106 襲い来る留年生
夕暮れ時までコケトリスたちを遊ばせて紅薔薇寮へ戻る道の途中、僕は姿を隠した何者かに狙われていた。ムジヒダネさんではない。【ヴァイオレンス公爵】が放つむき出しの殺意とはまた違う。どこか、いたずらを企んでいるような魔力が前方の林の中から伝わってくる。
「こういう時は誘い出してみるのです」
タルトの魔力を察知する能力は僕のロゥリング感覚より遥かに鋭い。何か見つけたかのように道を外れ、不審者の潜んでいるのと反対にある林の中へと歩を進める。追いかけてくるには遮蔽物のない道を横断しなければならないから、そこで姿を捉えられるだろう。
来るのか……
不審者の魔力がこちらに近づいてくる。もうすぐ道の上に姿を現すと思った瞬間――
「なっ!」
――僕の視界が真っ白になった。
駆け出したのだろう。僕の右手方向に回り込みながら不審者の魔力が急速に近づいてくる。とっさに腰につけていた魔導器を発動させ、不審者の行く手に底なし沼を作り出した。
「引っかかったみたいなのです」
不審者の魔力は『ヴィヴィアナピット』の位置で停止。逃がさないように首からかけているペンダント型の魔導器を発動させる。秋学期に作った『アースバインドカスタム』の魔導器だ。ちなみに、僕としてはペンダントではなく金メダルのつもりだった。
「引きずり込まれるっ? やめてっ、助けてっ!」
底なし沼の方向から助けを求める女性の声が響いてきた。不審者の正体はもうわかっている。僕の視界を蔽ったのは一瞬で目の前が真っ白になるほどの雪煙。そんなことができるのはひとりしかいない。
「留年の腹いせですか? 自業自得でしょうに……」
底なし沼に捕まっているのは、誰あろう雪だるま先輩だった。
「ちょっと驚かせようと思っただけなのっ。お願いだから引っ張らないでっ!」
足に絡みついた泥の触手によって、雪だるま先輩の身体はジワジワと底なし沼に沈んでゆく。引っ張る力はそれほど強くなく、地面に踏ん張っている相手を引きずり込んだりはできないけど、底なし沼に落ちた状態で抗おうと暴れれば余計沈むだけである。先輩もそれがわかっているのか、観念した様に両手を上げて許してくれと泣き叫ぶ。
胸元あたりまで沈んだところで底なし沼から水を抜けば、頭と腕だけを残して埋められた罪人が出来上がった。
「でっ、でられないっ?」
「掘り出すのは、ブチョナルド先輩にでもお願いしますよ」
地面をペチペチと叩いている雪だるま先輩をその場に残し、飼育サークルに残っていたシュセンドゥ先輩に事情を話したところ、さっそく人を遣わしてブチョナルド先輩を呼びに行かせてくれた。
「プププッ……なにこれ? 新しい芸でも思いついたの?」
「笑ってないで助けてぐだざ~い」
罪人が埋められているのを見たシュセンドゥ先輩は、これは傑作だと雪だるま先輩の頭をツンツン突きながらケラケラ笑い声を上げる。雪だるま先輩はすっかり涙目だ。
「ロゥリング族が魔力を敏感に感じ取るって知らなかったの? 雪煙で視界を奪われても、アーレイにはあんたの居場所が筒抜けなのよ」
「ええっ、そんなっ……」
雪だるま先輩の視界を奪ってフルボッコ作戦は、雷鳴の精霊のような全周囲に無差別攻撃を仕掛けるタイプと、僕のような視覚に頼らない相手とは相性が悪い。騎士課程のくせに自分の戦法が通用する相手かどうか見極められないのかと、シュセンドゥ先輩が雪だるま先輩の頬をプニプニ突く。
そうこうしているうちに、スコップを持ったブチョナルド先輩もやって来た。
「お前な。不正がバレたからって、こいつにあたるのは逆恨みってもんだと言ったろう……」
ブチョナルド先輩がスコップで雪だるま先輩の頭をペシリと叩く。実のところ、狙われる心当たりはしっかりとある。タルトのせいで留年することになった先輩が11名もいるのだ。
教養課程の競技会において、バグジードの不正が観客の目の前で暴かれた。このまま不正がまかり通っていると思われては魔導院の沽券にかかわる。専門課程の競技会で同じことを繰り返すわけにはいかないと、リアリィ先生は来賓用のお菓子を提供することと引き換えにタルトを解説役に据えた。
誰がどんな術式を使っているのか、それがどこに仕込んであるのかタルトが見破りまくった結果、なんと11名もの先輩が失格。教養課程に続いて専門課程でも大量の不正が発覚したことを重く見た学長先生は、失格者全員に留年を言い渡す。厳しい処分を与えなければ、対外的に示しがつかないというのがその理由らしい。
雪だるま先輩も留年になったひとり。そして、ブチョナルド先輩も卒業を取り消され、来年はシュセンドゥ先輩の同級生となることが決定していた。
「リスクがあることは承知の上だったんでしょう。判断を誤った自分を恨みなさいよ」
「自分を出し抜いた相手にはあっぱれと称賛を贈るのが東部派ってもんだぞ」
「ひゃめてふわさ~い」
まったく仕方のない子だと、シュセンドゥ先輩とブチョナルド先輩が雪だるま先輩の頬をグニグニ引っ張る。南部派は宮廷貴族、西部派は武人、北部派が学者や教師であるなら、東部派の性格は商人であるらしい。何事もリスクとリターンを天秤にかけて考え、ルール違反も「やってはいけない行為」ではなく、「バレたらペナルティを受ける行為」と捉えるのが普通だという。
そのせいか、バグジードを含めた失格者12名中、8名が東部派である。
「お仕置きされるのが嫌なら、最初からいたずらなどしなければよいのです」
先輩の精霊である雪だるまを肩に乗っけたタルトが、いたずらはバレてお仕置きされるところまでがワンセット。お仕置きされて懲りるような輩にいたずらを企てる資格などないと、わけのわからない美学を振りかざす。コイツは懲りるということを知らない3歳児のようだ。
「ビックリさせたかっただけなのよぅ~。酷いことをするつもりはなかったのよぅ~」
まぁ、確かに雪だるま先輩の魔力からは敵意や憎悪といったものは感じられなかった。このまま引き下がったのでは腹の虫が治まらないから、ひと言ギャフンと言わせたかったといったところか。
「お願いですから、笑ってないで掘り起こしてぐだざ~い」
「見せしめにひと晩くらいこのままにしておくか?」
ブチョナルド先輩が意地悪そうな笑みを浮かべる。
「もうお腹も足も冷えて死んじゃいぞうでず~」
ひと晩も放っておかれたら、朝には間違いなく全身が冷たくなっていると雪だるま先輩が涙を流す。底なし沼に落っこちたのだから地面に埋まっている部分はびしょ濡れのはず。こうしている今も、どんどん体温を奪われているに違いない。
「お腹が冷えるとは、さてはお前もビッチだったのですね。オムツを穿いて謝るなら許してあげるのです」
パンツなんて穿いているからお腹を冷やしてしまうのだと、タルトは雪だるま先輩にオムツ土下座を要求した。僕がやったら変態の烙印を押されてしまうようなセクハラも、モンスター3歳児は躊躇うことなく実行する。
「ぼうなんでもずるがら~。はやぐっ、はやぐ出してっ」
なんでもするからもう許してくれと、とうとう雪だるま先輩は号泣を始めてしまった。まったく仕方のない奴だとブチョナルド先輩が掘り出しにかかる。これが東部派騎士課程のホープと期待されている生徒なのかとシュセンドゥ先輩は呆れ顔だ。
精霊の能力がダブルダウンのルールとマッチしていることもあって、雪だるま先輩は同学年の中では抜群の勝率を誇るという。今回はサンダース先輩に春の雪辱を晴らそうと競技規定に違反する魔導器を靴底に仕込んでいて、あっさりとタルトに見破られた。
ブチョナルド先輩の方はもっと手が込んでいて、二つに分割した魔法陣をわざとずらして配置しておき、使用するときだけ正しい位置にはめ込むというギミック付きだ。ずれた状態では魔力を流しても魔法陣は反応しないため、審判に確認を求められてもバレない自信があったらしい。試合開始前にギミックを含めてタルトに見抜かれ、失格を宣告されている。
「まったく、優勝を狙って賭けに出るにしても、どちらか一方にしておきなさいよ……」
これからお説教だと雪だるま先輩はブチョナルド先輩に担がれていった。ふたりを見送ったシュセンドゥ先輩は、片方の準優勝は確実だと期待していたのにふたりとも失格になってどうする。サンダース先輩を打倒しようとルール違反をするにしても、本命と刺客の役割分担くらいしておけと苦々しそうに呟く。
なるほど、これが東部派的思考なのか……
不正に手を出したことや、それがバレたことを責めるのではない。上手くいけば優勝。上手くいかなくても準優勝を確保する策はあったのに、どうしてそれをしないのだと怒っている。
「騎士課程の采配まで私に考えろって? こっちゃあ、それどころじゃないっていうのにっ」
ゲシっと近くに生えていた木を蹴り飛ばすシュセンドゥ先輩。品評会で最優秀賞に選ばれはしたものの、訪れた人たちの関心は全部ドクロワルさんに持っていかれてしまった。先輩にとっては最後になる来年の品評会で、教養課程の生徒に最優秀の座を譲るわけにはいかないと危機感を抱いているらしい。
「あの子ったら、コストダウンを効果的に見せるために、あえて上級再生薬なんて出展してきたわね……」
プロセルピーネ印のトンデモ魔法薬のほうが評価点は高いものの、それではふ~ん凄いねで終わってしまう。夏の遠征で需要が高く、誰もがお世話になる再生薬だからこそ訪れた人たちも無関心ではいられない。ドクロワルさんが出展したのは魔法薬ではなくコストダウン技術そのもの。評価点を度外視して技術を見せつけてくるなんて、もはや生徒の発想ではないという。
「でもおかしいわね。いくらなんでも6割削減なんて技術が唐突に……いや――」
これまで材料を減らす製法を研究しているなんて話はまったく流れてこなかったのにと独り言を呟いていた先輩が僕を振り返った。
「――何者かからの技術供与があったと考えれば納得がいくわよねぇ、アーレェェェイ?」
思えば、西部派に鋼が流通しだしたのも突然だった。ドワーフの技術か? それとも、また精霊に何か教えてもらったのかと、逃げようとした僕をシュセンドゥ先輩が後ろから羽交い絞めにした。正直に吐かなければチュウしちゃうぞと、グイグイおっぱいを押し付けてくる。
「秘密を漏らしたら僕はザリガニ怪人にされてしまいます」
「ぐぬぬ……西部派に続いて南部派にまで……。アーレイは東部派が嫌いなの?」
すでに口止めされていると伝えたら、どうして他の派閥にばかり知識を分け与えるのだと先輩が拗ね始めた。南部派なんてやめておけ。あそこは血統を重んじるから、多種族の血が混じった僕では苦労するだけで報われない。その点、東部派には新しいものや外国からもたらされたものを受け入れる土壌があるから、新参者でも働き次第で栄達することができるという。
「クゲナンデスやアキマヘンを見て、南部派があんなものだと思わない方がいいわよ」
ホンマニ魔導院に入学できるのは、同世代の上流階級の子弟のうち魔力に優れた3分の1程度。魔力が足りなかったとされる留年入学者ですら人並み以上の魔力を持っている。ここにいるのは資質に優れた生徒ばかりだから、他人をやっかむ様な輩は少ない。
実際の南部派には家柄がいいという理由で士族となった、魔力に劣りこれといった取り柄もない連中がウヨウヨしている。彼らには血筋くらいしか誇れるものがないから、自分より優秀な混血児なんて許さない。魔導院の生徒を見て所属する派閥を決めるのはやめておけとシュセンドゥ先輩が言ってきた。
「アーレイはまだ王都を訪れたことはないでしょう。一度、行っておくことを勧めるわ。なんなら、来年のお披露目パーティーで私のパートナーになってくれてもいいのよ」
それはシュセンドゥ先輩の婚約者になれということではないですか……
先輩によると、王都にある国立高等学習院。そこに通っている魔導院に入学するには魔力の足りなかった子たちがどんなものか知っておくといい。ど田舎に隔離されている魔導院よりも、実際の派閥の持つ雰囲気が色濃く反映されているという。
「仲のいい子がいるからって、簡単に派閥を決めない方がいいわよ。魔導院の出身者は、数の上では少数派なんだから」
いくら領主といえども、士族たちの感情まで統制できるわけではない。士族の多い大貴族家ほど、彼らの意見を無視することが難しくなる。誰かに好待遇を与えたくても、周囲がそれを許さないということも充分にあり得るのだと言って、シュセンドゥ先輩は自分の宿舎へと戻って行った。
「そんなところに行く必要はないのです。ホブゴブリンなら絶対に下僕を大歓迎してくれるのです」
自分たちの祖とは異なる血を引いたオールドゴブリンと聞けば、ホブゴブリンたちは一族どころか種族を挙げて歓迎してくれる。わざわざ人族の中で嫌われることはないと、タルトはホブゴブリン推しの姿勢だ。
バナナのために僕を売り渡そうとする3歳児をなだめながら部屋に戻ると、シルヒメさんが便箋に収められた一通の手紙を差し出してきた。タルトに通訳してもらったところ、ドアの隙間に挿し込まれていたという。
こっ、これはもしかして……伝承にあるラヴ・レターというやつではっ……




