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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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105 クサンサの危惧

 季節は冬。モウヴィヴィアーナの主力産業である観光業はオフシーズンを迎え、街を歩いていても扉を閉めたままのお店が目立つようになった。目抜き通りはシャッター街と化し、開いているのは裏通りにある住人向けのお店ばかり。ザリガニが獲れないのでマックも休業である。


 ホンマニ魔導院の冬学期は補習期間と位置付けられていて、春学期や秋学期に落第点を取ってしまった生徒を対象に集中講座が開かれる。冬学期の補習をサボったり再び落第点をとっても即留年にはならないものの、教養課程から専門課程への進級と卒業は認められない。

 ただし、中には命の危機を迎える生徒もいた。


「ヘル君、今年の冬はハゲマッソーで魔物討伐を請け負いましょうって約束だったわよね。補習で魔導院から離れられないとはどういうこと?」

「待てっ。サクラッ、俺の話も聞いてくれっ!」


 ムジヒダネさんとイチャイチャ魔物討伐に行く約束を交わしていたにもかかわらず、ヘルネストは迂闊にも赤点を取ってしまったらしい。進級までに及第点を取ることができれば留年にはならないので、来年まで後回しにするという手もあるにはある。だけど、そんなふざけた考えを許してくれるような次席ではなかった。


「来年、また落第するとも限らない……そうなれば進級も危うくなる……この冬の補習で及第点が取れなければ……わかっているわね……」


 補習をサボって出かけることを禁じられ、ヘルネストは許嫁との約束を反故にするしかなくなった。遠出することがないのならへし折ってもかまわないだろうと、【ヴァイオレンス公爵】が迂闊なる男の膝関節を極めようとする。


「落ち着いて、俺の話を聞いてくれっ。どうしようもない理由があったんだっ」


 本人の勉強不足以外になんの理由があるのか知らないが、ヘルネストに言わせれば不可抗力であったそうだ。


「俺だって勉強してなかったわけじゃない。ただ……ただ……」


 苦虫を噛みしめたような表情でヘルネストが言いよどむ。

 いったい何があったというんだ?


「聞きましょう……言ってみなさい……」

「ただ、問題が難しかったんだ……」


 自分が悪いんじゃない。あんな難問を出題する先生が悪いのだと無罪を主張するヘルネスト。次席と【ヴァイオレンス公爵】の魔力が一気に怒りで染められる。


「サクラノーメ……心を入れ替えるまで……裸で逆さ吊りにしておきなさい……」

「竿で打つことも追加しておくわ……」


 待ってくれ。どうしてわかってくれないんだと抗議するものの、ムジヒダネさんに腕を絡めとられヘルネストは連れていかれてしまった。

 あんな言い訳ならしない方がマシだったろうに……


「ホモリン伯爵は冬の間どうしてるのっ?」


 引きずられていくヘルネストをケラケラ笑いながら眺めていたクセーラさんが尋ねてきた。出身領が比較的近い生徒は実家に帰省することも多いのだけど、アーカン王国の最北端に位置するホンマニ公爵領に対し、カリューア伯爵領は最南端と言ってもいい。天候が崩れて足止めを喰らえば往復だけで冬学期が終わってしまうので、ふたりは居残り組だという。


「特に予定はないよ。居残りだね」


 僕の場合はドワーフ国になる。この国の北側にあるのでそれほど離れてはいないものの、険しい山岳地帯なのでこの時期の旅行は厳しい。洞窟の入り口までたどり着ければ後は楽なのだけど、そこまでは冬山登山である。


「じゃあじゃあっ、新しいゴーレムを作るから手伝ってよっ」


 次席が条件付きで再製鉄を譲ることに同意したらしく、クセーラさんは冬の間にラトルジラントの魔力結晶を使ったゴーレムを作るという。


 400キログラム以上の荷を運搬できること。

 荷物の積み込み、積み下ろしが操作者ひとりでできること。

 荷台は牛に牽かせる大型の鍬を乗せられる広さを確保すること。

 誰にでも使えるよう、左腕のゴーレムコントローラーは使用しないこと。


 という課題が示されたそうだ。条件を満たせなければ再製鉄は返却。魔力結晶を含めて次席に没収されるらしい。


 これは、どう転んでも次席の懐は痛まない条件じゃないか……


 条件を耳にしてパッと思いついたのがクレーンの付いた軽トラである。あんなもの部屋に置いてはおけないし、クセーラさんに使うアテがあるとも思えない。条件をクリアしたならば適当なお駄賃で園芸サークルに貸し出させ、ちょっとでも満たないところがあれば丸ごと自分のものにしてしまおうという腹だ。


「次席……」

「なにかしら……クセーラが鋼、鋼とうるさいから……仕方なかったのよ……」


 何か文句があるのかと僕を睨みつけてくる次席。なんでも、無理難題を押し付けて黙らせようとしたところ、その条件を丸呑みされてしまったという。自分から口にした手前、次席も引くに引けなかったらしい。


「とりあえず考えてみたんだよっ。こんなのどうっ?」


 クセーラさんが鞄から丸めた紙を取り出して見るがいいと渡してきた。目を通したところ、荷車とドッキングする人型ゴーレムのようで、積み下ろしの際には分離させゴーレムに作業をさせるという。ふむ、悪くない。


 これで、荷車を牽く時には人型からトラックに変形させられれば……


 ついつい悪ノリしてしまいそうになるけど、クセーラさんの案にはひとつ問題があった。それが解決できなければ超ロボット生命……じゃなくて、可変型ゴーレムは作れない。


「このゴーレム。まさか、オール再生鉄?」


 それほどの材料を調達できたのかと尋ねてみる。


「それが一番の問題なんだよっ。伯爵からも姉さんにお願いしてよっ」

「ダメよ……貴重な鋼を……全部ゴーレムに使われては堪らないわ……」


 案の定、再生鉄が足りなかった。残念ではあるものの、やはり軽トラあたりが妥当なところだろう。ドッキングのための連結機構と人型部分の上半身を取っ払い、代わりに御者台とクレーンを取り付けてはどうかと提案する。

 可変型ゴーレムはいずれ、できれば大砲になる奴を作りたい。


「よくもまぁ……そんな簡単に思いつくものだわ……ドワーフ国で育ったせいかしら……」

「そ、そんなところだね……」


 ドワーフ国でもクレーンを取り付けた荷車は見なかった気がするけど、そういうことにしておく。クレーンやショベルアームはあったものの、地面に杭を打ち込んで固定していた。重い鉱石を持ち上げるのに、荷車に取り付けたのではひっくり返ってしまうのだろう。重量物を持ち上げる際にはバランスを崩さないよう支持が必要なことも伝えておく。


「さっすが伯爵っ。ゴレ研の連中とは違うねっ」


 ゴレ研。いわゆるゴーレム研究会とは、お年寄りや体が不自由な人のための介護用メイドゴーレムという名目で、いかがわしい肌色ゴーレムを開発している集団である。夏の間、シルヒメさんにコスプレメイド服を着せていたら、名誉顧問に就任しないかと誘われた。

 メイドなら間に合っていると断ったら逆ギレする、性欲を持て余した猿みたいな連中だ。


 工師課程の品評会にいくつかメイドゴーレムが出展されていたけど、超ミニスカートにノースリーブとか、メイド服っぽい雰囲気を残したレオタードとか、もう等身大美少女フィギュアを作っているとしか思えない。いったい何に使うつもりなのか【皇帝エンペラー】が欲しがっていた。


「あいつらさえいなければ、実用ゴーレムの研究にも活動費が下りるのにっ」


 クセーラさんがプンスカと怒っている。飼育サークルや園芸サークルと同じく、ゴーレム研究会にも魔導院から活動資金が与えられていた。そして、彼らがいる限りゴーレム開発を目的とするサークルの設立は認められない。


 ゴーレムと聞くと人型のイメージが強いけど、最も使われているのは産業機械。工作棟にある旋盤など、魔術を動力とする加工機なんかはすべからくゴーレムに分類される。お姉さんからした借金を返済できず、お小遣い制にされてしまったのはアイツらのせいだというクセーラさんの主張はさておき、産業用ゴーレムの開発を志す生徒は自費での研究を余儀なくされているのが現状だった。


「なかなか精巧だったわね……少なくとも……見た目だけは……」


 ひと目でシルヒメさんがモデルであると気が付くくらい、品評会に展示されていたメイドゴーレムは彼女によく似ていた。もっともメイド精霊の所作までは再現できておらず、動きは武骨なゴーレムそのもの。外見がよく出来ているだけに裏切られた感が凄まじいと次席が鼻で笑う。


「ゴーレムをわざわざシルヒメに似せるなんて、何がしたいのかさっぱりなのです」


 いくらシルキーに似せたところで、美味しいお菓子を焼いてくれるわけではない。操者にできないことはゴーレムにだってできないのにと、タルトが抱っこしろと両手を差し出してきた。よっこらせと膝の上に座らせてあげる。最近は寒さも厳しくなってきたので湯たんぽ3歳児がありがたい。


「あんな見せかけだけのゴーレムより……私はパナシャの薬に興味がある……」


 また何かしたのだろうと次席が僕をジロリと睨み付けてくる。工師課程の品評会で話題をさらったのはドクロワルさんの上級再生薬。それ自体は珍しいものではなく、同じものを出展している先輩もいたのだけど、問題は同時に公表された材料にあった。


 上級の魔法薬ともなると、魔物の領域近くでしか採れない高価な素材が必要になってくる。ドクロワルさんの上級再生薬はそういった希少素材の使用量をガッツリと減らし、一般的な流通価格で計算すれば材料費を6割カットできるというトンデモ製法レシピだったのだ。

 おそらくは、例の濾し布を使った新製法なのだろう。


 魔法薬自体はただの上級再生薬であるため、評価点で最優秀というわけにはいかなかったものの、報告を受けたホンマニ公爵様がワイバーンでぶっ飛んできたという。プロセルピーネ先生がこっそり秘密を打ち明けたらしく、品評会から数日遅れてドクロワルさんにホンマニ公爵特別賞が贈られた。


「材料費を6割減らす……薬師にとっては素晴らしい功績でしょう……でも……素材採集を生業としている人も多いのよ……」


 魔物の領域に近い西部派の領では、他では採れない希少素材の採集が主力産業。材料費の削減は、それで生計を立てている人たちの収入削減を意味する。研究が進めばいずれ効率の良い製法が開発されるのは仕方のないこと。だけど、藪から棒に6割カットというのはあんまりだと次席が頬を膨らます。


「素材相場が暴落したら……食べていけなくなった人たちは……仕事を求めて領から出て行かざるを得なくなる……領を維持できなくなることだって……充分に考えられるわ……」


 仕事がなくなれば人が減る。人が減れば領地を維持できなくなる。ドクロワルさんの新製法は、国土を失わせるほどの経済的打撃をアーカン王国に与えるかもしれないらしい。徐々に普及するならともかく、一気に広まることのないようにドクロワルさん。いや、プロセルピーネ先生を説得しろと次席が無理難題を押し付けてきた。


「姉さん……マンドレイクの先物取引なんかに手を出すから……」


 ……なぬ?

 ……なんかもっともらしいことを言っていたけど、先物取引って?

 ……結局、自分が売り抜けるまで相場を維持したいだけなの?


「おかしなことを言わないの……私は西部派領の将来を危惧しているのよ……」

「ねえ゛ざんっ……ぐるじいよっ……」


 口は禍の元とはよく言ったもの。おすまし顔に青筋を立てた次席に首を絞められ、クセーラさんは顔色を真っ青にしてもがいている。


「次席……」

「なにかしら……大遠征で手近なマンドレイクは採り尽されてしまったから……今年は確実に高騰するはずだった……なんて考えていないわ……」


 絶対に考えていたに違いない。需要が半分以下に落ち込めば、それはマンドレイク相場を直撃する。高騰することを見込んで抱え込んでいた商人が一斉に手放すから、値崩れは6割どころでは済まないだろう。まさにドクロショックである。


「クセーラ……言っておくけど……マンドレイクが値崩れした分だけ……毎月のお小遣いも減らさざるを得なくなるわ……」

「なにそれっ! いったいどれだけ買ったのっ?」


 次席は相当大きく張り込んでいたようだ。しかも、実家から預かっている学費をぶち込んだらしい。いつものおすまし顔がこころなし青褪めているように感じられる。


「金の亡者など放っておいて、コケトリスと散歩に行くのです」

「タルちゃん、そんなっ!」


 先物買いに手を出すような輩にはいい薬だと、タルトが呆れたように鼻を鳴らす。クセーラさんがなんとかしてくれと泣きつくけど3歳児は取り合わない。まぁ、あの濾し布を使ったのであれば大量生産に必要な術式は僕が握っていることになる。プロセルピーネ先生から濾し布の追加注文もきていないし、新製法はしばらく秘密にしておくつもりなのだろう。


 もっとも、濾し布のことをバラしたらザリガニ怪人にされてしまうので、ふたりを安心させてあげることはできない。せっかくだから、せいぜい投機のスリルを味わうといいよ。


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[一言] 「また落第するとも限らない」 は、その後の文をみると、以下のどちらかだと思いまあす 「また落第しないとも限らない」か「合格するとは限らない」
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