32 そうだ採集にいこう
早朝、空が薄紫色に染まりだした頃に寮を出る。ところどころ薄い雲がたなびいているものの、天気の心配はしなくてよさそうだ。集合場所は飼育サークルの獣舎なので、黒スケとイリーガルピッチを引っぱり出して鞍なんかを着けさせているとプロセルピーネ先生とドクロワルさんもやってきた。
「よしよし。寝坊しないでこれたようね」
「おはようございます。アーレイ君」
ふたりとも革で出来た貫頭衣のようなものを被っている。これはロゥリング族が好んで使う型のエプロンだそうで、素材は異なるものの形は師弟でお揃いだ。
先生のエプロンは中型バシリスク種の1枚革から作られていて鱗と模様が美しい。ドクロワルさんのは牛革を繋ぎ合わせただけのものだ。我が弟子として相応しくないので新調するようにと、先生がロゥリング族秘伝の技を用いて山狩りで手に入れたラトルジラントの皮をなめしてくれている。
普通になめした革とは一味違うらしいので出来上がりが楽しみだ。
貫頭衣エプロンの下は、ドクロワルさんは山狩りの時と同じく作業服。今日は髪の毛が邪魔にならないよう三つ編みのおさげにしている。実にドワッ娘らしいスタイルで、もう僕を誘っているとしか思えない。
先生は鎧下にミニの長袖ワンピースを身に着けている。ロゥリング族は外見上老いることのない種族だ。見た目が僕と変わらない小学校低学年なので、既製品では子供服を買ってくるしかないのだけど、もうアラフォーに突入したというのに子供用ミニワンピはどうかと思う。
服を仕立てるお金には困ってないだろうに……
コケトリスたちにカゴを3つずつ括りつけたら採取道具はカゴに放り込んで、僕のガラガラの魔導器はちょっとした剣くらいあるので鞍に縛り付けて吊り下げておく。先生とタルトは騎乗して、僕とドクロワルさんは徒歩で出発だ。わざわざ山に行くのは、魔導院の敷地内にある採取用の森は大量に採ると怒られるのと、日当たりの悪い北向きの斜面にしか自生しない植物があるかららしい。
魔導院の正門を出るところで、なにやら剣呑な雰囲気の5人組が言い争いをしていた。
「クセーラ……姉さんの言うことが聞けない悪い子になったのね……」
「姉さんっ。私にだって譲れないもののひとつくらいあるよっ!」
誰かと思ったら、カリューア姉妹に脳筋ズだった。そういえば、ヘルネストも採集に行くって言ってたな。争いには興味なさそうな発芽の精霊が手を振ってくる。だけど、次席とムジヒダネさんのコンビにクセーラさんとヘルネストがタッグを組んで対抗するなんて、ずいぶんと珍しい構図だ。普段であれば、次席ムジヒダネ組に踏みつぶされて終わりだろうに……何があった?
「ヘル君、裏切り者の末路を知らないわけじゃないでしょう……」
「男にはなぁ……わかっていても引けないってときがあるんだよっ!」
次席ムジヒダネ組に最後通牒を突き付けられてもクセーラヘルネスト組は引き下がらない構えだ。このままでは血の雨が降るぞ。何をそんなに意地になってるんだあのふたりは?
「もうタケノコの時期も終わりなのよ……次は1年後になってしまうわ……」
「この時期にしか採れないキノコだってあるんだよっ」
「キノコは秋にも食べられる。ヘル君、どうしてそれがわからないの……」
「春には春のキノコがあるんだっ。タケノコなら先々週も喰ったじゃねえかっ!」
……よりによって、キノコかタケノコかで争ってやがる。キノコ派とタケノコ派は世界を飛び越えてまで争い合う宿命だとでも言うのか。巻き込まれたら堪ったものではない。近づかないのが賢明だな。
「先生。前方でキノコタケノコ戦争が勃発しました。紛争地帯は迂回しましょう」
「蹴散らしなさい」
無茶を言ってくれる。あんなの僕にどうしろっていうんだ……
ため息を吐きながら鞍からガラガラの魔導器を外して、激しく言い争っている4人に近づく。僕に気付いている発芽の精霊が何も言わずそっと耳を塞いだ。
――ブビイイィィィ――――!
ガラガラの魔導器に魔力を流すと、魔導器は両手でしっかり押さえ込んでいなければ吹っ飛んでいってしまいそうなほど激しく振動し、辺りにラトルジラントの攻撃音を響き渡らせた。唐突に至近距離から大音量攻撃を喰らい、キノコ派もタケノコ派も腰を抜かしてあっけに取られている。
「控えい、控えいっ。プロセルピーネ先生のお通りであるっ。尻から猿の手を生やされたくない者は道を開けいっ」
プロセルピーネ先生はゾンビ薬やキメラ薬といった怪しげな薬や、生き物の改造実験を繰り返す【魔薬王】の名で恐れられている。僕が行く手を阻むものは実験体にするぞと脅しつけると、計ったようなタイミングで先生がノシノシと黒スケを進めてきた。
「先生……今日は何を……?」
「チャイ草にチョロ草。ダメダメな我が甥のためにダメ草とシニ草ってとこね」
次席に問われた先生が答える。チャイ草ってのは初めて聞くな。何の薬に使うつもりなんだ?
「ご一緒しても……」
「そいつはダメよ」
「えっ。なんで俺だけっ?」
先生はヘルネストを指差してダメと宣告した。当然だな。可憐な女の子たちと一緒にこんな狼みたいな男を連れて行けるわけがない。僕が許されるのは紳士だからこそだろう。
「ヘル君、先生の採取場所にバシリスクを持ち込んではいけないわ……」
「おおうっ。待ってくれ。ダッシュで置いてくるっ」
先生が指差していたのはヘルネストではなく、連れていたサクラヒメの方だった。食用のキノコ狩りならともかく、素材となるものの中にはバシリスクが好む毒キノコだってある。バシリスクは毒キノコを見つけると、キノコだけでなく種菌まで喰らい尽して採取場所を使えなくしてしまうからダメだと言われ、ヘルネストはサクラヒメを抱えて走り去った。
「ううっ。サクラヒメがいなくなったら毒キノコを見分けられないよっ」
「今日はタケノコで決まりね……」
虎の子のヒメバシリスクを失ったキノコ派は急速に戦線を後退させる。もはやタケノコ派に抵抗し続けるだけの戦力は残されていないだろう。タケノコ派の勝利だった。
プロセルピーネ先生が採取場所にしている北向きの斜面に行くためには峰をひとつ越えなければならないので、徒歩では片道3刻ほどかかる。ようやく峰を超えるころ、敗戦の罰として大量の荷物を背負わされたキノコ派のふたりは息も絶え絶えになっていた。
採取場所に着いたところでガラガラの魔導器を派手に鳴らしてやる。ラトルジラントの怒りの攻撃音を耳にすれば、野犬も猿も猪も逃げ出すだろう。残っているのは隠れ場所を持っている小動物くらいだ。これでこの周辺は安全……じゃないっ!
――なんだこいつっ?
僕のロゥリングレーダーがこちらにまっすぐ向かってくる魔力を感知していた。ラトルジラントの攻撃音を聞いて向かってくるなんて、仲間のジラントか……ジラントを捕食するような魔物っ?
「あちゃ~」
先生も気付いているようだけど慌てた様子はない。ソイツはもう目の前だ。逃げている時間はない。くるっ!
「ジラントはここかっ?」
木々の間から飛び出して僕たちの前に現れたのは……魔導甲冑に身を包んだひとりの騎士だった。
「…………あなたは……あの時の軍医の先生ではありませんか?」
「すまないわね。今のは魔導器の立てた音なのよ……」
僕は顔まで覚えていなかったけど、山狩りの時に治療班として山小屋に向かった僕たちを護衛してくれた騎士のひとりのようだ。探索に向かう途中にラトルジラントの立てる音が聞こえたのですっ飛んできたらしい。まさか、獣をビビらせる魔導器で騎士が釣れてしまうなんて思ってなかったよ。
「うおぉっ……こんなものよく考えましたね。なるほど……あの子はこれを作る気なのか……」
僕が渡したガラガラの魔導器を鳴らしながら騎士がケラケラと笑っている。あの子というのはシュセンドゥ先輩のことだろう。
騎士たちも倒したジラントの素材は回収している。頭から胴体の辺りまでは吹き飛ばしてしまうので、もっぱら尻尾ばかりらしいのだけど、先輩は騎士たちの駐屯地に行って捨てられてしまうガラガラを譲ってもらう契約をしてきた。勝手に持っていっていいというところを、契約担当の人にお願いして小金貨2枚で1年間の独占契約にしてもらったという。
「わざわざ契約にしたのは、他に持っていかれないようにするためか……若いのにしっかりしてるなぁ……」
「私が行ったときにはすでに契約が結ばれた後だった……アーレイ、恨むわよ……」
騎士が感心したように呟く。どうやら次席も同じことを考えたようだけど、先輩に先を越されたようだ。恨むって言われても、先輩はあの魔導器の制作にも手を貸してくれてるから、次席ではどう頑張っても間に合わなかっただろう。
「驚かせて申し訳なかったわね」
「いえいえ、工師の奴らに面白い土産話が出来ました。きっと歯噛みして悔しがるでしょう」
見たところ20代半ばといったイケメンの騎士は先生の横に跪いて答える。
騎士は間違いなく士族だろうし、人族でない先生は身分の上では平民なのだけど、先生を見降ろさないようにという配慮だろう。平民の前に膝をつくなどという、礼法の授業では教えてくれないような所作を自然に行える辺り、洗練された上流階級の品格を感じさせる。
威張り散らすばかりのバグジードやアンドレーアに見習わせたいね。
「おかげさまで、生徒にひとりの犠牲者もなかったと公爵様より若輩の身に余るお褒めの言葉を賜りました。私はホンマニ公爵に仕える騎士、コナカケイル・ショタリアンと申します。よろしければ先生のお名前をお聞かせ願えませんか?」
「プロセルピーネよ。家名は名乗らないことにしてるの。どうしても知りたければ公爵様に聞いてちょうだい」
ショタリアンって……。たしか、首席のお目付け役であるモチカさんの家名じゃなかったっけ?
「では、プロセルピーネ先生。ここでの任務が終わりましたら、お礼に食事にお誘いさせてください」
騎士はそれだけ言うと先生の答えを待たずに空へと舞い上がっていった。洗練されているんじゃなくって、ただのプレイボーイだったようだ。子供に見えても先生はアラフォーだぞ。アラフォー。まあ、ロゥリング族は人族より長生きだから、単純には比べられないけどさっ。
思わぬハプニングがあったものの、気を取り直して採集にかかる。
プロセルピーネ先生とドクロワルさんが採集に来たのはイッチャイ草という、あの時間稼ぎ薬と目覚めさせる薬に使われる植物に、コイツチョロ草という睡眠薬なんかに使われる鎮静作用のある植物だそうだ。採集しながら先生が見分け方や周囲にある他の植物なんかを解説してくれる。ドクロワルさんと次席はひと言も聞き漏らすまいと先生の左右に貼り付いて場所を譲ってくれそうにない。
発芽の精霊はところどころに目印になる赤い布を縛った小枝を突き刺していた。そこにまだ頭を出してないタケノコがあるそうだ。タルトは何やらキノコを集めている。カゴを覗いてみると、明らかに警告色とわかる毒々しい赤いキノコが目についた。サクラヒメのお土産にでもするつもりか?
イッチャイ草の花はお昼にはしぼんでしまうらしい。薄紫色の花が開いているのだけ採取するように指示されたので、まだ蕾のものは残しスコップで根っこごと掘り起こして採取する。発芽の精霊が見つけてくれたタケノコを脳筋ズが掘ってきたところで、いったん集合して焼きタケノコ大会だ。
「ずいぶんと豪快な焼きタケノコですね」
地面を掘った竃に担いできた炭を並べて火を起こしたところに次席がタケノコを無造作にぶち込んで、今日はフォールディング高枝切りバサミのゴーレム腕を着けているクセーラさんがハサミを伸ばしてタケノコをひっくり返したり、炭をかき混ぜたりしながら器用に焼いていく。焼きタケノコというのは下茹でして薄く切ったタケノコを炭火で焼くものだと思っていたらしいドクロワルさんは、泥を落としただけで皮も剥かずに火にくべられるタケノコを見て驚いていた。
「パナシャは南部派だから……」
次席の言うところによると、南部派は舌が肥えていて自分のお気に入りを最上のものとし同じ味を求める。そのせいで、料理人たちはいつでも同じ味が提供できる食材しか使わない。調理法も季節や鮮度による味の違いが目立たないように工夫するし、新鮮なうちしか味わえないものを食卓に上げることはしない。
その時はお褒めに与っても、再現できない味を憶えられてしまっては、後々自分の首を絞めることになるからだとか。
ちなみに東部派になると味は二の次で、材料の希少性やとにかく手の込んだ料理を好む傾向があるらしい。知識だけの頭でっかちなエセグルメって感じだ。北部派は健康志向で、西部派は魔物の領域で現地調達できるようにとサバイバル料理を憶えさせられるそうだ。
掘りたてを豪快に焼いたタケノコは、下茹でしたものとはまた違った味わいがあって美味しい。大荷物の正体は炭と調理道具だったようで、塩や味噌といった調味料まで用意してあった。塩だけでもイケるけど、豆狂いの先生が採ったばかりの野草を刻んで味噌に混ぜ込み、皮をむいたタケノコに塗りつけた後、再度炭火で炙った味噌焼きみたいなものが好評だった。
「全部毒キノコじゃない……どうする気なの?」
「バシリスクが大喜びするエサを作ってあげるのです」
タルトが拾ってきたキノコはひとつ残らず毒キノコだったけど、「バシまっしぐら」という毒に興味を示したプロセルピーネ先生と何やら意気投合していた。いろんな種類の毒を混ぜ合わせて作るそうで、毒蛇を見つけたら生け捕りにせいとお達しが出る。
帰りは南向きの斜面で僕の再生薬の材料を集めながら毒蛇探しだ。種類が違う2匹を捕まえて、研究室では黒ゴマに食べられてしまうからという理由で、材料が揃うまで僕の部屋で飼うことになった。
「ラトルジラントなら良かったのだけど……」
捕まえた毒蛇を眺めながら【魔薬王】がとんでもないことを呟いた。そんなものを僕に飼わせる気だったのか?




