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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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113 実ることのない初恋

 領主の屋敷で僕たちを待ち受けていたのは腕が4本ある熊だった。


「戻ったかゾルディエッタ」

「お父様もお変わりないようでなによりです」


 えっ? これ人なの? プロセルピーネ先生が作り出したキメラ熊じゃないの?


 身長は2メートルを超えていて、プロレスラーみたいに腕も足もぶっとい。クマネストにも引けを取らないような体格に加えて、背中からも筋肉が隆々と盛り上がった人族にはあり得ない腕が生えている魔物が主席のお父さんだという。


「ワッショイと契約しているのですか、わたくしを肩車させてあげるのですよ」

「ひと目でこの腕の正体を見抜くとは、この子がゾルディエッタの手紙にあった精霊だな」


 背中から生えている腕の正体は持ち上げる精霊。使役者である主席パパの背中にペタリと張り付いているらしい。精霊の腕で高~い高~いした後、3歳児を肩に担ぐ。初対面の相手をビックリさせたくて、初めて顔を会わせる時には必ず精霊を背負ってくるそうだ。


「ホンマニ公爵様が連れていた女の子にはこっちが驚かされてしまったけど、君がビックリしてくれたようでなによりだ」


 せっかくだから足も2本増やしてみないかと迫られてしまった。断るのにひと苦労だったと主席パパが安心した様にため息を吐く。間違いなく【魔薬王】だろう。相変わらず見境がない。


「モミジグマじゃないか。ずいぶんと痩せているな」

「食べ物に困っていたようなのです」

「よしよし、ドングリをたらふく喰わせてやろう」


 豚に与える飼料用のドングリがたくさんあるという。ヒポリエッタやクマネストを獣舎に入れたところで、タルトを肩車したままの主席パパが大量のドングリを牛2頭が並んで使えるような飼い葉桶ごと運んできた。わざわざ自分でやらなくてもと思ったのだけど、使用人では2人いないと運べないが自分ならひとりで充分だと豪快に笑う。持ち上げる精霊なんてのと契約しているだけあって力自慢のようだ。


 獣舎には黒スケやイリーガルピッチの姿もあったのでエサをちゃんと食べているか確認しておく。あまり疲れてもいないようで、飼い葉桶の縁を嘴で突いておかわりを要求してきた。主席パパにお願いしてトウモロコシを足してもらう。


「ゾルディエッタから騎獣の面倒を見るのが上手だと伝えられているよ。ヒッポグリフの世話の仕方を教えてくれたそうじゃないか?」

「そこまでのことはしていません。ただ、騎獣の出すサインを見落とさないよう言っただけです」


 僕が飼育サークルに入ったばかりのころは、獣舎にいる騎獣たちに不満が溜まりまくっていた。先輩たちや主席がお世話をサボっていたわけではない。ただ、機械をメンテナンスしているかの如くマニュアルどおりだっただけだ。


 騎獣にはそれぞれ好みとか、その日の気分といったものがある。今日は歯ごたえのあるトウモロコシを多くしてくれだとか、寝藁が気に入らないから取り替えて欲しいだとか、言葉の発せない騎獣はどうにかわかってもらおうとサインを送るのだけど、主席たちには虫の居所が悪いのだろうと完全にスルーされていた。


 そこで、代わりに騎獣たちの要求を聞き入れてあげたのだけど、そうしたら僕にばかりサインを送るようになってしまった。最近、妙に聞き分けが良くなったのは自分たちが無視されているからだと勘付いたのは目敏いシュセンドゥ先輩。かわいい騎獣をたぶらかしおってと僕は締め上げられ、先輩や主席に騎獣の出すサインを教えることになったのだ。


「普通は騎獣と何年も付き合って、ようやくわかるようになるものだ。ゾルディエッタが初めて君のことを伝えてきた手紙になんて書いてあったと思う?」

「お父様っ!」


 いたずらっぽいニヤニヤ笑いを浮かべた主席パパが聞かせてあげようかと口にしたところ、血相を変えた主席が飛び込んできて、乙女の手紙を公開するのはマナー違反だとクセーラさんみたいなことを言い出した。まぁ、入学したての僕は主席の話についていけなくて、魔獣持ちメンバーとして接してもらえるようになったのはサインに気付けるようになった後。きっと、ゴブリンが生意気なことを抜かしたとでも書いてあるのだろう。


「全部、大切に保管してあるから後で……」

「今すぐ焼き捨ててくださいましっ!」


 色めき立った主席がお父さんの口をふさごうとしたものの、ぶっとい腕で高~い高~いされてしまい空中で足をバタバタとさせる。【禁書王】とか他の生徒と違って、僕に関する記述だけは手紙が届くたびにコロコロと二転三転するものだから、後から読み返すと面白いのだと主席パパが笑った。


「だが、君のおかげで娘の頭はずいぶんと柔らかくなったようだ。感謝しているよ」


 幼いころから優秀で周りには主席を言い負かせる子がいなかったから、正しいのは自分だと考えを曲げないところがあったらしい。魔導院で学年主席だったことは嬉しい反面、鼻っ柱をへし折ってくれる相手がいないことにガッカリしていたのだけど、送られてきた手紙からは娘がしっかり成長していることが読み取れる。

 それが、ドワーフ国からやって来た異端児に出し抜かれたせいだという。


 騎獣のこともそうだけど、どうやらクセーラさんのことが大きかったらしい。それが彼女を傷つけるとわかっていながらも、左腕のことに気付かないような素振りを続けるしか自分にはできなかった。夏学期という短い期間で人が変わったかのように元気にしてしまった僕を見て、敗北感を覚えたと手紙には綴られていたそうだ。


「もっとも、次に届いた手紙では学年6位の優等生にバカを感染させたと、さんざんにこき下ろされていたがね……」

「お父さまぁぁぁ――――っ!」


 真っ赤になった主席が手足をジタバタ暴れさせるものの、宙吊りにされた状態ではパパまで届かない。同級生たちに混じると先生の様に見える主席が幼い女の子にしか見えないとは、まるで巨人の国に迷い込んでしまった気分だ。


「それは酷い言い様ですね。クセーラさんがバカなのは僕のせいじゃありませんよ」

「それも相当に酷い言い方だと思うのだが……」


 それは事実だから仕方がない。頭が悪いという意味ではなく、【魔薬王】や【禁書王】と同じく突き抜けてしまっているという意味ではあるのだけど、バカであることに違いはなかった。自分の趣味を追及するためなら、他のことは全部うっちゃってしまえるタイプである。

 まさか、自分のした借金までうっちゃってしまうとは思わなかったよ……


「クソビッチのことなどどうでもいいのです。早くご馳走を食べさせるのですよ」

「おっ、お父様っ。これは……ちょっと……」


 ご馳走があるというから来たのだと食いしん坊にペチペチ顔を叩かれた主席パパが、茶菓子を用意させているから案内しようと主席をお姫様抱っこに抱え直した。顔を赤らめて恥ずかしそうにしている主席が実に新鮮で可愛らしい。抱き枕カバーにして売りに出せば、男どもがこぞって購入するだろう。


 今夜は公爵様を歓待する晩餐会が催されるらしく、僕たちにも参加して欲しいそうだ。もっとも、もてなされる側ではなくもてなし側としての参加らしい。それまでゆっくりしていてくれと案内されたのは、なんと主席の私室だった。


「なんか、応接間っぽいね……」

「実際、私的に使える応接間ですもの」


 女の子の部屋なんてどんなところだろうとドキドキしていたものの、はげまし亭のスイートルームと同じく寝室と居間は別々になっていて、居間は応接間と変わらないという。未知なる世界は寝室に続く扉の向こうに広がっているみたいだ。お昼寝を求める3歳児が突撃してくれないかと期待したものの、食いしん坊はお菓子の匂いに釣られてしまい役に立たなかった。


「クルミの入ったパイですか。うっすらと香るドングリの匂いが小憎らしいのです」

「樹液から採れた蜜はこの領の自慢ですの。お好みのものを使ってくださいませ」


 ペドロリアン領の特産品はメープルシロップのようだ。何種類かあるので試してみてくれと主席がタルトに勧める。


「もっとグツグツ煮て色の濃くなったものはないのですか?」

「それは、あまり等級が高くないのでお客様にはお出ししてないのですが……」


 薄くてサラサラした蜜なら精霊の蜜の方が上質。せっかくだから、もっとガツンとした風味の強い蜜が欲しいとタルトがメイドさんに要求した。相変わらず妙なところで食通を気取ってやがるけど、3歳児の舌は正確だと認めざるを得ない。シルヒメさんの焼いたお菓子ほど繊細で上品とは言えないものの、インパクトがあって印象に残る味わい深さがあったのだ。


「ヌトヌトの蜜にない香ばしさと強い風味が、たまに口にするには向いているのです」


 僕の膝の上でモッチャモッチャと咀嚼しながら食いしん坊が語った。うん。これはインパクト重視で濃厚な味を売りにするラーメン屋と同じだ。食べ続けたら飽きが来るけど、たまに食べるとめっちゃ美味しく感じるというアレである。


 ヤバイ……無性にラーメンが食べたくなってきた……

 タルトめ……余計なこと思い出させるんじゃないよ……


 僕は決してラーメンを求めない。僕が鶏ガラを求めたばっかりに、ロリオカンに絞められてしまったイリーガルピッチの姉妹に固く誓ったのだ。コケトリスは経済動物であり、食用にされることも珍しくはない。


 お茶が済んだら晩餐会のためにお着換え。王都でのパーティーで着用するため、モロリーヌの夜会服一式はタルトに持ってきてもらっている。【思い出のがらくた箱】からペンギンさん子供ドレスと一緒に取り出されると、主席の手で着せられ髪もセットされた。本日は編み込みハーフアップにリボン付きときたもんだ。


「完璧ですわね。これならペロリアスもイチコロでしょう」

「年の頃が同じ少女と話すのは初めてなはずです。モロリーヌさんに心奪われることは間違いありません」


 ニヒヒ……と意地悪そうな笑みを浮かべた主席に、タルトにペンギンさんを被せていたモチカさんが同意する。


「えっ? まさか、主席の弟を騙すって話。アレ、本当にやるつもりなの?」

「この機会を逃すわけにはまいりません。それに、騙すわけではありませんわよ」


 向こうが勝手に勘違いするだけのこと。わざわざ男の子だとバラす必要もない。想いを募らせる相手がいれば、変な女に引っかかることもないだろうと主席が肩をすくめた。はっきり言って鬼だ。幼い弟に存在しないモロリーヌの影を追わせようなんて、いくら何でもあんまりではなかろうか。


「幼いころの初恋の思い出。それは壊さないでいてあげますわ」


 モロリーヌに手が届くことはなく、いずれ弟は現実に目を向けるだろう。初恋は実ることなく、いつしか懐かしい思い出に変わる。その時が訪れるまで弟の心を占めていろと主席が浮かべたのは、間違いなく毒婦の微笑みだった。


 やりやがったな……ペドロリアン侯爵までグルだったのか……


 晩餐会での席順は、明らかに主席の作戦に都合よく決められていた。僕たちのテーブルには、僕とタルトに主席と弟さん。もてなされ側からはドクロワルさんだけだ。嫌な役回りを押し付けてしまえそうなプロセルピーネ先生やクゲナンデス先輩は、遠く離れた席でこちらに背を向けて座らされている。


「ミス・ドクロワルは食事の時までお面をつけているのですか?」

「ドワーフにここは明るすぎて、お面を外したら眩しくて目を開けていられないんです」


 主席に紹介されたドクロワルさんにペロリアス君が尋ねていた。ドワーフのことは知っていても、洞窟に住んでいるから光に敏感だということまでは知らなかった様子。肉体的な欠陥をあげつらってしまったと思ったのか、無知ゆえに失礼なことを聞いたと丁寧に謝罪している。8歳という話なのだけど、バグジードの100倍は礼儀正しく、そして僕より背が高かった。


「モ、モロリーヌ……あの、モロリーヌって呼んでいいかな?」


 あぁぁ? ドクロワルさんはミスで、僕は呼び捨てだとぉ……

 背が小さいからって年下扱いか、ゴルァ?


 なんて口に出したら命がないので、女の子らしくはにかみながら了解しておく。


「ぼ、僕のこともペロリアスでいいから……」


 てめぇなんざ小僧で充分だ……と言いたかったけど、お仕置きが怖いので若様と呼ばせてもらう。


「モロリーヌさんは私を超える魔力の持ち主なうえ、術式に精通して会話もできる精霊と契約しているんですのよ」


 公爵家からお声がかかってもおかしくないのに、あいにく年の頃が合う相手がいないとはもったいない話だと主席が若様を唆し始めた。ドクロワルさんは魔導院の生徒として平均的な魔力を持っているけど、侯爵家の跡取りを期待できるほどではない。クゲナンデス先輩なら申し分ないのだけど、主席は若様に紹介しない腹積もりだろう。


 ごめんよ……恨むなら、君のお姉さんを恨んでくれたまえ……


 モロリーヌには期待しちゃってもいいぞと暗に勧められた若様は、恥ずかしがるように僕から目を逸らした。


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