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道案内の少女  作者: 小睦 博
第6章 追いつけない背中

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160 運動会でチア?ダンス

 すべての試験の日程を終え、今日は運動会の日。もちろん僕はドクロ先生のお手伝いに駆りだされ、タルトは相変わらずベリノーチ先生の迷子預り所に牢名主のごとく居座り続けている。そしてなぜか、僕はチアガールの恰好をさせられていた。


「なんで僕までこんな恰好を?」

「何言ってるんですかっ。モロリーヌちゃんもチアダンスに参加するんですよっ」

「だって、エントリーなんて……」

「私がしておきましたからご安心なさってくださいまし」


 今年から、お昼の余興として各組対抗のチアダンスが行われることとなった。運動会の成績は参加競技で得たポイントの平均値なのだけど、このチアダンスのポイントだけは平均ではなく追加である。運動会に期待できない生徒への救済措置であるらしく、ポイントとして大きいものではないのだけど、確実にポイントを増やすことができるので参加枠に余裕のある女子のほとんどがエントリーしていた。僕はもちろんエントリーなんてしていなかったのだけど、知らぬ間に主席が手を回していたらしい。紅薔薇寮を出てしまったとはいえ、昨年と同じく紅組なので赤いコスチュームである。


「どうして紅組なんですか。もう寮住まいじゃないんですから白組だっていいじゃないですか」


 南部派は白組、東部派は黒組、北部派と西部派が紅組なのだけど、僕は本来無所属。白組でエントリーしておけば一緒に参加できたのにと、白いチアコスチュームに白衣を引っかけたドクロお姉さんがプンスカ怒っていた。タルトの意地悪問題を解くことに負われていた僕は、うっかりそのことを失念して昨年のまま紅組でエントリーしてしまったのだ。白組でエントリーしておけば至近距離からドクロワルさんのチアダンスを堪能できたのに、どうして気が付かなかったのだとあの時の自分をぶん殴ってやりたい。


「バカふたりをサクラノーメが折檻し過ぎた……お手数だけど……手当てをお願い……」


 ドクロ診療所に次席がやってきた。ボロ雑巾のようになったヘルネストと【皇帝】を連れている。


「折檻って……何をやらかしたの?」

「こっそり女装して……チアダンスに紛れ込もうとしていた……こんなのが混じったら……他の組に負けることは明らか……」


 それぞれ、ヘルネスーメとエリオエッタという偽名を使ってエントリーしていたそうな。初めて見る名だったので新入生かと確認したところ、女装したアホどもだったという。


「女子だけ追加で10ポイント確定なんて不公平だ。これはけしからん性差別だよ」

「モロリーヌが許されるなら俺だって……」


 変態どもは追加ポイントが欲しかったようだ。特に基礎魔術理論で70点となった【皇帝】は、その穴を少しでも埋めたかったらしい。僕がいいのにどうして自分たちは折檻されるのだとヘルネストが不満をこぼす。


「かわいければすべて許される……それが世の真理……キモい男に救済はないわ……」


 お前たちはかわいくないからダメだと次席に宣告され、どうして世の中は不公平なのだとふたりがおぃおぃ泣き始めた。まぁ、いいガタイの兄貴とおっさんの女装なんて邪教徒くらいしか喜ばないだろうから諦めてもらうしかない。ドクロ先生の手を煩わせるほどでもないので、僕の方で手当てを済ませてやる。


「これってもしかして、イボ汁染め?」

「ええ、そうです。効果を確認したいので……」


 ヘルネストたちが診療所から去ったところで、手当てに使ったガーゼを示してドクロワルさんに尋ねてみる。それは、調合の評価時間に見た彼女のハンカチとそっくり同じ、黒ずんだ水色に染められていた。イボ汁染めには菌の増殖を抑える働きがあるので、傷口が化膿するのを防げるのではないかと臨床例を集めているところだという。


 調合の課題で終わらせず、実用にするつもりなのか……


 彼女との差を感じずにはいられなかった。先生から高い評価を受けること。僕の染料はそれだけのために作られたもので、じゃあ何に使うのかと問われれば返す答えなんてない。どんなに高い防水性能があろうとも、使い道なんてありはしないのだ。まだ評価は明らかになっていないものの、果たして僕は彼女に一歩でも近づけているのかと不安が胸をよぎる。


「どうしたんですか、モロリーヌちゃん。暗い顔をしていたら減点されちゃいますよ」


 まもなくお昼。チアダンスの時間だとドクロワルさんが声をかけてくる。チアダンスは競技に参加する選手を元気づけるものだから、表情だって審査対象。かわいく笑っていなければダメだとほっぺたを指でツンツンしてきた。


「お姉さんは楽しそうに笑っているモロリーヌちゃんが大好きです。だから、そんな難しそうな顔をしてないでください」


 僕の手を引いて集合場所まで連れてってくれるドクロお姉さん。笑顔でいられないのは、君が僕を置いてどんどん先へ行ってしまうからだと言ってしまいたい。だけど、彼女には自分の望むところへ寄り道なんかせずまっすぐ歩いて行ってもらいたかった。田西宿実の最後の記憶。目指してきた場所にあと一歩届かなかった時の、足元が崩れ落ちるような絶望と自分にはまだできることがあったのではないかという深い後悔だけは、薄れることなく今も僕の中に残っている。あんな思いをドクロワルさんにしてほしくない。


「そうだね。もう試験は終わっちゃったんだから、気にしたって結果は変わらないもんね」


 心臓が破れるまで走ってでも、僕の方から追いつくって決めたのだ。彼女を迷わせるような言葉は何があろうとも口にしない。相手がドワーフでよかったと思いつつ、無理やり笑顔を作ってみせる。これがロゥリング族であったなら、魔力から僕が強がっているだけだと気付かれてしまっただろう。


 ふたりで手をつないだままヒャッホゥと走って集合場所に向かうと、白、黒、赤のコスチュームに身を包んだ女の子たちでいっぱいだった。白組の集まっているところにはロミーオさんとアキマヘン嬢が、紅組のところにはカリューア姉妹やムジヒダネさんの姿が見える。次席は発芽の精霊まで参加させるつもりのようだ。主席とダエコさんは羽根飾りを背負っていた。むっちゃ目立ちまくって恥ずかしそうにしているダエコさんがかわいらしい。


 黒組の集まっている場所には【ジャイアント侯爵】がそびえ立っていた。ひとりだけバカでかいので、主席の羽根飾りにも劣らず目立つ。どうしたことか、アンドレーアがクラスメートの女子から叱られている。


「教養課程の最上級生で嫡子なんですから、あなたが中心に決まっておりますでしょう。これ以上、スネイルなんかに大きな顔をさせられては困ります」

「だって、こんな恰好……」

「大丈夫ですお姉様。それならきっと先輩も惚れ直すこと間違いなしです」


 どうやらアンドレーアは黒組のチアリーダーを任されたらしい。しかも、妙に小さいコスチュームを身につけている。メルエラがだぶだぶなので、また妹のと交換させられたようだ。


 ピッチピチな上に引き締まって見える黒だから、もともとの発育の良さと相まってスタイル抜群に見える。スカートもきわどいを通り越してえげつないと表現した方がしっくりくるような短さで、期待するなという方が無理。涙目になってスカートの裾を押さえているものの、もう恥じらう素振りさえ誘っているとしか思えない。ドクロワルさんと出会ってなかったら、メルエラの思惑どおりアンドレーアの奴隷になっているところだった。

 僕たちをめぐり合わせてくれたおっぱいの女神様に感謝を捧げよう。


「ようやく来ましたわね。いつも最後だなんて、相変わらず大物なんですから」


 紅組が集合しているところに行ってみると、打ち合わせが済んでないのはお前だけだと主席がプリプリ怒っていた。本人の了解も取らずにエントリーしておいて勝手なものだ。練習もしてない僕にどうしろっていうのだろう。


「モロリーヌには……クスリナとペアを組んでもらうわ……どうしてだか……あなたでないとダメだと言うの……」


 次席はもちろん自分とペアを組ませるつもりだったのだけど、発芽の精霊が僕でなければ嫌だとわがままを言い始めた。仕方なく僕とペアを組ませて、次席はクセーラさんと組むことにしたらしい。とうとう自分の精霊にまで手を伸ばし始めたかこのタラシ野郎と瞳に殺気を滾らせている。


「ダマッテワタシニツイテコイ……」


 発芽の精霊から自分の動きに合わせろとボンボンを渡された。精霊はいったん言い出したら人の言うことなんて聞きやしない。それくらい、3歳児で痛いほど思い知らされているのだ。下手に逆らってもご機嫌を損ねるだけなので、ここは彼女のリードに任せることにしよう。


「私たちは最後ですわ。白組も黒組も、涙目でハンカチをくわえさせて差し上げましょう」


 順番を決めるくじ引きで、相変わらず引きの強い主席がトリを引いてきた。南部派、東部派何するものぞと参加メンバーに発破をかける。紅組は中央で6組のペアがクルクル位置を入れ替えながら踊り、残りは定位置でバックダンサーという構成。運動会の種目が発表されてすぐ試験期間に突入してしまったので、複雑なダンスをするには準備の時間が足りなかったらしい。メインダンサーは主席ダエコさんペア、カリューア姉妹ペア、僕と発芽の精霊ペアに2年生から2組。新入生から1組の計6組だ。


「な、なかなか凝ってますわね……」

「こんなこと考えていたから……基礎魔術理論で70点になった……ロミーオの悪い癖……」


 最初はロミーオさんがチアリーダーを務める白組。バックダンサーも前後左右を入れ替えたりと、明らかに僕たちより統制が取れている。ぐぬぬ……と主席が難しい顔をしているけど、こんな演出を仕込んでいる暇があったなら試験問題を解くことに充てればよかったのだと次席は呆れ顔だ。ロミーオさんのすぐ斜め後方で、ドクロワルさんがポヨンポヨンとおっぱいを弾ませている。


 くそぅ……あのおっぱいを間近で堪能できる機会を逃してしまうとは一生の不覚……


 次は黒組。顔を真っ赤に染めたアンドレーアがチラチラ……いや、モロモロさせまくり、男どもから熱狂的な声援を送られる。白組みたいに全体をダイナミックに動かすような演出はなく、もっぱらチアリーダーを押し出すだけのシンプルな構成だけど、サポート役の【ジャイアント侯爵】に持ち上げられたり肩の上でクルッと回されたりするたびに観客の半分は大興奮だ。


「なっ、なんですのアレはっ。嫡子ともあろうものが破廉恥なっ」

「観客は沸いている……なりふり構わず……勝ちに来たようね……」


 なんだあのけしからん演技はと主席が柳眉を逆立てていた。観客の反応も評価に反映されることを計算したうえでの演出。アンドレーアの性格から注目を集めるようなことは嫌うはずなので、誰かが裏で糸を引いていると次席が冷静に分析する。そのとおり。犯人はメルエラに違いない。


「アンドレーアは思いのほかスタイルがいい……紅組で対抗できるのは……主席くらい……」

「私にあんなパンツダンスを踊れとおっしゃいますのっ?」


 次席がコスチュームの交換を申し出たものの、あんなビッチなマネができるかと主席に断られてしまう。非常に残念だ。主席が次席サイズのコスチュームを着れば、きっと素敵なハプニングが起きていただろうに……


「ダイジョーブ。ワレニヒサクアリ……」


 発芽の精霊にはなにやら思惑があるらしい。なにか手を打たなければ最下位となる公算が強いのだけど、大事な精霊に任せておけと言われては次席に反論は許されなかった。こうなったら当たって砕けろだとステージに上がる。演技はメインダンサーの6組が順番にセンターに入って踊る方式。新入生、2年生に続いて、カリューア姉妹、僕たち、主席ダエコペアの順だ。どことなく脳天気な音楽に合わせて紅組のチアダンスが始められた。


「ヘイッ!」


 クセーラさんがつけているのは強化型『エアバースト』が仕込まれたゴーレム腕。演技の最後に、左手の代わりに砲口へ挿し込まれていた大きなボンボンをエアバースト砲の要領で空高く打ち上げる。次は僕と発芽の精霊がセンターに入る番だ。横目でパートナーの動きを確認しながら足並みを揃えて前に……


 ぬわにぃぃぃ――――っ!


 あろうことか、発芽の精霊は観客席に背を向けると唐突にスカートをペロリとめくり上げた。

 穿いているのは……まごうことなきオムツである。


 これはまさかっ……


 タルトの考案したオムツダンスを始める発芽の精霊。だけど、ここで僕が続かなかったらチアダンスが台無しになってしまう。躊躇している暇はなかった。女の子じゃないんだから下着くらい恥ずかしがることもないと自分に言い聞かせ、お尻をフリフリして観客にオムツをアピール。ある意味、アンドレーアより大胆な僕たちの演技に観客席がどよめいた。

 ちなみに、発芽の精霊が花柄で、僕はブタさん柄のオムツである。


 ラストは羽根飾りをつけたふたり。チアガールじゃなくてバニーガールだったら最高なのにと思いつつ、斜め後方からダエコさんの踊りを鑑賞させてもらう。身体を動かすことは苦手と聞いていたのだけど、コケトリスに乗るようになってバランス感覚が改善されてきたようだ。ふらついたりせず、きっちりと主席の動きに合わせて踊りきってみせた。


「ふひゃひゃひゃ……【萌え出づる生命】、褒めてつかわすのです」

「モッタイナキオコトバ……」


 チアダンスの結果発表を耳にした3歳児はご満悦だった。紅組はまさかのトップで、男どものスケベ心に訴求した黒組が2位。ロミーオさんの犠牲もむなしく白組は最下位である。パンツよりオムツの方が優れていることが証明されたとタルトがさっそく布教を始め、自信があったらしいロミーオさんは地面に両手をついてがっくりと項垂れていた。観客からアンケートを取っていた魔性レディによると、早く赤ちゃんが欲しいとか、もうひとり育てたくなったと肯定的に捉える女性や家族連れが多かったことが決め手になったそうな。


 その後も運動会はつつがなく進行し、負けず嫌いな主席がサバイバルランナーでがっつりとポイントをもぎ取って紅組は昨年の雪辱を晴らした。僕も再びかくれんぼで稼がせてもらったので、かなりの追加点が期待できるだろう。Aクラスでも上位を占めていた生徒たちが基礎魔術理論で点数を下げたので、今年の春学期は激しく順位が入れ替わると予想されている。上位10名へのランクインは無理でも、20位以内には入りたい。


 これで春学期の課程はすべて終了。後は成績が通知されるのを待つだけとなった。


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