107 お断りされた男
『モロニダス様へ
明日の正午、訓練場裏にある大桜の下で待っています』
あて名は僕で間違いない。差出人の名前は……どこにもないな……
どうしよう……
田西宿実だった時も含めて、ラブレターなんてもらったのは生まれて初めてだ。僕には心を決めた人がいるけれど、無視していつまでも待たせてしまうのも申し訳ない。やっぱりきちんと会ってお断りするのが筋というものだろう。
決して、もしかしたらかわいい子かもしれないなんて期待しているわけではない。
魔導院にいるのは上流階級の子たちばかりだ。代々、美男美女の血を濃縮してきただけあって、タイプこそ色々だけど不器量な女子生徒なんてひとりもいない。あの【ジャイアント侯爵】だって、サイズを別にすればとっても愛らしい女の子である。
名前を隠すなんて、きっと奥ゆかしい性格の子だな……
次席みたいなご令嬢タイプだろうか……
大事なことなので繰り返すけど、決して期待しているわけではない。僕にはドクロワルさんがいるのだ。ダメだった時のためにキープしておこうなんて考えたりはしない。たとえクゲナンデス先輩であってもお断りする自信がある。僕の鋼の決意を揺るがせられるのは、リアリィ先生のおっぱいだけだ。
で……でも、もしリアリィ先生だったら……
人気のなくなった教室の中で先生と……
はうぅぅぅ……ヤバイ。これはヤバイ。イケナイ妄想が漲って……
「気持ち悪い笑いを漏らしながらくねくね踊るのはやめるのです。ご飯の時間なのですよ」
食いしん坊3歳児にお尻を引っ叩かれてしまった。そこに、ティコアを抱いたブンザイモンさんがやって来る。またお昼寝をしているのではないかと呼びに来てくれたようだ。さすがに僕の部屋はいっぱいなので、彼女には空いていた部屋を使ってもらっている。もちろんシルヒメさんが勝手に鍵を開けてしまったのだけど、精霊のすることは放っておくようにとリアリィ先生から寮の管理人さんに通達があった。
タルトがご機嫌を損ねてしまったら、誰にも止められないというのが理由だそうだ。精霊をスリ盗られた挙句、勝手に使われてしまうとわかった以上、食べ物を与えてご機嫌を取っておくのが一番という結論に達したらしい。
「モロニダスさんはどうしてしまったのですか? まるで、生まれて初めて恋文をもらったチェリーボーイのように浮かれているみたいですけど……」
ぐっ……
その通りですよっ。悪かったですねっ!
竜の巫女の心無いツッコミに胸を痛めながら食堂を訪れると、ティコアを発見したサクラヒメがノソノソと寄ってきた。ブンザイモンさんの足に取り付いてキュウキュウと鳴き声を上げる。とても可愛らしいのだけど、これは毒を要求しているのだ。
「いつも悪いな」
ヘルネストが持ってきたパンにプスリと尻尾の針を突き刺して毒を注入するティコア。毒入りパンを与えられたサクラヒメは美味しそうにムッシャムッシャと食べ始める。最初は毒針のある尻尾を齧ろうとしていたのだけど、食べ物に毒を注入してくれると学習してからはすっかりティコアに懐いてしまった。
「ムジヒダネさんには許してもらえたの?」
「補習のない日は採集用の森で実戦訓練の相手をしろだとさ……」
ルール無用の実戦訓練なんて何をされるか知れたものではない。ぶっちゃけ、魔物の代わりだとヘルネストがガックリ肩を落とす。
訓練場でなく森で実戦訓練だと……
本当に魔物を仮想敵にしているのか?
「ヘルネストにアーレイの代わりが務まるとは思えないね。せいぜい、何もしないよりはマシってところかな」
ミミズクの雛を肩に乗せた【皇帝】が声をかけてきた。やっぱり、僕にリベンジするための訓練のようだ。冗談ではない。【ヴァイオレンス公爵】と再戦なんてまっぴら御免である。
「まぁ、やるなら運動会のかくれんぼで使った魔導器を借りてくるんだね」
運動会の時とは逆。ムジヒダネさんにハイドのハチマキを巻かせて、シーカーの魔導器を持って逃げるヘルネストを追いかけさせればいいという。
なるほど、疑似ロゥリングレーダーというわけか……
「無理だろそれ……」
「だろうね。でも、ロゥリング族は霧の中でジラントの先手を取るような種族だよ」
シーカーの魔導器でわかるのは相手との距離だけ。工夫すれば大雑把な方向を割り出せるものの、ロゥリング族は正確な位置はおろか移動する方向まで察知してくる。実戦を模擬するなら、理不尽なところも再現しなければ意味がないと【皇帝】が笑った。
「森の中をコケトリスで逃走するアーレイを捕まえろと言われたら、そうだね……僕なら竜騎士か魔導騎士の1分隊を要求するよ。空が飛べなきゃ追いつけやしない」
やめてください。二度とワイバーンの相手なんかしたくありません。
またオムツのお世話になってしまうじゃないか……
もうすぐ約束の正午。早めに昼食を済ませ、飼育サークルのお昼寝部屋でタルトを寝かしつける。クゲナンデス先輩とアキマヘン嬢がいたので添い寝をお願いし、指定された訓練場の裏へと向かった。
ふひひひ……どんな子だろう。もしかして、本当にリアリィ先生だったりして……
訓練場裏にはひときわ大きな桜の木がある。もちろん、この木の下で告白すると結ばれるなどという伝説はなく、時期が時期なので花はおろか葉っぱすらつけていない。
寒々とした黒い大木の袂には、亜麻色の髪をした背の高い女子生徒が……
まて、【ジャイアント侯爵】より長身の女子生徒なんていたか?
ふおおっ……せ、生徒でないとすればあんな色の髪をしているのは……
「来てくださいましたか。待っていましたよ」
「リョ、リョリョ……リョアリィ先生っ?」
マジでかっ。マジでリアリィ先生なのかっ?
どうしようっ。どうすればいいっ? 僕にはドクロワルさんがっ……
だけどっ……夢にまで見たおっぱいが手の届くところに……
そんなことあるわけないと思ってはいたものの、期待していなかったと言えば嘘になる。田西宿実だったころからの夢。イケナイ女教師と放課後アバンチュールが現実となった今、僕は決して間違えることのできない選択を迫られていた。
1.リアリィ先生とイチャイチャ
2.ドクロワルさんへの想いを貫く
→3.どっちも
や、やっぱりこれしかないっ……
そう、シュセンドゥ先輩も言っていた。ルール違反は「やってはいけない行為」ではなく、「バレたらお仕置きされる行為」に過ぎない。要はバレなければいいのだっ。
「あまり人に聞かれたくない話なので、教員室というわけにはいかなかったのです」
教師が特定の生徒とイチャイチャなんて、それは知られたらマズイだろう。
わかってます。わかってますよ。ふたりの関係は誰にも漏らしませんとも……
「どうしても、アーレイ君にお願いしたいことがありまして……」
「にゃ、にゃんでしょう?」
ふおぉぉぉ……ドキドキする……
ひとりは寂しいから慰めて欲しいとか……
いきなりプロポーズとかされちゃったら、僕はどうすれば……
「いつまでも恥ずかしがってないで、あなたからもお願いしてください。あなたのパートナーなんですから」
ほへ……?
すっかりリアリィ先生に気を取られていたせいで気が付かなかったけど、大桜の裏から人の魔力を感じた。もうひとり隠れていたようで、どうやら僕に用があるのはリアリィ先生ではなくそっちの人みたいだ。
リアリィ先生が付き添っているということは、ベリノーチ先生あたりだろうか?
それもアリだな……
鉄仮面とはいえ、あのムチムチバディは充分ウェルカム。僕にだけ素顔を見せてくれるかもしれない。顔を隠している人に限って超美人ということは、ドクロワルさんで実証済みである。
ロリボーデさんすら隠してしまうほどぶっとい木の幹の裏側で、人が動く気配を感じた。
「君を呼んだのは、僕だよアーレイ……」
のわにぃぃぃ――――っ?
なんでここでお前が出てくるっ?
大桜の陰から姿を現したのは、サンダース先輩その人だった。即座に『ヴィヴィアナピット』を発動させ先輩の足元に底なし沼を形成。『アースバインドカスタム』で絡めとり永遠に沈めてしまおうとしたのだけど、往生際の悪い先輩は頭の上に浮かんだ雷鳴の精霊に掴まって抵抗する。
「沈めっ、沈んでしまえっ!」
足元にあった石を拾って思い切り投げつける。この距離で外す僕ではなく、先輩は両手で精霊に掴まっている状態だ。防ぐこともできず、バシバシと顔面にビーンボールを喰らう。
僕の心を弄んだ悪党め、剛速球の餌食になるがいいっ!
「待てっ、せめて話だけでも聞いてくれっ!」
「ざっけんなっ、僕のドキドキ学園おっぱいパラダイスストーリーを返せっ!」
「おっぱい……何ですかアーレイ君?」
グワシっとリアリィ先生に頭を掴まれる。ヤバイ……つい、本音が口を吐いてしまった。動きを封じられた僕の前で、雷鳴の精霊に引っ張られて底なし沼の縁にたどり着いた先輩が這い出してきやがる。
「なんてことをするんだ。泥だらけ――うぶっ!」
泥にまみれた悪党が文句を言おうとした途端、頭の上から大量の水をぶっかけられた。リアリィ先生の左手に開かれた本の魔導器が握られている。生徒の頭を冷やすための術式とやらを使ったのだろう。泥は洗い流されたけど、先輩はずぶ濡れだ。
「人に聞かれたくないと言ったのはあなたですよ。さっさと話を進めてください」
余計な手間ばかりかけさせるなこの問題児どもと、リアリィ先生がギロリと僕たちを睨み付けた。悪いのは僕じゃないのに、この扱いはあんまりだと思う。
「アーレイ……いや、モロリーヌに折り入って頼みたいことがあってね。王都で催されるお披露目パーティーに僕のパートナーとして付き添って欲しいんだ」
「ホモはクニへ帰れ」
どうやら、クゲナンデス先輩にはお断りされてしまった様子。挙句の果てに女性恐怖症になって、男色に走り出したといったところか。
嫡子がこれでは、サンダース伯爵家も終わりだな……
「待ってくれ、僕はまだクゲナンデスを諦めたわけじゃない」
「じゃあ、なんでモロリーヌなんです?」
「ちゃんと説明するから、とりあえず最後まで話を聞いてくれ」
ヘキシッとくしゃみをしながら先輩が語ったところによると、シュセンドゥ先輩が予想したとおりクゲナンデス先輩には撃沈させられてしまった。将来を約束したパートナーがいない場合には母親やその姉妹といった親族の既婚女性に付き添ってもらうのが普通なのだけど、サンダース先輩は嫁を連れて行くからとこれを断ってしまったらしい。
告る勇気を振り絞るためには、自分を追い詰める必要があったのだという。
親族の誰かにお願いしようにも、自分の旦那に同伴する場合と先輩に付き添う場合では夜会服の仕立てが異なる。今から仕立てていたのでは間に合わない。パートナーなしでひっそりと参加する生徒に混じろうかと考えていたのだけど、ここで魔導院側の事情がかかわってきた。
「今年は競技会も品評会もパッとしない結果に終わりました。ダブルダウン個人戦優勝者のサンダース君は卒業生の代表です」
専門課程の競技会も酷いもので、ダブルダウンでベスト8に残ったうち6名がタルトに不正を見抜かれて失格。残ったふたりで決勝戦をしようにも、その組み合わせは準々決勝第1試合でマッチ済み。続く3試合が両者失格により没収試合となったため、決勝戦を心待ちにしていた観客の人たちに先ほどの試合が決勝戦でしたと発表するハメになったのだ。
ゴーレムバトルは大砲の撃ち合いで最初こそ盛り上がったものの、さすがに全試合がそれなので決勝戦のころには飽きられてしまった。品評会の最優秀者は在学生で、話題をさらったのは教養課程の生徒。もう、サンダース先輩を期待の大型ルーキーに仕立て上げるしかないのだとリアリィ先生は額を押さえている。
華々しくデビューを飾らせるためにパートナーは必須だそうな。
「こちらで用意しようにも、既婚の女性教員が今はいませんし……」
リアリィ先生を筆頭に、プロセルピーネ先生、魔性レディ、ベリノーチ先生と全員未婚である。そこで、モロリーヌに白羽の矢が立った。適当な既婚者がいない場合には、まだ入学年齢に達していないような子供を代役に立てることも多い。要は男女の関係には見えない相手であればということのようだ。
「ゴレ研からメイドゴーレムを借りてくればいいじゃないですか」
「そんなことをしたら、マロナンデス侯爵にまで性的倒錯を抱えていると思われてしまうよ」
これまでにもゴーレムをパートナーにした卒業生はいたものの、そのほとんどが異性に関心を示さない人形偏愛主義者と知られている。メイドゴーレムなんて連れ添おうものなら、クゲナンデス先輩を嫁にくれという交渉に応じてもらえなくなることは火を見るより明らかだという。
「無論、タダでとは言いません。引き受けてくれるなら、来年も補習を請け負いましょう」
「うっ……」
目的は達成したのだから反省室での補習は打ち切られて当然なのだけど、正直なところ僕は成績を維持する自信がない。アンドレーアに指摘されたとおり、競技会に調合や工作の成績が大きく寄与してのAクラス入りで、一般教養科目の成績に限ればBクラス並みである。
ここで成績を落とすわけにはいかない……
僕に断るという選択肢は残されていなかった。決してリアリィ先生の個人授業が終わってしまうことを惜しんだのではない。
そう、おっぱいに会えなくなるのが寂しかったわけではないのだ……




