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道案内の少女  作者: 小睦 博
第7章 夏のサバイバル

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167 動き出す復讐者

 出来上がった石窯に火を入れてクッキーとビスケットを焼くことにした。きちんと乾燥させた薪が納屋にあらかじめ用意してあるので使ってしまう。もちろん実習期間中に使う分をすべて賄えるほどではなく、節約してもせいぜい数日分にしかならない。どうせ自分たちで採ってこなければいけなくなるのだから、ケチらずにど~んとぶち込む。


 火を入れてから石窯が温まるまでには数刻かかるので、その間を利用して女子たちに生地を作っておいてもらう。僕とロリボーデさんは水場の整備だ。シュセンドゥ先輩から借りてきた鎌を持って清水が湧き出ているという沢へ向かうと、田舎ファーマーの恰好にジラント革の長手袋を身に着け、イカス鎌を手にした次席が草刈りを始めていた。


「最初にここにくるのは……やっぱりモロリーヌだったのね……」

「クセーラモウカツモコナイ……」


 誰も水場の整備に来ないなんてサバイバルをなめているのかと、次席と発芽の精霊が頬を膨らませる。西部派のムジヒダネ班くらいは何も言わなくても来るだろうと期待していたのに、僕たちしか来なかったらしい。水汲み場の周囲に生えていた雑草は次席が刈ってくれたので、僕は蛇なんかが隠れられないよう水場までの道に茂っている下生えをごっそり刈り取っておいた。ロリボーデさんには重い丸太に取っ手をつけた地均し器を持ってきてもらったので、水桶を持っても歩きやすいようドスンドスンと土の地面を固めてもらう。


「ムジヒダネ班なら燻製小屋を建てていたよ。バカでっかいやつ……」

「呆れた話ね……まだ獲物を捕らえてすらいないのに……」


 牛一頭分の肉を丸ごと燻製にできそうだと伝えたところ、捕えてもいない獲物の皮算用をして必ず使う水場を放ったらかしにしたのかと次席が額に青筋を立てた。表情こそいつものおすまし顔だけど、魔力を感じられる僕にはかなりイラッときたことがわかる。


「これからクッキーとビスケットを焼くんだ。よかったら、次席とクスリナもおいでよ」

「何を企んでいるの……」


 味見しにおいでと誘ったところ、次席の目が僕を探るように細められた。サバイバル実習は班ごとの競争。他所の班長を食事に誘うなんて、何か裏があるに決まっていると警戒心マックスで口にする。だけど、次席に断るという選択肢なんてありはしない。


「クッキーニビスケット……」

「くっ……」


 残念ながら、発芽の精霊が欲しがってしまえばそれまでだ。もちろん、僕には僕の思惑がある。だけど、たとえそれに気づいていたところで次席は僕の誘いを断れない。蜜の精霊も誘おうとエロスロード班のバンガローに赴いたところ、首席もやっぱり裏があると訝しんでいたものの、大切な精霊の期待を裏切ることは許されなかった。


「石窯……いつの間にこんなものを……」

「モロリーヌさんはこの実習を何だと思ってらっしゃいますの?」


 ほどよく熱せられ、ビスケットが焼かれる時の香ばしい匂いをこれでもかと漂わせてくる石窯を目にした途端、なんてものを造り上げるのだと次席は呆れたように首を振り、粗食に耐えてこそのサバイバル実習。贅沢は敵だと首席がまなじりを吊り上げる。


「ようこそアンドレーア班の食卓へ」


 ビスケット作りの指揮をとっていたイモクセイさんが、ちょうど焼きあがったところだと首席と次席に席を勧めてくれた。偉そうにふんぞり返って何もしない担当教員の左右に首席たちが腰かけたところで、ホカホカと湯気を立てているビスケットとお茶をお出しする。班長のアンドレーアは隅で縮こまったまま、相談もなくなんて人たちをお招きするのだと僕を睨み付けるだけだ。いくらなんでもビビリ過ぎだと思う。


「ヌトヌト、お前の蜜をくれるのですよ」

「他にメープルとはちみつにカラメルも用意してありますから、お好みで使ってくださいな」

「全部寄越すのです」


 さっそく精霊の蜜を要求するタルト。イモクセイさんがお好きな甘味料をどうぞと勧めたところ、食いしん坊は躊躇いなく全部と答えやがった。もっとも、発芽と蜜の精霊も全部食べたいようで、次はあれ、その次はこれと契約者におねだりしている。バターやチーズを練りこんだビスケットもあるということなので、僕はチーズ入りをいただくことにした。


「悪くありませんが、これにはパン種が使われていないのです。これで満足するわたくしではないのですよ」


 ひととおり食べ終えたところで、これが毎日続くようならちゃんとパン種を使ったお菓子を買い漁るぞと口にするタルト。今回は酵母でなく膨らし粉を使ったのだけど、妙に肥えている3歳児の舌をごまかすには至らなかったようだ。だけど、この程度は想定内である。


「ヌトリエッタ。蜜をわけてくれたら、明日の朝にふっくらした焼きたてパンを届けてあげるよ」


 蜜の精霊に瓶を差し出たところ、ピャーと喜んで蜜を出してくれた。これをお湯で割り、プロセルピーネ先生に精製してもらったパン種の素をひとつまみ加える。後はちょうどいい温度を保っておけば、夜にはパン種が出来上がっているだろう。寝る前にパン生地を作って寝かせておけば、朝には充分に膨らんでいるはずだ。


「タルト。この瓶を抱いていてくれないかな。上手くパン種が出来上がったら、チーズとトウモロコシを乗っけたパンを焼こうか」

「わたくしが温めるのですっ」


 冷めることのない湯たんぽ3歳児は酵母を培養するのに最適。これでパン種を使った美味しいパンが焼けるのだと知ったタルトが、誰にも渡すまじと瓶を抱え込む。


「アーレイ……」

「もちろんクスリナにも届けてあげるよ。ところで、大豆を発芽させてもらってもいいかな?」

「モチロン。ミズヲスワセテオクトナオヨシ……」


 よしよし、思ったとおりだ。この石窯は決してタルトのためだけに用意したわけではない。この2体の精霊の能力はとにかく使えるのだ。蜜の精霊は首席の魔力が続く限り糖分を供給してくれるし、発芽の精霊がいれば好きな時に大豆をモヤシに変えられる。種さえあれば、レタスやホウレン草といった花を咲かせない葉物野菜をあっという間に収穫させてくれるだろう。


「モロリーヌさんっ。まさかっ?」

「私としたことが迂闊だった……もう手遅れ……」


 首席と次席はようやく僕の思惑に気がついたようだ。だけど、精霊たちがご馳走にありつけることを知ってしまった今となっては後の祭り。これでもう契約者を仲介する必要はなく、首席も次席も精霊の能力を貸すことでアンドレーア班からお金をせしめることができなくなった。ふたりを誘ったのは、精霊を味方につけておくためである。


「クスリナ……パンなら携帯オーブンでも焼けるわ……」

「無駄だよ次席。調理器具の差は、シルキーの能力をもってしても覆せない」


 蓋の上に炭を乗っけることで上下から温めることができる鋳物鍋がある。前世で言うところのダッチオーブンと言う奴だ。次席はおそらく、それを用意してきたのだろう。確かにアレでもパンやピザを焼くことはできるけど、それはあくまで可能というだけの話。水分が抜けていくオープン環境で高温を実現する石窯に対して、携帯オーブンはしょせん圧力鍋でしかない。構造の違いからくる食感の差は絶対だ。


「なにっ? 姉さんだけっ? また姉さんだけなのっ?」


 そこに、匂いにつられたのかムジヒダネ班のバンガローからクセーラさんが出てきた。次席と発芽の精霊が焼きたてビスケットを口にしているのを見て、またひとりだけいい思いをしていやがるのかとお姉さんにくってかかる。なんて間の悪い子だろう。


「黙りなさい……姉さんは今……とっても不機嫌なのよ……」

「いたっ、痛いよっ。なんでぶつのっ?」


 これしきのことで騒ぐなとクセーラさんの頭に拳骨をくらわせる次席。僕に精霊を餌付けされてしまったのは、ムジヒダネ班が水場の整備を怠ったせいだとやり場のない怒りを妹にぶつける。さすがに八つ当たりとしか思えないのだけど、サバイバルにおいて第一に行うべきは水の確保。今すぐ使えるわけでもない燻製小屋を優先した罰だと言われれば頷くしかない。


「早くも精霊がいるアドバンテージを奪われましたか。予想はしておりましたけど……」

「モチカッ?」

「今はショタリアン先生とお呼びなさい」


 隣の先生たちが宿泊しているバンガローから、モチカさんに魔性レディ、そしてシルヒメさんがやってきた。テーブルの上を一瞥しただけでモチカさんには状況が理解できたようだ。実習の間は先生と呼ぶよう首席の頭に容赦なくチョップを打ち下ろす。教員の手が足りないので、リアリィ先生が臨時で雇ってエロスロード班の担当教員に任じたのである。看護教員の座をドクロ先生に奪われてしまった魔性レディはムジヒダネ班の担当教員だ。


「御子よ。サバイバル実習と野外パーティーを混同してはいないでしょうね?」


 自分たちの時は、全然ふっくらしてないパンとその日に獲れた獲物が食材。獲物のない日はひもじい思いもしたのに、こんな甘味を毎日食べる気かと魔性レディが恨めしそうな視線を向けてきた。


「文句ならタルトを担当教員にしたリアリィ先生に言ってください」


 3歳児の辞書に貯金や我慢という言葉がないのを知っていながら、あえてアンドレーア班にくっつけたのだ。毎日甘味を食べさせなければ、班のお金を全部使い込まれてしまう。


「サクラちゃんの班は……なにあれ?」

「もちろん燻製小屋だよっ」


 主任教員の采配にケチをつける気はないのか、ムジヒダネ班の燻製小屋に目をつけた魔性レディが話をごまかす。相変わらず大人は汚い。尋ねられたクセーラさんは、あれで獲物を燻製すれば他の班に売ることもできるだろうと胸を張って答えた。捕らぬ狸の何とやらもいいところである。


「まさか、放牧されてる牛を狩ってくるつもりじゃないでしょうねっ」


 牛一頭を弁償させられたら一発リタイヤだぞと、魔性レディは慌ててムジヒダネ班のバンガローにすっ飛んでいった。あのサイズの燻製小屋を目にすれば、わかってる人はまず牛を思い浮かべるはずだ。こんなところに野生の牛なんているはずないのだから、絶対に牛には手を出すなと釘を刺しにいったのだろう。


「――――」


 今度はガサガサという衣擦れの音でシルヒメさんが何かを伝えようとしてきた。この音はシルキーの言葉なのだけど、タルトに通訳してもらわなければ僕にはさっぱりわからない。でも今は、今だけはお願いする気になれなかった。なにしろ、僕デザインの胸元が大きく開いたコスプレメイド服に身を包んだシルヒメさんが前屈みになって話しかけてきているのだ。

 うほおぉぉぉ……霊峰シルヒメの峻厳なる谷間が目の前に……


「ぐぎょえ~」


 言葉を解さずおっぱいばかり凝視してくる相手に業を煮やしたのか、シルヒメさんは僕の首をガシリと掴むと、そのままドワーフにも劣らないパワーで吊るし上げた。怒っているのだろうか。いつもの楚々とした表情ではなく、涙目で唇を噛みしめている。


「ぐるじぃぃぃ……。だるど~、づうやぐじで~」

「下僕が意地悪して石窯とパン種をシルヒメに使わせないから怒ったのです」

「お゛~げい……、わがっだがらはなじで……」


 リアリィ先生やドクロワルさんの食事はシルヒメさんが作るのだけど、先生が用意したのは携帯オーブンに膨らし粉であったらしい。目の前に石窯とパン種があるのに指をくわえて見ているだけなんて、シルキーには耐えられないそうな。タルトが抱いているのと同じ培養瓶を作って渡したところ、愛おしそうに頬をスリスリしながらバンガローへ戻って行った。


「明日の朝には美味しいパンを届けてあげるからね」


 首席と次席の帰り際に、一緒に焼いたクッキーを精霊に渡しておく。お土産をもらった精霊たちは大喜びし、ダメ押しの一手に契約者のふたりは拳を震わせながら唇を噛む。だけど、この程度で満足する僕ではない。お尻百叩きの恨みは海より深いのだ。


 クックック……、こんなのはまだまだ序の口だ……

 エロスロード班もカリューア班も、仲良くリタイヤに追い込んでやんよ……


 僕の復讐劇が幕を開けた。今さらオムツを穿いて謝ったってもう遅い。サバイバルでロゥリング族を敵に回したことを後悔させてやろう。






 夜、出来上がったパン種でたっぷりのパン生地を作る。朝には膨らんでいるはずなので、石窯に火をおこしている間にちぎって形を整えればいいだろう。作業を見届けた3歳児はご機嫌になって、僕に割り当てられた寝室にアンドレーアの仔オオカミと、こともあろうに使役者本人を引っぱってきた。


「早くおやすみするのです。お前はそっち側に入るのですよ」


 僕、自分、仔オオカミ、アンドレーアの順に並ばせるタルト。仔オオカミが端っこなのはかわいそうだとアンドレーアまで連れてきたらしい。


「あんた……その歳でそんなものを……」


 首席からいただいたウサギさん着ぐるみパジャマに身を包んだ僕を見て、またまた家の恥だと従姉殿が顔をしかめた。彼女自身は作業用のツナギで色気の欠片もない。フードと装飾の有無しか違わないと言ったところ、パジャマを用意しておいたはずなのに荷物を解いたら入ってなかったのだと子供っぽい言い訳を口にする。


「その歳で忘れものとはね……」

「私じゃないわよっ。パジャマとベビードールを入れ替えておくなんて、メルエラの仕業に決まってるじゃないっ」


 なん……だって……

 ベビードールって、スケスケでエッチなアレかっ? アレなのかっ?


「着替えてきなよ。待っててあげるから」

「あんたはさっさと寝なさいっ!」


 目を吊り上げたアンドレーアにパワーボムでベッドに叩きつけられ、僕は意識を失った。


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