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道案内の少女  作者: 小睦 博
第1章 掟破りの3歳児

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17 3歳児は稼ぐ

 昨日の戦闘で思ったより消耗していたのだろう。朝食の時間までぐっすり寝てしまった僕はタルトに叩き起こされて目を覚ました。


 昨晩もシルヒメさんの寝場所を用意する余裕がなかったのだけど、タルトが「ぴったりくっつけば一緒に寝られるのです」と主張したため3人一緒に寝ることになった。もっとも、タルトが真ん中のポジションを譲らなかったから、シルヒメさんとくっついて寝ることは叶わずじまいだ。

 そして、疲れ切っていた僕はシルヒメさんと一緒の布団を楽しむ間もなく、湯たんぽ精霊の魔力に屈し意識を手放した。一生の不覚……


 朝食を終えイリーガルピッチを紅薔薇寮へと連れてくる。コケトリスは重い荷車を牽くには不向きだけど、その気になればヘルネストでも牽いてしまえる程度の荷物なら問題ない。部屋の物置にしまっておいた魔法薬、1リットルより少し多めに入る瓶8本を荷車へと運ぶ。

 魔法薬は瓶の重さもあって僕には一度に2本運ぶのがせいぜいなのだけど、シルヒメさんは見かけによらず力持ちで、瓶を並べておくビールケースのような木箱ごと全部まとめて運んでしまった。


「シルキーは家の修繕も庭の手入れもやりますから、ドワーフに負けないくらいの力はあるのです」


 タルトの言葉にムキムキマッチョなドワーフの鉱夫を思い出す。メイド精霊すげぇ……


 ヘルネストの魔法薬8本分も荷車に積み込んで、ムジヒダネさんとクセーラさんの魔法薬を積み込むために今度は紅百合寮へと向かう。タルトはイリーガルピッチに跨って、シルヒメさんはまだ部屋の片づけが残っているらしくお留守番だ。


 紅百合寮に到着すると玄関先で魔導院の制服姿のムジヒダネさんとクセーラさんが待っていた。

 膝上までのスカートからスラリと伸びたムジヒダネさんの脚は黒タイツに包まれていて、一見おしとやかな印象を受けるけど僕は騙されない。あれは黒タイツではなく簡易型鎧下だ。彼女は普段から鎧下を下着として着用し処刑すべき罪人を待ち構えている。


「ドクロワルも誘ったのだけど、まだ魔法薬が安定しないそうよ。あの子は私たちと作るものが違うから……」


 ドクロワルさんは来れないのか。残念だ……


 魔法薬は作ったばかりのころは効果が安定しないから、商品として納入するにはしばらく寝かせて魔力を馴染ませる必要がある。

 僕たちの作る魔導院の1年生で習った初級の回復薬は作ってから5日~7日で効果が安定するけど、ドクロワルさんが作っているのは専門課程で習う中級の再生薬だ。作ってから10日近く寝かせないと効果が安定しない。


 ドクロワルさんは卒業したら治療士になりたいと、魔導院に入学する前からお爺さんの男爵様に魔法薬の作り方を教えてもらっていたらしい。治療術と魔法薬に関しては首席すら敵わない学年トップのスペシャリストだ。

 中級の魔法薬の作成は高収入とは言えないものの、それで一家の生計が立てられるくらいには稼ぎになる。貧乏な僕は正直羨ましいのだけど、素材を見分ける鑑定眼も、必要な器材を取り扱うだけ技量も僕にはなかった。


 ムジヒダネさんとクセーラさんの魔法薬を荷車に載せる。どっちも8本ずつだ。調合に使用する機材のサイズのせいで、一度に作れる量は皆同じである。

 作った魔法薬はヘルネストが体力回復薬で他が魔力回復薬。体力回復薬は疲労回復と栄養補給というエナジードリンクみたいな薬で、作成に必要な魔力は少なくて済むものの買取り価格は魔力回復薬より安い。

 怪我の治りを良くするものは再生薬と呼ばれ体力回復薬とは別物だ。


「ウカツ君だってもう魔力回復薬くらい作れるでしょ。なんで体力回復薬なのっ?」

「魔力回復薬は調合に魔力を使いすぎて、翌日の訓練にまで支障が出るからな……あと、その呼び名はやめろ」

「や~だよっ。ヘル君って呼ぶと公爵が怒るし……」


 クセーラさんは変なあだ名で人を呼ぶのが好きなので諦めろ。

 入学したころの彼女は魔獣に襲われて左腕を失った沈んだような雰囲気の女の子だったのに、昨年の秋くらいから突如として本性を現し始めた。今では次席と同じ濃いブラウンの髪をゴーレム腕に絡まないよう右に寄せたサイドポニーに束ね、スポーティーな印象のニーソックスという見た目どおりの活動的な女の子だ。

 どうしてこうなった?


 今日はお茶会の時に着けていたドレス用の細いゴーレム腕でなく、普段使いにしている金属製の籠手のようなゴーレム腕を装着している。僕が余計な入れ知恵をしてしまったせいで、用途に応じて換装可能なゴーレム腕を何本も持っているのだ。

 今着けている腕は手首の部分を引っこ抜くと強化型の『エアバースト』の砲口が仕込まれているはず。他にもフォールディング高枝切りバサミとか削岩機の付いた腕なんかもある。初めて会話したときに、「変形とかしないの?」なんて言ったのが失敗だったのかもしれない。


「ちゃんと落っこちないように固定したか?」

「ヘル君は私が信用できないの?」

「オーケイ、出発しよう」


 僕たちの向かう先は浪人ギルドの魔導院正門前支所と呼ばれているところだ。浪人ギルドというのは、浪人――仕える主を持たない戦闘を生業とする者――に対して、依頼の斡旋や報酬の支払いなんかを仕事としている組織で、一応国も出資しているものの独立採算で運営されている。

 兵士や警吏にならずに暴力を売り物にしているのだから、浪人というのは限りなく無法者に近いのだけど、僕たちみたいな子供が出入りしてガラの悪い浪人に絡まれるといったテンプレ展開を心配する必要はない。

 ここには浪人がいないから。


 浪人ギルドは主に王国の西部に根を張っている組織だ。このアーカン王国は大陸の東側に位置しており、北側はドワーフ国、東側は海、南側は人族の別の国家、そして西側は魔物の領域と呼ばれ、魔物や魔獣が頻繁に出没する地域と接している。

 浪人の主な仕事は魔物狩りや魔物出没地帯でしか採れない素材などの採集なため、必然的に魔物の領域に近い王国西部に集中するのだ。

 つまり、魔物も魔獣もめったに出没しない魔導院周辺には浪人の仕事なんてない。


 そんな場所にどうして支所があるのかと言うと、魔導院の生徒がお小遣いを稼げるようにとここの公爵様が誘致したからだ。ここの浪人ギルドにはホンマニ侯爵家が常に買取依頼を出していて、生徒の作った魔法薬なんかを買い上げてくれる。

 実習で使う素材は魔導院から配布されるけど、自主的な研究で使う分は生徒の自腹なので、作ったものをお金に変える手段がなくては貧乏な生徒は練習も研究も満足に行えない。


 かつては魔導院で直接買い上げていたのだけど、生徒の作った魔法薬はさらに効果の高い魔法薬の材料に使われたりして、最終的には国軍などへと納められる。

 ホンマニ公爵様に入札で敗れた貴族から、「魔導院が生徒を奴隷的労働力として酷使している」などと訴えられたことがあったらしく、それ以降、浪人ギルドに仲介させることにしたわけだ。仲介料の分だけ買取り価格は下がってしまったという。

 子供の権利を声高に主張する人のせいで、それまでよりも窮屈になってしまうのは前世もこの世界も変わらないな……


「焼き立てのシナモンロールを出すお店ができたそうだから、納入した後、皆で行ってみようよっ?」

「あら、いいわね……」

「今すぐ案内するのです」

「だ~めっ。先立つものがないとねっ」


 この後の予定を話しながらイリーガルピッチをギルド支所のわきに止めて、搬入口から魔法薬を運び込む。ここで品質、効果、安定性を鑑定してもらって、買取証を受け取り、正面入口から入ったホールにある支払いカウンターに持っていくと代金が支払われる仕組みだ。


 品質は含まれている不純物の量、効果は魔法薬の効き目、安定性は魔力の馴染み具合を示していて、どれもリトマス試験紙みたいな紙切れで判別できるので鑑定は簡単に終わる。

 品質と効果は1~5の5段階で数字が大きいほど良く、これによって買取り価格に違いが生じ、安定性は可否のどちらかで判別され否であれば買い取ってもらえない。

 鑑定してもらったところ、わかってはいたけど全員、品質3、効果3の出来上がりだった。実習で習ったとおりに作るとこの結果になるのだ。ここにいるメンバーは魔法薬に改良を加えるような研究はしないから。

 ヘルネストやムジヒダネさんは研究している暇があるなら訓練するだろうし、クセーラさんにしたって魔法薬を研究するくらいならゴーレムを改良するだろう。


「全部3-3で買取り可ね。全部買取りでいいかしら?」

「下僕っ! 待つのですっ!」


 意外なことに、魔法薬には興味なさそうだったタルトから「待った」がコールされた。僕を手招きすると、「これをよく見るのです」と壁に貼り出された品質と効果毎の買取り価格表をちっちゃな手で指し示す。


「これがどうかしたの?」

「げ、下僕……下僕は……まさか――」


 タルトの顔に絶望の色がありありと浮かぶ。なんだ? 僕がどうかしたのか?


「――学び舎にいるのに計算ができないおバカさんだったのですかっ?」

「待ってよっ! なんでそうなるのさっ!」


 なんて失礼なことを。僕は『算学』の成績だけは優秀なんだぞ。小学生レベルの問題だから……


「ちゃんと計算ができるのであれば、水で薄めて品質4、効果2にしたほうがずっとお得だとわかるはずなのです」


 確かにタルトの言うとおり、品質3、効果3の買取り価格は瓶1本につき小銀貨3枚。品質4、効果2なら小銀貨3枚と大銅貨5枚になる。薄めた方が単価が上がって量が増えるのだからどちらがお得かなんて一目瞭然だけど、そんなバカなことをする奴は魔導院にはいないだろう。


「タルちゃ~ん。魔法薬は水では薄まらないんだぞ~」


 そう、クセーラさんの言うとおり、魔法薬は水を混ぜただけでは薄められない。水増し行為をしないのは、禁じられてるからじゃなくてできないからだ。それは魔導院の生徒なら誰だって知っている常識だけど……

 タルトの態度が引っ掛かった。シュセンドゥ先輩の精霊にヒッポグリフを治させた時とそっくりだ。コイツは僕たちの知らないナニカを知っている……


「……やり方を知っているんだね?」

「おバカなわりに察しは良いのです」


 ここはタルトの好きにさせてみるのが得策だろう。上手くいったら大儲けだし、騙されたとしても失うのはたかだか魔法薬8本分。取り返しのつかない損失ではない。

 空き瓶を2本と漏斗を借りて魔法薬を裏手にある井戸の近くに運び出す。タルトに言われるまま、借りてきた空き瓶に魔法薬を分けて10本にし、ハンカチで一度だけ濾した井戸水を注ぎ足した。


「やっぱり、分離しちゃうね」


 瓶の中身は薄く赤みがかった液体である魔法薬が下に、透明な水が上へと分離してしまった。

 魔力には直接、物に作用する力はないけど、他の魔力に干渉することで間接的に影響を及ぼす力がある。人であれ物であれ、そのものが有する魔力は他のものの魔力と反発しあう。また、魔力は外部から加えられる状態の変化に抵抗しようとする性質を持つ。

 このふたつの性質のせいで魔法薬に水を注ぎ足しただけでは薄まらない。初級とはいえ魔法薬にはそれなりの魔力が含まれていて、それが水にわずかに含まれている魔力を弾いてしまうから、分離ドレッシングのようにかき混ぜた時は混ざったように見えてもすぐに分離してしまう。


 魔法薬の調合というのは『素材を混ぜ合わせる』のと同時に『異なる素材の魔力を同じひとつの魔力へと変化させる』ことで完成する。調合に魔法陣の刻まれた専用の機材を用い、魔力を注いで混ぜ合わせるのもこのためだ。

 出来上がった魔法薬を水で薄めたければ、魔法薬と水を素材としてもう一度調合し直さなければならない。


「下僕は今からすることを目で見るのではなく、魔力で感じるようにするのですよ」


 口元に人差し指を当てながらタルトが僕に微笑みかける。あのロクリング族の不思議感覚でか?


「よっく混ざるのです」


 パンパンと2回手を打ち鳴らしたタルトがそう口にしたとたん、瓶の中の分離ドレッシングが溶けあって、先ほどよりも若干赤みが薄くなった魔法薬へと変化した。


「なん……だって……」

「……これも精霊の力なの?」

「うそっ!」


 成り行きを見守っていた3人が言葉を失っている。魔力で感じろと言われていた僕だけど、何も感じられなかったし、何をしたのかもわからなかった。


「精霊の力ではないのですよ。これは人族にだって身に付けられる。ただの技術なのです」


 タルトはムジヒダネさんの問いかけに、精霊だけの特別な力ではないと答えた。僕に魔力で感じろってことは、それは魔力の使い方に関する技術でやり方さえ身に付ければ僕にだってできると言いたいわけか……


 再度鑑定をしてもらったところ、タルトの予告どおり、品質4、効果2、魔力も馴染んでいて買取り可だった。小銀貨24枚のところを水だけで35枚に増やしてしまうとは……

 もっとも、瓶が増えた分は自分の取り分だと小銀貨7枚をタルトに召し上げられたので、僕の取り分は小銀貨28枚だ。ヘルネストたちも増えた瓶の分はタルトのものという条件で魔法薬を薄めてもらっていた。

 がっつり毟り取られるけど、タルトの技を間近で見る機会には代えられないという。


 支払いカウンターで大銀貨1枚と小銀貨25枚を指定して受け取り、小銀貨7枚をタルトに渡す。

 アーカン王国の貨幣は、大小の金貨、大小の銀貨、大小の銅貨があり、小銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚で小銀貨1枚といったぐあいに10枚ごとに上位の貨幣へと変わっていく。大金貨より上位のものとして貴金属のインゴットが使われることもあるらしいけど、貨幣ではないので金銭取引ではなく物々交換の扱いだそうだ。

 タルトは結局、小銀貨26枚を水だけで稼ぎやがった。


「魔法薬の研究もバカにできないな……」

「薄めて嵩が増した分が大きいのよ。あの技術がないと……」

「こんな子とたまたま出会って契約するとか、伯爵はずるだねっ。反則だよっ。奢ってくれないと許されないよっ」


 奢りはともかく、クセーラさんに反則と言われても反論はできないな。タルトは本当にチートだから……


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