133 コケトリス部門
タルトが先生になったことで、僕たちは紅薔薇寮から教員宿舎として貸してもらったコテージへと居を移した。客員教員を引き受けたのはシルヒメさんのためでもあるらしい。シルキーは集合住宅より一戸建てがお好みのようで、衣擦れの音で鼻歌を奏でながらせっせと自分好みに改装したり庭をいじったりしている。
ちなみに、お隣は主席のコテージ。タルトはさっそく生垣に抜け穴を作らせて、好きな時に行き来できるようにしてしまった。もっとも、使っているのはもっぱら蜜の精霊とカワウソで、かわいい精霊とペットを返せと主席が怒鳴り込んでくる毎日だ。
まぁ、そのたびにシルヒメさんのお茶とお菓子をいただいていくのだけど……
「主席、精霊を遊びに来るダシに使ってない?」
「そのようなことはございません」
精霊とカソリエッタを取り返しに来ただけだと、プンプン口で怒ってみせる主席。精霊たちがクマネストに寄りかかってお昼寝を始めてしまったので、僕たちはコテージにあるテラスでお茶をいただいていた。すっかり野生を失った人喰い熊は動物園のパンダのようにだらしなく仰向けに寝っ転がり、精霊たちはモフモフベッドの寝心地を楽しんでいる。
「それより、コケトリス部門の話は引き受けるおつもりですの?」
「まあね、僕としても都合がいいし……」
シュセンドゥ先輩とアキマヘン嬢が発起人となって、飼育サークルの中にコケトリスの訓練方法を学ぶ部門を立ち上げようという話が持ち上がっていた。もちろん、教えるのは僕の役目である。一般的なコケトリスの訓練はプロセルピーネ先生もできるのだけど、崖下り競技で使われる動きなんかは知らないそうな。
「自分を安売りし過ぎるのは感心いたしませんわよ」
「そうはいっても、全部僕に訓練しろって任されても困るしね」
せっかく自分にしかない技能があるのに、簡単に他人に教えてしまうのはいかがなものかと主席は言う。だけど、いずれ僕ひとりの手に負えなくなることは明らかなのだ。今いるヒヨコ3羽は僕が訓練するにしても、その後に産まれてくるであろうコケトリスの訓練は他の人にお願いしたい。
市場独占というのは、需要に応じられるだけの体力あってのものである。
コケトリス部門の設立にはリアリィ先生も乗り気で、僕が教師役を引き受ければ専用の鶏舎を用意して、飼育サークルの活動費も増額すると請け負ってくれた。ずいぶん気前のいい話だと思ったけど、これまで人族にはなかった技能が学べるようになるなら安いものだそうな。
「モロニダスさん。カリューアさんが訪ねていらっしゃいました。メロンがあるそうです」
「あ、すぐに通してください」
主席と話をしていたところにブンザイモンさんが声をかけてきた。メロンが手土産ということは次席の方だろう。門前払いにしたら後が大変だ。
「メロンはシルキーに渡しておいた……コケトリス部門の募集要項を知りたい……」
発芽の精霊を連れた次席は、お茶に口をつけるとコケトリス部門の話を切り出した。興味を示している西部派の生徒たちから、コケトリスを持っていなくても受け入れてもらえるのか。人数制限や条件なんかはあるのかと問われることが増えたという。
「あんまり考えてなかったけど、そんなに希望者がいるの?」
「道の整備が遅れていて……魔物も出没する西部派の領では……馬よりもコケトリスの方が有用……希望する者は多い……」
よく訓練された伝令なら馬よりも自分の足で走った方が速いということも珍しくない。ただ、魔物に出会ってしまうこともあるため単独行動には危険がつきまとう。ちょっとした魔物程度なら撃退できてしまうコケトリスはパートナーに最適だと考える生徒は多いらしい。
「人数が多過ぎて指導が行き届かなくなっても困りますから、各派閥に募集枠を設けてはいかがです?」
「私も同じことを提案するつもりで来た……人数に限りがあるなら……選考は派閥に任せてもらいたい……」
募集枠が配分されていれば派閥の方で有望な生徒を選抜できる。興味もないのに希望だけして、上手いことメンバーになれたら報酬と引き換えに交代しようという輩を排除できるだろうと主席の提案に次席も賛同した。次席のところに尋ねてきた生徒の中には、小遣い稼ぎが目的と思われる者も混じっていたという。
人気のチケットなんかを入手して、ネットオークションに流したりするアレか……
どうやら、この世界でもダフ屋行為は横行しているらしい。まぁ、転売は商売の基本。お金というものが存在する以上、必ず誰かが思いつくに決まっている。
「不逞の輩はどこにでもいますわね。いったいどなたですの?」
「クセーラとウカツ……」
「ぶごひゅっ!」
紅茶を口にするタイミングを見計らっての次席の答えに、主席がたまらず噴き出した。なんでも、次席の目の前ではばかることなく儲け話だと口にしていたらしい。実にあのふたりらしい迂闊さである。
「真面目に技能を身に付けたいと望む生徒から金銭を巻き上げようなんて、許しておけませんわね」
「だから来た……あのふたりにお仕置きする……」
なるほど。選抜権を派閥に委ねてしまえば、クセーラさんやヘルネストが何を言ってこようが僕に決める権利はない。僕では情に訴えられれば流されてしまうけど、次席なら笑いながらふたりの思惑を叩き潰してくれるだろう。
僕とドクロワルさんに手を回してマンドレイクの先物相場を高値維持しようとした先物相場師と仕手筋に、ちょっとした転売で小遣い稼ぎを企むふたりを責める資格があるかどうかは正直なところ疑わしい。だけど、派閥に所属してない僕は顔が狭く、人柄まで知っている生徒は極僅かだ。希望者リストを渡されて、そこから選べと言われても困る。
ここは、主席の提案を採用するしかないか……
「国中のマンドレイク相場を操作することに比べたら、かわいいものだよね?」
「ごふえっ!」
とはいえ、このままふたりの言いなりになるのも面白くない。紅茶を口に含むのを待って自分たちの企んだことを思い出させたところ、次席が傾けていたカップの中身が爆発した。
「ぐっ……アーレイ……狙ったわね……」
発芽の精霊から渡されたハンカチで紅茶を浴びてしまった顔を拭きながら、タイミングを計っていやがったなと睨み付けてくる次席。子供が牛乳を飲んでいるところに奇抜な一発ギャグをかますのは田西宿実の得意技だったのだ。絶好球を見逃す僕ではない。
「相場を吊り上げるためではなく、安定させるためだとあれほどっ」
高騰や急落に対応するための備蓄だと、主席は実家の買い占めを正当化する。高値安定と吊り上げのどこが違うのか、納得のいく説明をしてもらえないだろうか。
「まぁ、今年は指導できるのが僕しかいないから、募集枠は各派閥2名でどうかな?」
しょせん同じ穴の狢だと思い出させたところで、しれっと話をコケトリス部門のことに戻す。コケトリスを所持しているシュセンドゥ先輩、アキマヘン嬢にドクロワルさんは特別枠として、他に8名を募集。新人教育のできる人が増えてきたところで順次増やしていく予定なので、来年には卒業してしまう最終学年は除外と決めた。
「よろしいのではありませんこと」
「先々のことを考えれば……教養課程の生徒から選ぶのが良さそうね……」
正式にはリアリィ先生の許可を得てからになるけど、北部派は主席、西部派は次席、東部派はシュセンドゥ先輩、南部派はアキマヘン嬢に選んでもらえばいい。僕が適当に選んだのでは遺恨が残るけど、彼女たちであれば文句をいう生徒もいないだろう。
話がまとまったところで、シルヒメさんがお茶のおかわりと切ったメロンを持ってきてくれる。
「メロンの気配を感じたのですっ」
熟したメロンの甘い香りに鼻孔をくすぐられたのか、夢の中でバナナを追いかけていたはずのタルトがガバリと起き上がった。ペットたちも目を覚まし、メロンをくれとおねだりを始める。
「抱っこして食べさせるのです」
両手をさし出してくる3歳児を膝の上に抱き上げて、ひと口大に切り分けられたメロンを口に運んであげると、甘えん坊は美味しくて堪らないのか足をパタパタ揺らす。蜜の精霊には主席が、発芽の精霊には次席が同じようにメロンを食べさせていた。
「クマネストにも食べさせてあげるのです」
タルトはクマネスト、発芽の精霊はヒヨコ、蜜の精霊はカワウソにメロンを与え始めた。ブンザイモンさんの膝の上でご馳走を食べさせてもらっているティコアがサソリの尻尾をリズミカルに振り回して喜びを表す。なお、毒針カバーを被せてあるのでプスリといくことはない。
「この家には幸せがあるのです。リアルビッチもなかなか気前がいいではありませんか」
上機嫌になったタルトがお尻で飛び跳ねようとはしゃぐ。落っこちたところで痛くもないのだろうけど、ご機嫌を損ねると後が面倒なので支えてあげる。3歳児らしく、喜びを身体で表さないと気が済まないようだ。
「クセーラさんがいなくてよかったね」
この光景を目撃したら、またゴレームたんは喜ばないとか言い出して、僕のナイスな改造案も上から目線だと非難するに決まっている。僕たちが王都から戻ったことで紅百合寮からヒヨコがいなくなってしまい、寂しさを紛らわそうとゴレームたんでお人形遊びをしては沈み込むことが多くなったと次席が教えてくれた。
「クセーラナラアソコニイル……」
「ぎょわっ。これはクスリナッ?」
生垣の向こうから女の子の悲鳴が聞こえてきた。どうやら、こっそりのぞき見をしていたようで、発芽の精霊に操られた植物に絡めとられたらしい。次席が席を立ち、植物の蔓で縛り上げられたクセーラさんを引っ張ってくる。
「のぞき魔は……両目を潰して舌を引っこ抜いてから……焼けた銅を飲ませる……」
「ないよっ。ちょっと庭の様子をうかがっていただけでその罰はないよっ!」
のぞき魔に相応しいお仕置きをくれてやろうと次席に微笑まれ、そのような罰は人道に反すると罪人が必死に否定する。いつぞや、僕がのぞき魔として追われた時に自分が口にしていたことはすっかり棚に上げているようだ。姉がメロンを持って僕のコテージを訪ねるというので一緒に行こうとしたらすげなく断られてしまった。妹がコケトリス部門に入れるよう口利きをしてくれるのではないかと、気になって後をつけてきたのだという。
「コケトリス部門のメンバーは各派閥2名まで……西部派の選考を任されたのは私……」
「えっ、じゃあっ」
次席がメロンを持ってきたのも、自分をコケトリス部門に入れるための賄賂だと考えていたくらいだ。もちろんかわいい妹を選んでくれるのだろうと、クセーラさんが期待に目を輝かせる。
甘い……その考えは甘すぎるよ……
「小遣い稼ぎを企む不埒者なんて……選外に決まっている……」
「うえぇぇぇっ」
吐き捨てるように不合格を言い渡す次席。妹がかわいくないのかとクセーラさんに詰め寄られても聞く耳を持たない。
「酷いよっ。姉さんだって、伯爵を利用してマンドレイクでの損失を取り返そうとしたじゃないっ」
「それは事実だと認める……だけど――」
次席が淹れ直してもらったお茶に悠然と口をつける。
「――それは、それ……これは、これ……」
「なにそれっ。伯爵家の嫡子がそれでいいのっ?」
人として間違っているとクセーラさんがくってかかるものの、貴族家の当主とはそういうものだと次席はどこ吹く風だ。人の道を踏み外す覚悟のない奴に領主なんて務まらないと、発芽の精霊から受け取ったヒヨコを撫でながら言い放つ。
「ふわふわしてあったかいわね……」
「ねっ、姉さんっ。私にもっ」
「ダメ……悪いクセーラにはゴレームたんで充分……」
妹の目の前でホレホレとヒヨコを見せつけた後、胸元に抱いて羽毛の感触を堪能する次席。縛られたままのクセーラさんが、うわぁぁぁん……と泣き声を上げる。ヒヨコくらい抱っこさせてあげたいけど、次席のお仕置きを台無しにしては後が怖い。
「あんなゴーレムを作っている時間があったのに、抱っこ用の腕を作らなかったクソビッチにヒヨコは渡さないのです」
「タルちゃんまでっ?」
抱っこ専用のゴーレム腕ではなくサソリゴーレムを作り上げた。そんなにゴーレムが好きならヒヨコはいらないだろうとタルトが口にすると、いくら成績が向上してもやるべきことよりやりたいことを優先するところは変わってない。ダメ妹には矯正が必要だと次席も賛同する。
「あんまりだよっ。こんな仕打ちはないよっ!」
自分が何をしたというのだとクセーラさんが怒りの咆哮を上げるものの、人員枠の転売を目論んでいた小悪党に味方する者は誰ひとりとしていなかった。




