一の力自慢でもある。両親ともに人族のはずなのに、まるで巨人族ジャイアントの子供のようだと贈られた名を【ジャイアント侯爵】という。


 力自慢の彼女だけど、【ヴァイオレンス公爵】のような暴れん坊ではない。飼育サークルのペット部門で愛玩用魔獣の世話をするのが好きなおとなしい女の子だ。唯一困ったところは、ゴブリンを愛玩用の魔物だと勘違いしているところだろう。ちなみに、タルトからはデカビッチと呼ばれている。


「本当? Bクラスに行っちゃったりしない?」

「Bクラスなんかに興味はないね」


 Cクラスになって初めてBクラスというものがわかってきた。自力で上に行こうとはしないくせに、下から這い上がってくる者は蹴落とそうとする奴らだ。他人より劣っていないという立場に安住したいのだろう。

 僕が行きたいのはAクラス。Bクラスに戻りたいとは思わない。


「おい、クダシーナはいるか?」


 Bクラスの奴らが8人も連れ立って教室に入ってきた。Cクラスにいったい何の用だ? アンドレーアまで?


 何事かと思って眺めていると、無遠慮にドカドカと教室に踏み込んできて窓際にいた灰色の髪の子を取り囲む。ジュリエットという名前と儚げな外見から美少女と思われがちだけど、クダシーナ君はれっきとした美少年で、Cクラスの中では成績がいい方なので昨年から目を付けられていたらしい。Bクラスの生徒に課題を取り上げられそうになったというのも彼だそうだ。


「ロリボーデさん。クダシーナ君の順位って聞いてる?」

「56位だって」


 Bクラスの奴らは執拗に成績票を見せろと迫っている。おそらくはCクラスにBクラス並の成績を取った者がいることに気付いて確認に来たのだろう。だとすれば、お探しの相手は彼じゃない。お前らが探している相手はこっちだよ。


「アンドレーア。こんなことで時間を潰す余裕があるほどいい成績だったのかい?」


 クダシーナ君を取り囲んでいる奴らを後ろから眺めていたアンドレーアに声をかける。Cクラスの生徒を気にしているくらいだ、いい成績であったはずがない。


「あんたこそ、家の恥になるような成績じゃないでしょうね……」

「そっちこそ何位だっさのさ?」

「43位よ。あんたは?」


 僕は何も言わずアンドレーアに成績票を渡す。残念ながらまだアンドレーアには及ばなかった。でも、もう充分に射程圏内だ。春学期の終わりの成績で巻き返すことが不可能な差ではない。


「49位っ! あんたがっ?」


 アンドレーアの声に、クダシーナ君を取り囲んでいたBクラスの奴らが一斉に振り返った。


 優等生(Aクラス)落ちこぼれ(Cクラス)に挟まれた凡人ども(Bクラス)は、トップからビリッケツまでの成績の幅が狭い。平均点に近い生徒が揃っているので、テストのヤマが当たったといった、ちょっとしたことで順位は大きく変動する。たった6人差なんて、『体力』や『武技』といった僕にとってハンデでしかない科目を除けば、もうアンドレーアとの差は無いと考えてもいいくらいだ。


「すまないね。アーレイ家の恥でしかない成績で……」


 昨年の学年末順位ではアンドレーアは40位だったはずだ。順位を落として僕との差もほとんど無くなった。自分だって自慢できるような成績じゃないんだから、人に絡んでいる暇があったら勉強しろよ。


「まぐれで人並みの成績を取ったくらいで調子に乗るなよ……」

「ゴブリンにはCクラスがお似合いだわ……」

「Bクラスに上がろうなんて思い上がるな……」


 ずいぶんと憎々し気に僕を見てくる奴らがいる。さてはこいつら50位以下だったな。まぐれかどうかは春学期の終わりにはわかるさ。


「Bクラスの俺たちがゴブリンを受け入れると思ってるのか?」

「思ってないし、Bクラスに上がるつもりもないよ」

「身の程をわきまえているというのなら、この成績はなんだ?」


 Bクラスの男子生徒が僕の成績票を握り潰して床に捨てる。丸められた成績票がコロコロと転がっていった。


「身の程なんてわきまえちゃいないさ。だから――」


 大言壮語を吐くのはこれが初めてじゃない。その夢は叶わなかったけど……

 でも、もう逃げ道を残しておこうなんて思わない。


「――僕はAクラスに行くんだ。Bクラスに行きたいとは思わないっ」


 お前ら全員まとめて抜き去ってやると宣言する。ちょうどいい、これで他のクラスメートが絡まれることもなくなるだろう。


「思い上がりもいい加減にしろよ……この場で叩き潰して――ごふっ!」

「ワリィな……」

「ちょっ!」


 いきなり横から近づいてきたヘルネストがBクラスの男子生徒を殴り倒しやがった。続いてもうひとり。殴られた生徒が派手に吹っ飛んでいく。手加減なしかよ。おい、いくら喧嘩っ早いといっても限度ってもんがあるだろう。これじゃただの暴行だぞ。


「貴様っ。こんなことをしてっ!」

「私が彼に命じた……戒告を与えろと……不服があるというのなら私が聞く……」


 次席っ! いや、首席たちAクラスの上位陣が来ているぞ。何があった?


「何よりも結果を尊重するのが西部派……それが理解できないのなら……サクラノーメに再教育をお願いする……」


 よく見たら、ヘルネストにぶん殴られたのはふたりとも西部派だ。【ヴァイオレンス公爵】の折檻を受けたいかと問われて顔色を真っ青にしている。


「嘆かわしい事ですわね。まさか北部派の生徒まで加担していようとは……」

「実力主義。この魔導院はそのためにホンマニ公爵様が設立したのだと、学長が何度もお話になっているはずだがな……」


 北部派の首席と【禁書王フォビドゥン】がジロリとBクラスで同派閥の生徒を睨む。【禁書王】は学長のバカ長い挨拶をしっかり聞いているのか……


「アーレイさん。Cクラスで騒ぎを起こす前に、東部派として恥ずかしくない成績を取っていただけないかしら」


 成績上位で東部派の女子生徒に、子爵家の嫡子が人並み程度の成績で満足してもらっては困ると言われアンドレーアは返す言葉もないようだ。


「でも、こいつはAクラスになるなどとっ。それはっ……」

「私たちに挑んでくる生徒がいるのなら、私たちは受けて立ちます。もちろん成績でね。あなたの手など借りたりいたしません」


 僕がAクラスになれば誰かが落っこちるのだとアンドレーアが暗に指摘したけど、東部派の女子はお前の心配など余計なお世話だと切り捨てた。


「伯爵、49位なんだっ。じゃあ、私と競争しよっかっ」

「競争って、何を?」


 床に転がっていた僕の成績票を拾ったクセーラさんが競争をしようと言いだした。僕と成績を競おうなんて志が低すぎるんじゃないか。また次席の拳骨を落っことされるよ。


「Aクラスは30位までだよっ。伯爵が30位以内に入るのと、私が10位以内に入るのと、どっちが早いか競争だよっ」


 ほぅ。ハンデキャップマッチときたか。暫定順位で14位だったというクセーラさんは本気で成績を戻す気になったみたいだ。


「10位だった公爵はランク外に落ちるけど、悪く思わないでよねっ」

「簡単に返り咲けると思わない方がいいわ……たとえ勉学であっても、ムジヒダネは負けない」


 ランク外に落っことしてやると宣戦布告を受けたムジヒダネさんだけど、できるものならやってみなさいと不敵に笑った。


「もちろん、くだらない方法で私に協力しようなんて人は許さないよっ」


 クセーラさんが左手の手首を引っこ抜いて、勝負に水を差したらタダでは済まさないと強化型『エアバースト』の砲口をBクラスの生徒たちに向ける。


「他人の成績を気にする暇があったら自分のための勉強をしていなさい。アーレイ君をAクラスではなくBクラスからも叩き出せるくらいに」


 お前たちが成績を上げれば僕はAクラスどころかBクラスにもなれやしないのだと、首席がBクラスの奴らを教室から追い出す。アンドレーアもスゴスゴとCクラスを後にしていった。

 首席は成績が発表されればまた騒ぎが起こるだろうと予想していたそうだ。僕は知らなかったけど、去年は成績発表のたびにBクラスとCクラスの間にもめ事が起こっていたという。変に派閥を巻き込んだ争いに発展してしまう前に、各派閥の主なメンバーを連れてきた方が早いと考えたらしい。


「サクラノーメ。あいつにお願いできないかしら」

「任せて……」


 出番のなかった南部派の女子がムジヒダネさんになにか耳打ちすると、ムジヒダネさんはクダシーナ君に近づいて強烈なボディブローをどてっ腹にぶち込んだ。苦しそうな声を上げながらクダシーナ君がお腹を押さえて床に崩れ落ちる。


「あんたはアーレイに言うことがあるでしょう」


 倒れたクダシーナ君の頭を踏みつけながら、南部派の女子がぞっとするような冷たい声を発した。


「あ……ありが……とう……」

「それだけ?」


 ちょっ! お礼を言わせるためにそんなことするなんて。止めようと思ったけど首席に肩を押さえられた。なんで? こんなことを許しておく首席じゃないのに?


「お礼は……必ず……がっ!」

「誰がんなこと言えっつったのよ」


 なに? こんなのただの苛めじゃないの?

 そもそもあいつらが来た原因は僕で、クダシーナ君は勘違いの被害者だよ。


「あんた少しは流れ読みなさいよ。この展開で、どうして『自分もAクラスになってみせる』ってひと言が出てこないわけ? だから、あんたはいつまでたってもクズのままなのよっ」


 踏みつけにされているクダシーナ君は美少女のような顔を歪めてヒックヒックと泣き出した。やめさせたかったけど、今度はタルトに袖を引っぱられる。


「下僕、ちゃんとあの娘の魔力を感じるのですよ」


 魔力? あ……

 南部派の女子は怒っているように見えたけど、発しているのは怒気ではなかった。むしろ、やり切れないという感じが伝わってくる。これが魔力に現れるという彼女の本心なのか……


「いっつも誰かに助けてもらってばっかりで。一度くらい自分で何とかしてみせなさいよっ。このタマナシッ」

「だって……僕は他の人たちみたいな力もない……」


 体つきも女の子みたいに細いクダシーナ君は、ドクロワルさんのドワーフパワーなら腕なんて握りつぶせてしまうんじゃないかってくらい華奢だ。


「アーレイより力のない奴がどこにいるっていうのよっ!」


 言わないで欲しい……

 そう、僕はそんなクダシーナ君に輪をかけてひ弱だ。なにせ身長で20センチ、体重で10キロは負けている。ロゥリング族のちっこさは伊達じゃない。


「憶えておきなさい。来年、Aクラスになれないようなら、南部派にあんたの居場所はないわ」


 恫喝するような低い声で冷たい宣告をして、南部派の女子は肩を怒らせながら教室から去っていく。でも、背の小さい僕には、俯くように顔を伏せた彼女が必死に涙を堪えているのがわかってしまった。


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