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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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108 王都に向けて

「ええっ、モロリーヌちゃんがサンダース先輩とお付き合いするんですかっ?」

「違うから。卒業生のお披露目パーティーに参加するだけだから」


 ここは中央管理棟にある治療室。このクソ寒い時期に王都まで行くことになってしまったよと愚痴を零しに訪れたところ、思い切り勘違いしたドクロワルさんが素っ頓狂な声を上げた。


「そっ、それは将来を誓い合った仲ということじゃないですかっ」

「いや、魔導院側の事情もあって頼まれただけだってば……」


 周囲にそう受け取られないよう子供にしか見えない僕が選ばれたのだと説明したものの、ドクロワルさんは聞く耳を持たない。モロリーヌに悪い虫がついたとバシまっしぐらを収めてある物入れに手をかける。


「ちょっ、何する気なのっ?」

「いかに騎士課程最優秀の先輩でも、この毒なら……」

「ダメだよっ、毒殺なんてっ」


 ほんのちょっとでも血に混じったが最後、体内で増殖して致死量に達するというトンデモ毒。解毒薬には同じバシまっしぐらを口にしたヒメバシリスクの角が必要になるので、ここ以外では絶対に手に入らない。それこそ伝承にある万能解毒薬でもない限り助からないという代物だ。


「お姉さんは許しませんっ。モロリーヌちゃんとお付き合いしたいなら、わたしの屍を超えて……」

「だから、違うんだってばっ」


 妹分を汚す不逞の輩に天誅を下さんとエキサイトするドクロお姉さん。ロゥリング族の僕が力でドワーフに勝てるはずもなく、背中から組み付いて抑えようとしても振り回されるだけである。もはや、彼女を止めるには最終手段に訴えるしか方法はない。


 これをやったら僕の命が……

 でも、ドクロワルさんに人殺しの罪を犯させるわけにはいかない……


「あれ? ドクロワルさん、前よりもお腹がぽっちゃりして……」


 背中から抱き着いて腰に両手を回した状態で、僕は禁忌を口にした。ドクロワルさんの動きがピタリと止まる。次の瞬間、怒りと哀しみに満ちた魔力が彼女の全身から噴き上がった。


「全部っ、全部アーレイ君が悪いんじゃないですかっ!」


 シルキーの焼いたお菓子なんて出されて我慢できる女の子なんていない。他では絶対に口にできない甘味をホイホイ持ってくる僕のせいだと、誘惑に抗えないドクロワルさんがポカポカと殴りつけてくる。


「自分はいくら食べても太らないからってっ。もう、お肉以外食べるのは禁止ですっ!」


 肉食系狩猟民族であるロゥリング族は穀物なんかの吸収が悪いようで、お腹が膨れるまで食べても身体に脂肪がつかない。それどころか、肉を食べないとどんどん脂肪が落ちてしまい、しまいには筋肉まで痩せ衰えてしまう。ネックハンギングツリーで僕の首を絞め上げながら、肉以外は口にするなとドクロワルさんが禁止令を出してきた。


「いや……僕の食事を制限したところで痩せられるわけでは……」

「わたしにだけお菓子を食べるなって言うんですかっ!」


 うわぁぁぁん……と泣き声を上げたドクロワルさんにボディスラムでベッドに叩きつけられた。身を起こそうともがく僕の上に影が落ちる。


「ちょっ、まっ――ぐぴゅっ!」


 思わず見上げた僕の瞳に映ったのは、後方宙返りを決めながらフライングボディプレスで飛び込んでくるぽっちゃりボディだった。






 意識を取り戻した時、僕はドクロワルさんに押し潰されたベッドにそのまま寝かされていた。いつの間にやら治療室の主が戻ってきていたらしい。カーテンの向こうからプロセルピーネ先生の声が聞こえる。


「増殖女の子細胞が上手く定着していないみたいなのよね……」

「活性化剤の開発を急ぎましょう……」


 ちょっと待て、いったい何の話をしている?

 アレは……夢じゃなかったのか?

 僕の身体にはすでに怪しげな細胞が埋め込まれているのか?


「なにっ? いつの間に僕を改造したのっ?」

「やっと目が覚めたのね。まったく、いつまで寝てんのよ。冬眠してるのかと思ったじゃない」


 カーテンを開いて僕の身体に何をしたと問い詰めるものの、あんたの話じゃないとプロセルピーネ先生は取り合ってくれない。


「活性化剤の研究は後回しよ。それより、弟子を王都でのパーティーに参加させるよう依頼があったわ」

「え、わたしですか?」


 プロセルピーネ先生は学長室に呼ばれていたらしい。そこで、ドクロワルさんを卒業生お披露目パーティーに参加させたいとの話を伝えられたという。品評会で話題になったため、彼女の研究に目をつける領主が現れるのは想像に難くない。ホンマニ公爵様の随員に加えることで、研究成果を横取りしようなどとバカな考えを抱かないよう牽制しておきたいそうだ。


「じゃあ、イリーガルピッチは?」

「弟子に使わせるわ。ひとりで動かせるようになっておいてちょうだい」


 僕が使おうと思っていたのだけど、王都まではドクロワルさんが騎乗して行くことになった。僕が近くにいられないこともあるだろうから、ひとりで扱えるよう練習しておくようにとプロセルピーネ先生から仰せつけられ、ドクロワルさんを伴って飼育サークルへと戻る。


「先輩たちもちょうど練習しているね」


 生徒の腕前を披露するために、王都では馬術競技や狩猟会なんかも催されるという。カッコイイところを見せたいのか、卒業予定の先輩たちは障害コースでの練習に余念がない。イリーガルピッチを房から出していると、目を覚ましたらしいタルトがクゲナンデス先輩に連れられてやってきた。


 コケトリスに乗りたがる3歳児を、王都まで乗っていくのでひとりで扱えないと困る。タルトが指示を出してしまっては練習にならないとなだめていたところ、どうして教養課程の生徒が王都に行かねばならないのかとクゲナンデス先輩に尋ねられた。プロセルピーネ先生から聞いた話を伝えると、何やら急に色めき立つ。


「こっ、これは陰謀ですっ!」


 ホンマニ公爵に連れられて行ったら、ドクロワルさんは北部派の生徒だと思われてしまう。もっともらしい理由をつけて、彼女を自分のものだと誇示するつもりに違いない。南部派の特待生を奪われてなるものかと、クゲナンデス先輩は直談判すべく学長室へすっ飛んでいった。


 一方、ドクロワルさんは交渉の結果がどうなるにしても断るわけにはいかないと練習を始める。ホンマニ公爵様は研究予算を出してくれる大切なパトロン。材料費を抑えた上級再生薬もまだ試作段階で、効率的な量産ラインの確立にはまだまだ資金が必要らしい。


「じゃあ、今すぐ広まるってことは?」

「気が早すぎですよ。マンドレイクの先物取引にでも手を付けたんですか?」


 製品として流通させるためには、大量生産に向いた機材に中間素材を保存するタンクの配置なども含めた製造ラインを完成させなければならない。プロセルピーネ先生から与えられた来年の課題が、量産化に必要な処理能力を持った専用機材の開発だそうだ。実証試験用の製造ラインが稼働するのは早くても数年後。普及するのは実際に動かして問題点が洗いだされた後になるという。


 試作品を見て大慌てするのは生産現場を知らない相場師だけだと、ドクロワルさんはクスクス笑っていた。どうやら、次席の心配は杞憂に終わりそうだ。


「そっ、それは本当ですのっ?」


 近くで耳をそばだてていたらしい主席が話に加わってきた。


「……まさか、主席までマンドレイク先物に?」

「そっ、そのような投機などしてはおりませんっ」


 本当だろうか。慌てて否定する割には妙に関心が高そうに感じられる。


「ペドロリアン家は夏の遠征の際に大量のマンドレイクを買い付けたそうです」

「モチカッ?」


 主席の後ろに控えていたモチカさんが何食わぬ顔で明かしてくれた。なるほど、確かに先物ではない。現物を大量に抱え込んでいやがった。


「なんですかその目はっ。大遠征の翌年はマンドレイクが品薄で高騰するから、流通量を調整することで価格を安定させようとしていただけですっ」

「それは価格操作ってやつじゃ……」


 ものは言い様である。目的が何であれ、やっていることは買占めと変わらない。次席が先物相場師なら、主席の家は仕手筋だった。


「欲の皮の突っ張ったビッチにはお仕置きが必要なのです。来年と言わず、今すぐ作ってしまうのです」

「おやめくださいましっ。いつも蜜を差し上げているではございませんかっ!」


 材料を入れれば薬の出てくる魔導器なら見たことがある。春を待たずに完成させられるから、金の亡者どもに痛い目を見せてやれとタルトがドクロワルさんを唆す。精霊が動作保証した製造装置なんてものが出回った日にはマンドレイクが大暴落することは間違いなしだ。両手で顔を押さえた主席が身体を震わせながらヒイィィィ……と悲鳴を上げる。


「タルトちゃんに答えを教えてもらっては、課題をこなしたことにはなりませんから……」


 おそらく、プロセルピーネ先生の頭の中にはすでにある程度の設計図が出来上がっているだろう。それを、あえて弟子への課題としてくれたのだ。たとえタルトの知る魔導器に劣っていようとも、オリジナルの製造機材を作り上げなければ師匠に申し訳がたたないとドクロワルさんはあっさり3歳児の申し出を断った。


「そっ、そうですわっ。ここは学び舎なのですからっ。ドクロワルさんは生徒の鏡ですわねっ」


 自力で答えを導き出せなければ身に付いたことにならない。ダエコさんの陥った失敗を繰り返すだけだ。労せず結果だけを手にした者にその先へ進むことはできないのだと、実家の大損害がかかっている主席がここぞとばかりにドクロワルさんを褒めちぎる。


 いくら大金がかかっているとはいえ、主席も次席もよくもまぁポンポン理屈を並べられるものだと感心するよ……


 精霊の知識を軽々しく分け与えては生徒の成長を阻害してしまう。失敗も挫折もすべては経験であり、与えられた成功から得られる教訓などないと教育論のようなものを振りかざして主席がタルトを丸め込もうとする。


「金の亡者を懲らしめるのに、お金を失わせる以上のことがあるのですか?」

「はうあっ!」


 主席は自滅させられていた。長身でスタイルがよく、頭脳明晰かつ運動神経抜群。人望が厚く凛とした雰囲気を漂わせる一方、精霊やペットには大甘で過保護という一面を持ったパーフェクツなご令嬢も泣く子と3歳児には敵わない。

 教訓が欲しいのならくれてやろうとタルトがニンマリほくそ笑んだ。


「それくらいにするの。今年は王都まで行かなくちゃいけないんだから、マンドレイク相場を崩壊させてる暇なんてないからね」

「お出かけするのですか? ご馳走のあるところがよいのです」


 ヨチヨチと頭を撫でながら伝えたところ、食いしん坊3歳児の興味はさっそく食べることに向いたようだ。主席を苛めることは忘れて、モウヴィヴィアーナにはない美味しいものを食べさせろと要求してくる。


「そっ、それならば私がご案内いたしますわっ」


 今こそ好機と、主席は食べ物で3歳児を懐柔する策に出た。腕の良いパティシエを雇っている貴族家に心当たりがあるから、ご馳走になりに行こうとタルトを誘う。もちろん、それを断るような食いしん坊ではない。


「シルヒメさんがいるのに、そんなにお菓子が食べたいの?」

「ひとつだけ、シルキーも人族に譲るところがあるのです」


 それは創作という部分。なんでも完璧にこなせてしまうがゆえに、シルキーには新しいものを生みだそうという動機がない。ピンドンにしたって、シルヒメさんはその存在を知らなかった。不満があるからこそ人族はそれを解消しようと工夫を続ける。それは精霊にない特性だそうだ。


「どんなものか教えればシルヒメはそれを完璧に作り上げるのです。だけど、知らないものはどうしようもないのですよ」


 この地上には自分の食べたことのない美味しいものがたくさん眠っているのだと、タルトが頬を押さえてムフフ……と笑う。意地汚い3歳児は涎を我慢できないようで、ジュルジュルと音を立ててすすっていた。






 王都に向けて出発の日、再びリアリィ先生の乗る竜車を中心とした行列が編成された。騎士課程の先輩たちは行軍だけど、術師課程と工師課程の先輩たちは借り上げた馬車だ。シュセンドゥ先輩は居残り組なので鎧竜を操るのはモチカさん。学長に直談判した結果、お目付け役として公爵様の随員に加わることが許されたクゲナンデス先輩もハナちゃんに跨って同行している。


「私も同行したいところだけど……目が離せないことが多すぎるわ……」


 見送りに来てくれた次席が、羨ましそうな視線を向けてくるヘルネストをギロリと睨んだ。自分がいなくなればクセーラさんは際限なく鋼を使おうとするだろうし、脳筋ズは補習をすっぽかして出かけてしまいかねない。今、魔導院を離れるわけにはいかないと肩を落とす。


「悪いね。ブンザイモンさんたちを頼むよ」


 この寒い時期に飼育環境が変わると体を壊してしまいかねないので、ティコアとヒヨコはブンザイモンさんとお留守番である。今年で17歳になったという可愛らしい竜の巫女に言い寄る不逞の輩が現れないよう、僕たちが不在にしている間は次席に面倒を見てもらうことにした。


「構わない……クスリナも喜んでる……」

「ヒヨコ、イッショニネル……」


 毛布にくるんだヒヨコを胸に抱いて、発芽の精霊が嬉しそうに微笑む。


「伯爵が戻ってくるころには新しいゴーレムが出来上がってるよっ」


 クセーラさんには僕の描いた軽トラゴーレムの原案を渡してあった。製作段階において修正しなければいけない点も多いだろうけど、王都から戻ってくるまでに完成させておくと【ゴーレム子爵】が自信満々に宣言する。


 バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ……


 出陣するわけではないのだけど、西部派の人たちは無事に帰って来るおまじないだと信じているらしい。死亡フラグとしか思えない儀式で送り出され、僕たちはモウヴィヴィアーナの街を後にした。


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