117 学習院の研究発表会
お披露目パーティーの翌日、僕は父の母校を訪れていた。生徒たちの研究発表会が開かれているらしい。卒業することで貴族や士族となる資格が得られる学校はこの国に3つあり、ひとつがホンマニ魔導院。残りふたつが王都にある国立高等学習院と王国軍士官学校である。
このうち王国軍士官学校は騎士ではなく、王国軍や領軍の士官を目指す人たちの学校で、基本的に誰でも持ち得る程度の魔力を活用した戦い方を学ぶところ。上流階級でなくても魔力がゼロということはなく、ハゲマッソーでクセーラさんから渡された信号弾みたいな1回こっきり使い捨ての魔道具であれば使えなくもない。軍の高級士官は魔力のない平民が士族へと成り上がれる唯一の道であるらしく、平民出身の候補生が7割を占めるという。
一方、国立高等学習院は8割方が上流階級の子弟。平民出身の生徒もヘビマスターのような元士族を親に持つ子供ばかりで、上流階級御用達と言っても過言ではない。つまり、魔導院のライバル校というわけだ。社交の場での話題を魔導院に独占されては堪らないので、この時期にあれこれイベントをぶち当ててくるのだとリアリィ先生は言っていた。
「見せていただきましょうか。学習院の生徒の実力とやらを……」
僕とタルトにお目付け役のモチカさんを従えた主席がズンズンと学習院の門をくぐってゆく。ど田舎にアホみたいな敷地を有する魔導院と違って、建物が規則的に配置されている学習院は団地みたいな雰囲気があった。移動に時間がかからないのは素直に評価したい。
「なんだか、狭苦しいところですわね」
主席が苛立たし気に呟く。両側を建物に挟まれた通路というのは魔導院では珍しいから、慣れていない人は圧迫感を感じるのだろう。ドワッ子の僕は空が見えるというだけで開放感を感じるけど……
「敷地の広さは魔導院の10分の1にも満たないのですから、余らせておくスペースなどないのですよ」
「しみったれた話ですこと……」
モチカさんが敷地が狭いのだから仕方がないと説明したものの主席は気に入らない様子。この国を代表する学府が充分な予算も確保できないのでは、生徒までけち臭くなるぞとわけのわからん理屈を並べ始める。
「土地の価格は魔導院の数千倍という話ですが……」
「……お、王都に作るのがそもそも間違っているのですわ」
金額的には土地代だけで魔導院を超えていると指摘された主席は、無駄なお金のかけ方をするから卒業生がムダ遣いばかりするようになるのだと、掌を返して文句を言い始めた。とにかく狭いのが気に入らないらしい。
ドワーフの洞窟に足を踏み入れたら発狂するんじゃないか?
「これのどこが研究発表なのですっ?」
研究発表が行われている建物に入り展示されている内容に目を通したところで、主席の文句は罵倒のレベルにまで高まった。どれもこれも古典的な理論の焼き直しで、なにひとつ独自の考察が付け加えられていない。中には文章の順番を入れ替えただけの剽窃まがいのものまである。いったい何を研究していたのかと火を噴くような勢いだ。
「こんなもの、図書室にいけばいくらでも転がっているではありませんかっ!」
見覚えのある内容ばっかりで結論も既知の問題点を指摘して終わり。解決策を示唆しているものはひとつもないと、周りのビックリしたような視線も気にせず罵詈雑言を撒き散らす。
「これはっ、またあの家ですのっ!」
またあの家ときた。主席はなにやら展示している人に心当たりがある様子。どこの人だろうと出展者のプロフィールをのぞいてみると――
『官吏課程6年 マークダグラスオクタヴィウス・パクリスギ』
――とあった。ダエコさんと同じ家名ということはお兄さんか誰かだろうか?
またしても北部派なのかとエキサイトした主席は、ダエコさんひとりならザマァで済ませるつもりだったけど、パクリスギ家が子供をそのように教育しているというのなら北部派から追放してくれようと怒りをあらわにする。
「私の研究に大声でケチをつけているというのは貴様か。どこの家の者だっ?」
そこにダエコさんによく似た砂色髪のロンゲ野郎がツカツカと歩み寄ってきて、パクリスギ家は代々エロスロード伯爵家の重鎮とされてきた家柄。無礼は許さんぞと居丈高な態度で威圧してきた。
「研究の独自性を主張することもなく家柄を持ち出してくるなんて、南部派にでも鞍替えなさったらいかがですの?」
一方、主席はペドロリアンの家名を名乗らないことに決めたようだ。北部派の重鎮を自称するならば、家名ではなく論理で自分を言い負かしてみせろとマダお兄さんを挑発する。
「私の研究内容のどこに間違いがあるっ?」
「確かに間違ってはいませんけれど、これはあなたの研究成果とは言えませんわね」
著名な研究者の引用ばっかりで独自の内容が皆無なのだから間違える方が難しいだろうと薄笑いを浮かべた主席は、片っ端から引用元を言い当ててみせた。マダお兄さんの研究は過去に発表された様々な論文を継ぎ接ぎしたものだったようで、20以上にのぼる引用元をピタリと当てられて顔を青ざめさせている。
「丸写しするにしても、せめて文体くらい統一させていただきませんと……」
読みづらいったらありゃしないと肩をすくめる主席。マダお兄さんは拳をブルブル震わせているものの、何ひとつ言い返せないみたいだ。
「いわれなき侮辱に甘んじる私ではないぞっ。貴様に試合を申し込むっ。表に出ろっ!」
どうやら口では勝てないと悟ったご様子。自分が勝ったら今の言葉は誤りでしたと謝罪してここから出て行けと扉の外を指差す。
「では、私が勝ったら引用元を全部書き加えさせていただきますわよ」
「小娘がっ。二度と生意気な口が聞けないよう叩きのめしてくれるっ!」
タルトにスカートをめくられることを警戒している主席は、服装が指定されていない限り騎乗する時のような恰好をしている。今日も膝丈のキュロットスカートに足元はブーツだ。動き回ることに支障はない。
試合は領軍兵の訓練にも広く採用されているダブルダウンで行うこととなった。石畳の上ではなく地面の柔らかい場所に移動すると、周りで成り行きを見守っていた人たちまでゾロゾロとついてくる。もしかして、ありきたりな展示に退屈していたのではなかろうか。
観衆に囲まれた中でふたりが位置につくと、僕の首に巻かれていた精霊がシュルリと外されタルトのローブの袖にしまい込まれた。3歳児が僕を見上げてニンマリと笑う。
「ちゃんと魔力を感じるのですよ」
「まさか、何者かが横槍を入れると……」
ここまで口出ししなかったモチカさんが目を細めた。どうやら、観衆の中にマダお兄さんの手の者が紛れ込んでいるようだ。ひとりは取り押さえてやるから、もうひとりは僕のロゥリング感覚で見つけ出してみせろと言い残してタルトは観衆の中に姿を隠してしまった。
「このような場所で狙った相手だけを制圧するような術式を私は持っていません。モロリーヌさんに見つけ出せないとあらば……」
巻きつく精霊を持っていかれてしまった以上、モチカさんには無差別攻撃しか残されていないらしい。主席の身に危険があるようなら、巻き添え上等で攻撃を仕掛けるしかないという。
「ん~、魔力を収束させてるような気配がいくつか……」
魔術戦闘が行われている時の感覚は何度か感じたことがある。魔導器を使おうとすると、そこだけ極端に魔力が集中するのでわかるのだ。ただ、とばっちりを喰らわないよう防御の魔術を準備している人が幾人かいるようで、近づいて相手の魔力を感じない限り僕にはまだ区別できない。
モチカさんには見失わない程度に離れてついて来てもらい、観衆の後ろをソロソロと移動する。いつでも魔術を発動できるよう備えている人に近づいて相手を確認。身分の高いご婦人や紳士であれば、流れ弾が飛んできた時に防ごうと考えている人だろう。
探している相手は、マダお兄さんと同じ学習院の生徒のはずだ。
「ぐわっ……」
試合に目を向ければ、主席がマダお兄さんを背負い投げで地面に叩きつけていた。主席が主席であるゆえんはあらゆる分野に秀でていることにあり、それは『武技』においても例外ではない。次席や【禁書王】があと一歩のところで主席の座に手が届かないのは、ひとつでも人並みな科目があっては総合成績で彼女を上回れないからである。
「ぐっ、いい気になるなよ……」
1ダウン取られたマダお兄さんが動くことを確認するように肩を回す。同時に、目をつけていた魔力のひとつがひときわ高まった。どうやらサインを決めてあったらしい。最前列で見ていた生徒が何かを隠し持ったような右手を主席に向ける。
――あいつかっ?
とっさに『ヴィヴィアナロック』を発動させて、その生徒の目の前に水の壁を作り出した。次の瞬間、何かが爆発したような突風が吹き荒れる。死角から『エアバースト』を打ち込んで転ばせようとしたのだろう。突然現れた水の壁にぶち当たって空気の塊が解放されたのだ。
「モチカさん。この人です」
目の前で『エアバースト』を暴発させ尻もちをついている生徒を指差す。基本の術式としてポピュラーな存在なので、突風に巻き込まれた人たちも何が起こったのかすぐに理解したらしい。生徒を取り押さえるモチカさんのために場所を空けてくれる。別の場所からは、巻きつく精霊にグルグル巻きにされた生徒がタルトに蹴飛ばされながら尺取虫の様に這い出てきた。
「合図が決められていたということは、初めてではないようですわね」
これまでもこんなイカサマをしてきたのかと、主席が秋学期に作った魔導器を発動させた。土の触手が四方から相手に絡みつく術式で、主席は『テンタクルケージ』と呼んでいる。拘束力はそれほど強くなく、どちらかと言えば守りを固めて動かない相手に行動を強いるための術式であるらしい。
初めて見る術式だったのかマダお兄さんは対応を誤った。触手の間をすり抜けようとして、両側から触手に絡めとられてしまう。この術式から逃れる一番の方法は、1本の触手を攻撃して壊しそこから抜け出すことだ。空が飛べるのなら垂直上昇という手もあるだろうけど……
「待てっ、わかった。私の負けでいいっ」
「まるで、負けていないけど負けたことにしておいてやるみたいな言い草ですこと……」
イカサマを使おうとしたマダお兄さんに観衆からブーイングが飛ぶ。やっちまえやっちまえと主席に声援を送る人まで現れた。ゆっくりと背後に回り込んだ主席が後ろから腰に手を回す。
「成敗――っ!」
触手による拘束が解かれ、マダお兄さんの上半身が弧を描くようにして地面に叩きつけられた。美しいとさえ感じさせるほどのジャーマンスープレックスを決めた主席がブリッジを解いて、勝利を宣言するかのように左手の人差し指を高々と突き上げる。観衆は大興奮だ。
「約束どおり、展示物には――い゛っ!」
勝者の態度で引用元を書き加えさせていただくと言おうとした主席の頭に、背後からモチカさんの手刀が叩き込まれる。
「モチカッ。いったい何をなさいますのっ?」
「その淑女にあるまじきジェスチャーは、いったいどこで憶えてきたのですか?」
悪への怒りに燃える魂が身体を突き動かしたなどと言い訳する主席に、モチカさんは容赦のないチョップの嵐をお見舞いした。
「これを使うのです」
「あら、赤い線が引けるペンなんて珍しいですわね」
さっそく書き込んでやろうとした主席に、これを使えとタルトがペンを差し出した。契約した時に使っていたヤツなのだけど、あの時とは違って赤ペンになっている。どうやら、色を自由に変えられるようだ。
こいつはいいと、本文を塗りつぶすようにガシガシ書き込んでいく主席。まず赤ペンで書かれた引用元が目に飛び込んでくるので、下にある本文を読むには目を凝らさなければいけなくなった。もう目を通そうとする人はいないだろう。
「ブヒヒヒッ……見てましたの。あなた、魔導院の生徒でしょう?」
これでよしと満足していたところに、ピンク色の可愛らしいドレスに身を包んだオークが声をかけてきた。
「オークを使い魔にしているなんて珍しいね。誰のかな?」
「ブヒッ。その手のボケにはとっくに慣れてるの」
オークというのは豚の頭を持った人型魔物の一種で、人族よりも大柄で力も強いとされている。僕たちに声をかけてきたポッチャリ指数がドクロワルさんの3倍はありそうな女の子は、驚くべきことに人族で学習院に在籍する生徒であるらしい。オーク扱いされるのなんて今さらだから、ツッコむと思ったら大間違いだとお腹をブルブル震わせた。
「あたしは祭司課程の生徒でヨウクーシャ・ヒラナルドっていうの。魔導院の生徒ならアーレイって人をご存じないかしら?」




