36 出待ちしていた次席
体中が筋肉痛でミシミシいってる。昨日の地獄のしごきのせいだろう。結局、僕は意識を失ってしまい、ザリガニ釣りに来ていたヘルネストたちに救助された。
「弟子が用意した体力回復薬を飲まなかったそうじゃない。飲みやすいようにわざわざ改良までしたのに、何を意地張ってんのよ」
「あれって、依存症になるイケナイ薬じゃないの?」
「んなこたぁないわよ。その手の薬の調合方法は秘匿されてるし、まだあの子には教えてないわ」
僕がイケナイ薬を怖がって飲まなかったと知ったプロセルピーネ先生がまったく呆れた話だと笑う。先生はイケナイ薬の調合方法も知っているけど、ドクロワルさんにはまだ早いと教えていないそうだ。兵士たちに好評なのは純粋に薬の回復効果が高く、看護兵の人に処方してもらう以外に真っ当な入手手段がないせいらしい。
「あんたにそんな薬を飲ませるくらいなら、私のキメラ薬を飲ませるわよ」
全然安心できないことを言ってくれる。比喩的な意味ではなく、物理的に人間をやめさせるつもりか……
「それよりあんたの初級再生薬だけど、品質2、効果3で魔力が馴染むまでの時間は7日間ってとこだったわ」
先生が僕の作った初級再生薬の出来を教えてくれた。急いでも出来上がるのは7日後になる。懐がちょっと厳しい。
来週末には春のヴィヴィアナ様祭りがあって、出店や屋台も増えてモウヴィヴィアーナの街はお祭り騒ぎになる。お祭りに行けばタルトはいろんなものを食べたがるだろうし、ヴィヴィアナ様へのお供え物も用意しないといけない。
たいていの人はちょっとしたお賽銭なのだけど、『ヴィヴィアナロック』の魔導器を使っている僕がそれで済ますのも申し訳ない気がする。
寮に戻り、急いで売り物にする魔法薬を作ろうと手押し車に材料や瓶なんかを積んでいると、タルトが自分も乗っけろと両手を差し出してきた。
「タルト、手押し車は乳母車じゃないんだよ」
日除けが付いてお昼寝ができる乳母車をねだる3歳児をなだめすかし、教養課程の建物にある調合室まで手押し車を押していく。僕と同じくお祭り資金を稼ぐ気なのか、結構な数の生徒が先に来ていた。
器材が空いていないと魔法薬が作れないな……
「おい、Cクラスの奴が何を作る気だ。邪魔だからどけよ」
「落ちこぼれに使わせる器材なんて無いんだ。場所を開けろ」
空いている器材を見つけて使おうと思ったところにBクラスの生徒がふたりやってきた。場所が空いていないから僕をどかそうという魂胆か……
去年までは同じクラスだったので、彼らの実力を知らないわけじゃない。少なくとも魔法薬の調合に関しては僕の方が成績は良かったのに、僕がCクラスになったせいかずいぶんと横柄な態度だ。
「なんだこの草? ゴブリンの薬なんてギルドだって買わないだろ」
「ここは魔法薬を調合する場所だ。遊びは他の場所でやれよ」
モウダメ草のことを知らないようで、材料を見ても僕が何を作ろうとしているのかわからないようだ。本気で魔法薬の研究に取り組んでる子が場所がなくて困ってるなら譲りもするけど、自分たちが不勉強なことに気付きもしない。Bクラスというだけで僕よりマシなものが作れると思ってるような奴らに場所を譲る気はない。
「初級の魔力回復薬なんて2刻もかからず作れるじゃないか。どこか空くのを待ちなよ」
彼らの足元にある材料を見れば何を作る気なのかは明白。しばらく前まで僕もさんざんお世話になった材料だ。他の子たちだって一日中機材を使うわけじゃないんだし、待たせておけばいい。
「ゴブリンはまともな調合もしたことないのか。魔法薬がそんな簡単にできるわけないだろう」
「そんな雑な調合で何ができる。ロクな魔法薬も作れない奴には器材がもったいない」
はて、こいつら時間をかけて品質や効果の高い魔法薬を研究するような奴らだったろうか?
だけど、周りの視線も僕を糾弾するようなものばかりだ。何かおかしなことを言ってしまったか?
「モロニダスッ! また、家の恥になるようなことを言って。さっさと場所を開けなさいっ」
よりによって、アンドレーアがいやがった。バカなことを抜かしてないで場所を譲れと言ってくる。もちろんお断りだ。おとなしく場所を譲ったからといって、彼女が使っている器材を僕に使わせてくれることはない。
追い出せばそれで済むと思っている自称本家の言うことなんて誰が聞くものか……
「あんたっ。本家の嫡子に逆らおうっていうのっ?」
「待たせたわねアーレイ……何を騒いでいるのかしら……」
激高するアンドレーアを無視してやってきたのは、発芽の精霊を連れた次席だった。僕が使おうとしていた調合台によっこいしょと運んできた材料を乗っける。
マジダメ草にシニ草……僕と同じ初級再生薬の材料だ。
「カリューア様……分家の者となにを……?」
「ここは調合室ですもの……調合に決まっているでしょう……」
調合台はふたりで使っても充分な広さがある。抽出を行う大鍋だけ順番に使えばいいと次席がアンドレーアに微笑む。
「カリューア嬢、お相手がゴブリンでは分不相応かと存じます」
「不肖の身ながら私がお手伝いさせていただきましょう」
次席がふたりで使えばいいと口にした途端、周囲にいた同級生たちがゴブリンより自分の方が相応しいと売り込み始めた。
一見しただけでは物静かで花を育てるのが好きなお嬢様なので、次席とお近づきになりたいという男子は多い。普段は凛とした雰囲気を漂わせて、チャラい男子など近づくことさえ許さない首席に比べれば狙い目だと思われているのだろう。
お前ら騙されてるぞ。次席はそんな甘い相手じゃないんだ。
「材料を見てわからない……私たちが作るのは初級再生薬……」
調合台の上に自分と僕の持ってきた材料を並べながら、調合するのは来年の課題だと次席が言う。
「互いに同じものを作るから……その過程と結果を比較できる……これ以上のお手伝いがあって……?」
言外にお前たちではお手伝いにもなりゃしないと言われた同級生たちは反論できずに俯いた。材料を見て何に使うかわからなかったのだ、お手伝いどころか次席の足を引っ張るだけなのは目に見えている。
次席は邪魔しないでちょうだいと手を振って同級生たちを追い払ってしまった。女の子に待ち合わせていた振りをして助けられるとか、なんだか凄くカッコワルイ……
「あなたが来るのを待っていたわ……先生に教えてもらったのでしょう……」
素材採りの日にプロセルピーネ先生から採取するものを聞いた次席は、すぐに僕が初級再生薬を作ろうとしていることに気が付いたそうだ。次席も初級再生薬には何回かチャレンジしているものの、なかなか品質2、効果2を超えられず浪人ギルドの買取り基準を満たさない。弟子ではない自分は先生から直接教えてはもらえないので、僕が作れるようになったところで聞き出そうと考えたらしい。
実のところ、材料を揃えて出待ちしていたそうだ。
「出待ちって……そんなことしなくてもドクロワルさんなら教えてくれると思うけど……」
「彼女に借りは作れない……私には返せるものがないから……アーレイとなら取引が成立する……」
ドクロワルさんは既に上級やプロセルピーネ印の特殊魔法薬に手を伸ばしている身だ。初級再生薬なんかで彼女の手を煩わせてしまっては、一方的に教えてもらうだけで、返す当てのない借りを作ることになる。相手が僕であれば互いに得るものもあろうと気兼ねする必要がないそうだ。
「それだと、先生やドクロワルさんに教えてもらった僕はどうなるの?」
「パナシャはあなたに護られて……先生はジラントを丸ごと得た……あなたは借りなど気にする立場ではない……」
僕はチャラだからいいらしい。ただ、本来プロセルピーネ先生は教養課程の生徒が指導をお願いしていいような相手ではないそうだ。テストでわからないところがあるからと学長先生に聞きにいくバカはいない。自分がお願いするなら、【魔薬王】の怪しい薬の実験台に志願することと引き換えだろうと次席は身を震わせた。
「だから待っていたの……さ、見せてちょうだい……」
それで僕を助けてくれたわけか……
おすまし顔を崩さない次席だけど、意外と直球で話してくれて自分の欲しいものを隠さないからありがたい。こんな美少女が理由もなく僕みたいなゴブリンに好意的であるはずがないのだ。はっきりと取引だと言ってくれれば応じるのに嫌はない。
先生……は罵倒してただけなので、ほとんどドクロワルさんに教わったことを次席に説明する。
マジダメ草は草が痩せているというのは、販売元の園芸サークルを仕切っている次席としては残念だったようだ。次席は薬研を使っていたので、それはプロ向けの方法だからとすり鉢とすりこぎをオススメする。モウダメ草を丁寧にすり潰して、比較的うまくいってそうなところを摘み出して見本にしてみせた。
「これくらいがいいのね……助かるわ……」
「ドクロワルさんなら、全部均一にすり潰して見せてくれるんだけど……」
「正解がわかっている……それだけで充分だわ……」
マジダメ草は草が柔らかいのか、次席はずいぶんと慎重にすり潰している。草から出てきた水分は不純物にしかならないので、多いときは何かで吸い取ってしまうのが良い。ただし、絶対に絞ってはいけないとチョイ技も教えておく。発芽の精霊もやりたがったのですり鉢をもうひとつ出してあげると、次席と並んでゴリゴリやり始めた。まるで本当の姉妹みたいで微笑ましい。
僕の精霊といえば、手押し車を乳母車代わりにして高いびきだ。
機材は一度に瓶8本分を作れる大きさがあるのだけど、次席は4本分ずつ2回に分けて作るという。草が痩せているということなので、分量が普通のものと多めにしたものの2種類を作りたいらしい。4本分の下拵えの終わった次席から先に使ってもらい、次に僕。最後にまた次席が使って作業は終了だ。
「魔力が馴染むのに7日間かかるって先生に言われたよ。タルトならすぐに馴染ませてしまえるんだろうけど……」
「ヴィヴィアナへのお供え物に協力するなんてまっぴらなのです」
「多分私も同じくらいね……急がないわ……結果を知りたいから……ギルドへは一緒に行きましょう……」
タルトにはそっぽを向いて断られてしまった。週が明けてから次席とギルドに納品に行く約束をして調合室を後にする。
上手く出来ているといいなぁ……
「伯爵……何も言わずに私ときて……」
次席と調合をした翌日、僕はクセーラさんに強化型『エアバースト』の砲口を突き付けられていた。
「クセーラさん……これはいったい……」
「いいからきてっ!」
何だっ。彼女に何があった……
まさか、僕がのぞき魔であることがバレたのか?
ドクロワルさんは誰にも言わないと約束してくれたはずなのに……
焼けた銅を飲ませられるのかとガクブルしながらクセーラさんに連れて行かれた先は、昨日も来た調合室だった。
「私にも初級再生薬の作り方を教えてちょうだい……」
調合台の上には材料が既に用意してあった。別に教えるのはいいんだけど、何をそんなに殺気だっているんだ?
「だって……初級再生薬の出来で工師課程に進める生徒が選別されるって姉さんが……」
それでか……
昨日、僕が次席にした話を聞いたのだろう。工師課程を希望しているクセーラさんはゴーレムや魔導器を作るのは上手いけど、魔法薬に関しては僕と大差ない。初級再生薬の出来で選考から落とされては堪らんと、こんな脅しまがいの方法を取ったようだ。
まだ時間は1年以上あるというのに……
なんでも、次席に初級再生薬の作り方を教えてくれるようお願いしたところ、そんなに急ぐこともないでしょうと断られてしまったそうだ。実にもっともだと思う。次席の作った薬だってまだ結果はわからないのだから、ある程度の品質のものが作れるようになってから教えようと考えたのだろう。
「カリューアさん。魔法薬の研究なら僕とご一緒しませんか?」
「……何を研究するの? 初級再生薬?」
「いえ……初級の魔力回復薬を……」
「今すぐ私の前から消えてっ。私が発砲してしまう前にっ」
自分を売り込みに来やがったBクラスのバカが、目を血走らせたクセーラさんに強化型『エアバースト』の砲口を向けられて追い払われていった。あいつら、カリューア姉妹の気を引くつもりなら、まだAクラスの子たちも手を出してないものに挑戦する気でないとダメだということに気付かんのか。
周りと同じでいいって考えてる限り、相手にしてもらえないっていい加減学べばいいのに……
さて、教えるのは全然かまわないんだけど、クセーラさんはすっかり興奮状態だ。肩に力が入り過ぎていては上手くいかないだろう。
僕のウィットに富んだジョークの出番だな……
「ひとつお願いを聞いてくれたら教えてあげなくもないんだけど……」
「何かなっ。私にできることなら何でもするよっ」
何でもしてくれるそうだ……
「クセーラさんにしか頼めないことなんだ……」
「わかったよっ。何でも言ってっ」
それでは遠慮なく言わせてもらおう……
「パンツください」
「乙女の敵ぃぃぃ――――!」
うわっ! 本当にぶっ放したよこの子っ!
僕に向けられた砲口から放たれた強化型『エアバースト』を全力の横っ飛びで避ける。撃ち出された空気の塊は近くの調合台に炸裂し、材料の入れられた大鍋が中身を派手に撒き散らしながら吹き飛んで調合していた子の頭にホールインワンした。
あぁ、あれはもう全損だな……まて、鍋を被った子を心配するように小さな精霊が飛び回っているぞ。
うん。見覚えのある精霊だ。
僕の背中を冷たい汗が流れ落ちる。なんてこった……あれは……蜜の精霊じゃないか……
「ふたりとも……そこに直りなさい……」
鍋の下から怒りの魔神と化した首席が現れた。




