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道案内の少女  作者: 小睦 博
第7章 夏のサバイバル

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174 ロゥリングアクティブサーチ

「下僕~。早く、早くするのです~」


 朝食を食べ終えた途端、早くピクニックに出かけたくてたまらないのかハリー、ハリーとタルトが急かしてくる。せっかちな3歳児には、何事にも下準備というものが必要なのだと理解できないらしい。


「今、イモクセイさんがランチを用意してくれてるから。それとも、お昼抜きでいいの?」

「意地悪な下僕なのです」


 今すぐ出かけたら飯抜きだぞと伝えたところ、食いしん坊はけしからんことに僕が意地悪だと3歳児パンチを叩き込んできた。誰のために用意してると思ってやがんだと逆さに振ってやりたくなる。今日の行き先は湖畔にあるわりと広い草地。牧草が生えていそうなので、デカ馬も一緒に放牧しておこうとイリーガルピッチと共に厩舎から引っ張り出す。


「お待たせ~。今日はモロリーヌの仕事ないから、一日中遊んでていいわよ」


 ランチの入ったでっかいバスケットをイモクセイさんが渡してくれる。今日はスネ肉でシチューを作るそうなのだけど、出汁もシカの骨からとるらしく、パンのついでに石窯で焼いておいた骨をこれから夕方までかけて煮込むという。他の女子たちは〆のうどんを手打ちするそうな。水汲みやうどん生地を捏ねるのは力仕事なのでロゥリング族の出番はない。タルトと一日中遊んでいるようにとバンガローから追い払われてしまった。


 イリーガルピッチにデカ馬、クマネストに仔オオカミを連れてキャンプ地の南側に広がる草地を目指す。今日はエロスロード班にカリューア班、ロミーオさんのクレネーダー班なんかがマジデスカの街まで買い出しに行くようで、途中まで一緒になった。タルトがピクニックだとはしゃいだせいで、皆から恨みがましい視線を向けられる。いても邪魔なだけだから追い出されてしまったのだと言っても誰ひとり信じてくれない。


「野人と張り合っても無駄だから、南部派は南部派のペースで実習を終わらせてもらうわ」

「それが一番賢い選択なのでしょうけど……」


 西部派が武人なら、ロゥリング族は野人。サバイバルで敵うはずないのだから無視するのが一番だとロミーオさんが口にする。ヒポリエッタの背で揺られている首席が、それができれば苦労はしない。奴はご馳走で精霊を釣ろうとする汚い野人なのだと僕を悪者にした。首席が蜜の精霊を満足させられないからだと抗弁したものの、粗食に耐えずして何がサバイバルかと一蹴されてしまう。


「我慢することが目的なら、それはサバイバルじゃなくてダイエットだよ」

「遠征中は贅沢が許されない時だってございます。それに慣れておくための実習ですわよ」


 いつもいつも美味しい食事に柔らかいベッドというわけにはいかない。自分は尊重されて然るべきと考えている上流階級の子弟に、我慢するということを覚えさせるための実習だと首席が熱弁をふるい始める。彼女は熱くなると酔っ払いの如く同じ話をリピートする癖があるのだけど、幸いにも僕たちが目的地にしていた草地に到着。ギリギリと奥歯を噛みしめながら憎悪に満ちた視線を突き刺してくるロミーオさんに後を任せ、買い出しに向かう一行から離れた。


「このボールを取ってくるのですよ」


 さっそく木球でタルトが仔オオカミたちと遊び始める。思ったとおり馬が好む牧草が生えていたのでデカ馬とイリーガルピッチを放牧すれば、1頭と1羽はわき目もふらずにモシャモシャし始めた。クマネストは相変わらず仰向けになってゴロゴロしているけど、こんなだらしない奴でもクマはクマ。こいつがいれば危険な生き物が近づいてくることもないだろう。


 ポケーンと紅く塗られた木球を3歳児が蹴り飛ばす。紅い木球をアンドレーアの、白い木球をロリボーデさんの仔オオカミが追いかけていった。地面がでこぼこしていて思うように転がらない木球を、くわえたり前脚の間に挟んだりしてどうにかタルトのところまで運ぼうと悪戦苦闘している。使役者のふたりが教育を怠っていると言っていたから、獲物を運ぶ術を身につけさせようとしているに違いない。


「タルト、貸してごらん」


 3歳児キックではあまり遠くまで飛ばないので、ひとつお手本を見せてやろうと木球を受け取る。こんなこともあろうかと、薪にする木を切り倒した時にバットの代わりにちょうどいい枝をキープしておいたのだ。ありがたく僕の千本ノックを受けるといい。


 カーンと小気味良い音を鳴らしてフライを打ち上げてやれば、天を見上げたまま追っかけて行った仔オオカミたちは地面に足を取られて転倒した。記録はエラー。懐かしい感触に心が浮き立ち、ついついホームランをかっ飛ばしてしまいたくなる。


「わたくしにもやらせるのですっ」

「じゃあ、僕がボールを投げるから打ち上げてごらん」


 軽く内野フライを何本か打ったところで、思惑どおりタルトがバッターボックスに入ってきた。ピッチャーとバッターに野手が2頭だけ。ベースはおろかファウルラインすらないけど、この世界で野球らしきことができるのだ。久しぶりに楽しませてもらおう。


 3メートルほど離れたところから下手投げでバッターに向かって木球を放る。ピッチングというよりトスバッティングだけど、三振を量産して3歳児にへそを曲げられては困るので、ここは気持ちよく打たせなければならない。だけど、フライを打ち上げようとタルトがもの凄いアッパースイングをしたのでバットは完全に芯を外した。記録は内野ゴロである。


「そんな大振りしなくっても、軽く当てるだけでいいんだって……」

「むむぅ……それなら下僕がやってみせるのです」


 自分が球を投げるから打ってみせろと言う3歳児。枝バットを受け取って打席に立つと、タルトは生意気にも大きく振りかぶって黒い球を投げてきた。


 ――ボールだっ!


 とっさにスイングを止めてバットを引く。用意した木球は紅と白だけのはずで、タルトが所持している黒い球といったらクソビッチのおならに決まっている。ジャストミートなんてしようものなら、イボ汁煙に包まれること間違いなしだ。


「タルト、木球以外の物を投げるのは反則だよ」

「わたくしのいたずらに引っかからないとは、下僕もやるようになったのです」


 地面に転がっているクソビッチのおならを没収し、ちゃんと木球を投げさせる。フルスイングする必要はない。というか、やったら木球が割れてしまう。軽くミートするだけで、快音を響かせながらボールは天高く舞い上がっていった。

 遠き日に追いかけた白球のように……






 タルトがポコポコとヒットを打てるようになったころ、お腹を空かせた仔オオカミたちがお昼をおねだりし始めた。クゥンクゥンと仔犬のように鼻を鳴らしながら、ランチの詰まったバスケットをしきりに揺すっている。それが人喰い魔獣と怖れられるエリマキオオカミのすることかと問い詰めてやりたい。


 お昼ご飯にしようということで、だらしなく地面に寝そべっているクマネストの隣に防水布を敷きバスケットを開く。中にはパンと挟むための具材、茹でたトウモロコシにスペアリブのようなシカの骨付き肉が入っていた。サンドウィッチは僕、トウモロコシはタルト、骨付き肉は仔オオカミたちの分だろう。


「パンがわたくしで、トウモロコシはクマネスト。オオカミと下僕が骨付き肉なのです」


 よくよく見てみれば、骨付き肉は3つ入っていた。クマネストにトウモロコシを与えたタルトが早く食べさせろと膝の上に乗っかってくる。パンにはすでに切れ込みが入れてありバターも塗られていたので、レタスとタマネギ、薄切りにして焼いたシカ肉にチーズを挟み込めばパリジャンサンドの出来上がりだ。わけてくれることを期待したものの、お前は骨付き肉を齧っていろと食いしん坊は独り占めしやがった。


「そろそろ下僕に、魔力で離れた場所を探る方法を教えてあげるのですよ」


 どうにか僕は、ロゥリングレーダーで固体を識別することができるようになっていた。魔力で誰なのか判別できるのはドクロワルさんとリアリィ先生くらいだけど、壁の向こうでお風呂に入っている人数を間違えることはほぼないと言っていい。相手の魔力を感じるのではなく、自分の魔力で遠くを探る方法を教えてやろうと3歳児がふんぞり返る。


「うす~く伸ばした魔力をプルプル震わせるのです」


 覆い隠す精霊を見破ったタルトが種明かしをしてくれた。ロゥリング族でなければ感じられないほど微弱な魔力を自分の周囲に拡げて、それを振動させる。そうすると、そこにある物と僕の魔力との親和性によって、ロゥリング感覚で感じられる手ごたえが変わってくるらしい。


 土や石、水といった生き物以外はあまり抵抗がなく、樹木のように生き物だけど自我を持たないものは魔力を震わせる際に動きが重く感じられる。押し返されるような感覚があって魔力が浸透していかないのは魂を有する生き物や精霊で、カチンと弾き返されるようなのは魔力を遮断する物質。魔力が吸われるような感覚があれば、そこには魔法陣があるそうな。


「シルビアの厨房には魔力が押し返される感覚が3つあったのです」


 シルビアさんとコナカケ以外にも何者かがいるはずなのに、パッシブ型のロゥリングレーダーで捉えられた魔力はふたつだけ。となれば、ロゥリング族の能力を知っている者が魔力を遮って隠れているに違いない。オムツレッドは囮だと突入前からわかっていたという。


「お昼寝をしている間に、これを探し当てておくのですよ」


 いつの間にやら、タルトの手の中に1枚の金貨があった。今、この国で流通しているものではなく、混ぜ物をした金貨が流行る以前のもの。純度が高く魔力を完全に遮断するので、ロゥリングアクティブサーチからは固いものに弾き返されるような感覚が伝わってくるそうだ。今から隠すと3歳児がコイントスの要領で金貨を勢いよく弾き上げる。反射的に目で追ったものの、夏の太陽を見上げるハメになって眩しさに見失ってしまう。そして、いつまでたっても金貨は落っこちてこなかった。


「見つからなかった時は、預かっているお金から弁償してもらうのです」

「ぴょっ?」


 僕が探し当てられなかったらアンドレーア班の資金から金貨1枚分を差っ引くとニヤニヤするタルト。混ぜ物のない金貨なんて弁償させられた日には、限度額を超えてリタイヤ間違いなしだ。そんな後出しは認められないという僕の抗議も、お昼寝体勢に入った3歳児にはどこ吹く風。手足で探すわけではないのだからと容赦なく添い寝を要求してくる。


「そう遠くないところに隠したのです。ちゃあんと魔力で探せば見つかるのですよ」


 早く抱っこしろと催促され、仕方なく3歳児にブタさんフードを被せて横になる。腕枕をして脱いだローブを布団代わりに掛けてやれば、どこにも行くなと腕をガッシリ掴まれた。魔力で探せば見つかる。それはきっと、魔力で探さなければ見つからないところに隠したという意味で、足が棒になるまで歩き回ったところで徒労に終わることだろう。こうなってしまった以上、ロゥリングアクティブサーチで探し当てるしかない。


 お腹が膨れて眠くなったのか仔オオカミたちが隣で丸くなり、タルトが寝息を立て始めた。バナナの国でクローンバナナ兵に襲われているらしく、当たるを幸い千切っては食べ千切っては食べなどと幸せそうな顔で寝言を漏らしている。だけど、バナナに構っている余裕はない。僕は3歳児が目を覚ますまでの間に隠された金貨を見つけ出さなければいけないのだ。とりあえず、魔力を放出してみる。


「…………これはマズイ」


 乙女ソウルのようにただ魔力を垂れ流すだけならともかく、魔力をコントロールしてロゥリング感覚で感じ取るというのは簡単ではなかった。いくら魔力を放出してもあっという間に散ってしまい、手ごたえを感じ取るどころではない。


「下僕……、オムツを信じるのです……」


 オムツはいつも共にあるとか、オムツの導きに従えなどと、わけのわからん寝言を抜かすタルト。四六時中オムツを穿いて、尿意を感じたらどこだろうと用を足してしまえというのか?


 僕をダークサイドに引き摺り込もうとする3歳児の寝言は放っておいて、どうにか放出した魔力をコントロールする方法を考える。いろいろ試してみたところ、両手の間にバスケットボールを掴むようなイメージで魔力を集中させられることが判明した。だけど、これでは両手で挟める範囲でしか使えない。両手を左右に拡げて、世界が僕の手の中だと逆転の発想を試してみたものの、そう都合よくいくはずもなかった。


 このままでは金貨を弁償させられてしまう。順位への影響は大きくないものの、数少ない僕に有利な実習だ。できれば高い評価を得ておきたく、リタイヤなんて御免である。


 まてよ……、こいつはもしかして……


 3歳児に目を覚まされては困るので、めくれてしまったローブを直したり、ほっぺたをコショコショしたりして気持ちよく眠り続けてもらう。そうしているうちに、僕はあることに思い当たった。もしかしたらと思って試したところ、魔力を震わせたときの感覚を掴むことに成功する。


「そりゃそうだ。野球に限らず、サッカーもテニスも使うボールは1個だもんな……」


 よくよく考えてみれば、上手くいかなかったのは当たり前。コツが掴めてしまえば意外とあっけないものだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「下僕……、オムツを信じるのです……」 > > オムツはいつも共にあるとか、オムツの導きに従えなどと、わけのわからん寝言を抜かすタルト。 オムツを感じろ、とか オムツは味方、とか 言わ…
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