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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘

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38 春のヴィヴィアナ様祭り

 今日は授業の無い休息日。そして、モウヴィヴィアーナで春のヴィヴィアナ様祭りが開催される日だ。街は観光客で賑わっている。


 僕はタルトとシルヒメさんを連れてお祭りに来ていた。ヴィヴィアナ様祭りのような大きなイベントでは派閥ごとに集まることが多いので、無所属の僕はボッチである。首席やカリューア姉妹はそれぞれの派閥の中心メンバーなので、ひとりで勝手にフラフラ動くわけにもいかない。ヘルネストとムジヒダネさんの邪魔をするのも野暮というものだ。


 ドクロワルさんはプロセルピーネ先生に連れられて上流階級のお祭りに出かけて行った。お祭りは2カ所で行われていて、モウヴィヴィアーナの市街地でどんちゃん騒ぎをする平民たちのお祭りとは別に、上流階級の別邸などが立ち並ぶエリアでホンマニ公爵様がパーティーを主催しているらしい。


 上流階級のお祭りは貴族の紹介かホンマニ公爵様の招待がなければ入れない。先生が公爵様から招待されているので、ドクロワルさんはそのお供だ。先生があのコナカケイルとかいう騎士にエスコートをお願いしてくれてれば、僕はドクロワルさんとお祭りを楽しめたのに……


「下僕はお酒が飲みたいのですか?」

「僕が飲むんじゃなくってお供え物だよ」


 僕たちはヴィヴィアナ様へお供えするお酒を購入するために酒屋へと足を運んだ。ヴィヴィアナ様が喜びそうなものをタルトに尋ねてみたけど、「邪教の聖典」としか答えてくれず、それがどんなものなのかは教えてくれなかった。牛や豚を丸ごと捧げるほどのお金もないのでお酒にすることにしたのだ。


「その一番安っちいお酒を水で薄めて供えてやると良いのです」

「それはもう嫌がらせだよ……」


 僕は薄めたワインくらいしか飲んだ経験がないし、ヴィヴィアナ様のことになるとタルトはまったく役に立たない。まあ、3歳児にお酒の味を語られても困るけどね。


「マイン様ならとにかくきついお酒を選べばいいそうだけど……」


 ドワーフの女神様は蒸留したきついお酒を好まれると聞いたことがある。ヴィヴィアナ様は神様じゃなくって精霊だけど……


「下僕は【虹の鉱脈】を知っているのですか?」

「【虹の鉱脈】?」

「地中のお宝を育てる、お酒が大好きなドワーフの女神なのです」


 それはマイン様だ。ドワーフたちに鉱山の守護神として信仰されている鉱脈を育ててくださるという女神様である。


「遠くから2、3度目にしたことがあるくらいだけどね」


 始めて見た時はビックリしたけど、この世界の神様は実在する。普段は天上と呼ばれるところにいらっしゃって、供物や祝詞を捧げて正しく儀式をすれば地上にお姿を現していろいろなお告げなどを授けてくださるのだ。


 マイン様は捧げられたお酒をグビグビと飲み干していい調子に酔っ払うと、あっちの鉱脈はそろそろ尽きる。そっちは掘り過ぎると水が出る。こっちの鉱脈はいい具合だとお告げを下さった。

 なんか、気持ちよく酔わされて大事な情報をリークしてしまうダメな大人に見えたものだ。


「あの女神は火のようなお酒を好みますけれど、ヴィヴィアナは水の性質ですから果実の風味が強いものを好むのです」


 おっ。タルトがまともな情報を漏らしてくれた。ブドウよりもリンゴ、リンゴよりもナシから造ったお酒の方が好まれるそうだ。酒屋のおっちゃんにナシで造ったお酒を見繕ってもらう。

 大銀貨1枚となかなかの値段だったけど、お供え物にするのによさそうなお酒が手に入った。僕が持つには重いだろうと思ったのか、シルヒメさんが代わりに持ってくれる。


「どういう心変わりなの? ヴィヴィアナ様の好みを教えてくれるなんて」

「ヴィヴィアナのためにおっきな銀貨を使ったのですから、当然わたくしにはその倍は使ってもらうのです」


 クックック……と笑いながら、タルトが自分には大銀貨2枚を使えと要求してきた。僕の懐具合を確かめるためにヴィヴィアナ様を利用したようだ。大銀貨3枚はこれ以上使いたくないという、本当にギリギリの額である。


 お供え物が用意できたので、湖畔にあるヴィヴィアナ様公園へと向かう。お祭りの中心であり、お祭り船を係留できるはしけがあって、その手前でお供え物の受付をやっているのだ。ここで納められたお供え物はお祭り船に乗せられてヴィヴィアナ様の精霊殿へと運ばれる。お賽銭の方は公爵様が集めて、精霊殿やお祭り船の維持費などに充てているらしい。


 受付はちょっと混み合っているようで、長蛇の列とまではいかないもののちょっとした行列ができていた。列の一番前を見てみると、次席が果物の入れられた大きな箱を納めている。バナナとメロン以外にもグレープフルーツにマンゴーのような果物もあるようだ。

 結構、いろいろ作ってるんだな……


 誰が何をお供えしたのかも全部記録しているようで、数名の神官服を着た女性がお供え物を改めて目録のようなものを作っている。あれでは時間がかかってしまうのも仕方ないと行列に並び、僕の番が来たところでナシのお酒を納めようとしたけれど……


 何だろう? 受付をしている女性が明らかにうろたえている。これ以上ないほど見開かれた視線の先にあるのは……タルト?


「ずいぶんとマメではありませんか。ご褒美にわたくしからもひとつお供え物をするのですよ」


 タルトがヴィヴィアナ様にお供え物だと?

 おかしい。受付の女性はビビリまくってるし、ご褒美と言いながらタルトは邪悪な笑みを浮かべている。待たされて怒ったのか?


「これはっ……まさかっ……」


 タルトが美しい装飾の施された白磁の水瓶を取り出してシルヒメさんに渡す。ナシのお酒の隣に置かれたソレを凝視しながら、受付の女性はブルブルと震えていた。


「最後に口にしたのは二千年以上も昔ですか? 【忍び寄るいたずら】が【湖の貴腐人】にネクタールを捧げてあげるのですよ」


 【忍び寄るいたずら】というのはタルトのことだったな。すると【湖の貴婦人】というのはヴィヴィアナ様のことか。ネクタールというのが瓶の中身なんだろうけど、受付の女性はむっちゃビビッてる。

 まさか毒っ?


「タルト、いくらなんでも毒をお供えするなんて酷いと思うよ」

「何を言っているのですか。これは【虹の鉱脈】なら泣いて喜ぶお酒なのです」


 タルトの言うことは本当のようで、受付の女性は近くにいた別の神官服の女性に後を任せると、「格別のご配慮を賜り感謝いたします」とお礼の言葉を残して、タルトのお酒を大事そうに抱えてお祭り船へと運んでいった。次席のお供えした果物だって他のお供え物と一緒に運ばれるのを待っている状態なのに、そこまで大層なものなのか。


「わたくしがヴィヴィアナに渡したと教えてあげれば、【虹の鉱脈】が殴り込みをかけるに違いないのです」

「爆弾じゃないかっ!」


 ドワーフの女神様がこの国のヴィヴィアナ様に殴り込みをかけるなんて、タルトは種族間紛争を引き起こすつもりなのか? アーカン王国とドワーフ国は長らく友好的な関係にあるというのに。


「わたくしの役に立っている限りは黙っておいてあげるのですよ」


 ケッケッケ……と悪役顔で笑うタルト。なんて奴だ……

 発想が完全に部下に自爆装置を仕込んでおく悪の幹部そのものである。3歳児の考えることじゃないぞ……


「それより下僕は気が付かなかったのですか? あの娘が人族でないことに」


 お供え物を納めて受付から離れたところで、よくよく注意していれば受付の女性の魔力が人族のものとは違うことに気付けたはずだとタルトが言う。


「あれがヴィヴィアナなのですよ。水を依代にした分体ではありましたけど」

「えっ。ヴィヴィアナ様がいたのっ?」

「大方、お気に入りのお供え物をしてくれる相手を確認しに来ていたのです」


 なんと、最初に受付をしてくれた女性はヴィヴィアナ様が化けていたのだそうだ。完全に人族の女性にしか見えなかったのに、体は湖の水で構成されていたという。慌てて振り返ってみたけど、もうヴィヴィアナ様のお姿はどこにもない。

 常に魔力を感じ取ることを意識していなければ、いつまでたっても個体の識別ができるようにはならないと3歳児に叱られてしまった。


「もうヴィヴィアナに用はないのです。美味しそうな匂いのする方へ行くのですよ」


 タルトに手を引かれてヴィヴィアナ様公園の真ん中に行くと、ヴィヴィアナ様の像の周囲にステージが作られて、なにやら寸劇のようなものが演じられている。観客たちを囲むように屋台のお店がたくさん並んでいた。


 食いしん坊はさっそく食べ物の屋台に引きつけられて、ザリガニのマヨネーズ焼き。マスの塩焼き。甘いお団子などを端から順番に喰い尽していく。ヴィヴィアナ焼き――ヴィヴィアナ様のお姿をした人形焼き――の前ではウーウー唸っていたけど、結局誘惑には逆らえず購入した。

 コイツ、意地でも僕に大銀貨2枚分を使わせる気だな。どんだけ食べる気だ……


「バシリスクがいっぱいいるのです」


 タルトが指差した屋台には、体長20センチくらいの足が8本あるトカゲが無造作にタライに入れられて売られていた。「カラーバシリスク」という看板がかけられている。一匹小銀貨2枚だそうだ。ヒメバシリスクにはブリーダーが存在するのだけど、繁殖用にも使えず、品評会にも出せないと判断された個体はこうして安く放出される。


 タライの中では、赤や黄色、緑といった色鮮やかなバシリスクたちが蠢いていた。ただ、ヒメバシリスクは成長するにつれてその体色を変化させる。傾向としては、生まれた時に鮮やかな体色の個体ほど地味になっていくらしいので、この子たちも成長すれば黒ゴマのようになるだろう。

 ごく稀にサクラヒメみたいな例外もいる。


 ピンクダイアモンドという希少な体色をもつサクラヒメだけど、元々はムジヒダネさんがお祭りの屋台で買ってきたバシリスクだそうだ。買った時の体色はスカイブルーだったという。


「だめだよ、うちにはもう毒蛇が2匹もいるんだから」


 3歳児が飼いたいなどと言いださないうちに釘を刺しておく。僕はもうコケトリスと毒蛇2匹に加えて食いしん坊まで養っている身だ。これ以上増やされたら家計がパンクしてしまう。

 もの欲しそうな顔でバシリスクを眺めているタルトの手を引き別の屋台へ移動させた。


「球的だってさ。欲しいものがあれば取ってあげるよ」


 軽い球を投げて的を落っことせばそれに応じた景品がもらえるらしい。投げる球が魔物という設定で、的は手前から、浪人、兵士、騎士、王様、お姫様の人形が順に並んでいる。一番奥のお姫様を落っこしたときの景品は、タルトと同じくらいある大きなぬいぐるみだ。


「あの黄色いバシリスクが欲しいのです」


 タルトは容赦なくお姫様を落っことした景品から、枕としても使えるというバシリスクのぬいぐるみを指定した。大銅貨6枚で3個の球が渡される。ピンポン玉を少し大きくしたくらいの木球に当たっても痛くないように布を貼り付けたもののようだ。


 的を見てコースを計算すれば、上手くお姫様が狙えないようにされているのが見て取れる。お姫様は半ば王様に隠れるような位置にあるし、騎士のもつ槍なんかがそれとなくコースを塞いでいて直球では狙えない。緩い球で高い放物線を描いて上から当てたのでは人形が落っこちないだろう。

 落とせないように計算され尽くした配置だ。


 1投目は騎士の持つ槍に弾かれた。騎士の人形は落っこちたので景品はもらえる。2投目は王様の盾に弾かれた。人形の向きが変わったものの、落っこちなかったので景品はなしだ。


「全然、当たらないではありませんか」


 お姫様にはかすってもいないとタルトがブーブー文句を垂れる。心配するなよ、初めて投げる球を試していただけさ。


「タルト、僕にはこの1球があれば充分だよ……」


 落とせないお姫様。でもそれは、変化球というものがなければの話だ。最初から球種もコースも決まっていた。投げられたボールの変化を掴むのに2球使ったというだけだ。


 3投目、一見あさっての方向に投げられた球は、騎士の突き出した槍の右側を通り過ぎた後、大きく左へと弧を描き、王様にガードされない斜め方向からお姫様の顔面を直撃した。球的屋のおっちゃんが信じられないといった顔をしている。


 フッ……そんなに驚くなよ。ただのカーブじゃないか……


 だけど、お姫様の人形は落っこちていなかった。僕のビーンボールを喰らってなお、お姫様は台の上に踏ん張っていた。

 ただ……首から上がなくなっていたけど……


「おっちゃん……」

「あのお姫様、台にくっついているのです」


 人形の首が折れたということは、それ以上に強固に固定されていたということだ。絶対に落っこちないようにしてやがったな。


「おおっ……お姫様は顔に当てないとダメなんだ。顔に当てた時だけ首が落ちるようにしてあったんだよっ。おめでとうっ。大当たりだっ!」


 お姫様の首を獲ったら大当たりとか、明らかに今思いついた言い訳だろう。おっちゃんもさすがに苦しいと思ったのか、お姫様と王様を落っことしたときの景品をもらえることになった。黄色いバシリスクと、その半分くらいの大きさのタヌキのぬいぐるみを受け取ってタルトはご満悦である。


「その制服は魔導院の……もしかして魔術を使ったのか?」


 絶対に当てられないという自信があったのだろう。不思議そうにおっちゃんが尋ねてくる。確かに魔術で球の軌道を変えることはできるけど、正確にお姫様を狙おうと思ったら口頭詠唱で30秒以上はかかる術式になるだろう。

 どっかに弾き飛ばすだけなら5秒で済むけどね。


「魔術じゃないよ。誰にだってできる……ただの技術さっ」


 握った左手の親指だけを突き立てて見せる。タルトに水増し技術を見せられてから、いっぺん言ってみたいと思ってたんだよねコレ。

 今の僕、最っ高に輝いてる。ドヤァ……


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