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道案内の少女  作者: 小睦 博
第7章 夏のサバイバル

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175 せめて課題を与えよう

 人の注意力というものは自分の周囲すべてには及ばない。いくつものことを同時に把握しているように見えても、実のところは時間差を設けて順次処理しているか、若しくは大雑把にしか捉えていないかのどちらかだ。だから、野球もサッカーも複数のボールで同時にプレイすることはない。審判だって、ひとつのボールを追うのが精一杯だろう。


 僕は宇宙での生活に適応した新人類でも知覚の限界を超えた超人でもないので、全方向をいっぺんに捉えるなんてどだい無理な話なのだ。それはすっぱりと諦め、意識を向けた方向だけをサーチすることにした。まだ15メートルくらいしか魔力が届かないけど、とりあえず一方向だけは何があるか捉えられる。全方向を探知したければ、アンテナがクルクル回転しているレーダーのようにグルリとサーチすればいい。


「こいつめ。ちゃっかり自分のオムツに隠してやがったのか……」


 タルトのお尻のあたりからカチンと魔力が弾かれるのを感じた。例の金貨だろう。自分で隠し持っていながら弁償しろとは不当請求もいいところだ。けしからんので寝ている3歳児のほっぺをグニグニと引っ張って遊ぶ。そのうち、クローンバナナ兵を完食したのかむぅむぅ唸りながら目を覚ました。


「いたずらされていた気がするのです」

「気のせいだね。それより、オムツに入ってる金貨を弁償させるのは犯罪だよ」


 妙に勘のいい奴だけど、しらを切りとおしてしまえばそれまでだ。金貨がオムツに隠してあることを言い当てられたタルトは、僕なら寝ている間に見つけると信じていた。お金をだまし取るつもりはなかったのだと容疑を否認する。実に疑わしいものの、追及しすぎてご機嫌を損ねられてしまっては元も子もない。仔オオカミたちも目を覚ましたので、帰り支度を済ませて帰路につく。






「しつっこいわねっ。危機を迎えてるのは東部派じゃなくて、あんたたちでしょうがっ!」


 バンガローに戻ってみると、またまたスネイルの奴らがやってきていた。相手を助けるのは損だなんて考えている奴と手を組むつもりはない。さっさと自分の視界から消え失せろと、いったい何を言われたのかイモクセイさんはずいぶんご立腹のようだ。


「南部派は3班で手分けして、捕まえた獲物も山分けしているんだ。いがみ合っていたのでは差がつく一方だよ」

「だからっ。差をつけられてんのはあんたたちだけだって言ってんのよっ!」


 南部派班のひとつが罠を使ってアライグマを捕らえたらしいのだけど、その班は獲物を南部派全員へ振舞うことにしたそうだ。ライバルである南部派に負けないよう、東部派もひとつにまとまるべきだとクダシーナ君がイモクセイさんを必死に説得している。


「シカの肉を山分けしろとでも言ってきたの?」

「肉だけじゃないわ。石窯とパン種と薪に……あんたもよ」

「はぁ……僕?」


 呆れ顔で様子を眺めていたアンドレーアから話を聞いたところ、性懲りもなく手を組もうとスネイル班と下位班がやってきた。アンドレーア班主導でお前らが傘下に入るというなら考慮しなくもないと申し渡したところ、各班は対等な立場で物事は多数決で決しようという。そのうえで、僕たちが独占しているものを派閥の共有物にするとスネイルが約束したものだから下位班は奴を支持。皆の意見に従えと迫ってきているそうな。ちなみに、僕に仕事を割り振る権利まで共有の対象だという。


「下僕の主はわたくしだけなのです。道理をわきまえない不届き者は、洗っても洗っても腋の下がヌルヌルして変な臭いを漂わせるようにしてやるのですよ」

「ちょっとっ。変なこと言って精霊の機嫌を損ねるんじゃないわよっ!」


 権利の話を耳にしたタルトが、僕に命令していいのは自分だけだとクダシーナ君のすねに3歳児キックを叩き込む。巻き込まれては堪らんと思ったのか、バカも休み休み言えとイモクセイさんが柳眉を吊り上げた。


「生徒に呪いをかけるだなんて、とても教師の言葉とは思えませんね」

「お前たちはとっくに、わたくしの生徒でなくなっているではありませんか」

「…………は?」


 それが教師の口にする台詞かと呆れたように肩をすくめたスネイルに、まるでそれが既成事実であるかのようにタルトが申し渡す。3歳児にこの人なに言っちゃってるのと不思議そうな顔で首を傾げられ、ポカンとした顔で言葉を失うスネイル。まさか、こうもあっさりと見限られるなんて思っていなかったのだろう。


「わたくしがわざわざ手解きをしてあげたというのに、お前たちはそれを断ったのです」


 春学期の基礎魔術理論の試験。徒党を組んで総当たりなんてやり方では訓練にならないと知らされていたにもかかわらず、スネイルたちは自分ひとりの力で問題と向き合うことを拒んだ。手解きを拒絶したのだから、そいつらはもう自分の生徒ではない。教師が生徒を見捨てたのではなく、生徒が教師を受け入れなかったのだとタルトに指摘されスネイルは顔色を青ざめさせた。


「言われてみれば当然のことね。先生と認めていない相手に教師としての態度を期待するなんて、それこそ都合良すぎってものだわ」

「わたくしはリアルビッチのように全員を従えようなんて思わないのです。ついてきたいと望む者だけでお腹いっぱいなのですよ」


 主任教員という立場ゆえ、リアリィ先生は学習態度が好ましいとは言えない生徒であっても見限るようなことはしない。内心では腹立たしく思っていたとしても、それをどうにか更生させるのが自分の役目と考えているのだろう。いわば小中学校の先生なのだ。だけど、タルトの考え方は大学教授に近かった。学習意欲のある者だけが学べばいいのであって、生徒をやる気にさせるのは自分の仕事ではないと言い放つ。


「まったくもってそのとおりだわ。モロリーヌは先生と遊んでいてちょうだい」


 タルトがご機嫌を損ねてしまった場合、その矢面に立たされるのはアンドレーア班。手を結んだところで益のない相手のために貧乏くじを引かされるのはまっぴらだと、イモクセイさんが3歳児の遊び相手をしているよう僕に命じる。


「そんなつもりは……」

「責めはしないのですよ。お前たちはお前たちの進む道を選んだだけ。それは悪いことでも、間違ったことでもないのです」


 ただし、選択をやり直すことは神々ですら許されない。自分たちはいい成績を取りたかっただけ。教えを拒絶するつもりはなかったのだと口にする者たちにタルトは無情だった。すべては自己責任。それは、あらゆる存在に適用される絶対のルールなのだろう。財産はおろか命を失うことになっても、誰を責めることもできないし、誰かが補償してくれるわけでもない。僕たちに許されるのは唯ひとつ。結果を受け入れることだけだ。


「まぁ、薪を乾燥させる術式なら教えてあげるから、後は自分たちでどうにかしなよ」


 とはいえ、12歳かそこらの子供にそれを要求するのはいささか酷な話。僕は狩猟生活を通じてロリオカンにそのことを叩き込まれたけど、田西宿実であったころはどっぷりと社会の優しさに甘えていたものだ。間違ったらやり直せばいい。謝れば許してもらえる。それが当然であると疑うことすらなかったのだから、スネイルたちを自業自得ザマァと笑う資格はない。


「ちょっとあんた、秘匿術式を軽々しく教えるんじゃないわよっ」

「あの術式、やっていることを理解すればメルエラだって構築できるよ」


 乾燥させる術式ではなく、制御された雷を流す術式。発熱して水分が蒸発するのは魔術によって引き起こされた事象の副産物である。タネが知れてしまえばそれまでで、『マキマキドライ』の記述に使われている技法はありふれたものなのだとアンドレーアをなだめておく。

 もっとも、そこが落とし穴でもあるのだけど……


 魔術は口頭で詠唱しても発動させられるので、わざわざ魔導器を作る必要はない。あらかじめ用意しておいた術式しか使えないというデメリットがあるものの、1秒の差が生死を分ける戦いで発動にかかる時間を大幅に短縮できるという利点があるから魔導器にするだけである。

 丸太は襲いかかってこないのだから、術式を記したカンペを読み上げればいいのだ。


「素晴らしいいたずらなのです。下僕はなるべくしてわたくしの下僕になったのです」

「いたずらって……、あんた何したの?」


 渡されたカンペに満足してスネイルたちが帰っていった後、グフフ、グフフ……とタルトが楽しげに笑っていた。僕のしたことに気付いていたようだ。さっぱり理解できないと首を傾げているアンドレーアには説明が必要だろう。


「術式を知ったとしても、使えるかどうかはまた別の話ということさ」


 ただでさえ魔力消費の激しい雷の術式。それも、バカみたいな魔力量を誇るうえ、極めて大雑把な性格をしているロリオカンが構築した術式である。効率なんてまったくと言っていいほど考慮されておらず、魔力に乏しい父では発動させることすらできなかったシロモノだ。首席や次席クラスの魔力があるならいざ知らず、彼らではその日一日もう動きたくなくなるほど疲弊するに違いない。使うには最適化が必須である。


「あんた、そんな術式を平気で使っていたの……」

「基礎魔術理論の問題をきちんと解いていれば、実習中に最適化できると思うけどね」


 タルトの問題をひとりで解いた7人なら、実用レベルにまで最適化を進めることは難しくないはず。だけど、それは北部派が3人、南部派と西部派にひとりずつ、残りは無所属と怪しいのがひとりである。悲しいかな、東部派で解いた生徒は皆無だった。自業自得ザマァはかわいそうなので、代わりに僕から課題をプレゼントだ。


「彼らにチャンスを与えることになったけど良かったかな?」

「よいのです。よいのです。わたくしの心はルールを作るだけのツルッパゲほど狭くないのです」


 上手いことスネイルたちを引っかけたせいか、ご機嫌になったタルトが抱っこしろとしがみついてきた。椅子に腰かけて膝の上に抱き上げてあげると、足をパタパタと振って喜びを表す。ルールを作るだけのツルッパゲなんて人物に心当たりはないので、ヴィヴィアナ様のような精霊か、もしかしたらマイン様のような神様なのかもしれない。


「でも、首席や次席なら使えるんでしょ。薪だって充分売り物になるのに……」

「スネイルの奴が教えると思うかい?」

「あり得ないわ。つまらない心配は無用よ、アンドレーア」


 ビビリのアンドレーアは相変わらず心配性だ。自分たちが手に入れた術式を他人に譲るような奴かと尋ねれば、そんな太っ腹な人間ではないとイモクセイさんが肩をすくめた。自分たちでは使えず、使えるであろう相手との取引材料にした方が有用であっても手放すのを惜しむ。他人には共有しろと要求するくせに、自分の物を差し出すことには抵抗がある小物だと嘲るような笑みを浮かべる。


「派閥をまとめられるような器じゃないの。あんたはああなるんじゃないわよっ」


 領主の血縁であったり、実家の地位を引き継げるならともかく、そうでない生徒は自分を高く買ってくれる派閥に鞍替えすることも珍しくない。あんなケチ臭い奴が顔役になったら見どころのある生徒が流出してしまい、残るのはこれといった取り柄のない連中ばっかりになる。そうならないよう、お前が東部派を仕切るのだとイモクセイさんに人差し指を突きつけられアンドレーアは顔を引きつらせた。






 リアリィ先生とドクロワルさんを別として、基本的に各班の担当教員は生徒たちと一緒に食事をする。はずなのだけど、本日の夕食にはタルトの他に魔性レディがアンドレーア班の食卓についていた。ムジヒダネ班の夕食に目をつけた食いしん坊が呼びつけたのである。


「悪いわね。こんなキノコ汁とシカ肉のシチューを交換だなんて」


 ムジヒダネ班の晩御飯はキャベツのスープにキノコと練った小麦粉を入れて煮たキノコすいとん。脳筋ズは今日もボウズだったけど、班長はあてにならないと悟ったクセーラさんが狩猟に行かない生徒を引き連れてキノコ狩りをしてきたらしい。ゴロゴロ野菜の入ったシカ肉シチューに加えてキノコまで食べたくなったタルトが、魔性レディにシチューとすいとんの交換を申し出たのだった。


「むぐむぐ……シチューにキノコ汁を加えたうどんはなかなかいけるのです。やっぱりわたくしは神なのです」


 半日煮込んだシカ肉のシチューはこってりとしていて、そのまま〆のうどんを入れて食べるには向かない。シチューとは別に骨から出汁をとったシカ骨スープがあるので、これで薄めたところにうどんを入れるのだけど、タルトはスープの代わりにキノコ汁を加えていた。こんなイカした食べ方を思いつくなんて自分は神だと自画自賛してやがる。久しぶりの肉にありつけた魔性レディも満足しているようだ。


「ううっ……なんでソコツダネ先生なの。キノコを採ってきたのは私なのにっ」


 そして、どうして自分と交換してくれなかったのだとクセーラさんが涙を流していた。ムジヒダネさんとヘルネストもまた、トロトロになるまで煮込まれたシカのスネ肉を美味しそうに口にする魔性レディを恨めしそうな目で見つめている。


「ファル姉、私たちを裏切ったの……」

「我は監督者であって班の一員ではないの。裏切りという表現は不適切というものよ」


 ムジヒダネさんが恨み言をこぼしたものの、教員は班の仲間ではないのだから裏切り行為には当たらない。言葉は正しく使えと魔性レディに言い返されてしまう。さすがの【ヴァイオレンス公爵】も往年の【絶叫王スクリーマー】には未だ敵し得ず、ギリギリと歯を鳴らすのが精一杯のようだ。


「公爵がっ。公爵がオムツを穿かないのがいけないんだよっ!」


 いい感じに不満をため込んできたクセーラさんが、オムツを穿いて土下座しろとムジヒダネさんをなじり始めた。もうひと押し。班のメンバーが今の班長より自分を支持すると確信できるような材料があれば、次席の思惑どおり反乱を起こして班長の座を奪い取ろうとするに違いない。ならば、次の一手は班長の交代が穏便に受け入れられるようクセーラさんに手柄を立てさせること。その方法ならとっくに思いついている。


 っていうか、どうしてクセーラさんは自分で獲物を獲ろうとしないんだ?


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