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道案内の少女  作者: 小睦 博
第1章 掟破りの3歳児

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24 現れた魔物

 夜の間はずいぶんと勢いよく振っていた雨も明け方には上がり、空には太陽が戻って……こなかった。やっかいなことに、もんの凄い濃霧が発生してしまったのだ。


 昼頃には晴れるだろうと領軍の兵士たちが山狩りに出発していったのだけど、お昼を前にしてドクロワル診療所は怪我人でいっぱいになってしまった。視界が悪いことに加えて、昨晩の雨で地面がかなり緩くなってしまっている。足元が崩れて急斜面を転げ落ちたり、岩や木に叩きつけられたりして動けなくなってしまった兵士がすでに6人も運び込まれているのだ。


「こちらの方は魔導院の治療室に運んでください。こちらのふたりは領軍本部の先生のところへ……」


 ドクロワルさんが輸送班の兵士に指示して負傷兵を運び出させていく。単純な傷や骨折くらいならドクロワルさんが完治させてしまえるのだけど、内臓にまで深刻なダメージを受けてしまった兵士は後方に移送して先生にお任せするしかない。この場では死なないように処置するのが精一杯だ。

 魔導院のプロセルピーネ先生のところへ運ばれる兵士は、運び込まれて来たときに僕が遺体だと勘違いするような状態で、実際に一度心臓が止まってしまっている。


 蘇生させたのはもちろんドクロワルさんだ。魔力同調を使った治療術で最低限の生命維持が可能になるまで回復させながら、同時に魔術で無理やり心臓を動かし続けた。


 運び出されていく3人の兵士は、いずれも魔力同調が使えなければ亡くなっていたであろう重傷者だ。領軍の看護兵の女性は完全にビビっていて、今朝までは「生徒の治療士さん」なんて呼んでいたのに、今では「ドクロワル先生」呼びである。魔術の使えない看護兵と魔力同調まで使える治療士の差は歴然だった。


 午前中の山狩りを終えた兵士たちが帰還し始め、診療待ちの列が出来てしまったので僕もお手伝いをする。治療術が必要な患者はドクロワル先生。最初の診察と飲むタイプの魔法薬の処方は看護兵の女性。外傷の手当だけの人は僕の分担だ。魔術の使えない領軍の兵士たちは鎧下も持ってないので外傷を受けやすい。

 霧のせいで視界が悪いせいか、動物との遭遇戦も増えてしまっているそうだ。熊や猪といった動物は人が近づけば逃げて行ってくれるので無理に狩る必要はないのだけど、霧のせいで気がつけば互いに目の前にいたりして逆上した動物に襲われるらしい。

 僕が手当てした患者さんは、霧の向こうにいた猪とバッタリ目が合っちゃって、いきなり突進を喰らったと話していた。


「ドクロワルさん。治療は自分で動けない人を優先して済ませておいてくれないか?」


 ヒッポグリフを連れたサンダース先輩がいつでも逃げられるようにしておいてくれと伝えに来た。予定の時刻を過ぎても戻らないし、伝令すら寄越してこない班があるらしい。

 霧も晴れてきたので、空を飛べるヒッポグリフで偵察にでるそうだ。全員まとめて土砂崩れに巻き込まれた可能性もあるけど、何者かに襲われてひとりも逃げられなかったとすると、とんでもなく危険な魔物か、数の多い敵が潜んでいることになる。

 とにかく歩けさえすれば残りの治療は後からでもできるというわけだ。


 サンダース先輩がヒッポグリフで飛び立っていくのを見送った僕たちは、さっそく足を怪我している人たちの治療にかかる。看護兵の女性がドクロワルさんの治療ですぐ歩けるようになる人。治療しても介添えが必要な人。治療は後回しにしてもいい人に分けてくれたので、すぐに歩けるようになる人を優先して治療する。


 ――ドゴォォォォォン……バリバリバリ……


 とりあえずの治療を続けていたら、雨も降ってないのにすぐ近くに雷が落っこちたような凄まじい雷鳴が響いた。音が衝撃波のように体を揺さぶる。続けてもう一度……

 こいつはヤバイ。サンダース先輩の使役する雷鳴の精霊がフルパワーで雷鳴を轟かせている。あらかじめ決めておいた緊急時のサインだ。

 雷鳴が1回なら『いつでも行動に移れるよう部隊を集結させて待機』、2回は『自分の帰還を待つことなく即時撤退』と決めてあった。雷鳴が2回響いたということは、今すぐ逃げろと先輩が指示するほど危険な相手を見つけたってことだ。


「ドクロワルさんっ。荷物をまとめてっ」

「このふたつをっ」


 ドクロワルさんが寮から持ってきた木箱を差し出す。中には領軍には配備されていないプロセルピーネ印の強力な魔法薬が入っている。死にかけていた兵士を魔導院の治療室に運ばせたのも、この魔法薬を使った後の処置はプロセルピーネ先生にしかできないからだ。


「アーレイッ! 山小屋まで退くぞっ! 急げっ!」

「お前たちはさっさと行くといいのですよ。どうせ途中でコケトリスに抜かされるのです」

「タルトの言うとおりですっ。先に行ってくださいっ!」


 ドクロワルさんの木箱を荷台に縛り付けながら、撤退を急かしてきた先輩に怒鳴り返す。

 徒歩の先輩たちはここまで来た道を一列縦隊で進むだろう。コケトリスで森の中を駆け抜ければ余裕で追い抜ける。別行動の方が素早く動けていいくらいだ。

 野営のための荷物なんかは捨てていくことにした先輩たちは、手に持てるだけの装備を持って大急ぎで撤退していった。

 領軍にもサンダース先輩の使う合図のことは伝えてある。怪我人がいるせいか、魔導院の部隊にすぐに続くというわけにもいかないようで、介添えが必要な人を先に撤退させて、元気な人たちに殿を務めさせるつもりのようだ。


「アーレイッ! まだぐずぐずしていたのかっ?」

「すぐ出ますっ」


 飛び立った方向とは逆方向からサンダース先輩のヒッポグリフが降下してきた。後を付けられないように大回りしてきたのだろう。


「サンダース君。何があった?」


 先輩に気が付いた領軍の隊長さんが駆け寄ってきた。


「亜竜です。ジラントと思われる亜竜数匹が兵士の遺体に取り付いているのを発見しました」

「ジラントだと? こんなところにか?」

「まだ成体には達していないようですが、それでも10メートル近い大きさに見えました」


 ジラントというのは蛇みたいな亜竜の一種だ。いわゆるドラゴンには前肢、後肢、翼の3つが備わっているけど、おおむね2つしか備わっていないものが亜竜と呼ばれる。ワイバーン種には前肢がないし、鎧竜やハナちゃんたちドレイク種には翼がない。そして、ジラント種というのは後肢がなく蛇みたいに地面を這うタイプの亜竜だ。


「相手はジラントだっ。装備は盾と槍っ。剣は通じないと思えっ。クロスボウが2丁と網もあったはずだ、準備しておけっ」


 領軍の隊長さんが声を張り上げて指示を出し始めた。だけど、亜竜数匹は領軍には荷が重すぎるんじゃないか。本来であれば騎士が討伐に向かうべき魔物だ。


「僕が見たのが全部とは限らない。他の部隊にも知らせに行ってくる。アーレイも急げっ」

「もう出られますっ」


 サンダース先輩は再び空へと舞い上がっていった。僕は魔導器ふたつをいつでも使えるように、ベルトに下げた腰袋に挿しこんで黒スケに跨る。イリーガルピッチはタルトとドクロワルさんの二人乗りだ。


「コケトリスはわたくしが操りますから、ドクロビッチはしっかり掴まっているのです」


 ドクロワルさんの前に座っているタルトがイリーガルピッチを動かすという。手綱をドクロワルさんに握らせてしまって、あの短い手足で操れるのか?


「じゃあ、行くから。ちゃんとついてきてね」


 タルトよりもイリーガルピッチに言い含ませて、先に行った人たちで渋滞しているはずの道を避け森の中へと黒スケを進ませる。全速力ではなくジョギングのような感覚でゆっくりと走らせれば、コケトリスは足取りも軽やかに木立をひょいひょいと避けながら森の中を駆け抜けていく。

 いつの間にか、後ろを走っていたはずのイリーガルピッチが隣を並走していた。森の中で樹木を避けながら付かず離れずの距離を保って駆けさせるとは生意気な。タルトめ、この僕にコケトリス捌きで勝とうというのか?


 だけど、タルトのことばかり気にしてはいられない。僕のロゥリング感覚が追いかけてくる殺気を感じ取っていた。

 亜竜なんてものが近くをウロウロしているのに獲物を追いかける動物がいるとも思えない。間違いなくジラントだろう。じりじりと距離が縮まってきているように感じる。

 ルートを少しずつ道から離れる方向に向けると、やっぱりこちらを追ってきた。

 狙われているのは僕たちで間違いない。徒歩の人たちには気付かれていないようだ。本気で駆けさせれば突き放してしまえると思うけど、僕たちを見失ったジラントが先輩たちに目を付けるとまずい。

 山小屋まで案内するわけにもいかないので、道から充分に引き離したところで撒いてしまうしかないな……


「下僕も気が付いたのですか?」


 それまでのペースを保って走らせながら、黒スケをイリーガルピッチへと寄せると、追われていることに感ずいていたらしいタルトが声をかけてきた。


「先輩たちから離れたところで駆けさせるけど大丈夫?」

「わたくしは下僕が遅れないか心配なのです」


 言ってくれるじゃないかこの3歳児が……

 道から充分離れたところで、ドクロワルさんの様子を見ながら少しずつペースを上げていく。しっかり掴まっているので大丈夫そうだ。このままジラントを置いてきぼりにしてやろうと思ったら、後ろからの殺気が急に鋭くなった。


 ……ジラントがスピードを上げて迫ってくる?


 こっそり追いかけていたつもりだったのだろうけど、尾行がバレて僕たちが逃げ出したのだと察したようだ。気配を隠すのを止めて全速力で追いかけてきている。コケトリスたちも捕食者が追ってくるのに気が付いたようで、首を低く下げて地面を這うような姿勢で駆けだす。

 山小屋に着くまでに振り切るのは難しそうだと考えていたら、唐突に前方の地面が途切れて崖のようになっていた。


 ――行き止まり?

 ――追い詰められた?


「い、行き止まりですかっ?」


 ドクロワルさんが焦ったような悲鳴を上げるけど、崖下をのぞき込めば切り立ったような崖ではない。昨晩の雨で地すべりのあった場所らしく、樹木のない急斜面が100メートル以上は続いている。これならむしろ……


「コケトリスなら駆け下りられるから、ドクロワルさんは落ちないようにしっかり掴まっててっ」

「えええっ!」

「翼があるのですから、これくらいへっちゃらなのですよ」


 タルトの言うとおり、コケトリスの翼は空を飛び続けることはできないけど、落下速度を緩めたり、空中で姿勢を保つのには充分使えるのだ。そして、ロゥリング族はコケトリスで山を駆け下りる競技を楽しむようなバカ種族でもある。

 【ツルペタ峠最速】を自称していたらしい僕のロリオカンは、僕がコケトリスに乗れるようになった途端、文字どおり千尋の谷へと突き落した。

 国土全域が山であるドワーフ国では、この程度の急斜面など珍しくもない。ロリオカンであれば「ぬるい」と評しただろう。僕がタイムアタックをするのにちょうどよさそうな急斜面だ。ドクロワルさんがいるからそこまでしないけど、コケトリスに任せておけば余裕で駆け下りてくれる。


「イリーガルピッチに任せればいいからっ」

「ひゃああぁぁぁ――――!」


 一気に崖から身を躍らせ、ドクロワルさんの悲鳴が後に続いていることを確認しながら、斜面を斜めに横切るようにして速度を調整しながら駆け下りる。僕としてはかなり余裕をもって駆け下りているつもりなのだけど、ドクロワルさんの悲鳴がだんだん女の子が発してはいけない切羽詰まったものになってきたので羽ばたかせて減速させた。

 速度を落としながら、ジラントは諦めてくれたろうかと視線を崖上に向けると、崖の上から勢いよく飛び降りてくる大蛇の姿が目に映った。


 ――あれがジラントかっ!


 細長いんじゃなくってぶっとい大蛇だ。僕を丸呑みできそうなほど頭も大きい。そいつが斜面を転げ落ちるような勢いでまっすぐこっちに向かってきていた。止まることなど考えてない。まるで落石だっ。

 コイツ、僕たちを巻き込みながら下まで落っこちる気かっ?


「下がって! イリーガルピッチッ!」


 ドクロワルさんをやらせはしないっ。

 黒スケをイリーガルピッチの前に出しながら、左手で腰袋を探ってグリップエンドの付いている魔導器を抜き出す。タルトは動かない水は鉄の壁があるのと同じだと言った。


 ――突っ込んでくる気なら、その勢いのまま鉄の壁にぶち当ててやる。


 左手の魔導器をもの凄い勢いで落っこちてくるジラントへと向けて魔力を流す。ジラントはもう目前だ。僕に噛みつこうと大きく開かれた顎に、バカでかい牙が生えているのが見える。

 間に合えっ!


「アーレイ君っ!」


 ジラントに気付いたドクロワルさんが叫ぶのと水の壁が形作られるのは同時だった。

 鉄の壁に頭から突っ込ませようという僕の目論見は失敗した。

 落ちてくる勢いのままに首を伸ばしたジラントの方が一瞬早かったのだ。

 そう、ほんの一瞬だけ……


「……え~と……こうなるんだ……」


 うん。なんとなく理屈はわかる。相手の体内に直接魔術を作用させることはできない。水の壁はジラントの首と重なる位置に発生した。その結果、ジラントの首の部分だけを避けて形作られた水の壁は、いわば首枷のようにジラントの首を固定してしまったのだ。


 首が固定されても落っこちてきた勢いは止まらない。


 ジラントの身体はエビ反りをするように水の壁を越えていき、その身体が伸びきった時、ジラントは自重と慣性による首折りと首吊りを同時に喰らうハメになった。僕の目の前で開かれた口からはダラリと舌が垂れ下がってしまって、縦長の瞳孔をもった瞳ももう僕のことなど見ていないようだ。

 水の壁が解けて首枷から解放されると、ゴロゴロと斜面を転がり落ちて行った。


「下僕はあれが壁ではなく、枷の術式だと気が付いていたのですか?」


 タルトが不思議そうな顔で尋ねてくる。コイツ、知ってて秘密にしてやがったのか……


「もちろん、試し撃ちをした時に気付いたさっ」


 知らなかったと答えるのは悔しいので、精一杯のドヤ顔を決めてやった。


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