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道案内の少女  作者: 小睦 博
第2章 アーレイ家の娘
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30 3歳児とメロン

「あなたは必ず来るって……私にはわかっていたわ……」


 授業を終えてタルトと一緒に園芸サークルを訪れると、机に両肘をつき顔の前で手を組んだ次席が予言者のように呟いた。そりゃ、この食いしん坊を焚きつけた本人なんだからわかるだろうさ……


 僕はラトルジラントを提供したお礼として、革や牙といった素材とは別に小金貨5枚をプロセルピーネ先生から渡されていた。

 大金貨1枚が僕たちの取り分ということで、残りはドクロワルさんとシュセンドゥ先輩が小金貨2枚ずつ。サクラヒメに角代として1枚ということになった。ドクロワルさんには他に先生が使っていた調合用の機材がいくつか譲られている。山狩りの治療費で大儲けした先生が新調した分のお古だ。


 僕が大金を手にしたことを知った次席は、タルトに温室メロンをご馳走しながら出資の話を切り出した。僕に話があると言いながら、ターゲットがタルトであることは明白だった。それなのに、食いしん坊3歳児は簡単に一本釣りされやがったのだ。温室メロン半個で小金貨3枚の出資を取り付けるんだから、次席はやり手の営業マンのようだ。


「大丈夫……絶対に損はさせない……もう、メロンでよければ毎月だって収穫できるのよ……」


 次席がどっこいしょと机の下から取り出した箱には大玉メロンと小振りなメロンがふたつずつ詰められていた。

 この世界にはビニールという素材がないのでビニールハウスは存在しない。ハウス栽培にはガラス張りの温室が必要で、温度の維持に魔術を利用するため上流階級のご婦人の道楽と思われている。農業として普及してないからロクな栽培技術もないだろうと思っていたけど、通年でメロンの収穫余裕らしい。


「バナナだって年に2回は提供してみせる……小金貨3枚の価値はあるはずよ……」

「去年はそこまでの配分はなかったって聞いた気がするけど……」

「去年1年で研究が進んだの……クスリナがいれば発芽は確実だもの……」


 次席がクスクスと笑う。発芽の精霊は種さえあれば時期も温度も関係なく発芽させてしまうもんなぁ。枯れないで育つかは別として……


「カリューア姐さん、ち~すっ。ご指示のありましたメガシイタケお持ちしましたっ」

「ご苦労様……こちらにちょうだい……」


 園芸サークルの先輩らしき人がでっかいシイタケの詰まった箱を持ってきた。どうみても専門課程の先輩なのに、次席に対する態度は完全に丁稚と化している。この人はたった1年で園芸サークルを掌握してしまったのか……


「下僕……今すぐメロンを手に入れるのです……」


 タルトが涎をすすり上げながら早くしろと僕の背中をペシペシ叩いてくる。まったく……3歳児には必要になったときのためにお金を貯めておくという発想がないんだから……


「次席、1口乗りますよ。出資金の小金貨3枚です」

「ありがとう……メロンにメガシイタケに余りものだけど豆もつけるわ……バナナにも期待していてちょうだい……」


 金貨を受け取った次席がパンパンと手を叩くと奥からふたりの先輩が現れる。次席が「運んであげてちょうだい」と言うと、「うっすっ」と元気よく返事をしてメロンとシイタケの箱に豆の袋を紅薔薇寮の僕の部屋まで運んでくれた。僕ひとりでは運びきれないので助かったけど、先輩をパシらせるとか何だかとっても申し訳ない……


 昼食がまだだったので、シルヒメさんにシイタケを焼いてもらう。

 お昼の時間は寮の厨房は閉ざされているのだけど、メイド精霊であるシルヒメさんは家にくっついている扉とか窓とか戸棚の鍵なんかをすべて開けてしまえるらしく、寮内はどこでもフリーパスだ。何度言っても勝手に厨房に入り込んでしまうシルヒメさんに鍵を管理している管理人さんは匙を投げた。

 厨房にある鍋だの包丁だのをいつもピカピカにしてくれるので、料理人たちからは歓迎されていて文句も言いづらいらしい。


 お昼がシイタケとメロンだけというのも寂しいけど、僕の懐は一気にすかんぴんだ。タルトやシルヒメさんの服や下着を購入するのに小金貨2枚を費やしていたので、今日の出資でラトルジラントの儲けはパーである。


 シルキーの名に違わずシルヒメさんは服も下着もシルク素材でないと許してくれなかった。もっとも、仕立ててもらった替えのメイド服は、今身に着けているクラシカルな長袖ロングスカートと違って、袖なしでスカートの丈は膝上、胸元に大きな切れ込みの入った僕の趣味丸出しの逸品だ。着てくれる日が楽しみでしょうがない……

 タルトもいつものブタさん着ぐるみパジャマではなく、新調したヒヨコさんフードの付いた黄色いワンピースを着ている。タルトはどうやらフードが付いていないと嫌らしい。他にもフリルのいっぱい付いた青のペンギンさん子供ドレスを仕立てた。


 シルヒメさんがひと口サイズに切った焼きシイタケとメロンを持ってきてくれると、タルトは僕に向かって大口を開ける。あ~んの構えだ。

 タルトにシイタケを食べさせてあげて、僕はメロンを口にする。うん、よく熟していて美味しい。タルトが再び口を開けて待ち構えているのでシイタケを食べさせる。僕はメロンを味わいながら、最後にメロンを食べたのはいつだったか思い出そうとする。寮の食事で出されたことはないから、魔導院に来てからはこれが初メロンになるのか……


「ん……タルト、どうかしたの?」


 何度かあ~んを繰り返していたら、食いしん坊が口を開かなくなってしまった。お腹いっぱいになるにしては早いな……


「さっきから、わたくしにシイタケばかり食べさせて、下僕はメロンしか口にしていないのです」


 タルトがジト目で睨みつけながら、僕のすねに3歳児キックを入れてくる。秘密の作戦がバレてしまったようだ……


「下僕はシイタケがなくなるまでシイタケなのです。シルヒメもメロンを食べるのですよ」


 メロンはおあずけになってしまった。まあ、シイタケも美味しいからいいんだけど……


 3人ででっかいシイタケと大玉のメロンを食べ尽すと結構お腹が膨れてしまった。ご機嫌になったタルトはもちろんお昼寝をご所望だ。タルトのお昼寝に付き合わされているせいで、めっきり体を動かす機会が減ったので、たまには運動しないとただでさえ少ない体力が落ちてしまわないか心配だ。

 シルヒメさんとお昼寝をしていたらどうかと提案してみたけどあっさり却下された。ベッドを叩いて添い寝を催促してくるので布団に入ると、タルトはしがみつくように体を丸めてくるのでポンポンと背中を叩いてあげる。


「これで良いのです。ご馳走とお昼寝で今日という1日は完璧なものになるのです」


 タルトは満足そうに呟いて早々に寝入ってしまった。ヴィヴィアナ様にバナナが捧げられることを知ってからは、いつまでもグズってなかなか寝付いてくれなかったのに、今は幸せいっぱいといっただらしない笑顔のまま熟睡している。

 メロンも美味しかったし、毎月タルトがこれだけ満足してくれるなら小金貨3枚も無駄ではないけど、また魔法薬を作ってお金を稼がないと…………


 …………金策を考えている内に湯たんぽの魔力にやられてしまったようだ。気が付くと時間が立っていた。

 タルトも目を覚ましたのかモゾモゾ動いているので、豆の袋を持ってプロセルピーネ先生の研究室に向かうことにする。僕にも作れて高く買い取ってもらえる魔法薬の作り方を知ってそうな人といえば先生しかいない。研究室にはドクロワルさんもいるかもしれないしね。


 豆を持っていく理由は唯ひとつ。賄賂である。


 ロゥリング族は大豆に目がない種族だ。豆好きを通り越して、もはや豆狂いと言っても過言ではない。

 僕のロリオカンは朝食の納豆を切らしたという理由で、「毎朝納豆を食べさせてくれるって約束だったのに……人族の男に騙された。人族なんて信用するんじゃなかった」と号泣しながら父に離婚を持ちかけた。オイオイと嘆く母をなだめるために、その後1週間は納豆に豆腐に煮豆と3食豆尽くしとなったものだ。


「先生、アーレイ君がいらっしゃいましたよ」

「邪魔よ。追い返しなさい」


 プロセルピーネ先生の研究室を訪れると予想どおりドクロワルさんが出迎えてくれたけど、部屋の奥からは身内とは思えないほどそっけない答えが聞こえてきた。


「先生に豆を持ってきてくれたそうですけど……」

「すぐにお通しして。失礼は許さないわよ」


 先生が一番失礼だと思う。豆ひとつでよくも180度対応を変えられるもんだと感心するよ。次席が渡してくれた豆は納豆専用の小粒な品種だそうで、自家製納豆のために厳選した納豆菌を何種類も培養しているという先生はホクホク顔である。


「魔法薬? あんたに作れるような初級魔法薬のレシピなんて全部教本に載ってるじゃない?」


 僕に作れるお手軽魔法薬の作り方を知らないか相談したところ、ホクホク顔が一気に呆れ顔になった。教本に載ってるのは知ってるし手を出してみたこともある。だけど、僕が試しに作った初級再生薬は、品質1、効果2という出来で浪人ギルドに買い取ってもらえなかったのだ。材料も分量も作り方も間違えてないのに。


「か~。なっさけないわね~」

「先生、初級再生薬でその結果なら多分アレかと……」

「あ~アレね~。つくづく、なっさけないわね~」


 僕が初級再生薬の作成に失敗したことを告げると、先生は顔を片手で覆って盛大にため息を吐いた。ただ、ドクロワルさんには原因に心当たりがあったらしい。アレとはなんだ?


「実演して見せるのが早いんだけど、あいにくと初級魔法薬の材料なんて揃えちゃいないのよね~」

「先生、素材採集の時に一緒に採ってきてしまえば……」

「そりゃいいわね。3日後、素材採りに山に行くからあんたも来なさいよ」


 魔導院周辺の山はまだ安全宣言は出されていないものの、ラトルジラントは騎士たちの活躍でだいぶ数を減らし繁殖していた親も討ち取られた。生まれて2年目以上の個体はほぼ討伐されて、残っているのは昨年生まれたであろう体長4メートル以下の個体だけと思われている。まだ人が近づけば隠れてしまうので、騎士たちでは見つけるのが大変らしい。


「あのガラガラの魔導器持ってきてちょうだい。頼んだわよ」


 ガラガラの魔導器というのはタルトが考案したラトルジラントのガラガラを使った魔導器だ。サンダース先輩から折れてしまった剣の柄を譲ってもらい、タルトが魔法陣を刻んでシュセンドゥ先輩にガラガラをくっつけてもらった。

 魔力を流すとラトルジラントが怒ったときの攻撃音を大音量で鳴らして相手をビビらせる。一発鳴らしてやればラトルジラントを恐れる生き物は皆、尻尾を丸めて逃げていくというステキ魔導器で、シュセンドゥ先輩が密かに量産化を計画しているらしい。


 素材採りに行くことが一方的に決められてしまったけど、先生が連れて行ってくれるということは、個人的に課外実習を受け持ってもらえるということでもある。【魔薬王】と恐れられるプロセルピーネ先生だけど、特待生として個人的な指導を受けたいという先輩はいくらでもいるのだ。それなのに、先生のお眼鏡にかなったのはドクロワルさん唯ひとり。断ったりしたらバチが当たる。


 3日後の約束をして紅薔薇寮へ戻るとなんだか騒がしい。なにかあったのか?


「ずいぶん人が集まってるけど、何かあったの?」

「モロニダスか。裏切り者が出たらしくてな……」


 ヘルネストがいたので何事か尋ねてみたところ、わけのわからん答えが返ってきた。寮の裏切り者ってなんだ?


「なんでも、寮のごみ捨て場にメロンの皮が捨てられていたらしい……」


 真剣な表情でいかにも重大な秘密を打ち明けるかのように声を潜めてメロンなどと言いだした。


「は? それが何で裏切り者に……」

「わからん奴だな。誰かは知らんが、そいつはメロンを独り占めしやがったんだぞ。こんなことを許しておいて良いわけが……」


 わからんのはお前の方だ。バカは放っておこう……


「捨てられていた皮を復元したところ、直径が20センチを超える大玉だ。果肉は濃いオレンジで、皮は黄味を帯びていてよく熟して食べごろであったと……」


 3年生の先輩が鑑識の結果を報告している。皮を復元とか科学的捜査をしているつもりなのだろうか。おっしゃるとおり、美味しゅうございました。

 メロンの亡者どもを無視して階段を上がる。まったく、メロンひとつでこの騒ぎでは、バナナの皮なんて見つかった日には寮の部屋をしらみ潰しにガサ入れしそうだな。


「止まれ……」


 僕の部屋のある3階まで上がると、【皇帝エンペラー】と【禁書王フォビドゥン】が通路を通せんぼしていた。こいつらもか……


「僕の目はごまかせないよ。あの切り口。使われたのはナイフじゃない。よく研がれた包丁で真っ二つだ……」

「あの時間、施錠されているはずの厨房に入れるのはお前のシルキーをおいて他にない……」

「……だったらどうだって言うのさ?」


 メロンを独り占めしたのが僕だと確信しているふたりがゆっくりと近づいてくる。僕をあのメロンの亡者どもの前に突きだす気か?


「「永遠の友情を君に……」」


 なんて安っぽい友情なんだろう……


「安心してくれ。秘密は誰にも漏らさない……」

「ああ、秘密を知る者は少ないほどいいからな……」


 ふたりは共犯者であるかのようにサムズアップしながら誰にも言わないと約束するけど、自分たちだけメロンを口にしたいという魂胆が丸見えである。どいつもこいつも食べ物ひとつで目の色を変えやがって……


「わたくしのメロンが欲しければ、友情では足りないのです」


 タルトが静かに微笑みながらふたりに告げる。お金を出したのは僕なんですけど……


「では、何を……?」

「もちろん、絶対の忠誠に決まっているではありませんか」


 一転して邪悪な笑みを浮かべたタルトが、左手の中指に嵌められた指輪を見せつける。メロンが欲しければ自分のペットになれというのかコイツは?


「覚悟のないものは道を開けるのです」


 両手を床について項垂れているふたりの間を歩み去っていくタルトの姿は、まるで悪魔の王様のようだった。


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