249 学府対抗のデモンストレーション
「とうとうこの日がやってまいりましたわね……」
「メッタメタにしてあげるんだよっ」
モロニヌレーテ連発砲のデモンストレーション当日。首席とクセーラさんは待ちきれなかったとでも言いたいかのように朝から気合が入りまくっていた。背景には南部派と東部派による教員枠の取り合いがあるのだと説明したものの、それはそれ、これはこれ。学習院の連中を叩き潰すのに理由はいらないと、無意味に張り合うチンピラの如く気勢を上げる。とにかく負けるのが嫌で嫌で堪らないらしい。
もっとも、飛び入り参加を申し出たのは学習院の方だ。勝利のためなら手段を問わないとまでは言わないものの、手心を加えてやる理由もない。王太子の思惑に乗せられるのは癪だけど、おっぱい星人同士のよしみだ。教員枠が欲しいというなら南部派に取り返させてやろう。
「伯爵も乗ったね? それじゃ、いくよ~」
王国軍の演習場に向かうホンマニ公爵様の一行に続いてコートヴィヴィアーナを発つ。クマネストに牽かせた乳母車には精霊たちを乗せたので、僕はオケラゴーレムの荷台で荷物が崩れないよう見張り番だ。すぐ後ろをシュセンドゥ先輩の鎧竜がついてくる。なお、会場までのルートは交通規制が敷かれているので渋滞に捕まる心配はない。遮る者なき道を大名行列よろしくノッシノッシと進んでいく。
鎧竜は足が遅いため、途中で会場に向かう貴族家の馬車にチョコチョコ追い越される。わかる限りでは、マロナンデス家にカリューア家。加えてムジヒダネ家の領紋をつけた馬車が僕たちを追い抜いていった。外国の方々もいらっしゃるようで、オールと錨の紋を掲げているのはゴウティン海洋王国の、ランタンを掲げた翼のある乙女の紋はエウフォリア教国の馬車だろう。一瞬、オムツフリーナちゃんファンクラブの連中かとビックリした。
「ず~いぶんいっぱい集まってるねっ」
「半分以上は軍の関係者と士官学校の生徒っぽいよ」
会場に到着してみると、三輪車レースで使われたサーキットに設けられたような観客席スタンドがあって、先に到着した貴族や士族の人たちが歓談していた。スタンドは上流階級専用らしく、その周囲を取り囲むように軍服っぽい恰好をした人たちがワサワサしている。何だあの数はと目を丸くするクセーラさん。士官学校の制服が目立つので、見物に来たのだろうと教えてあげる。
「私はお父様と……上から見学させてもらうわ……クセーラ……バカをしないようにね……」
貴族のお連れ様なら入れてもらえるようで、次席は先に来ていたパパと一緒にスタンドへ上がっていく。公爵様たちに解説する役目があるのでリアリィ先生もスタンドだ。プロセルピーネ先生は万が一に備えて診療所で待機。魔導院側の責任者には魔性レディが任じられた。
「はうぅぅぅ……お貴族様がいっぱいです。宿命は姫に何をさせようと……」
「御子。姫はお貴族様への対応に慣れてないから傍にいてあげてちょうだい」
「ギョイッサー」
とんでもなく場違いなところに来てしまったと目を回しているのは、シュセンドゥ先輩にモロデーナイトスペシャルの実演を押し付けられた姫ガール。商会の大口出資者である領主の娘から頼まれたとあっては断ることもできなかったのだろう。平民にしては魔力に恵まれている方だけど、学習院の生徒と比較すればド底辺だからちょうどいい。誰かに話しかけられたらお前が対応しろとソコツダネ監督に命じられる。
「まさか、平民の子を連れてくるとは思わなかったの」
「な~に言ってんのよ。私たちだって平民じゃない」
「正しいけど、あたしが言いたいのはそういうことじゃないの……」
今日は王太子殿下も出席されるのにと、モロニヌレーテ連発砲の砲手を務めるヨウクーシャさんが呆れていた。自分たちだってまだ士族ですらないだろうと先輩が口にしたものの、そういう問題ではないと諦めたようにため息を吐く。
「ケチンボ程度の魔力の持ち主、士官学校にはゴロゴロいるはずよ。彼女に使えるなら自分にもって考えるに決まってる。これ以上の人材なんていやしないわ」
学習院で底辺になるよりはと士官学校を選んだ生徒も多いはず。魔力に溢れた魔導院の生徒でなく、平民出身の者だからこそ強烈なインパクトがあるのだとシュセンドゥ先輩が作戦を説明する。もっとも、ヨウクーシャさんもその辺りは理解しているだろう。慣れてなくて緊張すると思うけど、これも逃れられない宿命と姫ガールには受け入れていただくしかない。
「真言を唱えて心を落ち着かせるです。オン ピピルピルピル ビビデバビデ ソワカ……」
テンパリまくった姫ガールは、とうとう複雑に指を絡めながら怪しげな呪文を唱え始めた。それは真言ではなく擬音だとツッコミたかったものの、本当のことを知って正気を失われても困るので好きにやらせておく。しょうもないことを伝えた先輩転生者もいたもんだ。もしや、西部派に伝わるアニソンも同じ奴の仕業ではなかろうか。
姫ガールがイイ感じに白目を剥きだしたあたりで、おっぱい王太子とドナイデッカ公爵が到着したらしく、スタンドの中央付近に設けられている豪華な貴賓席に人影が現れた。3つ並んだ席にふたりの公爵様と王太子殿下が腰かけ、後ろに控えているメンバーの中にリアリィ先生とアキマヘン嬢の姿が見える。軍楽隊の人たちがファンファーレを吹き鳴らし、軍服を着たおっさんがバカでかい声を張り上げて新式連発砲のお披露目を開始すると宣言した。
「あいつらの自信を、この一発で吹き飛ばしてあげるんだよっ」
「ヒポリエッタ。準備はよろしいですわね」
次第によれば、霧化燃料弾、モロデーナイトスペシャル、モロニヌレーテ連発砲の順でデモンストレーションを行うとのこと。同時にそれぞれ対応した学習院側のお披露目も行われる。どうやら、比較しながら見ていきましょうという趣向らしい。魔導院の一番手は無駄にやる気マンマンの首席とクセーラさんだ。
スタンド正面に設えられたプレゼン席で、安全装置の外し方や発射を取りやめたくなった時の手順などを一通り説明するクセーラさん。最後にそれでは使ってみましょうと、片手撃ち用の魔導砲に装填する。50メートルほど離れたところに立ててある案山子を狙ってシュポンと放てば、最終評価の時間と同じように霧となって拡散した燃料がど派手に燃え上がった。続いては、ヒポリエッタに跨った首席による上空からの爆弾投下。ずいぶんと高度を取っているなと思ったら、標的に向かって一直線に爆撃進路を取る。標的の上空ではなく、まっすぐ降下してくる機動だ。急降下爆撃なんて誰が教えやがった?
高度30メートルくらいのところで首席が霧化燃料弾2発を投下し、ヒポリエッタの首を引き起こす。悠々と飛び去るヒッポグリフ爆撃機の背後で連続して炎が立ち上がり、スタンドから歓声がわき起こった。観客の人たちは大興奮だけど、離脱する時こそ対空砲に捉えられやすいから回避機動を忘れないよう後で教えておこう。
「期待していたほどではありませんでしたね。学習院の新型炸裂弾の方が上だと思い知らせてご覧にいれますよ」
「にゃにおうっ」
デモンストレーションが終わったのなら引っ込めと、学習院の生徒を引きつれたひとりの男がスタンド正面に進み出てきた。年齢的にリアリィ先生やモチカさんと同年代っぽいから、あいつが生徒を唆しているゼネリクの後釜なのだろう。今日は生徒が作った作品のお披露目だというのに、当たり前のような顔でプレゼン席に登る。スネイル伯爵の推薦って話だったけど、あの家の連中はどいつもこいつも空気の読めない目立ちたがりなのだろうか。自分を賢いと思っている奴特有の、木で鼻をくくったような喋り方までスネイルにそっくりだ。
「むっ、あの男は……」
「知っているのか、ら……いえ、モチカさん?」
クセーラさんに代わってプレゼン席を占拠した男に見覚えがあるのか、モチカさんが眉をしかめる。いったい何者なのかと尋ねたところ、魔導院の卒業生で自分と同学年にいたような気がするという答えが返ってきた。確か工師課程で卒業時の順位は自分より下だったはずらしい。
「モチカが卒業したのは6年前ではございませんか。もう忘れてしまったとおっしゃいますの?」
「忘れたのではありません。そもそも記憶していないので、その表現は不適切です」
モチカさんより上は首席卒業のリアリィ先生しかいない。珍しくうろ覚えといった様子を見せる侍女に、首席が若ボケかと口にした。最初から憶えていないのであって、決して忘れたわけではないと言い張るモチカさん。記憶しておくだけの価値がなかったのだとプレゼン席の男を指差す。ちなみに、名前はタナーケ・イチロウンだそうな。
「ドン・コネイルです。勝手に名前をねつ造しないでいただきたい」
いい加減なことを言うなと訂正してくるゼネリクの後釜。なるほど、忘れてくださいと言わんばかりに特徴のない名前だ。モチカさんが憶えていないのも仕方がない。
「あの【絶叫王】が教員とは、魔導院は腕のへし折り方でも教えているのですか?」
「我は看護教……」
「そのとおりだよっ」
呆れ果てたものだとコネイルが口にすれば、自分は看護教員だと魔性レディが言い返すより早くクセーラさんが正解だと告げた。【ヴァイオレンス公爵】に関節の壊し方を伝授したのだから間違ってはいない。嫌味をあっさりと肯定され、コネイルは続ける言葉が出てこないご様子。ポカンとした表情のまま固まっている。
「失礼、まさか本当に教えているとは思いませんでした……」
これだから常識のない連中は嫌いなのだと呟きながら、自分の生徒たちを手招きするコネイル。どうやらスネイル同様、想定を外れた事態への対応が苦手なようだ。教師からの合図を受けて、学習院の生徒たちが大砲と砲架を持ってきて発射準備を始めた。
あれは、迫撃砲ってやつか……
打ち上げ花火の発射筒を斜めに傾けたような大砲だ。口径は60ミリくらいで、砲身の長さは1メートル弱といったところ。コネイルの説明によれば、霧化燃料弾より遠くまで飛ばせるうえ制圧範囲も広いらしい。指示を受けた兵隊さんが、的となる案山子を発射位置から100メートルほど離れたところまで運んでいく。
「その大砲。ウチの製品じゃない……」
「なにそれっ。そんなの卑怯だよっ」
「作品は弾頭です。王国軍が採用している砲で使えなければ意味がありません」
大砲自体は自領で製造している多用途エアバースト砲だとシュセンドゥ先輩が見抜いた。学習院はやることが汚いとクセーラさんが非難するものの、これは想定内だった模様。配備中の砲でそのまま発射できることを示すため、演習場で使われていた物を借りたのだとコネイルは動じた様子を見せない。まったくの考えなしというわけでもないようだ。
発射準備をしている生徒たちの方に目を向ければ、ジュースの500ミリリットル缶に円錐形の帽子を被せたような砲弾を装填している最中だった。霧化燃料弾の倍くらい容積があるため、モロデーナイトスペシャルで飛ばすには少々大きすぎる。準備が整ったところでコネイルのカウントダウンにより発射。ドシュンという音を立てて弾頭が高々と飛んでいく。
「あっ、なんか壊れたよっ」
標的の上空でバラバラになる弾頭。壊れやがったとクセーラさんが手を叩いたけど、アレは違う。対象を包囲するように小型の爆弾をばら撒くクラスター弾だ。僕の予想を裏付けるかのように、ドドドドドンと複数の爆音が響いてきた。制圧範囲に自信があるはずである。とはいえ、腑に落ちない点がないわけではない。
「アレ、もしかして一発一発に魔力結晶を仕込んでるんじゃ……」
分裂した子爆弾の威力は、モウヴィヴィアーナで襲撃犯から取り上げたグレネード弾に匹敵するものだった。ビールケースのような木箱に収められている予備弾をこっそりロゥリングアクティブサーチで探ってみたところ、誰かの魔力で満たされていて僕の魔力が浸透していかないナニカがある。魔導院の購買で売られている乾電池サイズのものと仮定しても、あのクラスター弾1発でピンドンが2杯……いや、3杯は食べられるのではなかろうか。
「あの爆弾でピンドンが食べられるのなら、残りをちょろまかしてくるのです」
「それぐらいお金がかかってるって意味だから……」
予備弾をかっぱらいに行こうとするタルトを抱え上げ、抱っこしてやるからおとなしくしているよう言い含める。アホみたいに頑丈な3歳児は身の危険というものをかえりみない。下手に爆弾なんていじらせたら、手に持ったまま炸裂させるに決まっているのだ。
「いかがです。学習院が開発した集束炸裂弾の効果のほどは?」
「あんな大砲で飛ばすなら、威力を上げるのなんて簡単なんだよっ」
「すでにある発射機に合わせて設計するのは、至極当然のことだと思いますが」
爆弾の威力はおおむね弾頭の大きさ、重さに比例する。大きくて強力な爆弾なんて自慢にならないぞとクセーラさんが難癖をつけたものの、そもそも独自規格の発射機を前提にする方がおかしいのだとコネイルに言い返されてしまった。それはそれで一理あるものの、これは新兵器の採用コンペではない。やはりスネイル家というのは場の空気が読めない一族なのだろう。
ふむ、クセーラさんは気づいていないか……
ならば、魔力結晶のことは持ち出さなくていいな……
ドウドウと興奮しているクセーラさんを落ち着かせ、進行役の兵隊さんにデモンストレーションを進めるよう促す。今はまだ勝負球を投げるタイミングじゃない。気づいていないフリをしておくのが一番だ。姫ガールに出番がきたことを告げる。
「コーセツハンニャーハーラーミーターシュー ソクセツシューワツ ギャーテー ギャーテー」
まだやってたのかよ……
ってか、陀羅尼になってんぞ。おい……




