147 抱き枕カバーは誰のために
僕たちがいる場所は領軍の駐屯地から50メートルも離れていない。モモベェを連れたコナカケイル氏がジャストタイミングで現れたおかげで助かったけど、なにせコイツはモロリーヌ抱き枕カバーを欲しがるような隠れホモだ。まだ警戒を解くわけにはいかない。
「何しに来たんですか? 僕たちは怪しいことなんてしてませんよ」
「断末魔のニワトリみたいな悲鳴を上げられては、怪しむなという方が無理だと思うがね」
そんな邪険にしなくてもいいぢゃないかとコナカケが微笑みを浮かべる。こちらの警戒心を解かせようという腹なのだろうけど、奴の本性を知っている僕には逆効果だ。
「モチカ。お前がついていながら、駐屯地の前で妙なことをさせるんじゃないよ」
「チッ……。お使いも満足にこなせない役立たずは黙っていてください」
どうして止めないのかとお兄さんに言われたモチカさんは、もちろんやり過ぎる前には止めに入るつもりだから、他人の仕事に口を挟むなと盛大に舌打ちした。もしかして、このふたりは仲が悪いのだろうか?
「仕方ないだろう。あの日は私だって任務があったのだし……」
「フンッ……。抱き枕カバーひとつ手に入れられないなんて、それでも騎士ですか?」
どうやら、コナカケは妹から頼まれたものを入手できなかったらしい。言い訳なんて男らしくないとモチカさんがそっぽを向く。
まてよ……抱き枕カバーって……それはもしかして……
「抱き枕カバーって、もしかしてモロリーヌちゃんのですか?」
「ああ。従者……ってサンダース君にお願いしたものの、すでに売り切れていたそうだ。まさか、そんなに人気があるとはね……」
ドクロワルさんに尋ねられ、まさか完売しているとは恐れ入ったと笑うコナカケイル氏。そんなものを欲しがるのは妹くらいだってタカをくくっていたと正直に白状した。
ってことは、もしかして彼も探し物が邪教の聖典だということを知らなかったのかも……
「クックック……これで誰が邪教徒なのかはっきりしたのです。グルグル……」
「きゃあっ……」
お前が邪教徒だったのかとタルトが口にしたとたん、モチカさんのスカートの裾から巻きつく精霊がニュルンと伸びてきて、あろうことか自らの契約者をグルグル巻きにしてしまった。さすがのモチカさんもあまりのことに対応できず、女性らしい悲鳴を上げて地面に転がる。
「なんだい邪教徒というのは?」
「モチカさんから頼まれたモロリーヌの涙というのは邪教の聖典です」
男同士の不毛なラブを汁と共に描いた禁書であることを伝えると、自分は従者になんてことをお願いしてしまったのだとコナカケイル氏が真っ青になって頭を抱える。サンダース先輩はそのことをまだ知らないと安心させたところ、そんな汚らわしいものを兄に依頼したのかと身動きの取れないモチカさんを糾弾し始めた。
「ちっ、違いますっ。私が欲しかったわけではございませんっ」
解けるはずがないとわかっているだろうに、どうにか抜け出そうと身をよじるモチカさん。彼女が自分のためでなく、他の誰かのために手に入れようとしたならば、考えられる相手はひとりしかいない。
その場にいる全員の視線が主席に集中する。
「まさか、ペドロリアンのご令嬢ともあろう方が……」
「上流階級のご婦人方には多いって耳にしてはいたけどね……」
「あうぅ…………。モッ、モチカッ。このことは秘密だってあれほどっ……」
アキマヘン嬢にはドン引きされ、シュセンドゥ先輩にはまさかこんな近くに潜んでいたとはと呆れられて、主席は目を白黒させて口ごもった。うまい言い訳が思いつかなかったのか、どうして秘密を漏らしてしまうのだとモチカさんを責め始める。
「私は秘密を口にしてはいません。依頼されたことを示唆しただけです」
「ふあっ?」
地面に転がされたまま、依頼者が主席だなんて自分はひと言も漏らしていないと涼しい顔で答えるモチカさん。言われてみれば、すっとぼければいいところで自ら暴露してしまったのは主席の方である。さすがはリアリィ先生と同期でさえなければ主席間違いなしと惜しまれた次席卒業生。自らの精霊に縛りあげられた状況にありながら、従者の責務を犯すことなくきっちり主席に罪を擦りつけてみせた。
「邪教徒にわけてあげるお菓子なんてないのです」
「痛いですっ。髪を引っ張らないでくださいましっ」
自分のコテージには立ち入り禁止だとタルトが宣言すると、お菓子にありつけなくなって怒ったのか蜜の精霊が主席の髪の毛をグイグイ引っ張り始めた。自分は邪教徒ではない。どうか信じてくれと主席が情けない悲鳴を上げる。
「私が欲しかったのは抱き枕カバーだけです。本の方は焼き捨ててしまえばいいと……」
「この間だって本物を抱っこして楽しんでたじゃない。どうして抱き枕なんて欲しがるのよ?」
「くっ……」
シュセンドゥ先輩の追及に主席は口を閉ざす。
「……さては、人に言えないようなことに使うつもりだったのね」
「しょ、しょれって……」
「ちちちっ、違いますっ! 実は――」
口にするのも憚られるからかと先輩が目を細めると、何だと思ったのかアキマヘン嬢が耳まで真っ赤に染めて身を震わせた。鉄仮面のせいで顔色はわからないものの、ドクロワルさんも激しく動揺していることが魔力からうかがえる。沈黙していては勝手な憶測を事実と決めつけられてしまうことに思い至ったのか、とうとう主席はその忌まわしき企みを明らかにした。
「――弟にプレゼントしたかったんですの……」
「やめてよっ。なに考えてんの主席っ!」
夏に一度帰省して、モロリーヌからの贈り物だとペロリアス若様に渡すつもりだったという。若様は騙されているだけとわかっていても、自分のイラスト入り抱き枕カバーが抱きしめられているところを想像すると背筋に悪寒が走る。なんてことを考えやがるのだ。
「ダメだよっ。生身の女性と縁を結ぼうとしないダメ人間になっちゃうよっ」
幼いうちからイラスト入り抱き枕カバーなんかに頼っていては、将来のペドロリアン侯爵が二次元のお嫁さんを求めるようになってしまう。実家が潰えてしまってもいいのかと、どうにか思いとどまるよう主席に言い聞かせたものの、自分にも考えがあると主席は譲らない。
「モロリーヌさんが男の子だと知って絶望と不信に苛まれているところを、私の見繕った娘にとことん甘やかして慰めさせます。ペロリアスはその娘から離れられなくなって、なんでも言うことを聞くようになるでしょう」
「自分の弟を傀儡にするつもりっ?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。ちょっと聞き分けを良くするだけですわ」
かわいい弟が悪い女に騙されないよう計らうのも姉の務めだと胸を張る主席。自分が酷いことをしているという自覚はないようだ。彼女はとことん悪辣で、そしてあまりにも過保護だった。
ごめんよ若様……。恨むなら、君のお姉さんを恨んでおくれ……
夢を見せ、それを壊し、傷ついているところに刺客を送り込む。どう考えてもダメ男を作ろうとしているようにしか思えないのだけど、ペドロリアン家の教育問題にあまり口出しするわけにもいかない。僕にできるのは、若様が女性不信から邪教に走らないよう祈ることだけだ。
「邪教に染まってはいないとお前は言うのですね?」
「もちろんですわっ。ですから、意地悪なことをおっしゃらないでくださいましっ」
シルキーの作るお菓子にありつけなくなったら、また蜜の精霊がふてくされてしまう。お願いだから立ち入り禁止は勘弁してくれと泣きついて、主席はどうにか3歳児からお許しをいただいた。残った問題はひとつだけ。そう、プッピーである。
研究室ではプロセルピーネ先生が牙を研いで実験体が来るのを待ち構えているはずだ。さすがに知らせないままというのは心苦しい。
「サンダース先輩は何も知りませんが、プロセルピーネ先生はコナカケイル氏が従者に邪教の聖典を探させていたことを知っています。もちろん、聖典の内容も……」
「ふおぉぉぉ――――っ」
先生がすでに情報を掴んでいることを伝えると、コナカケイル氏は仰け反らせた身体をビクンビクンと痙攣させながら雄叫びを上げた。真っ青になった顔からものすごい量の冷や汗が滴り落ちる。少しばかりショックが強かっただろうか。
「どっ、どうしてプロセルピーネがっ?」
「兄様、任務がおありなのではございませんか?」
どういうことだ。説明してくれと僕に掴みかかろうとするコナカケイル氏。だけど、彼の前に拘束から解かれたモチカさんが立ちはだかった。ワイバーンを連れているということは、任務に出発するところだったのだろう。いつまでも井戸端会議に付き合ってないでさっさと仕事に行けと冷たく突っぱねる。
「待ってくれ。話だけでも……」
「兄様の頼みとあらば私はいくらでも待ちますが、任務は待ってくれません。ショタリアンに任務放棄などという汚名を着せるおつもりではないでしょうね」
「モチカ……お前……」
そんな意地悪言わなくてもとコナカケイル氏が涙目になって訴えるものの、ヒハキワイバーンまで与えてくれたペドロリアン侯爵の顔に泥を塗るつもりかとモチカさんは一歩も引き下がらない。コナカケイル氏はこれから哨戒任務に出かけるところだったらしく、ここにやってきたのはモモベェを離陸させるのに僕たちが使っていた斜面が最適だから。未練に満ちた視線を僕に向けながらお兄さんが飛び立っていくのを見送るモチカさんの表情は、何かやり遂げたような達成感に溢れていた。
邪魔者がいなくなったところで再び練習を開始し、僕とアキマヘン嬢はイナホリプルの訓練に取りかかる。まだ騎手からの指示で翼を使うことを教えていないため、まずは羽ばたき大ジャンプからだ。僕の合図でちゃんとできたらご褒美のリンゴをあげて、異なる合図や指示していないのに跳び上がったら鞭でポコリと頭を叩く。これは失敗というサインでしかないので、苦痛を感じるほど強くひっぱたいたりはしない。
「私にもやらせてくださいっ」
見ているのに我慢できなくなったのか、リンゴを与える係をしていたアキマヘン嬢が自分にもやらせてくれと言い出した。
「コケトリスは嘴とかぎ爪を持った魔獣だから、痛い思いをさせて言うことを聞かせようなんて考えちゃダメだよ」
魔導甲冑でも身に着けていれば別だけど、本気で怒らせたら人族なんてひと捻りにされてしまう。おねだりしてもご褒美はもらえないと理解させれば良いので、聞き分けの良いイナホリプルには鞭を頭の上で振るだけでも充分だと伝えて鞍上をアキマヘン嬢に譲った。跳び上がるたびに歓声を上げるのは公爵令嬢として如何なものかと思うけど、本人が楽しんでいるところに水を差すのは無粋というもんだ。隣に目をやれば、タルトと蜜の精霊がクマネストにオムツダンスを仕込んでいた。
こいつらは、熊にまでオムツを穿かせるつもりなのだろうか……
お昼を過ぎたころ、シルヒメさんとブンザイモンさんがランチを持ってやってくる。ティコアとヒヨコも一緒だ。刷り込まれた母親によってバナナンテと命名された僕の雄鶏はすくすくと育って、もうすぐ体重でタルトに並ぶだろう。黄色い綿毛は抜け落ちて全身白い羽毛に包まれているけど、体つきはヒヨコのままでまだまだ丸っこい。黒い羽根が生えてくるのはもう少し成長してからになる。
「げぼく~、げぼく~。お昼寝をするのです~」
昼食を食べ終えると間髪入れず添い寝を所望してくる3歳児。こっちにこいと手を引かれ、おっさんの如く仰向けに寝転がっているクマネストに寄りかかって座らされた。少し癖のある髪の毛をまとめてブタさんフードを被せてやると、僕の膝の上に覆いかぶさるように上半身を横たえる。脱いだローブを布団代わりに掛けたところ、スルリと蜜の精霊が入り込んできた。主席が怨念の塊と化す。
「ぐぬぬ……、またしてもヌトリエッタを……」
「先輩の精霊は殊の外かわいらしいですね……」
「はぁ……こんな女の子が欲しいです……」
このタラシ野郎と柳眉を逆立てる主席をよそに、アキマヘン嬢がうらやましい限りだとため息をつき、ドクロワルさんは何気に過激な発言を繰り返している。僕のビッグデリンジャーはまだ火を噴けないけど、予約はいつだって受付中。おっぱいの大きい女性は大歓迎だ。
「お姉さんが隣で子守唄を奏でてあげるわね~」
「「ああっ、先輩だけずるいですっ」」
シュセンドゥ先輩が僕の隣に寄りかかってきた。膝の上に抱かれたダカーポが清らかな鉄琴の音を響かせ始め、ドクロワルさんたちが一斉に非難の声を上げる。
「食べてすぐ横になると……ブタになるわよ」
「「はうあっ……」」
こうなることを予想して自分は食べる量を控えめにしておいたけど、あんなにバクバク食べた後にゴロゴロすればウエストがきつくなるぞと先輩が意地悪そうな笑みを浮かべる。食いしん坊し過ぎた自覚があったのだろう。主席とドクロワルさんに加え、アキマヘン嬢まであんぐりと口を開けたまま固まった。
「はっ、謀りましたわねっ」
「古臭い秘匿術式には頼らない。いつだってシュセンドゥは、時代の先を読むことで発展してきたのよ」
後のことを考えないからこうなる。身から出た脂肪だと先輩に笑われ、モチカさんによって3人は食後のランニングに追い立てられていった。いっくら食べても太らないタルトは早々にバナナの国へと旅立ったらしく、本日は晴れ時々バナナ。滑りやすいのでスリップに注意などと寝言を漏らしている。
精霊たちが目を覚ましたころ、哨戒に出ていたコナカケイル氏が戻ってきた。誤解を解く上手い方法はないかと尋ねられたので、実験台よりも興味を引きそうな手土産を用意しておけばプロセルピーネ先生の気が逸れるはずだと答え、併せて新鮮なジラントの肝を欲しがっていたことを伝えておく。首尾よく肝を手に入れてくれれば、先生は大喜び、コナカケイル氏は許され、僕も無茶なおねだりをされずに済むだろう。
さすが僕。八方丸く治まる素晴らしい解決策だ。




