34 タルトと遊ぶ一日
「今日はわたくしと遊ぶ約束なのですよ」
昨日、初級再生薬の作り方を教えてもらうためにタルトを放ったらかしにしてしまったので、今日の午後はタルトに付き合う約束である。イリーガルピッチと遊びに飼育サークルの獣舎に行ってみるも、新入生たちの練習に駆り出されてしまっていた。
飼育サークルには騎獣を持ってない子も所属している。自分の騎獣を持ってなくて、騎乗技術を学んだことのない子のためにここで教えているのだから当然だ。
今年は新入生が豊作で飼育サークル全体で20人くらい入ったらしい。飼育サークルには騎乗技術を学ぶ騎乗部門の他に、愛玩用魔獣の世話をするペット部門と猟犬の扱いを学ぶ狩猟部門があって、今は新入生の内15人くらいが騎乗部門に来ている。馬に乗れるようになると狩猟部門に移っていく子もいるだろうけど……
馬場に目をやれば、豊作の原因がちょうどイリーガルピッチに跨って練習していた。王様の娘、アキマヘン公爵家のご令嬢である。つまりまあ、取り巻き候補がこぞって入ってきたというわけだ。
アキマヘン嬢は大人が使役するグリフォンなんかには乗せてもらったことはあるのだけど、使い魔になっていない騎獣に跨った経験は魔導院に来るまでなかったそうだ。精霊と契約したいから、騎獣を使い魔にはしたくないらしい。
バグジードと違って自分は跡取りではないという自覚があるのか、本人は家柄を鼻に掛けたりはしないのだけど、僕がコケトリスの扱い方を教えようとすると一緒に入ってきた取り巻き候補どもがうるさいったらありゃしない。アキマヘン家は南部派の首領で、取り巻き候補どもは二言目には家柄とか序列を口にする。
領地を持たない準爵の息子である僕が指導に当たるのが気に入らないらしいので、取り巻き候補も含めて彼女の指導は首席に丸投げした。
「コケトリスが嫌がっているのです」
「あれじゃ~ね~」
離れて見ていても、あれではイリーガルピッチがウザがるだろうなとわかる。手綱で細かい指示を出し過ぎだ。
手綱を自動車のハンドルのように考えてはいけない。あれはウインカーを出すレバーで、曲がるときだけ使えば充分なんだ。騎獣は生き物。いわば、タクシーの運ちゃんである。行先を指定したら後は任せてしまえばいい。
「他人ごとのようにおっしゃらないでくださいまし」
アキマヘン嬢とその取り巻き候補、合わせて10人の指導を押し付けられた首席が僕をギロリと睨んできた。残りの5人の内、2人は自分の乗騎を持っている子なので、僕が指導することになるのは3人だけだ。不公平だとわかっちゃいるけどどうしようもない。
「落馬ごっこをするのです」
タルトは落馬ごっこと言うけど、れっきとした落馬の練習である。
僕が指導している子がひとり来ているので、黒スケを房から出してタルトと同乗させる。馬場の中を歩かせながらタルトがこっそり黒スケに騎手を落っことせと合図を出すので、騎手は落っことされるとわかったら、無様に落っこちる前に華麗に飛び降りるという練習だ。
バカみたいに思われるかもしれないけど、コケトリスでこれができない子は馬に跨らせるわけにはいかない。
馬は大人の身長ほどの高さがあるから跨ってみるとけっこう高く感じるけど、落馬すると思ったらそこから躊躇せず飛び降りてしまうのが一番安全。自分から飛び降りるのであれば、場所も選べて着地も受け身も取ることができる。
落馬しないように踏ん張った末に落っことされると、たいてい頭や背中から落ちるハメになる。
一番危険なのが怖がって馬体にしがみついてしまうこと。馬ごと転倒したときに、間違いなく下敷きにされてしまう。10歳の子供が馬に押し潰されたりしたら、プロセルピーネ先生の実験……いや、治療室行きは免れない。
「たあっ!」
黒スケが騎手を落っことそうと身を振り回し始めると、ミニムジヒダネさんみたいな西部派の女の子は掛け声も高らかに、空中で鮮やかな側方宙返りをして見せた。両足を揃えて綺麗に着地すると、片手に手綱を握ったまま体操選手のように両手を上げてポーズを決める。
この子は身体能力も高いし飛び降りるのを怖がらない。もうコケトリスは卒業で馬に乗せてもいいだろう。
「ちょっとオーバーアクションだな。減点だ」
「もう、『エレガント落馬』の審査ですか?」
僕の後ろで見ていたサンダース先輩が減点だと呟く。
『エレガント落馬』はロデオのように騎手を振り落とそうとする馬からエレガントに飛び降りる技を競う飼育サークルのオリジナル競技だ。上流階級たるもの落馬すらエレガントに決められなければならないと、落馬をあたかも下馬したかのように見せつける競技でナチュラルな優雅さが求められる。
わざとらしい派手なアクションはエレガントではないと減点対象だ。
「あの子はそろそろ馬に乗せても大丈夫そうだな。あっちはまだ時間がかかりそうか?」
「10人もいますからね」
先輩が首席の方を指差しながら尋ねてきた。3人しかいない僕と10人を教えなければならない首席とでは当然進み方に差が出る。僕の方は3人ともそろそろ馬に移ってもいい頃合いだけど、首席の方はまだ落馬の練習どころか騎獣を思った方向に進ませることすらできない子もいる。
イリーガルピッチもイライラが溜まってそうなので、またお米を買ってきてエサに混ぜてやるか。コケトリスもお米を美味しいと思うらしく、麦やトウモロコシとは明らかに違った反応を示す。
「お昼寝をするのです。ヌトヌトも一緒に来るのですよ」
落馬ごっこを終えたタルトは首席の近くに浮かんでいた蜜の精霊をお昼寝に誘う。新入生たちの指導で手が離せないうえ、自分の精霊まで取られてしまった首席がもの凄く恨めし気な視線を送ってくるけど、そんな目で睨まれたって僕にもどうしようもない。
「ペトペトも一緒にお昼寝をするのです」
「あら、それでは私も一緒に……」
タルトがくっつく精霊をお昼寝に誘ったところ、クゲナンデス先輩までくっついてきてしまった。背中から貫くような鋭い殺気を感じる。僕はまだロゥリング感覚による個体の識別ができないけど、殺気を放っているのがサンダース先輩であることは確認するまでもなく明らかだ。
かわいいもの好きなクゲナンデス先輩は精霊たちが大好きなだけだから、僕を恨むのは筋違いだと思う。
「アーレイ君の精霊さんは他の精霊たちに懐かれて。まるで精霊の王様のよう……」
座敷部屋で精霊たちを寝かしつけたところでクゲナンデス先輩が呟いた。タルトは蜜の精霊とくっつく精霊を抱えて気持ちよさそうにグースカ寝ている。使役者を無視して精霊を従えてしまうのだから、先輩がそう感じるのも無理はない。
格が違うのだとヴィヴィアナ様をパシリ扱いするくらいだし……
精霊たちをナデナデしながら先輩も目を閉じる。クゲナンデス先輩は黒髪を背中で束ねて1本の尻尾のように垂らし、家名のとおりお公家様みたいな丸い引眉をしている。こんなメイクはこの国の伝統でもなんでもない。ただのかぶきメイクなのだけど、素材が良いせいか不思議な上品さを醸し出す美少女が出来上がった。
金髪が派手な首席を「ゴージャス」と評するなら、クゲナンデス先輩は「風雅」という言葉がしっくりくる。
くっつく精霊のモコモコ感をほっぺたで楽しみながら寝てしまったようだ。すっかり僕を子供だと思ってるのか、無防備過ぎるのではなかろうか。チュウしちゃうよ。チュウ。本当にやったら命がないのでやらないけど……
精霊たちとお昼寝を満喫した後はタルトと羽根突きをして遊ぶ。羽子板はもちろん僕の魔導器で、羽は木を削って作った球にコケトリスから抜け落ちた羽をくっつけたものだ。
遊びなので下手打ちで出来るだけ高く打ち上げてあげる。タルトは動きはテコテコとのろいけど、羽の落下位置を読むのが上手いようで、羽が落ちてくるのを待ち構えて打ち返せるだけの余裕があった。
「とうっ!」
3歳児のくせに器用な奴だ。こちらに背を向けて、裏拳を放つようなバックハンドまで決めてきやがった。
羽根突きを眺めていたクゲナンデス先輩が手を叩きながら「お上手です」とタルトを褒めたたえると、僕に突き刺さっている殺気が一段と鋭くなる。褒められているのはタルトなのに、なんで僕を目の敵にするんだろう。馬で障害を飛び越しながらよそ見するのは、危ないですよサンダース先輩……
次々と障害をクリアしていくサンダース先輩の美技に飼育サークルの女の子たちが黄色い歓声を上げるものの、お目当てのクゲナンデス先輩は僕と交代してタルトと羽根突きに夢中だ。クゲナンデス先輩はかわいいもの好きなんだから、カッコイイところよりもかわいいもので気を引かないとダメだと教えてあげた方がいいのだろうか?
「また変わったことしてるわね」
「魔導器をおもちゃにするなんて……。アーレイ君は目を離すと何をするかわかりませんわね」
シュセンドゥ先輩と首席まで加わってきた。飼育サークルの綺麗どころ3人衆が僕のところに集まってしまったので、サンダース先輩のものじゃない殺気まで突き刺さり始めたぞ。
「どこに打っているのですか……」
「結構、難しいわね。これ……」
クゲナンデス先輩と交代したシュセンドゥ先輩だけど、羽根突きは魔導器を作るようにはいかないようで、見当違いの方向に羽を飛ばしてしまっていた。意外と不器用なところもあったようだ。
「先輩方……よろしければ私にも……」
「お前はダメなのです」
近寄って声をかけてきたアキマヘン嬢に、タルトが考えるまでもないと言わんばかりに即答する。公爵家のお嬢様だけあって真っ向から断られたことなどなかったのだろう。目をパチクリさせて、どう対応していいかわからないといった様子で言葉を失っていた。
すぐに取り巻き候補どもが寄ってきて無礼だなどと言いだす。
「精霊さんには人族の身分など通用しませんよ。それより、アキマヘンさんに何かあるのですか?」
「その娘はヴィヴィアナと盟約を交わした一族ですから、その魔法陣に魔力を流せばヴィヴィアナは応えるのです。魔力をすっからかんにされて倒れてしまうのですよ」
クゲナンデス先輩に問われたタルトは、『ヴィヴィアナロック』の魔導器が使えてしまうからダメだと答えた。
これまでに『ヴィヴィアナロック』の魔導器が使えたのは僕だけだ。他の人たちが試しても、魔法陣が拒絶するかのように魔力を弾いてしまって使うことができなかった。だけど、建国王がヴィヴィアナ様と交わした盟約があるゆえに、その正統であるアキマヘン嬢はヴィヴィアナ様の力を借りることができる。
「お嬢様、その魔導器に触れてはなりません。危険です」
それまで口を出すことのなかったアキマヘン嬢の侍女。おそらくはモチカさんと同じお目付け役の女性が慌てて割り込んでくる。
新入生のアキマヘン嬢は魔力の扱い方も充分な経験を積んでいるとは言い難い。魔導器に流れ込もうとする魔力を調整したり、途中で中断させる技術を学び始めたばかりだ。魔力がロクに成長していない段階でヴィヴィアナ様の力を借りるような術式を暴発させれば、魔力を丸ごと吸い取られかねないという。
「でも……それではアーレイ先輩も建国王の血筋ということに……」
「なにをバカなことを言っているのです。下僕がそれを使えるのは、わたくしの下僕だからに決まっているではありませんか」
僕が『ヴィヴィアナロック』を使えるのは自分のおかげだとドヤ顔で答える3歳児。それは精霊と契約したことの恩恵なのだそうだ。
属性と呼ばれる精霊の種類と僕たちの魔力には相性というものがあり、主に魔術を使う時に消費する魔力の量にかかわってくる。相性が良いほど必要な魔力は少なくて済み、とことん相性が悪いとその属性の魔術が使えなかったりもするのだけど、精霊と契約するとその精霊と仲のいい精霊たちが言うことを聞いてくれるようになるらしい。
「初めて聞いたわ……」
「ダカーポは【暁の女神】のお気に入りですから、お前には女神の加護もきっとあるのですよ」
女神様のご加護もあると言われたシュセンドゥ先輩は「来年はお供え物をしなくては……」と頭を抱えてガクブルし始めた。【暁の女神】様のお祭りは新年のお祭りと同じ1月だから、今年はとっくに終わってしまっている。
「ヴィヴィアナは【真紅の茨】とも親交が深いですから、下僕にはダブルで恩恵があるのです」
「やめてよっ。忘れていたことを思い出させないでよっ!」
すっかり忘れていた名前を出され、久しぶりに体中を嘗め回されるような魔力の感覚を思い出して身震いする。ヴィヴィアナ様と親交が深いって、【真紅の茨】も相当に高位の精霊だったようだ。
そういえば、大半の精霊は人族の言葉を喋らないのに、あいつは流暢に話していたな……
「このような精霊は公爵家のご令嬢にこそ相応しいのでは……」
「準爵の子として、身の程をわきまえてはいかがかしら……」
アキマヘン嬢の取り巻き候補どもが何やら得意そうに口出しをしてきた。こいつら、タルトを引き渡せって言うのか?
「よいのですよ……」
いいのかっ? っていうか、タルトとの契約がなくなったら僕は【真紅の茨】に『初めて』を奪われてしまうんだぞ。僕を見捨てる気かっ!
「ヴィヴィアナとの盟約を捨ててわたくしの僕となることを望むのであれば、下僕2号として受け入れてあげるのです」
邪悪な笑みを浮かべたタルトが左手の中指を突き立て、契約の指輪を見せつけながら2号でよければ下僕にしてやろうと口にする。もう、どこから見ても魔王だ。
ヴィヴィアナ様に背を向けろと言われたアキマヘン嬢は顔を真っ青にして首を振る。抜け駆けしてご機嫌取りをしようとしたふたりは、「二度とお嬢様に近づくな」とアキマヘン嬢の侍女に追っ払われてしまった。
「契約している精霊を奪おうだなどと恥知らずなマネを……」
「思慮分別の足りないものをお近づけになってはいけませんわ」
他の取り巻き候補どもがここぞとばかりにライバルを蹴落としにかかった。ふたりは取り巻き候補脱落のようだ。太鼓持ちなんかして取り入ろうとするから……




