33 暴かれた悪事
この王国で使われている暦は7日で1週間。そのうち授業のある日は6日ある。この世界には週休二日制なんてなかった。
素材採りの翌日、授業を終えた僕はプロセルピーネ先生の研究室で初級再生薬の作り方を教えてもらうことになった。来年には授業でもやるのだけど、ひと足先に作れるようになってしまおうというわけだ。先生によると、調合の実習で大半の生徒が最初につまづくのがこの初級再生薬で、おそらくは僕が失敗したのも同じ理由だろうと言っている。
「じゃあ、まずは材料の下拵えをやって見せてちょうだい」
初級再生薬で使う材料はダメ草、シニ草、クサ草に水だ。ダメ草は傷を癒す効果のある主材料。シニ草は毒草なのだけど、使い方によっては鎮痛の効果がある。クサ草は材料同士の魔力の反発を抑える抑制剤だ。
「まちなさい」
なんと、材料を下拵えするための器具を取り出したところで先生からストップがかかった。
「あんた、まさか薬研でダメ草をすり潰す気じゃないでしょうね?」
「最初は皆、間違えるんですよね。ダメ草はすり鉢とすりこぎを使うといいですよ」
ドクロワルさんがクスクス笑いながら教えてくれた。教本にはすり潰すとしか書かれていなかったけど、ダメ草は細かく挽き過ぎても、粗過ぎてもいけないという取り扱いの難しい植物らしい。薬研を使うのは腕に自信のあるプロ向けのやり方で、素人にはオススメできないそうだ。
「自生種のダメ草は園芸サークルが栽培してるダメ草より葉が硬いですから、千切る前に手でよく揉んであげてください」
言われて気が付いたけど、なんか前に使ったダメ草とちょっと違う。山に自生しているのはモウダメ草という原種で、園芸サークルが販売しているのはマジダメ草という栽培用の品種だそうだ。マジダメ草は畑で過密栽培されているせいで自生しているものより草が痩せているらしい。
「教本にはダメ草に種類があることすら書いてなかったのに……」
「素材を見る目もないのに詳しく書かれて、あんた判別できるの?」
「デキマセンネ……」
教本には材料と分量、手順しか書かれていない。なんて不親切なんだろうと思ったけど、ダメ草の種類や特徴なんかは植物図鑑を探せば載っている。その程度の下調べすら怠る者には書くだけ無駄だと言われてしまえば反論の余地がなかった。
よく手揉みしたモウダメ草を手で千切ってすり鉢に入れ、すりこぎでゴリゴリとすり潰していく。細か過ぎず、粗過ぎずってどんなもんだろうと思いながら、薬研で挽いたよりは粗いかなってところで手を止めて先生に見せてみた。
「この、へったくそっ」
吐き捨てるように罵倒された。そこまで酷いのかと聞いてみたら、すでに失敗が約束されているとの答えだった。
「パナシャ、お手本を見せてあげなさい」
先生に指示されたドクロワルさんが慣れた手つきであっという間にモウダメ草をすり潰して見せる。かけた時間は僕の半分にも満たないけど、わかりやすいようにゆっくりやってくれたらしい。僕のものと並べて器に盛って先生が違いを説明してくれる。
僕がすり潰したものは細かいところは細か過ぎ、粗いところは粗過ぎてそもそも均一にすり潰せていない。ダメ草はすり潰し過ぎると不純物が増え、成分も逃げてしまって品質も効果も低くなる。かといって、粗過ぎると成分が抽出できずに効果が出なくなってしまうのだそうだ。ドクロワルさんのを見ると、言われたとおり均一にすり潰されている。
僕のは草から出た水分でベシャベシャだけど、ドクロワルさんのはわずかにしっとりとした仕上がりだ。
「魔法薬なんて製法さえわかれば作れるって、調合を甘く見てる奴がみ~んなこれで引っかかるのよね~」
プロセルピーネ先生が僕を見ながら薄ら笑いを浮かべている。正に僕のことだと言いたいのか……
「教本に詳しく書かないのはね、腕もないのに安易に工師課程を希望する生徒に思い知らせるためでもあるのよ」
そんな裏があったなんて……
魔導院の専門課程は騎士課程、工師課程、術師課程のみっつに分かれている。このうち、人数制限があるのが工師課程だ。実習で使う器材の数に限りがあるため、希望する生徒をすべて受け入れることはできない。各学年25名までという定員が設けられていた。
教養課程の最後に初級再生薬を持ってきているのは、生徒を選別するためだと先生が笑う。
工師課程は戦闘が苦手な生徒のための逃げ道ではない。魔導器にせよ、魔法薬にせよ、そこは常に研鑽を続けることが求められる職人の世界だ。騎士に比べれば命の危険は少ないものの、技術の進歩について行けなくなった者は容赦なく淘汰されていく。
自らを向上させ続ける覚悟のない生徒を挫折させるための課題が初級再生薬なのだという。
「あんたにも作れるお手軽魔法薬? そんなもんあるわけないでしょう。今日はそのふざけた考えを叩き潰してあげるわ」
「材料はいくらでもありますから、がんばりましょうね。アーレイ君♪」
目の前のふたりから殺気を感じる。なんてこった。僕はみすみす虎口に飛び込んでしまったのか……
助けを求めようにも今日はタルトもいない。シルヒメさんを連れて毒蛇の飼育箱を作りに行ってしまった。この程度のこともこなせない不器用な腕なら、切り落として猿の腕に付け替えた方がいいと脅されて、僕は震えながらモウダメ草をすり潰すハメになった。
「懐かしいですねぇ。アーレイ君に連れられてきて最初にやったのもダメ草の下拵えでした」
「そういや、我が甥にパナシャを連れてこいと命じたのもこの時期だったわね。あんた、最初にここに来たころの弟子にすら負けてるわよ」
先生は呆れたような口調だけど、魔導院に入学したときにはもう品質4、効果4の初級再生薬を作れたドクロワルさんの方がおかしいんだよ。僕は魔法薬の調合なんて授業で初級の体力回復薬を作ったのが最初なんだ。7歳のころから魔法薬を作っていたというドクロワルさんと比べないで欲しい。
プロセルピーネ先生からはボロクソに罵倒され、ドクロワルさんからはちょっとしたコツを教わりながらひたすらすり潰していると、僕にも少しずつやり方がわかってきた。ドクロワルさんはお面のせいで一見何も考えてなさそうに見えるけど、まだ粗いところをきちんと見定めて均一になるようにすり潰していく様は精密機械のようだ。すり潰すところを選ぶ目が違うから、手つきだけをマネしてただゴリゴリやっても意味がない。
丁寧に丁寧にすり潰して試行が30回を超えたころ、ようやく先生から及第点をもらえた。もう腕がだるいし、手はプルプル震えてしまっている。これは……僕が安易に金策なんて考えた報いなのだろうか……
「これなら品質2、効果3くらいにはなりそうね。私はなめしている皮の様子を見てくるから、後はパナシャにお願いするわ」
先生は残りはそう難しくないからと、高等研究棟でなめし中のジラントの皮を見に研究室から出て行った。シニ草は薬研でとにかく細かく挽いて分量さえ間違えなければいい。クサ草は適当に千切って入れるだけだそうだ。
すり潰したモウダメ草が少ないので、作れる初級再生薬は1リットルにも満たない。売り物を作りたければこの10倍は必要だけど、今回は出来を確認するための試作品だ。
下拵えを終えた材料と水を調合用の魔法陣が刻まれた鍋に入れ、熱しながら魔力を加えて成分を抽出し最後に濾せば完成。品質と効果の確認は魔力が馴染んで安定するのを待つ必要があるけど、魔法薬に関する先生の目は確かだ多分大丈夫だろう。
「できましたね。アーレイ君」
ドクロワルさんが背中から僕をギュッとしてくれた。おぉぉ……背中に柔らかいものの感触が……
「ようやくふたりっきりになれました……わたし……アーレイ君にどうしても聞きたいことがあったんです……」
「ぼ、僕に……」
ふおぉぉぉ……ドクロワルさんの甘い吐息が耳元で……。背中から体温が伝わってくる。僕に聞きたいことって……
「正直に……答えてくださいね」
「も、もちろんだよ……なにかな?」
これは……これはまさか……伝説の告白イベントってヤツですか……
ふたりっきりの研究室で……こ、このままチュウとか……
「…………先日、紅百合寮のお風呂場を覗いたのはアーレイ君ですね?」
ナニイィィィ――――!
こ、ここでそう来るのかっ?
いやっ。どうしてそれをっ?
なんだっ? 動けないっ!
僕の身体をやさしく包み込むように回されていたドクロワルさんの両腕が、まるで『ヴィヴィアナロック』の枷のごとくガッチリと僕を拘束していた。
「逃げようとしてますね……やっぱりアーレイ君がのぞき魔だったんですか……」
ふおぉぉぉ……ドクロワルさんの冷たい声が耳元で……。背中から殺気が伝わってくる。誰かタスケテ……
「ど、どうして……」
「あの小さな足跡と歩幅……新入生よりさらに小さい人は限られています……」
足跡だとぅ。あの暗闇で僕自身すら気付かなかった足跡を見つけるなんて、君はイギリスの名探偵ですか?
「クスリナちゃんは次席と一緒でした。プロセルピーネ先生とタルトちゃんも覗く必要はありません。残っているのは……」
うぐおっ! ドクロワルさんが両腕で締め付けてきた。折れる……腕折れちゃう……肋骨も……
「約束ですから正直に答えてくださいね…………誰が目的ですか?」
「ちっ、違うよっ。誰かを覗きたかったんじゃなくって……」
「クセーラさんですか? 次席ですか? それとも、ムジヒダネさんですか?」
ダメだっ! 完全に覗き目的だと思われている。何とかして誤解を解かないと命が危ない。
「見てないっ。見てないからっ。あれは魔力で相手を感知する訓練だったからっ」
タルトが思いついたロゥリング感覚を頼りに包囲網を突破する訓練のために、わざとのぞき魔と勘違いされて追われたのだと説明する。
「どうして紅百合寮だったんですか? 覗きたい人がいたんじゃないんですか?」
ドクロワルさんは納得していないようだ。両腕に力を込めて、ギリギリと僕を締め上げてくる。
「行先を決めたのはタルトだよっ。僕じゃないっ」
「本当に見てないんですか? 嘘はアーレイ君のためになりませんよ……」
まだ疑っているドクロワルさんは、正直に白状しろと僕の身体をさらにきつく締める。僕はブタさんしか見ていない。女の子は見ていないんだよ。
「ほ……本当に……見てないんだ……」
ああ……身動きすら許されずに死んでいくのか僕は……
今……君を身近に感じるよ……
逃れられない運命を前に……せめて抗うことすらできないなんて……
君も……こんなふうに悲しかったんだね……
…………チャーリー……
「そんなポエムで誤魔化されると思ったら大間違いですっ」
うごおぉぉぉ……苦しい……
霞みゆく視界の中でチャーリーの幻が川の向こうから手を振っている……
「見て……ないから……信じて……」
「本当ですかっ?」
「本当……死んじゃう……許して……」
涙を流しながら命乞いをするに至って、ようやくドクロワルさんは拘束を解いてくれた。床にうつぶせになった状態のままゼィゼィと荒い息を吐く。腕に力が入らないので起き上がることすらできない。
「本当に誰かを覗きたくて紅百合寮に行ったんじゃないんですね?」
「あんな捕まったら処刑確実なところに行くくらいなら白百合寮にするよ……」
どうせ覗いたところでブタさんしか見えないのはわかっている。
紅百合寮には【ヴァイオレンス公爵】がいるし。黒百合寮でアンドレーアを覗いたと思われるのもごめんだ。教員宿舎を覗いたとなれば補習の約束を反故にされかねない。無実の罪で捕まるなら白百合寮が一番マシだろう。
ブタさんならシルヒメさんで充分間に合ってるんだ。
「…………白百合寮に……覗きたい人がいるんですか?」
「いや……覗きじゃなくって……」
ドクロワルさんにロゥリング族の魔力を感じる感覚のことを説明する。
タルトによると、殺気とか怒気といったものの正体はその人が無意識に発散している魔力で、怒っている相手に気圧されるように感じるのは、自分の魔力を押しのけようとする相手の魔力を感じるかららしい。
感覚が鋭くなれば相手の感情の起伏を読み取るくらいは簡単になる。思考を読み取ることはできないけど、タルトがワーナビー先生から「負けたくない」という意識を読み取ったように、その人の隠された本心は魔力に現れるのだそうだ。
「魔力感覚って……先生の言っていた、霧の中でもジラントの位置がわかるアレですか?」
「そうそれ。プロセルピーネ先生は見なくっても相手が誰かまでわかるんだよ。僕には無理だけど……」
魔力を感じる感覚自体は大抵の生き物に備わっていて、それこそキノコにだってあるらしい。僕がロゥリング感覚と呼んでいるロゥリング族の魔力感覚は、それがとてつもなく鋭敏になったものだ。
今の僕に感じ取れるのは、人族がギリギリ感じることのできる魔力の百分の一くらいだとタルトが言っていた。プロセルピーネ先生で一万分の一くらい。ただ、ロゥリング族のポテンシャル的には百万分の一という微弱な魔力すら感じ取ることができるはずだそうだ。
「つまり、壁越しでも覗けるようになるということですか?」
「全然違うよっ。人に見えないものが見えるわけじゃないよっ」
魔力同調を使えるドクロワルさんが、魔力を感じる感覚を知らないわけじゃないだろうに……僕の話をどう理解したらそんな結論になるんだ?
「相手のいる場所が全部わかるようになったら、狙った相手を覗き放題ですよね……」
「覗きから離れようよっ。お風呂場を覗くためにわざわざ訓練なんてしないよっ」
僕がのぞき魔になるための訓練をしていたのだというドクロワルさんの誤解を解いて、なんとか他の子たちにはバラさないように約束してもらう。交換条件として、次の授業の無い日は一日彼女のダイエットに付き合うことになった。つまり、地獄のしごきである……
処刑されるよりマシと思うしかないのか……




