19 逸る脳筋たち
お腹が膨れたところでシルヒメさんへのお土産にシナモンロールをひとつ包んでもらってお店を後にする。クセーラさんも次席と発芽の精霊にとふたつほど包んでもらっていた。
魔導院への帰り道の途中で、タルトは魔法薬で稼いだ小銀貨26枚を使って安物の茶器ひと揃えにお茶っ葉を購入した。3歳児にはお小遣いを計画的に使うという考えはないようだ。
タルトから自分のカップを用意しておくように命じられたので、僕は安物の湯飲みとどうせ必要になるだろうお茶請け用の木皿を購入しておいた。
「いつでも好きな時にシルキーにお茶を淹れてもらえるなんて……」
魔導院へと戻る間、クセーラさんは僕ばっかりずるいと頬をプーと膨らませていた。ずるいのは僕じゃなくてタルトなんだけどね。
紅百合寮へ着いたところで女の子たちの荷物を降ろしふたりと別れる。この後、クセーラさんは次席を探してお茶にするらしく、ムジヒダネさんは訓練場へ行くらしい。紅薔薇寮へ戻ると、僕たちが帰ってきたのに気付いたシルヒメさんが玄関先へと出てきた。
「茶器が手に入りましたので、シルヒメはお茶の用意を整えておくのです」
「――――♪」
荷物を部屋へ運び込むと、シルヒメさんは茶器が手に入ったことがよほど嬉しかったのか、衣擦れの音で器用に鼻歌を奏でながらお茶の支度を始めた。
ヘルネストはムジヒダネさんと一緒に訓練場へ行くらしい。ラブラブ訓練場デート……とはいかないだろうな、ムジヒダネさんは訓練で手を抜いてくれないから。
僕とタルトはイリーガルピッチを獣舎に戻してからお茶をいただくことにする。
「ヴィヴィアナの名が忌々しいですけれど、しばらくはこれで我慢するのです」
タルトが「I Love VIVIANA」のロゴマークが入れられた自分用の蕎麦猪口からクピクピと紅茶をすすりながら呟いた。
ティーポットや茶漉し、シルヒメさん用のティーカップにはヴィヴィアナ様のお姿やシンボル――温泉マークの湯気の部分が「VV」になったもの――が描かれていて、ヴィヴィアナ様と無関係なのは僕の木製湯飲みだけだ。白くてピカピカしたのがいいと我が儘を言ったのはタルト自身なのだから我慢してもらうしかない。
モウヴィヴィアーナは観光地であるとともに上流階級向けの避暑地として有名な街だ。ヴィヴィアナ湖の美しい景観と、何よりもヴィヴィアナ様のご機嫌を損ねないように、大量の薪を使用する製造業はお土産用の品を作る限られた職人にしか許されていない。
この街で売られている白磁は観光客向けのヴィヴィアナ様グッズしかないのだ。
あまりにもタルトが「忌々しい、忌々しい……」と繰り返すものだから、シルヒメさんがシナモンロールを食べさせてご機嫌を取っていた。シルヒメさんへのお土産にと買ってきたのに、半分以上タルトが食べてしまったのではなかろうか……
「こういう時はふて寝するのです」
夕飯までふて寝すると宣言したタルトが添い寝をご所望なので、布団に入ってヨシヨシと慰めてあげる。タルトが来てから日課にしていたトレーニングをすっかりさぼっているので、お昼寝している間に少し体を動かしたかったのだけど、寂しがり屋の3歳児は許してくれなかった。
「口惜しいのです。ヴィヴィアナをとっちめてやりたいのです……」
「それじゃ完全に逆恨みだよ。ヴィヴィアナ様が悪いことしたわけじゃないんだからさ……」
布団に入ってまで物騒なことを言っているので頬をコショコショしてあげると、タルトは気に入ったのか「むぅ~」と唸って僕の腕をがっちりと抱え込んだまま寝入ってしまった。しばらくすると湯たんぽ精霊の魔力が襲ってきたのでそのまま寝てしまうことにする。片腕をタルトに掴まれているのでどうせ動けないのだ。無理に起きていたってしょうがない……
夕食の鐘が鳴ったところでシルヒメさんが起こしてくれたので服を整えて食堂に降りると、ムジヒダネさんにみっちりしごかれたのだろう、先に来ていたヘルネストがしきりに体を擦っていた。
「サクラの奴、少しは手加減しろってんだ……」
「ムジヒダネさんは僕が相手でも一切手加減なしだからね……」
訓練で試合をする時の彼女は圧倒的に体格が劣る僕相手でも容赦してくれない。下手をすれば本当に殺されてしまうんじゃないかってくらい殺る気マンマンで襲い掛かってくるのだ。レベルが違い過ぎて身体を傷めるだけなので、僕はもう自分から降参する術を身に付けた。
「それより、山狩りの話聞いたか?」
「なにそれ?」
「野犬に襲われた張本人が悠長だな。この周辺に潜んでいるかもしれない危険な動物の狩り出しと山奥の魔物調査だとさ」
昨日の今日だってのにずいぶんと対応が早いと思ったら、新入生がやってくる時期だかららしい。
新入生が入寮してくるのは4月からで入学式はその一週間後だ。すでにここから馬車で2日のところにある領都モウホンマーニあたりまで来ている子も多い。魔導院に来る途中で襲われたりしたら目も当てられないと先手を打つことにしたそうだ。
「明後日には騎士と領軍が到着して、翌日から皆で山狩りだってよ。竜騎士だけじゃなく魔導騎士まで派遣されるらしいぜ。もっとも騎士たちは山狩りじゃなく、魔物調査にあたるそうだ」
「騎士は飛べるからね」
この国で騎士と言った場合、それは馬に乗った騎兵ではなく航空戦力を意味する。騎士たちが所属する騎士団とは前世での空軍にあたるもので、騎兵や歩兵で構成された領軍が陸軍に相当すると言えるだろう。
魔導院の騎士課程に所属しているのはこの騎士を目指す子たちで、実習と称したお手伝いに駆り出されるらしい。僕たちが襲われた時と違って魔物が出ることも考慮してフル装備を持っていくし、領軍の兵士たちと一緒の山狩りなので危険は少ないという話だ。
「で、騎士課程以外でも希望者は実習に参加させてもらえるそうなんだが……」
「……まさか行く気じゃないだろうね?」
「俺たちは現地拠点での雑役みたいだし、素材になるものが採れたら分配もあるって話なんだが……考える余地もなしか?」
「ないね。魔導器がないことを差し引いても、何が出るかわからないところなんて危険すぎる」
集団戦闘の訓練をしている騎士課程の先輩はともかく、希望者とはいえド素人を連れて行くなんてよく先生が許したものだと思う。
首席ですら先輩たちが後退させないと危なかったんだ。僕たちじゃ何かあった時に確実に足手まといになる。戦術とか用兵に詳しい【皇帝】だけは各々の役割を理解して動けそうだけど、彼は帰省中でここにはいない。
「山狩りして本当に魔物が出たらどうするのさ?」
「腕試しにちょうどいいんじゃないか。俺だって1体くらいなら……」
どうやらヘルネストは魔物が出るかもしれない山狩りを、ちょっとした腕試しくらいにしか考えていないようだ。これだから西部派は……
ため息を吐かずにはいられない。ムジヒダネ家は魔物の領域に近く領内にも魔物が出没する西部派の貴族だ。魔物の領域と言っても明確な境界線があるわけではないから、街から一歩外へ出ればいつ魔物に襲われてもおかしくないってところもあるらしい。
そんな場所を領地としているせいか、西部派は武を尊ぶ傾向が強く、そして脳筋思考に偏っていた。
「お前だってコケトリス2羽がいたとはいえ野犬を6匹も倒したんだろ。魔物を倒せば課題に使える素材が手に入るかもしれないぞ」
動物と魔物の違いはその身体に含まれる魔力だ。調合に使える魔力を含んだ素材になるのが魔物で、獣に近い姿のものは魔獣と呼ばれる。
授業で出される課題に使っていいのは、生徒が自力で採取したものか購買で入手可能な素材だけで、生徒が自力で採取した素材であれば生徒間の取引もオッケーだ。確かに購買で売ってない魔物の素材を入手できれば成績を上げるチャンスではあるんだけど……ダメだな。
野犬に襲われたことを話した時に、『タルトドリル』はもちろんダカーポのことも話していないせいか、「僕がモチカさんに次ぐ大戦果」、「たいした被害もなく撃退」という結果だけが誇張され、肝心な「野犬の群れは危ない」というところがまったく伝わらなかった。
僕は警告のつもりだったのに、この脳筋野郎には武勇伝のように受け取られてしまったのだ。
ムジヒダネさんも羨ましいなんて零していた。口では腕試しだ素材だなんて言ってるけど、訓練では弱っちい僕が野犬を倒したせいで、自分にだってできると好戦的になっている気がする。今、魔物と出遭ったら雄叫びを上げて突撃した挙句、取り囲まれて袋叩きにされてしまいそうだ。
武を尊ぶ脳筋野郎が功を焦って自滅するのは様式美だし、さらに将来を誓い合った恋人がいるなんて、これはもうフラグって奴ではなかろうか。
ボコボコにされた挙句、「謀ったなっ、モロニダスー!」とか叫ばれちゃうのは嫌だよ……
困ったことに、野犬だって群れになったら危険だし、ヒッポグリフに跨った首席ですら危ないところまで追い詰められたと話しても、コイツは本気にしてくれないのだ。実際に首席もヒッポグリフも治療を受けてないのだから、危ないといってもその程度だと高を括っているのだろう。
「それにドクロワルがいればちょっとした怪我くらい治してもらえるだろ」
「待ってよっ! ドクロワルさんまで連れて行く気なのっ?」
「あいつの治療術は現役レベルだし、お前だっていてくれた方が安心だろ」
ドクロワルさんはこと治療に関しては専門課程の先輩にすら引けを取らない。軍医とまではいかないけど治療士と呼ぶには充分な腕前を持っていて、先輩たちの中でも使い手の少ない『魔力同調』による意識を失った患者への治療だってこなす。
魔力の反発する性質ゆえに、他人の身体内に直接魔術を作用させる手段は限られている。相手の魔力で満たされている場所には、こちらの魔力が弾かれて届かないため魔術を発動させることができないからだ。相手の血液を沸騰させたり、心臓を破裂させたりするような即死魔術がないのもこのためで、それは治療のための魔術であっても同じだった。
意識のある患者が魔力の反発を抑え込んでくれれば、他人のかけた治療術であっても効果を発揮する。意識のない患者や魔力を扱えない患者には、患者の魔力に治療士の側から魔力を同調させることで反発を抑える『魔力同調』という技術が必要になる。要は治療士の魔力を患者自身の魔力に似せて錯覚させる技術だ。
使用中は危険もあるので戦闘中に使えるようなものではなく、もっぱら治療のために使われるのだけど、在学中にこの技術まで習得する生徒は少なく、教養課程の生徒で使えるのはドクロワルさん以外に聞いたことがない。
意識を失ってしまうと魔法薬を飲むこともできなくなるので、魔力同調が使える治療士がいてくれるのは心強いのだけど、ドクロワルさんは力が強くて持久力がある反面、瞬発力に欠ける。振るわれる武器には鋭さがなく、ダッシュは遅いし、踏み台がなければ馬に乗ることもできないという、実にドワーフらしいどんくさい子なのだ。
そんなところもかわいいと思うのだけど、集団をバラバラにされた時に逃げ遅れて一番に狙われるタイプでもある。
自分が活躍することしか考えてない脳筋勇者に護衛なんて任せられるものか……
「ダメだよ。ドクロワルさんを危険な場所に連れ出すなんて許さない。絶対にだ……」
「許さなければどうするというんだ?」
「ムジヒダネさんにサクラヒメを使った痴漢行為のことを話すさ。きっと山狩りどころじゃなくなるはずだから」
「オーケィ、モロニダス。何だってお前さんの言うとおりにしようじゃないか……」
こいつはしばらく使えるな……
「他に誰を誘う気でいたの?」
「クセーラにはサクラから声を掛けることになってる。後は帰省中の奴らが戻ってきたらってとこだな……」
クセーラさんは多分次席が止めてくれる。カリューア家も西部派だけど、次席は西部派にしては珍しく冷静沈着で不要な争い事は避けるタイプだ。妹が必要のない危険を犯そうとするのを黙って見過ごしたりはしないだろう。クセーラさんはお姉さんに頭が上がらないから、逆らってまで参加するとは思えない。
心配なのは人当たりが良くて一歩引くタイプのドクロワルさんの方だ。独立独歩な豪族といった西部派と違って、南部派は序列を重んじる宮廷貴族みたいなところがあり、家格も成績順位も上のムジヒダネさんと意見を違えれば、ドクロワルさんは決まって自分の意見を引っ込める。
ムジヒダネさんも相手を気遣って態度を変えるような性格はしていないから、誰かがフォローしなければ押し切られてしまうだろう。
「明日、止めに行くからね……」
「素材が手に入るなら皆にも美味しい話だと思うんだが……」
「危険があるからこそ、エサで人手を集めてるんだとは思わないの?」
「お前、鋭いな……。ただ、サクラの奴はすっかりその気だから止まらんと思うぞ……」
痴漢行為の話は最終手段に取っておいて、必要なら首席に泣きついて説得してもらうのもありかもしれない。愛馬を失う寸前まで追い込まれたのだから、野犬はおろか魔物すら出るかもしれないと知れば、きっと逸るクラスメートを諫めてくれるだろう。
ムジヒダネさんの中では大活躍したことになっている僕が言うよりも効果はありそうだ。
「ん~。首席なら説得してくれると思うんだけどね……」
「その方がいいかもしれんな。サクラは自分より上と認めた相手の言うことにしか耳を貸そうとしないから……」
「じゃあ、明日の朝食の後、首席のところにお願いしに行くよ。ヘルネストにも来てもらうからね」
「俺もか?」
お説教をしてもらうのだから当然だ。危険な山狩りに自分だけでなくクラスメートを誘っているなんて聞かされたら首席が怒りだすかもしれない。
ヘルネストには怒りの矛先を逸らすための生贄になってもらうよ。痴漢行為をバラされるよりマシだろう?




