18 ビッチと淑女と下着の関係
クセーラさんオススメのシナモンロールのお店に行くにはちょっと早いということで、モウヴィヴィアーナの街でショッピングをして時間を潰すことになった。
「とりあえず木材屋さんね……」
色気も何もない場所だけど、僕を含めて誰も異論は唱えない。もちろん【ヴァイオレンス公爵】が怖いのではなく、僕たちにとっても用のある場所だからだ。
この前の野犬ように院外で動物を相手にするならともかく、院内で行われる訓練や競技で用いる武器、防具、魔導器には木材、革材、布材しか使うことを許されていないため、ほとんどの生徒が木製の武器を使うことになる。木材屋さんとはすなわち武器なんかの素材屋さんなのだ。
魔物の領域産の魔木素材こそないけれど、普通の木材なら魔導院内の購買で購入するよりずっと安く手に入る。購買で扱ってる木材はしっかりと乾燥させてあって、質は折り紙付きなのだけどその分高額だ。
自生している木を自分たちで伐採してくる手もあるけど、乾燥させる手間まで考えると木材屋さんで購入するのが一番リーズナブルという結論になる。
僕も壊れてしまった魔導器の代わりを作らないといけないので、お手頃価格のナラ材を購入した。おそらくは武器にするのだろう。ヘルネストとムジヒダネさんはやや高価なカシ材に夢中になっている。クセーラさんも訓練や競技では木製のゴーレム腕を使うことになるので素材を見る目は真剣だ。
「お前、その腕に使うのならクルミの木にすると良いのです」
「え? クルミだと何かあるの?」
「クルミはお前と縁が深いですから、きっとお前によくしてくれるのです」
イチイかトネリコで迷っているようだったクセーラさんだけど、唐突にタルトからクルミを使えと言われて戸惑っている。タルトが口を挟むのなら何かあるんだろうけど、「騙されたと思って試してみたら……」なんて言えない。本当に騙されて下僕となった僕にその台詞を口にする資格はない。
「確かにカリューアの紋章はクルミだけど……」
「大切な縁だからこそ、それを忘れないように紋章に刻んだのではありませんか」
「――っ!」
クセーラさんは何か思うところがあったのかクルミ材を購入していた。ムジヒダネさんはカシ材を購入したけど、ヘルネストはカシよりは安価なメープル材で妥協したみたいだ。
「次は布を見ましょう……」
ムジヒダネさんの勧めに従って、今度は布屋さんへと場所を移――
「って、ここは布屋さんじゃなくて、パンツ屋さんじゃないかっ!」
ムジヒダネさんが僕たちを案内したのは、女性向けの下着専門店。前世で言うところのランジェリーショップだった。
「布を見ると言ったはずよ……」
「いや……確かに布だけど……」
お店のガラス窓から中を覗くと、さまざまな下着が所狭しと並べられている。なんかスケスケのエッチな下着もあるぞ。魔導院の生徒らしき制服を着た女の子たちの姿も見える。
どうしよう……むっちゃ入りずらいよ……
「なんだ、女物のパンツが怖いのか? これだから『初めて』は――――ぎゃあぁぁぁぁ!」
許嫁のいる男が余裕を見せつけようとした瞬間、目にも止まらない速さで後ろに回り込んだムジヒダネさんがヘルネストに足を絡めて引き摺り倒し右腕を捻じり上げていた。
「私の知らない間に失ったの? 相手は誰? 正直に話せば苦しませずに殺してあげる……」
「まてっ! 誤解するなっ! ぐわぁぁぁぁ―――!」
うわぁ……。【ヴァイオレンス公爵】がエクスキューショナーモードを発動させて凄まじい殺気を周囲に放っている。気の弱い人間なら近づいただけで失禁してしまいそうだ。
「私を裏切ったのね……相手を殺して……ヘル君も殺すわ……」
「ち、ちがうっ! 別に俺が『卒業』してるって意味じゃ――だあぁぁぁぁっ!」
ヘルネストが左手で必死に地面を叩いているけど、【ヴァイオレンス公爵】にギブアップを認めてくれるような慈悲など期待してはいけない。極められた右腕がゆっくりと、しかし着実にあり得ない角度へと捻じ曲げられていく。
「言い訳なんて聞きたくない……ドクロワルかしら? おっぱいに興味があることには気が付いていたのよ……」
「ちょっと、見栄を張っただけだっ! 俺もまだ未経験だからっ! 初めてだから優しくっ!」
なんて迂闊な男なんだろう……
よりによって許嫁の目の前で自分は経験済みみたいな素振りをしなくたっていいだろうに。まったく、見栄なんて張るもんじゃないね。
「ムジヒダネの掟は憶えているわね……?」
「わ、わかってる。裏切り者には生き地獄を。たとえ地の果てまで逃げようとも追いかけて折檻する……」
「わかっているならいいわ……」
ようやく右腕を開放されたヘルネストが地面に横たわったまま、ゼイゼイと荒い息を吐きながら答える。なんちゅー物騒な掟だ。ムジヒダネ家はどこぞの忍者軍団なのか?
「ふぅ……右腕がもぎ取られるかと思ったぜ……」
「もぎ取れてもゴーレム腕をくっつけてあげるから心配はいらないよっ」
「お前のゴーレム腕は魔力を使い過ぎだ。誰にでも使えると思うな」
クセーラさん謹製のゴーレム腕はとても高性能で、人の腕よりずっと器用に動かせるし、関節の一つひとつにかかるテンションを感じることができて微妙な力加減だって可能だ。ただ、まったくと言っていいほど効率化はされておらず、魔力による力技でそれを実現している。加えて怪しげなギミックや魔導器が仕込まれるので、留年生のヘルネストでは一日中動かすのは無理だろう。
お姉さんである次席の陰に隠れがちだけど、学年上位の魔力量を持っているクセーラさんだからこそ振り回していられる代物だ。
「伯爵はどういうのがお好みかなっ。どっちが可愛いと思う?」
クセーラさんに手を引かれてしぶしぶパンツ屋さんに入った僕に、ピンクの縞パンと白のフリル付きパンツを手にした彼女が感想を求めてくる。どっちもサイズ的にクセーラさんには少し小さいんじゃないかと思うけど、それを口にするほど僕は命知らずではないので適当に無難な答えを返しておこう。
「どっちも可愛らしくていいんじゃないかな」
「むぅ~。男の子はどんなのが可愛いと思うのか知りたいのっ。ちゃんと選んでっ」
どっちもという答えはお気に召さなかったらしいクセーラさんがどちらか一方を選べと迫ってくる。
レースを使ったスケスケでエッチなのが好きですと正直に告白するわけにもいかないし困ったものだ。活動的なクセーラさんには縞パンが似合いそうだけど、清楚な感じのフリル付きのほうがギャップがあって、こうチラリと見えた時に嬉しいというか何というか……
うん? 僕は何を考えている? クセーラさんはまだ11歳だぞ。
「こっちのフリル付きなんていいんじゃないかな」
結局、欲望には逆らえず、思いがけず見えてしまった時に嬉しい方を選ぶ。
「伯爵はこういうのが好みなのね。うん。フリルが可愛いらしいし、サイズもピッタリだねっ」
「ちょっと待って! 君、ソレを誰に穿かせる気なのっ?」
僕が白のフリル付きパンツを選ぶと、クセーラさんはにっこり笑って僕の腰にパンツをあててサイズを確認し始めた。僕の股間から嫌な汗がジワリと滲み出る。
……この子は何を考えている?
……なんで僕にサイズを合わせているんだっ?
……まさか、僕にソレを穿かせるつもりなのかっ?
「えっ、これはクスリナへのお土産だよっ」
「クスリナって……発芽の精霊?」
「クフフッ……もしかして、伯爵も穿いてみたかった? 試着してみる?」
「勘弁してください……」
僕の勘違いに気が付いたクセーラさんがニヤニヤ笑いを浮かべながら試着室を指差した。発芽の精霊と僕は体格的には大差ない。どうやらクセーラさんは僕を物差し代わりに使ったようだ。
まったく……先に教えてくれてたらピンクの縞パンをチョイスしていたのに……
「お前たちは、まさかパンツなど穿いているのですか?」
お店の中を見回っていたはずのタルトが音もなくクセーラさんの後ろから近づいて、彼女のスカートを両手で掴むと躊躇いなくガバリと捲り上げた。
「きゃああぁぁぁ――――!」
クセーラさんが彼女らしからぬ悲鳴を上げながらスカートを押さえてその場にしゃがみ込むけど、タルトが両手を離してくれなかったせいで、白地に赤い★マークが散りばめられたパンツに包まれたおしりが丸見えになってしまう。
「パンツを穿いているのに何を恥ずかしがることがあるのですか?」
「だめだよっ! 伯爵は見ちゃだめだよっ!」
クセーラさんが顔を真っ赤にして恥ずかしがっているのを不思議そうに眺めるタルト。女の子がパンツを丸出しにされたら恥ずかしいだろう普通……いや、3歳児には恥じらいなど理解できないか?
「パンツは乙女の秘密だよっ。人に見せちゃいけないものだよっ」
ようやくタルトが手を離してくれたのでスカートを元に戻すことを許されたクセーラさんが、涙目で3歳児に乙女の貞節というものを力説する。
「パンツを穿いているビッチが貞節などと口にするものではないのです」
「ビッ……。酷いよっ。それはタルちゃんが使っていい言葉じゃないよっ」
クセーラさんの剣幕もなんのその、彼女をビッチと決めつけたタルトは再びスカートへと手を伸ばす。
「ちょっ! だめだったらっ!」
「下僕もよく憶えておくのですよ。パンツを穿いている娘はビッチなのです。見られて恥ずかしい振りをするのは、よく訓練されたビッチなのです」
「いやああぁぁぁ……」
タルトは「よいではありませんか、よいではありませんか」とクセーラさんが必死に押さえているスカートを捲り上げようとしている。暴れん坊の【ゴーレム子爵】だけど、ちゃんと乙女の自覚があったようだ。眼福……眼福……
「タルちゃんはパンツ穿いてないのっ? そんなの変態だよっ」
「わたくしのような淑女であれば、身に着けるのはオムツと決まっているのです」
ドヤ顔でオムツ推しときやがった……
タルトが言うには、オムツはしっかりと止まってズレる心配もないし、肌触りが良くて温かく、重ねた布がクッションの代わりにもなる優れもの。一方、パンツはチラチラ見せてオスを誘う以外に使い道のない、ビッチしか着けない下着だそうだ。酷い偏見である。
「この歳でオムツなんか穿けないよっ。それこそ乙女失格だよっ」
「ならばお前はビッチビチのビッチに相違ないのです」
タルトは「乙女を名乗るならオムツを穿くのです」と言いながら、とうとうクセーラさんの★パンツに手をかけてグイグイと引っ張り始めた。まさかこの場で脱がせるつもりかっ?
期待に股間が膨らむ。さすがだ、僕がやったら確実に投獄されるであろう痴漢行為も3歳児は恐れることなく実行する。
「ぎゃああぁぁぁ――――! 伯爵は見るなぁぁぁ――――!」
乙女にあるまじき悲鳴を上げたクセーラさんがゴーレム腕を僕に向ける。いつの間に引っこ抜いたのか、手首の部分が外れてサイコガ……じゃなくって強化型『エアバースト』の砲口が露出していた。
――ヤバイッ! 殺されるっ!
僕は慌ててお店から飛び出す。あの強化型『エアバースト』は砲身部分に弾体を加速させる術式が仕込んであって、全力で放てばその球速はプロ野球のピッチャーの倍以上になる。体の小さい僕がデッドボールをくらえば本当に死んでしまいかねない。
涙を湛えたパンツを奪われそうな乙女の目には殺気が込められていて、本気でぶっ放つ気だったことは確実だ。
自ら死地へと飛び込む勇気なんて持ち合わせていない僕がお店の外で待っていると、しばらくして皆がゾロゾロとパンツ屋さんから出てきた。クセーラさんは魂が抜けたような顔つきで「助かった……」と呟いており、タルトはなんだかプリプリ怒っている。
「下着屋のくせにオムツがないなんて、ここは品揃えの悪いお店なのです」
そりゃ、ランジェリーショップにオムツなんて置いてないよ。赤ちゃん用品のお店に行かないと……
お昼の時間も近づいてきたので、本来の目的であるシナモンロールのお店に足を運んだ。
新しく開店したというそのお店は明るくてお洒落なカフェといった店構えで、甘~い香りが店先まで漂っていた。匂いを嗅ぎつけたタルトは大はしゃぎだ。僕がイリーガルピッチを店のわきに繋ぐのを待ちきれず、ペチペチとお尻を叩いて急かしてくる。
「ドクロワルは来なくて正解だったわね……」
評判のシナモンロールは想像していた以上にボリュームがあり、甘そうなシロップがこれでもかとぶっかけられて見るからに高カロリーである。お腹を気にしているわりに、甘い物の誘惑には抗えないドクロワルさんにこんなものを食べさせてしまった日には、地獄のしごき2週間集中コースを宣告されてしまうかもしれない。
シナモンロールにお茶の付くセットで大銅貨6枚だ。タルトが泣かせてしまったお詫びもかねてクセーラさんの分は僕が払う。ムジヒダネさんの分は当然ヘルネストだ。ボリュームがあるので、僕とタルトは半分こでいいだろう。
焼き立てでまだ湯気をたてているシナモンロールを僕が食べやすい大きさに切ってあげると、タルトの奴は口をあんぐりと開けて待ち構えていた。あ~んの構えである。
「はひゅ、はひゅ……これはなかなか美味しいのです」
ご機嫌になったタルトは、「下僕にはわたくしが食べさせてあげるのです」とフォークに突き刺した切れ端を差し出してくる。こんなところは幼いころの妹にそっくりだ。ちっちゃい子の好意は遠慮せずありがたく受け取る。それが一番喜んでもらえるからね。
……うん。もの凄く甘くて美味しい。評判になるわけだ……
「……ヘル君。私たちも……」
む? ヘルネストの奴がムジヒダネさんにあ~んして食べさせてもらっていやがるぞ。まったく、少しは場所を考えてくれませんかねこのバカップル……
「アウェイだよっ。こんなのアウェイ過ぎるよっ。このシナモンロール何だかしょっぱいよ……」
クセーラさんの悲哀に満ちた呟きが聞こえてきた。どうしたんだろう? お口に合わなかったのかな?




