166 スネイルの申し出
首席と次席に捕らえられた僕は、真っ赤に腫れ上がるまで尻叩きの刑を執行された挙句、モロニダスでいると悪いことばかりするとリアリィ先生に唆されたドクロワルさんによってモロリーヌにされてしまった。ヒリヒリと痛むお尻に肌触りの柔らかいオムツは正直ありがたい。
おのれ……この恨み、必ずや晴らしてくれようぞ……
このサバイバル実習で復讐を果たすことを誓う。首席のいるエロスロード班はともかく、次席率いるカリューア班は西部派だけあってサバイバルに自信があるようだ。だけど、しょせんお貴族様の坊ちゃん嬢ちゃん。使用人がお膳立てしてくれない環境でどこまでやれるか、見せてもらうことにしよう。
マジデスカの街に到着して今日はここの宿に宿泊。本日中に食料などの物資を買い込んで、明日の朝にキャンプ地に向けて出発する予定だ。明日以降、この街まで買い出しにくるのは一日がかりの仕事になるので、当面必要そうなものを買い込んでおく。
「安物ばっかりね。そんなんで精霊は満足してくれるの?」
タルトを連れてはちみつ、メープルシロップと甘味料を買い込んでいたところ、班長なのにロクに指示を出さないアンドレーアが文句を言ってきやがった。
「最高級の蜜なら首席の精霊に出してもらえるからね。風味の強いものが欲しいんだ」
甘みだけなら精霊の蜜があればいいけど、あの3歳児はやけに舌が肥えている。それだけで満足してくれるとは限らないので、僕は風味を重視していた。砂糖も茶色い色をしたやつで、はちみつも香りが強いものを選ぶ。
「他の班からわけてもらったりしたら、がっぽりむしり取られるじゃない」
他の班と取引して得たお金はその班の資金に加えられるのがサバイバル実習のルール。評価は最終的に担当教員が保有している金額で決まるので、上手いこと儲けられればお金を減らさず高評価がいただける。成績がかかっているのだから、首席がタダで譲ってくれるわけがないとアンドレーアは肩を怒らせた。
「ちゃんと手は考えているさ。次は小麦粉を見に行こう」
どっさりの小麦粉に大豆、数日分の肉や野菜類に加え、コケトリスの飼料を買い込んで荷車に載せていく。馬草はいちおう魔導院側で用意してくれているのだけど、安物の干し藁で満足してくれるようなイリーガルピッチではない。奴は贅沢が好きなメスなのだ。もっとも、それに見合った分はしっかり働いてもらう予定である。
他の班の荷車を見かけたので敵情視察したところ、僕たちの半分にも満たなかった。この程度の量で済ませようなんて、サバイバルとダイエットをはき違えているのではなかろうか。
こいつら、終わったな……
「ちょっと、こんなに買ってどうすんのよっ」
終わった班の荷車を見て、またまた文句を言うだけで何もしない班長が目を吊り上げる。毎日の献立はおろか消費量すら計算していないくせに、どうして他の班より多いのだと僕を責め始めた。だけど、自分が正しいという確信があるわけでなく、ただ他人と違うというだけでケチをつけてくる輩の言うことなんて聞く気はない。
「アンドレーア。サバイバル実習では毎年半数近くの班がリタイヤしているんだ。どうしてだかわかるかい?」
「無駄遣いして資金が底を尽きたんでしょ」
それは原因ではなく結果。過去の記録に目を通せば、リタイヤした班の支出で一番多かったのが診療費であることがわかる。実習に帯同している治療師の先生に診てもらうのも有料で、薬を処方してもらった日にはそれまで倹約していた分なんて吹っ飛んでしまうのだ。つまり、いつもと違って自分たちで力仕事もこなさなければいけない環境にもかかわらず食料をケチり、結局体調を崩してリタイヤということが毎年繰り返されているのだろう。
「その無駄遣いの一番は、治療師の先生に診てもらった診察代だよ。身体を壊してしまったら元も子もない」
ドクロワルさんが実習から外されたのももっともだ。一人前の治療師がいる班だけ有利になり過ぎる。そしてそれは、このサバイバル実習において最も重要なのが体調管理であることを物語っていた。人は食べなければ働けない。
「アンドレーア。伯爵は狩猟が得意だって聞いたから、きっとこういうのに慣れてるんだよ」
考えなしな班長をロリボーデさんがたしなめてくれる。ペット部門の彼女がアンドレーアにオオカミの世話を教えてくれたそうで、いつの間にかふたりは仲良しになっていた。頼りにならない班長だけど、【ジャイアント侯爵】を自分の班にスカウトしたことだけは仕事をこなしたと認めよう。この人型起重機がいてくれれば石窯を組み立てるのも簡単だ。
「女子班はずいぶんな量を用意しているな。まぁ、食べきれない分は男子班が処理してやるから安心していいぞ」
僕たちの荷車を見て、スネイルの奴が声をかけてきた。東部派の3班は、女子ばっかりのアンドレーア班。男子というかスネイルの一党が集まったスネイル班。あまり成績の良くない生徒が集まった下位班のみっつだ。この終わった荷車は、どうやらスネイル班のものらしい。南部派から追い出されてしまったクダシーナ君も一緒のようで、奴の後ろから僕のことを睨み付けている。ちなみに、彼の春学期の順位は32位。ダエコさんは25位でアンドレーアが30位だったので、ほぼロミーオさんの予言どおりの結果となっていた。
「アーレイ……。このサバイバル実習で、僕の方が君より優れていると証明してみせる」
「…………正気?」
僕に挑戦状を叩きつけてくるクダシーナ君。その意気込みは認めるけど、ガチンコ狩猟民族であるロゥリング族にサバイバルで勝負を挑むなんて無謀にもほどがある。これでも僕は、ロリオカンとふたりで1か月間狩猟生活とかさせられたこともあるのだ。しかも、獲物が太っている季節だからと冬の真っただ中に……
「おいおい、クダシーナ。そう突っかかるなよ。同じ東部派同士、協力し合おうじゃないか」
「あんたらと協力することなんてないわよっ。アンドレーアッ。あんたが班長なんだから、ちゃんと言い返しなさいっ」
アンドレーア班のひとりが、スネイルの申し出を話にならんと突っぱねた。春学期にスネイルに抜かれるまではセカンドグループで4位争いをしていたロミーオさんのライバル、ヘカテリーナ・イモクセイさんである。運動会でアンドレーアに無理やりチアリーダーをやらせたのも彼女。アーレイ子爵家の嫡子を東部派のまとめ役にしたがっている癖のある赤毛が特徴的な女子だ。彼女自身はドナイデッカ公爵領の出身なのだけど、領主と血縁関係にあるわけではないので派閥内での発言力は低いらしい。
「南部派や西部派の奴らだって互いに手を結んでる。別にルール違反というわけでもないだろう。それから、下位班は協力体制を快諾してくれたことを伝えておこう」
断れば孤立する。いざという時に、もうひとつの東部派班をアテにすることもできなくなるぞとスネイルの奴が笑みを浮かべた。協力なんて言っているけど、どうせスネイル班の出費を肩代わりさせる腹だろう。いざという時のことを本当に考えているのなら、あんな必要最小限にも満たない量で済ませるはずがない。協力する約束だと、足りない分を他班から取り上げるつもりに決まっている。
「アンドレーア。この班には必要なものが全部揃ってる。他所の手を借りることはないよ」
「嫡子が班長を務める決まりだ。おまけのゴブリンは黙ってろよ」
迷っているアンドレーアに、手を組むことで得られるメリットなんてないと伝えておく。力仕事ならロリボーデさんがいるし、獲物なら僕が獲ってこれる。石窯という調理器具に一番デカイ馬と荷馬車だってあるのだ。こんな申し出を受けても協力という名のもとに仕事を増やされるだけだと助言したところ、スネイルの奴は僕の口を封じようとしてきた。
「モロリーヌを黙らせようってことは、反論できないってことじゃない。協力って言うけど、いったい何をしてくれるっていうのよ?」
すかさず、イモクセイさんがお前たちに何ができるのだと問い質す。【ジャイアント侯爵】を前にしては力仕事なら男子に任せとけとカッコつけるわけにもいかず、何も思いつかなかったのかスネイルは唇を噛んで押し黙った。自分たちが何を提供できるのか。それを考えることなく協力を申し出てくるなんて呆れるしかない。
「そうね。何もしてくれない男子班と協力することなんてないわ」
「後になって助けを求めても遅いぞ……」
決断力のないビビリだけど、これ以上スネイル家に借りを作りたくないアンドレーアだ。ちょっと背中を押してやったところ、それならばと潔く腹をくくってくれた。お前たちの手は借りないときっぱり申し渡されたスネイルが、何もできない奴お定まりの台詞を口にする。
「アーレイ……。君は自分なら何でもできると思っているのか?」
「できないよ。でも頼るなら、それができる人にお願いする。クダシーナ君こそ、自分に何ができると思ってるのさ?」
同じ派閥同士で協力するのは当たり前なのに、どうして話をぶち壊すのだとクダシーナ君は憤りを隠そうともしない。協力というのは互いに補い合う関係。一方的にお世話になるのは単なるパラサイトだとはっきり伝えておく。
「君の世話になるつもりなんてないっ!」
「なら、話がご破算になったからって怒ることないじゃないか」
協力はしない。だけど、取引をしないとは言ってない。アンドレーア班の物が欲しければ、それに見合ったお金を払ってくれればいいのだ。もちろんガッツリぼったくらせていただくけど、そこは自分たちの準備不足を恨んでもらうしかない。
「君はっ。そうやって人の好意を踏みにじることに心が痛まないのかっ?」
……好意? スネイルの申し出が好意? なに言っちゃってるの、この子?
明らかに自分たちの出費を抑えるための申し出なのに、クダシーナ君は協力という建前を額面どおりに受け取っている模様。好く言えば素直な性格と言えるものの、ここまで察しが悪いと騙されやすいカモである。ロゥリング感覚がなくたって……いや、ロゥリング感覚がないからこそ、もっと用心深くなるべきではなかろうか。
何もしてくれないくせに好意だなどと、寝言は寝てから言えとイモクセイさんに追い払われるスネイルの一党。結局、クダシーナ君も何ができると口にしないままスゴスゴと立ち去っていった。正直、あそこまで酷いと友達なんて取引相手に過ぎないと言ったバグジードの方がまともに思えてくる。
どれほど自分本位であっても、互いを利するという考えだけは持っていたのだから……
翌日、山道をエッチラオッチラ登っていくこと半日。ヴィヴィアナ湖に比べればずいぶん小さい湖の端にあるキャンプ地へと到着した。ここで各班が使うバンガローをくじ引きで決める。アンドレーアが引いてきたのは6号棟。左隣はクセーラさんのいるムジヒダネ班で、右隣はひときわ大きい先生用のバンガローだ。リアリィ先生から思いっきり監視されそうだけど、ドクロワルさんが隣にいると思えば悪くない。
バンガローの造りは厩舎、納屋、住居部分がL字型につながった木造平屋建てで、お風呂は屋内にあるものの厨房は屋外。大きく張り出した屋根の下に石を組んだだけの簡素なかまどがふたつあった。住居部分の周囲にはバルコニーが設置されていて、そこから湖が良く見える。眺望はなかなか良好だ。
井戸はなく、近くに清水が湧き出ている沢があるので水はそこから汲んでくることになる。汚れているように見えなくても、生水を口にするのはオススメしないということだった。
「ちょうどいいね。ここに石窯を設置しよう」
「あいよっ」
ふたつ並んでいるかまどから少し間をあけた場所に石窯を設置することに決めた。かまどとの間にあるスペースに薪をためておけるし、この位置なら煙突を屋根の外へ伸ばすことができる。石窯キットはいくつかのパーツに分かれているものの、作るのが面倒な曲線を描く天井部分なんかは完成済み。土台をセットし骨となる鉄棒を立てたら、魔導モルタルを充填しながらパーツに開けられている穴に鉄棒が挿し込まれるよう組み立てていく。最後に魔術で魔導モルタルを固めれば出来上がりだ。僕の力ではパーツひとつ持ち上げられないけど、【ジャイアント侯爵】は一番重い天井のパーツも楽々と持ち上げてしまった。これで両親ともに人族というのだから驚きである。
……なんじゃありゃ?
お隣のムジヒダネ班バンガローに目を向ければ、ヘルネストとムジヒダネさんが物置小屋のようなものを立てていた。おそらくは簡易な燻製小屋であろう。それは容易に想像がつくのだけど、理解できないのは大きさである。肥育した牛でも燻製するのかと思えるほどデカい。
「ヘルネスト、いったい何のつもりだい?」
「見てわからないか? 燻製小屋だ」
「いや、それはわかるんだけどね……」
僕が訊きたいのはそこじゃないのだけど、これで獲ってきた獲物を燻製にするのだと自慢げに口にするヘルネスト。この時期にこんな燻製小屋が必要な獲物を獲ってくるだなんて素人丸出しもいいところだけど、貸し出された馬を食べてしまう気はないようなので安心した。
「ロリボーデさん。手伝ってあげなよ」
「いいのか? そいつは助かる」
脳筋ズがウンウン唸りながら持ち上げようとしていた屋根を、まるで鍋にふたをするかのような手軽さでカポリとはめてしまう【ジャイアント侯爵】。とりあえず今は恩を売っておく。どうせスペースが余りまくるだろうから、アンドレーア班の獲物を燻製するのに使わせてもらおう。




