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道案内の少女  作者: 小睦 博
第6章 追いつけない背中

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142 目指すところ

「今度は何をやらかそうというのですっ。洗いざらい白状なさいっ」


 僕は椅子に縛り付けられ尋問されていた。騎士に追われるなんて尋常ではない。いったい何をしでかそうと企んでいたのか正直に吐けと、リアリィ先生がお椀のような反射板のついた照明の魔導器を僕の顔に向けてくる。


「こんな術式があれば良さそうだと思っただけで、何も企んでなんかないですよぅ」

「どうして良さそうだと思ったのですっ。説明しなさいっ」


 【皇帝】の飛躍しまくった妄想は疑いもせず頭から信じるのに、どうしてか僕の言葉を信用してくれる人はひとりもいない。主席に次席にドクロワルさんまで、また大それたことをやらかすつもりかと柳眉を逆立てていた。


「そういえば、王都で口にしていましたわね……」


 なにやら思い当たったようで、主席がポンと手を叩く。


「勝算があるなら魔導騎士や竜騎士を相手に回すことも厭わないっ。イヤクッ!」

「言ってないっ。全然、意訳になってないよっ!」


 いかにも僕のモノマネをしてますといった感じにドヤ顔でキザったらしいポーズを決めた主席が、盛りに盛った台詞を吐きやがった。主席の言葉を疑おうともしないクラスメートたちが、なんて向こう見ずな奴だといっせいにどよめく。


「モロリーヌはやるなと言われたことは必ずやる……憂言実行ゆうげんじっこうのチャレンジャーよ……いかなる障害も乗り越えて……成し遂げるに違いないわ……」

「それ褒めてるつもりなのっ?」


 次席が全然嬉しくないことを言ってくれる。どうやら、忠告を無視してサクラちゃんのお兄さんに戦いを挑んだことをまだ根に持っていたようだ。やるなと言われたことは実行するって、それじゃただの問題児じゃないか。


「モロリーヌちゃん。正直に白状すれば先生も許してくださいますよっ」


 ドクロワルさんが隠し事なんて全部吐き出してしまえと勧めてくる。そんなこといわれても、僕の腹の中はからっぽで吐き出すものなんかひとつもない。


「どうあっても口を割らないということなら仕方ありません。この術式を評価対象から外します」

「うええっ。期限は明日じゃないですかっ?」


 評価対象から外すということは、僕の術式では課題を達成したと認めないということだ。そんなことをされたら、明日の授業までに別の術式を用意しなければいけなくなる。未達成で減点をもらいたくなければ、さっさと白状せいとリアリィ先生が迫ってきた。


「構わないのです。下僕にはわたくしが術式を授けるのですよ」

「タルト先生っ?」


 なんと、タルトが別の術式を教えてくれると言い出した。また僕だけ秘匿術式を手に入れるのかとクラスメートたちが殺気立つ。


「伯爵ばっかりズルイよっ。不公平だよっ」

「お前たちが下僕の術式を奪ったから、わたくしが代わりの術式を授けるのです。これでおあいこなのです」


 そんなの不公平だとクセーラさんがくってかかったものの、これで公平なのだとタルトは聞き入れない。特定の生徒だけを贔屓するのは教師としていかがなものかというスネイルの抗議にも、僕と交わした契約は他のすべてに優先するとどこ吹く風だ。


「下僕は生徒である前にわたくしの下僕なのです」

「くっ、それは……」


 精霊は人族の定めたルールに縛られる存在ではない。自分の下僕に何を授けようが文句を言われる筋合いなんてこれっぽっちもないのだと言われては、リアリィ先生も引き下がる他なかった。


「いったい、どんな術式を?」

「姿だけでなく匂いや魔力も隠してくれる便利な術式があるのです。これを使えば、リアルビッチのお風呂に忍び込んでも触れられない限りわからないのですよ」


 いつだったかタルトの言っていたアクティブ型ロゥリングサーチには引っかかってしまうのだけど、僕やプロセルピーネ先生が普段使っているパッシブ型ロゥリングレーダーなら誤魔化せる素敵術式。女子風呂で一緒に湯船に浸かっていてもバレないという。


「マイフレンド……僕たち親友だよね」

「誰のせいでこうなったと思ってるのさっ」


 のぞき放題だと耳にした途端、むっちゃ似合わない爽やか笑顔を浮かべた【皇帝】が僕を拘束している縄を解き始める。そもそも縛られたのはお前のせいだと脛を蹴り飛ばしてやった。次席の命を受けたムジヒダネさんに首根っこを引っ掴まれ、焼けた銅を飲ませてやると教室の外へ引きずられてゆく。


「モロリーヌさん……」


 今度はリアリィ先生が僕の両肩にそっと手を添えて、微笑みを浮かべながらまっすぐ瞳をのぞき込んできた。


「あの霧の魔導器には期待しています」

「いや、あの術式は評価対象外だって……」


 さっきそう言ったではないかと口にしたところ、先生の手が万力のように両肩を締めつけ始めた。魔力に殺気が混じり、ギリギリと指先が肉に食い込んでくる。


「先生の期待を裏切るモロリーヌさんではありませ――ごぼわっ?」


 僕にどうにか霧の魔導器を作らせようと、目だけが笑っていない微笑みで脅迫してくるリアリィ先生。だけど、本の精霊をスリ盗ったタルトに頭から水をぶっかけられ沈黙した。肌にぴったりと貼りついたブラウスとその下に透けて見える下着のラインに興奮を抑えられない。

 うほうっ、濡れ透け女教師キタコレ……


「リアルビッチは往生際が悪いのです」


 自分の言い出したことを今さらなかったことにするなと、タルトがこれ見よがしに先生の精霊を玩ぶ。今度は鍵だけでなく鎖でつないでおいたらしいのだけど、それも3歳児の前では役に立たなかったようだ。外されてしまった鎖が腰のホルスターからダラリと垂れ下がっている。


「そっ、それは幻惑術式じゃないよっ。犯罪術式だよっ」


 そんな術式が男どもの手に渡ったら最後だと、クセーラさんが課題から外れていると必死に主張する。だけど、賛同してくれるクラスメートは少なかった。彼らの多くは、自分の姿を他の物に見せかける。若しくは覆い隠す術式を組んだのだろう。ここでの賛成は、自らの課題まで評価対象から外されるリスクと引き換えだ。


「誰にも文句は言わせないのです。下僕はお礼として三輪車にカゴをくっつけるのですよ」


 ご機嫌なタルトが抱っこしろと両手を出してきたので、抱え上げて膝の上に座らせる。3歳児は蜜の精霊やカワウソが入れるカゴを三輪車に取り付けたいらしい。そんなものはお安い御用だ。別に術式と引き換えにするようなものじゃない。


「それはやってあげる。だけど、やっぱり僕は霧の魔導器を作ることにするよ」


 当初の予定どおり霧の魔導器を作ることを伝えると、タルトの目が驚いたように真ん丸になった。


「わっ、わたくしの術式はいらないと言うのですかっ?」


 タルトの術式がいらないわけじゃない。むしろ、ブタさんキャンセラーと並んで喉から手が出るほど欲しい術式だ。だけど、それはしょせんタルトの術式。僕の術式ではない。


「正直なところ、欲しくてたまらないんだ。だから――」


 そう。いつだって僕たちは、自分の手で夢を掴み取るために足掻いてきた……


「――僕自身がその術式を構築できるようになりたい。そのために手を貸してくれないかな」


 あの日、田西宿実と共にベンチ入りしたメンバーの半数は、もう名前を思い出すことすら怪しくなってしまった。だけど、勝利は与えられるものではない。栄光はこの手で掴み取るのだと全員が心をひとつにしていたことだけは覚えている。


 リアリィ先生でさえロゥリングレーダーを誤魔化せる術式は所持していない。タルトの術式を課題として提出すれば、間違いなく一番高い評価がもらえるだろう。でも、それは僕が優れているという証にはならない。すでに領主たちから注目を集めているドクロワルさんの知識と技術は彼女自身が身につけたもの。借り物の評価で追いついたとしても、メッキが剥がれればそれまでだ。

 それは、僕の望む未来ではない。掴むべき栄光は別にある。


「フヒャヒャヒャ……下僕はっ。下僕はやっぱりおもしろいのですっ」


 僕の膝の上でプルプルと身体を震わせていた3歳児がお腹を抱えて笑い始めた。ジタバタと足を暴れさせるので、落っこちないよう抑えておくのにひと苦労だ。


「下僕みたいな欲張りさんを目にするのは久方ぶりなのですよ」


 術式を与えられただけでは満足できない。それを構築できる知識が欲しいと乞うてきたのは、これまでに【大賢人】ひとりしかいなかった。誰も彼も術式や魔導器をありがたがって受け取るなか、いらないと断った者は僕でふたり目。こんなに欲の皮の突っ張った奴、そうはいないと3歳児が笑い転げる。


「よいのです。よいのです。どこまでわたくしに近づけるか試してみるのです」


 頼みの綱のタルトはその気になってくれたようでひと安心だ。なにせ、リアリィ先生ですら組めない術式を構築できるようになろうというのだから、さすがに独学では無理があることくらい承知している。手を引いてくれる道案内ガイドが必要だった。


「なるほど、確かに大それたことを企てていましたわね……」


 なんだろう。主席に次席に【禁書王】が僕の前に立ちはだかって見下ろしてきた。


「アーレイは私たちの理解を超えたチャレンジャー……冗談ではなさそうね……」

「ふっ。まさかAクラス下位から、この一年で術師課程の特待生を目指そうとはな……」


 術師課程の特待生は専門課程ヒエラルキーの最上位に君臨する最も将来が嘱望される生徒。学年トップスリーの3人が目指しているのも、もちろん術師課程特待生の座である。自分がなれるなんて夢のまた夢と考えていたけど、主席たちは僕が特待生枠を狙っていると勘違いしたようだ。


 だけど、考えてみればプロセルピーネ先生の弟子に並ぶにはこれっきゃない……


 何が不満なのか、これまでプッピーは特待生を取ることがなかった。リアリィ先生やモチカさんでさえ落とされたという【魔薬王】の特待生第一号がドクロワルさん。彼女に追いつくのに、術師課程の特待生以外のものなんてあるはずもなかった。


 忘れていたよ。進路に悩んでいられるような余裕、僕にはないってことを……


 Aクラスになって、心のどこかで目的は達成したと気が緩んでいたのかもしれない。まだこれから。いや、ここからだ。それを思い出させてくれたのだから、エロオヤジの妄想も捨てたものではないと思う。


「そのとおりだよ。僕は術師課程の特待生になるつもりさっ」


 今思いついたにもかかわらず、挑戦的な笑みを浮かべいかにもそうでしたと言わんばかりに言い放つ。もう毒を喰わらば皿まで。いけるとこまで突き進むしかない。


「挑戦状。確かに受け取りましたわよ」


 はるかな高みから僕を見下ろしながら、学年主席のお嬢様はフフンと楽し気に鼻を鳴らす。己の実力に裏打ちされた自信と余裕が、ともすれば尊大と取られそうな態度を寛大と感じさせてくる。Bクラスの連中やバグジードとは格が違った。


「モロリーヌちゃん。学年末には上位10名に入れるようにお姉さんと頑張りましょうね」


 これまでジリジリと順位を上げてきたドクロワルさんは現在学年18位。秋学期の終わりにはランクインを果たしたいらしい。そうだ。それくらいでないと特待生の選考から漏れてしまう。


「渡さないよっ。10位の座は誰にも渡さないよっ」

「クセーラは10位を維持することより……少なくとも6位になることを考える……」

「いたっ。姉さん痛いよっ」


 どうしてそう志が低いのだと、クセーラさんの頭を小脇に抱えた次席がゴッチンゴッチンと拳骨を喰らわせ始めた。入学した年に6位だったのだから、最低でもそこまでは順位を戻させたいのだろう。


「フッ……フフフッ……フハハハッ……」


 何を思ったのか、突然悪役じみた笑い声を上げながらロミーオさんが両手を広げて天を仰いだ。女の子にあるまじきがに股で、腰をガクガクと前後に突き出している。


「そうよっ。そうでなくっちゃ。礼を言うわモロリーヌ。私の心から悪魔は去ったっ!」


 もう70点なんかに迷わされたりしないと口にしたロミーオさんが、挑戦者はモロリーヌだけではない。学年トップスリーの座が安泰だなんて思わないことだと主席たちに挑戦状を叩きつける。それに触発されたのか、数人の生徒が秋学期の終わりには吠え面かかせてやんよと口にし始めた。


「受けて立つわ……やってみせなさい……」


 学年次席、いや主席の座は渡さないと、受けて立つかのように思わせながら次席までしれっと主席に挑む構えを見せる。


「心配事は増えましたけど、Aクラスに活気が戻ったことは良しと考えるべきでしょうか……」

「先生。いつまでも濡れた服を着ていると身体を壊しますよ。反省室へ急ぎましょう」


 疲れたような顔でため息を吐くリアリィ先生に着替えるのを手伝いますと申し出たものの、返ってきた答えは頭の上に振り下ろされたチョップだった。


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