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道案内の少女  作者: 小睦 博
第6章 追いつけない背中

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158 本気になる優等生たち

「ひゃ……ひゃくにじゅうミリですって……」

「またしてもモロリーヌに……」


 主席と次席がワナワナと震えていた。今は調合の最終評価を受けているところ。評価方法はガラスで出来た管の先端をふさぐように魔法染料で染めたハンカチを被せ、紐で縛ってしっかりと固定。ハンカチでふさいだ方を下にして上から水を注いでいく。魔力による反発力が水の重さに負けるとハンカチから水がしみ出してくるけど、水嵩が減ってくると再び反発力の方が強くなって漏れが止まる。この時、ガラス管に残っている水柱が高いほど防水性能に優れているというわけだ。単位はミリメートルで表される。


 プロセルピーネ先生オススメのジラント汁はいかんなくその性能を発揮。クラスメートたちの染料はだいたい40ミリ前後で、主席たちひと握りの生徒が50ミリを超えたという中、楽々と3桁の大台を叩き出しやがった。


「反則だよっ、伯爵はまたタルちゃんから何かもらったんだよっ」

「そうなんですか、タルト先生?」

「わたくしは喉に詰まっただけなのです」


 またインチキをしやがったな。精霊からもらったもので評価は受けない約束じゃなかったのかとクセーラさんが騒ぎ出す。ラトルジラントのことは生徒たちに知らせないと決めたリアリィ先生が白々しくタルトに確認。返ってきた答えにクラスメートたちはなんのこっちゃと首を傾げるしかなかった。唯一、裏を知っているドクロワルさんだけが口元に苦笑いを浮かべている。


「ぅおのれ……いったいどんな手を……」


 ぐぎぎ……と歯を喰いしばりながら僕のハンカチを睨み付けている主席。ジラントのことは知っていてもジラント汁のことまでは知らないようで、血を使ったのならこの色にはならないはずだとブツブツ呟いている。背後でモチカさんがチョップを打ち下ろそうと構えていることに気がついているのか、僕に尋ねてこようとはしなかった。ちなみに、ジラントの血は人と同じく赤い。


「生き物の血は魔力を含みやすい……それでもこの性能は異常……これほどの魔力を有する生き物で……魔導院で手に入るものとなれば……答えはひとつ……」


 逃がさないと言わんばかりに次席が僕の腕をガッチリと掴んできた。ヤバッ。ジラントを倒したことが公になったら、脳筋ズたちがマネしようとするに決まっている。その先を口にしてはいけないと視線で訴えるものの、次席は止まってくれそうにない。


「それはロゥリング族の血……」

「なにっ? その針はなにっ? 僕に何をしようっていうのっ?」


 そんなものをどこに隠し持っていたのか、ニヤリと口元を歪めた次席が注射針を取り出した。しかも、献血で血を抜く時に使われるようなぶっとい奴だ。


「ロゥリング族の血は紫色なのかもしれない……確認する……」

「ないからっ。普通に赤いからっ。っていうか見たことあるでしょっ」

「アーレイの血は赤かった……だけど――」


 次席が手にした注射針の先端にキラリと陽光が反射する。


「――モロリーヌはわからない……」

「なにそれっ! どういう理屈っ?」


 ロゥリング族は未知の種族。どんな能力を隠し持っているか知れたものではないと注射針を近づけてくる次席。あんな太い針で血を抜かれたら失血死してしまうとタルトに救援を求め、僕の染料に生き物の血は使われていないと保証してもらった。


「だいたい、血染めのハンカチなんて悪趣味だよっ。そんな人いるのっ?」


 非常識も大概にしやがれと3歳児の後ろから次席に抗議する。


「俺は保持剤に牛の血を使ったぞ」

「僕は豚の血を混ぜた」

「私はヘル君の……」


 非常識で悪趣味な奴らがいやがった。課題はハンカチだから清潔感のある薄い色の方が好ましいというのに、血の色を隠すためか揃って黒に見えるほど濃い色に染めてやがる。っていうか、濃い色に染めてんのは全員血を使った奴らか。クラスの半分くらいいんぞ。


「入手が簡単で効果的な保持剤と言えば家畜の血ですから……」


 どうせ捨ててしまうものなので、解体場でお願いすれば手間賃だけで分けてもらえる。誰でも入手できてそのまま使える保持剤の定番だそうだ。欠点はどうしても時間がたつと黒ずんできてしまうことだとドクロワルさんが教えてくれた。


「ひとりだけ家畜じゃなかった気がするんだけど……」

「ヘル君の染料にはこっそり私の血を混入しておいたわ。これでふたりは血の絆で結ばれた永遠の許嫁……」


 口でポッとか言いながら頬を赤らめる【ヴァイオレンス公爵】。むっちゃ似合わねえ。この世界にはバレンタインデーなんて差別制度はないけど、きっとこういう子がチョコに血を混ぜたりするのだろう。家族から義理チョコしかもらえないカースト最下層でよかったと実感する。


「そのわりに、50ミリを超えてるのは血を使ってない人ばかりだね」


 悪趣味な染料の防水性能は揃って45ミリといったところ。50ミリを超えているのは主席、次席にクセーラさんの3人で、若干の違いはあるものの全員薄いオレンジ系に染められている。


「それは溶剤兼保持剤として初級再生薬を使ったんですね。だから、色の系統が再生薬と同じなんです。手間はかかりますけど、無加工の血液よりは保持魔力量が高いですから」

「ひと目でバレちゃったよ、姉さん」


 魔法薬を使うのもひとつの手だとドクロ解説員が説明してくれた。教養課程の調合室にある機材では専用の保持剤を作るには足りないから、初級再生薬が最も適しているそうだ。

 なるほど。それで初級再生薬を作れる3人がこの結果なのか。だけど……


「ドクロワルさんの課題がどうしてこの結果なの?」


 それだけの知識がありながら、どうして彼女の結果は26ミリなのか。やや黒ずんだ水色に染められたハンカチは決して綺麗とは言えない。色合いを優先したというわけでもなさそうだし、これならジラント汁を混ぜてもよかったんじゃないかと思う。


「私もそれだけは腑に落ちない……パナシャ……まさか手を抜いているの……?」


 僕のインチキ臭い染料はともかく、自分たちよりは高い防水性能を持った染料が作れたはず。今さら教養課程の調合なんて真面目にやる価値はない。自分が本気になったら比べられる生徒がかわいそうなど、思い上がったことを考えているのではあるまいなと次席がドクロワルさんに詰め寄る。


「そんなことありませんよ。このイボ汁染めは、今のわたしに作れる最高傑作で間違いありません」


 口元に笑みを浮かべたドクロワルさんが、これは自分のすべてを注ぎ込んだ作品なのだと言い切った。彼女の魔力から感じられるのは誇らしげな感情。嘘や方便ではない。【魔薬王】の弟子は本気でそう思っている。

 決して他の染料に劣らない。むしろ優れていると……


「このサンプルを見てください」


 ドクロワルさんが何やら汚れた雑巾を取り出す。課題と同じくイボ汁で染めてあるようだ。


「これは先生が床にこぼしてしまったスープを拭いて、そのまま2週間ほど部屋の隅に放置していたものです」

きたなっ! あの先生、何やってんのっ?」


 ズボラなプッピーが洗うのを面倒臭がって放り捨てておいた雑巾だと言われ、サンプルを目にしようと集まっていたクラスメートたちが一斉に後ずさった。だけど、ドン引きされてもドクロワルさんは一向に気にせず、ホレホレと雑巾の裏表を僕たちに見せつけてくる。


「どうです、おかしいとは思いませんか?」

「おかしいのは男爵だよっ。そんなものわざわざ取っておくなんてっ」


 おかしいのは【魔薬王】と【ドクロ男爵】の頭の方だとクセーラさんがツッコミを入れるけど、洗濯物を2週間溜めちゃったことくらい誰だってあるだろう。驚くには値しない。


「変だな。かつて紅薔薇寮に住んでいた同級生の部屋を見たことがあるんだが――」


 同級生で寮を出たのは僕しかいない。なんで【禁書王】の奴はわざわざ隠してない言い方をするんだ?


「――そこは冬でもキノコが生えそうな部屋だった。今の時期にキノコはおろかカビが生える様子もないとはどういうことだ?」

「それ、部屋の話する意味あったのっ?」


 クラスメートたちが冷たい視線を突き刺してくる。今はシルヒメさんとブンザイモンさんがいるからキノコが生える余地なんてないと伝えたら、さらに冷え切った視線を浴びせられた。

 あの野郎、昔の話なんて持ち出しやがって。覚えてやがれ……


「イボ汁染めは虫がつかないうえ、カビも生えにくく菌の増殖も抑えられるんです」


 防虫、防カビに加えて抗菌作用もあるのだと、汚れた雑巾を高々と掲げるドクロワルさん。防水性能しかない染料なんて時代遅れだと言い放つ。


「それなら、魔法薬を溶剤にしたイボ汁染めにすればよかったんじゃないのかい?」

「いいえ。これが最良です」


 もっと高い評価が狙えたのではないかと【皇帝】が口にしたものの、これでいいのだとドクロワルさんは首を振った。治療術や調合に関しては一切妥協しないから、余計なものを混ぜてイボ汁の効き目を弱めたくないのだろう。彼女がそう確信しているのであれば、僕たちに考えつくことなんてゴブリンの浅知恵でしかない。


「今期の生徒は、とことん評価を難しくしてくれますなぁ」

「まったくです。少しは教員の苦労も考えていただきたいものですわ」


 クラス担任のイターノ先生と主任教員のリアリィ先生が肩を落としていた。評価点には上限があるので、限られた範囲内で各々の生徒に差をつけなければならない。想定を上方向に飛び出した僕にも、横方向に突き抜けたドクロワルさんにも、評価は点数という形でしか出すことが許されないのだ。これがどんなに面倒な作業か本当に理解しているのかと、リアリィ先生が僕のほっぺをグニグニ引っ張り始めた。もっとも、口調のわりに口元は笑っているし、感じ取った魔力からも先生がそれを喜んでいることは明らかである。


「工作に続いて、調合でも惨敗。勝っているのは一般教養だけですか……。ドワーフ国出身の相手に一般教養で勝ったなんて、他人に自慢できた話ではありませんが……」

「「ふぐあっ……」」


 モチカさんがボソッと呟いた心無いひと言に、主席を始め次席やロミーオさんまで胸を押さえて膝をついた。一般教養で帰国子女に劣るような奴はゴブリン以下の能無し。魔術関連科目で差をつけられないでどうするのだと、モチカさんの白々しい独り言は容赦なく続く。


「まだ基礎魔術理論が……」

「30点で覆せる差ではないでしょうに……。アーレイ君が70点を確保すれば、お嬢様の負けは確定。自力で挽回すること叶わず、相手の失策に期待するなどペドロリアンの恥としか……」


 まだ評価は確定していないものの、30点以上引き離されたであろうことは確実。100点を取ったところで逆転の目はなく、もう僕が0点を取ってくれることに期待するしかない。今の状況に追い込まれた時点で敗北したも同然なのにと、モチカさんは誰に対するでもなくブツブツ呟き続ける。


「モチカッ! 言いたいことがあるなら、はっきりとおっしゃいなさいっ!」

「それでは遠慮なく、周囲を憚ることなく、思う存分この胸の内を吐き出させていただきます」

「へっ……?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりにモチカさんのお説教が始まってしまった。専門課程に上がれば一般教養科目なんてあってないようなもの。このような体たらくで学年トップの座が維持できると本気で考えているのか。ハッピーになるクスリをキメたゴブリンだってそこまで楽観的ではないぞと口さがない。言いたいことを言えと口走ってしまった以上、主席はもう口答えすることも許されずガミガミと叱られるしかなかった。首に巻きつく精霊を絡められ、絶対に逃げられない体勢だ。


「貴様らは恵まれている。わかっているな? ゴブリンすら口にしない萎れたキノコ」

「わかっています……耳が痛いですね……」


 涙目になって叱られている主席を言葉なく見つめていた次席にベリノーチ先生が声をかけた。気付いた時にはもう手遅れになっていることの方が多いのに、まだ挽回できる時点でそれを教えてくれる人がいる。これが秋学期であったなら、自分は僕やクセーラさんに劣るという評価が確定するところだったと次席が僕の方を振り向いた。


「秋学期も同じ手が通用するとは……考えないことね……」

「それって挑戦状? 姉さんが私たちに挑戦状っ?」


 学年2位が下位の者に挑戦状を突きつけるのかと、再び調子に乗るクセーラさん。だけど、次席は青筋を立てるどころか口元に笑いを浮かべてみせる。


「そのとおりよ……私のすべてをかけて……あなたたちを超えてみせるわ……」

「ほえっ……姉……さん?」


 クセーラさんは目を丸くしているけど、ベリノーチ先生からはしてやったりという魔力が伝わってきた。これこそが、先生たちの待ち望んでいたことなのだろう。


「お礼を言うわ……私の方こそ挑戦者なのだと気付かせてくれて……だからクセーラ……基礎魔術理論の問題はひとりで解けるわね……もう姉さんに教えてあげられることはない……」

「ちょっ、まっ……。ないよっ。ここで掌返しはないよっ。姉さん待ってっ」


 クセーラさんはまだタルトの問題が解けていないようだ。謝るから許してと、足早に立ち去っていく次席を追いかけていった。


「期待以上の成果だ。お前をAクラスにした甲斐があった……」

「まだですよ。火付け役で終わるつもりはありません」


 先生たちが僕にやらせたかったのは、主人公を成長させるのに都合のいいライバルキャラ。用が済んだら回想シーンにしか登場しなくなる損な役回りでしかない。つまり、特待生の最有力候補はやっぱりあの3人ということだ。

 それじゃあ、僕が特待生になれないじゃないか……


「…………そうですね。アーレイ君は下手に賢くなるより大ヴァカのままでいてください。それなら……」


 なんだろう。ベリノーチ先生がキャラを作ることを忘れている。だけど、先を続けることなく評価に取りかからねばと先生たちの集まっているところへ行ってしまった。何を言おうとしたのかはわからないけど、僕にもまだ可能性はあるんだって信じよう。

 日本シリーズで3連敗した後、4連勝したチームだってあったんだから……


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