31 いけない先生
「先生、皆さんに謝らなければならないことがあります」
素材採集を明日に控えた日のホームルームで、とうとうベリノーリ先生がこれまでキャラを作っていたと告白した。むっちゃ今更だな……
「普通の先生に戻りたいっ!」
Cクラス一同、ポカーンである。先生が口汚い教官キャラを作っていたなんてことは誰でも知っている。今までバレてないと思っていたのだろうか?
「戻るって……普通の先生だった時期なんてあったっけ……」
「今までそのキャラに付き合ってくれた生徒を何だと思ってるんだか……」
「ウケなくなったら路線変更とか、やることが先生じゃなくて芸人よね……」
Cクラスの生徒たちは先生の路線変更を受け入れない構えのようだ。「安易な路線変更を繰り返せば人気が維持できると思っているのかね」と生徒のひとりに問われた先生は、「え……路線変更って……人気とかじゃなくって……」と混乱して論理的な説明ができないでいる。
仕方がない。また僕が一肌脱がなければならないか……
「サー、提案があります。サー」
「きょ、許可しますっ。アーレイ君っ」
「サー、普通ではなく、エッチでいけない女教師への路線変更であれば、生徒にも受け入れられ易いものと愚考するであります。サー」
「それだぁぁぁ――――!」
バカでスケベなCクラスの男子生徒たちは僕の提案に湧き上がった。ベリノーチ先生は鉄仮面にばかり目が行くものの、胸元を大胆に広げたり、タイトのミニなんかが実に似合いそうなけしからん体つきをしている。これしかないっ!
「さっそく来週から新路線で行きましょう」
「よし、新しい衣装のデザインを決めよう」
「露出が多けりゃいいってもんじゃないぞ、雰囲気が大事だからな。透けも考慮しろよ」
「ちょっ……まっ……先生はまだ……」
男どもはもはや先生の意見には耳を傾けず、エッチでいけない新路線は決まったものとして話を進めていく。同じクラスの女の子たちの軽蔑の眼差しにも気付かない。
「衣装はゴブリンから推薦のあった、薄手の白いブラウスにスリットの入ったミニのタイトスカートを基本とし、担当科目に応じて上からボレロ、白衣、ブカブカのカーディガンを羽織っていただきます。なお、オムツ精霊の鶴のひと声により下着はオムツ一択となりましたのでよろしくお願いします」
「オ……オム……ツ……」
どうやらタルトがちゃっかり口を挟んでいたようだ。オムツ3歳児は女の子のスカートを捲り上げてはパンツはビッチの穿くものだとオムツ推しをするので、クラスメートからはすっかりオムツの精霊だと思われている。
ミニのタイトスカートにオムツなどという恐ろしくマニアックな路線変更を押し付けられたベリノーチ先生は肩をブルブルと震わせていた。
「先生怒りましたっ! 絶対に路線変更なんかしませんっ! 泣いたり笑ったりできなくしてあげますから、覚悟しておきなさいこの変態どもっ!」
先生が教卓をバシバシ叩きながら吼えた。残念だ……。エッチでいけない先生に放課後の個人授業をしてもらうことは、田西宿実だったころからの夢だったのに……
「本日のホームルームは終了としますっ。アーレイ君はお話がありますので教員室まで来て……出頭するようにっ。以上ですっ!」
先生が路線変更したいと言うから、せっかく僕がナイスなアイデアを出してあげたというのに、教員室に呼び出されてお説教を喰らうことになってしまった。
「ミニスカートにオムツなんて、その歳でどういう性癖をしてるんですかっ。先生は変た……いえ、アーレイ君の将来が心配ですっ」
「いや、オムツは僕じゃなくてタルトの趣味で……」
「そうやって、すぐ精霊のせいにしてっ。先生はごまかされませんっ。精霊に責任を押し付けようだなんて、人として恥ずかしいと…………」
「また、アーレイ君ですか? ベリノーチ先生」
僕がお説教をされているところにリアリィ先生がやってきた。新学期が始まってから僕が教員室でお説教されるのは珍しい事ではない。実のところ、週に2回は必ず呼び出されてお説教である。
「オムツ……。アーレイ君は先生を何だと思っているのですか?」
ベリノーチ先生から事情を聴かされたリアリィ先生が僕を睨みつけながら尋ねてくる。ワーナビー先生を問い詰めていた時のような殺気を感じるけど、ここで引くわけにはいかない。僕にはやらなければいけないことがあるのだ。
「先生……それは教壇という……近いようで遠い場所から……僕を魅了してやまない……禁断の果実――だっ!」
ポエム調で口にしてみたらリアリィ先生のチョップを脳天に落とされた。
「なるほど……これは反省室でみっちり補習をさせないと治りそうにありませんね。今日は私自ら補習を担当して差し上げましょう」
リアリィ先生に首根っこを掴まれて反省室へと連れて行かれる。途中で僕にそっくりな紫がかった黒髪を首の後ろで左右に束ねた女の子が、連行される僕を見つけて柳眉を逆立てながら寄ってきた。我が従姉アンドレーア・アーレイである。
「あんた、また反省室なの? これ以上、家の恥になることは慎みなさいって、この前も……」
父の実家であるアーレイ子爵家の娘であるアンドレーアは、僕が叱られるたびに家の恥、家の恥と口喧しい。いつになったら僕は分家ではないと理解してくれるのだろう。
「アーレイさんも自慢できるような成績ではありませんでしたね。一緒に補習を受けてもらって、お手本となっていただくのがいいかしら?」
「や……約束がありますの。失礼いたしますわ……」
アンドレーアの成績は平均よりはやや上といったくらいで、在学中に学期末、学年末は当然、学期中の暫定順位ですら一度たりとも首席の座を譲らなかったというリアリィ先生にしてみれば、決して褒められたものではない。せっかくだから、一緒に補習を受けてはどうかと誘われたアンドレーアは約束とやらを口実にそそくさと逃げて行った。
反省室はズバリ牢屋みたいなところで、反省中に勉強できるように机と教本も用意してある。もちろん鍵は外からかかる仕様だ。何度も付き合わされているタルトは慣れたもので、さっさと長椅子の上に登って毛布にくるまった。
リアリィ先生は近くにあった椅子を持ってくると、ぴったりと僕の隣に並んで腰かける。うほぅ……なんかいい匂いがするぞ。
やや小柄でムチッとしたベリノーチ先生もいいけど、長身でモデル体型のリアリィ先生にはまた別の魅力がある。座高の差のせいで、ちょうど僕の目の高さに先生の胸元がくる計算だ。先生の着ているブラウスはもうちょっとで下着が透けて見えるんじゃないかという絶妙な厚さで僕の目を捉えて離さない。
「アーレイ君はいったい何を考えているのかしら?」
左隣に座ったリアリィ先生が僕の肩に腕を回しながら尋ねてくる。
ふおぉぉぉぅ……先生の胸元が目の前に、舌を伸ばせば先っちょに届きそうなところにあるぞ。な、なにをって……それを僕の口から言えというのか?
「正直に話してくれれば、アーレイ君のお願いを聞いてあげてもいいのですけど……」
こ、これはっ。実はリアリィ先生こそ生徒を誘惑するいけない女教師だったのか……
お、お願いを聞いてくれるって……
何でも? 本当に何でもいいの?
ふたりっきりの秘密の個人授業とかお願いしちゃっていいの?
「あなた、ベリノーチ先生をわざと困らせて補習させていたわね」
――バレていたんかっ!
そう、僕はベリノーチ先生が初心でエッチなことを言えば簡単にテンパってしまうことを利用して、自分の成績を上げるための補習に付き合わせていた。僕は勉強が得意とは言えないし、独りで教本を読んだだけで頭に入れられるようならCクラスにはいない。今年1年でAクラスになれるまで成績を上げるには、先生に個人授業をしてもらうのが一番だったのだ。
ベリノーチ先生は困るとすぐ「反省室で補習っ!」って言ってくれるから……
背中から回されたリアリィ先生の右腕にがっちりと肩を掴まれ、左手は僕の首元へと添えられている。完全に白状するまで逃がさない体制だ。まだ19歳。今年20歳になるという若さでおっぱいを囮に使ってくるなんて、何てけしからん先生なんだろう。
「どうしてそれを……」
「1年生の時には2回しか反省室に送られなかったアーレイ君が、新学期が始まった途端、反省室の常連になれば何かあったと思うのが当然でしょう」
最初はCクラスに落とされたことが切っ掛けでグレてしまったのかと思ったけど、素行不良なところは見当たらずAクラスの生徒と一緒にいるところをよく目にする。授業中やベリノーチ先生に補習を受けているところをこっそり覗いてみれば、学習態度は1年生の時よりもむしろ良好だ。なんだかアヤシイと目を光らせていたところ、僕がベリノーチ先生を煽って補習させているということに気が付いたらしい。
「まったく……先生を困らせて個人授業を受けようだなんて……」
僕が洗いざらいゲロったところ、リアリィ先生はすっかり呆れ顔になってしまったけど、毎週1回、ベリノーチ先生と交代で反省室での補習を請け負ってくれた。代わりに、今後はエッチなことを言ってベリノーチ先生を困らせることは禁止だ。約束を破ったら、どんなに成績が悪くなっても今後一切補習には応じない。落第は即留年だと言い渡されてしまった。
話が決まったところでリアリィ先生の補習の時間となった。僕の隣に座ったまま補習をしてくれたので、ついついおっぱいに魂を惹かれそうになるけどここは我慢だ。春学期が終わるまでに、せめてBクラス上位と言える順位にしておきたい。
魔導院は4学期制を採用しており、主に授業が行われるのが春学期と秋学期。夏学期は実習や課題はあるもののほぼ夏休みであり、冬学期は成績が足りない子が集中講座を受ける補習期間に充てられている。来年Aクラスになりたければ、秋学期の終わりまでにAクラス並の成績を取らなければならないのだ。おっぱいにかまっている余裕なんて……
……ちょっとだけならいいかな……今日くらいは……
「アーレイ君、何か別のことに気を取られていませんか?」
うおぅ。ちょっと教本から視線を移しただけなのにリアリィ先生に悟られてしまった。そんなことではAクラスには届きませんよと叱られる。
くそぅ。この先生わざとやってるな……なんていやらしい先生なんだ……
夕方までみっちりと補習を付けてもらったところでタルトがモソモソと起きだした。そろそろ終わりにしろというサインである。ちょうどいい頃合いだろう。これ以上は……僕の理性がおっぱい周回軌道を外れて突入軌道へと入ってしまう。おっぱいとの摩擦で燃え尽きるのも憧れないわけではないけど……
「リアルビッチの教える歴史とやらはいい加減で間違ってばかりなのです。そんなもの覚えるくらいなら、わたくしを抱っこしていればいいのですよ」
独りでお昼寝をさせられていたタルトが頬を膨らませてブー垂れる。コイツはパンツを穿いている女性は誰かれ構わず「○○ビッチ」とビッチ呼ばわりし、リアリィ先生はその家名のせいでリアルビッチと呼ばれることになった。なんとも酷い呼び名である。
タルトは古い時代のことまで通じているようで、特に他種族との争いで常に人族が裏切られた側であることや、歴史上の偉人の出自や血統なんかは出鱈目ばっかりだと言う。リアリィ先生もそのことは認めていて、人族の歴史はあくまでも人族の視点で伝えられているので、他種族の主張は無視されるし都合の悪い事実は隠蔽される。箔をつけるために自分の出自をごまかしたり、逆にその偉人の末裔を名乗るなんてことも珍しくないらしい。
ただし、テストでは人族に正しいと伝えられている回答でなければ正解とは認めない。歴史の間違いを指摘するのは、テストではなく研究発表でやりなさいと言われてしまった。実にごもっともである。
先生にお礼を言って別れた後、飼育サークルの獣舎へと向かう。明日は早朝から素材採りだ。朝のうちしか採れない素材もあるらしいので、空が明るくなってきたら日の出前に出発である。
コケトリスたちがちゃんとエサを食べているか確認し、倉庫に転がっているカゴを取ってきてキープしておく。荷台にひとつと鞍の両側にひとつずつ吊るすので、あまり大きくない竹の背負いカゴを6つほど見繕い、黒スケの房の隅っこに置かせてもらう。ここに置いておけば、他の人が使おうとしても黒スケが渡さない。
コケトリスは鶏のわりに賢いのだ。僕がカゴを用意したということは、素材採りに山に行くのだと理解してくれる。ラトルジラントが出たせいで、山狩り以来、ずっと街の外に行く機会がなかったから、久しぶりに山に連れて行ってもらえる機会を奪われまいと死守するだろう。心なしか、僕を見つめる瞳が期待に輝いているように感じられる。
カゴをひとつだけ紅薔薇寮へと持ち帰り、寮の倉庫からナタや草刈り鎌、竹のトングにスコップなんかを借りて詰め込んでいるとヘルネストがやってきた。
「なんだ? お前もどっか行くのか?」
ヘルネストも明日は早朝から採集に出かけるらしく道具を借りに来たらしい。ドクロワルさんと素材採りに行くことを告げるとちょっと残念そうに、コケトリスとガラガラの魔導器があれば良かったのにと零しやがった。
そうか、そうか……僕はどうでもいいのか?
明日は早いので、さっさとお風呂に入って就寝だ。タルトはあんなにお昼寝をしたというのに、布団に入るとあっという間に寝付いてしまった。シルヒメさんのおっぱいと僕に挟まれて実に幸せそうだ。一度でいいから場所変わってくんないかな……




