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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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104 遅すぎた決意

 目の前が真っ白になるような壮絶な苦味が口いっぱいに広がる。あんまりな味に僕の意識が一気に覚醒した。


「にがあぁぁぁ――っ!」


 掛け布団をバサリとめくり上半身を起こすと、イボ汁吸入器を手に不機嫌そうな顔の3歳児と目が合った。また寝ている僕にイボ汁を喰らわせやがったのか……


「やめろやめろと耳元で騒がれては、お昼寝なんてしていられないのです」


 ここは……飼育サークルのお昼寝部屋……

 よかった……夢か……


 男の子の象徴が健在であることを確認し胸をなでおろす。そうだった。秋学期が終わって、魔導院は冬学期に突入。補習を受ける必要のない僕は冬休みなので、タルトとお昼寝をしていたんだった。


 あの日、ドクロワルさんに気絶させられた後、反省室で目を覚ました僕はいろんな人に入れ代わり立ち代わり叱りつけられ、反省文を20枚以上も書かされた。シュセンドゥ先輩やクゲナンデス先輩はおろか、アンドレーアとメルエラに加えてアキマヘン嬢までお説教しにやって来たのである。

 ワーナビー指導員だけは褒めてくれたけど、それを知ったリアリィ先生に、僕と一緒にお説教されるハメになった。


「そろそろお菓子が焼けるのです。ちょっくら味見をしにいくのです」


 鼻孔をくすぐる甘い香りが漂っていた。シルヒメさんが飼育サークルにある厨房を使ってお菓子を焼いているのだ。今日はこれからAクラスが確定した女子によるお茶会が予定されていて、僕……というよりモロリーヌもお招きされている。

 主席たちにはいろいろ心配をかけてしまったので、差し入れしてご機嫌を取っておきたい。


 つまみ食いをたくらむ3歳児と厨房に行ってみると、主席のメイドさんたちが焼きあがったお菓子を運び出しているところだった。デキるメイドのシルヒメさんはしっかりとタルトの分を用意しておいてくれて、お茶会用のお菓子に手をつけられる前にさっとお皿を差し出す。


「ヌトヌトの蜜を生地に混ぜたのですね。実によい按配なのです」


 ビッチどもに食べさせるのがもったいないくらいだと、タルトは満足そうに頷いていた。


 時間になったので厚生棟にある茶会室を訪れる。今日は浮かれている子も多いということで、粗相をしてもいいようにドレスではなく制服着用だ。僕も【皇帝】がどこからか入手してきた魔導院の女子制服を身に着けている。ちなみに、男子制服は一着残らず没収された。


 ドクロワルさんや主席は、男の子の格好をさせなければ僕が危なっかしいことをしなくなると思っているらしい。今後の授業や学校行事には、すべてモロリーヌとして参加するよう申し付けられている。


「そんな恰好で堂々と……、あんた恥ずかしくないの?」


 僕の姿を見た従姉殿が、苦々しそうな顔で家の恥だとブツクサ文句をこぼしている。競技会には参加せず課題評価を受けたアンドレーアは、僕と29位だった生徒に抜かれたものの、ぎりぎり30位で踏みとどまった。僕はライフポットで優勝した得点を加えて26位だ。


「家の者にみっともないマネをさせるなと主席に申し立ててよ。嫡子なんでしょ」

「……似合ってるからいいわ」


 文句があるなら主席に言えと伝えたところ、アンドレーアはあっさりと掌を返しやがった。

 コイツも汚い大人のやり方を身に付けていたか……


「皆さん。今日はシルキーの焼いたお菓子を用意してございますのよ」


 シルヒメさんお手製のパイやケーキが並べられると、女子たちから歓声が沸き起こった。精霊の蜜を加えてシルキーが焼いたお菓子なんて、領主たちだってそうそう味わえるものではない。初めて口にしたアンドレーアは目をパチクリさせた後、無言のまませっせとお菓子を口に運んでいる。


「アンドレーアはずいぶんと座学の成績を伸ばしたみたいだね」


 今なら機嫌が良さそうなので、なにか秘密があるのか探りを入れてみる。積層型魔法陣と初級解毒薬で高評価を得て追い抜けたと思っていたのに、蓋を開けてみれば突き放される結果となった。上手い勉強方法を見つけたのかもしれない。


「メルエラの作ってくれた想定問題がよくできていてね。もう出題内容を知ってたんじゃないかってくらい」

「は……?」


 なにそれ? 一学年下の妹に想定問題なんて作ってもらってたの?

 しかも、それが当たりまくったって……


「君、それでもお姉さんなの?」

「うっさいわね。3歳児の世話になってるあんたに言われたかないわ」


 うぐっ…………

 こやつ、言うてはならんことを……


「いや、タルトは確かに見た目3歳児で、言動もやっぱり3歳児なんだけど、精霊だから僕よりよっぽど長生きしていて……」

「見た目も言動も3歳児なら、それはまごうことなき3歳児じゃない」


 バグジードの不正を見破って競技会で優勝させてくれたのも3歳児。それに比べたら妹の手を借りるくらいなんだとアンドレーアがせせら笑う。


「もう同じ手は使えないわよ。来年の競技会が楽しみね」

「ぐぬぬ……」


 今年、僕が優勝できたのはバグジードがいたからこそ。来年は出場を見合わせていた生徒が一斉にエントリーしてくるだろうから、たった一試合で優勝というわけにはいかなくなる。自分より上にいられるのは今回だけだとアンドレーアは余裕の表情を見せた。


「ずいぶんと……仲が良くなったようね……」


 言い合いをしている僕たちのところに次席がやって来た。いつの間に仲直りしやがったと僕のことをジト目で睨む。


「カリューア様? いえ、別にそういうわけでもなく……」

「そう……では、モロリーヌを西部派に招いても……かまわないわね……」

「へっ……?」


 嫡子の許しがいただけたのだから、西部派に所属しろと次席が勧誘してきた。再製鉄のおかげで先輩たちへの根回しが想定より早く進んだ。Cクラスということで難色を示していた人たちも根拠を失い、誰も反対できない状況が整いつつあるという。


「お待ちなさいクサンサさん。抜け駆けしようったって、そうはいきませんわよっ」


 そこに、主席からちょっと待ったがコールされる。受け入れ準備を進めているのは北部派も同じこと。そもそも僕の左手に刻まれている魔導院紋はホンマニ領紋のバリエーションのひとつ。本来、モロリーヌは北部派であるはずなのだと主張した。


「いくら主席でも、そんな理屈がまかり通ると思われては困ります」


 さらにロミーオさんまでが話に加わってきた。魔導院祭のおりにアキマヘン嬢から王太子殿下に紹介された生徒は、僕とクゲナンデス先輩のふたりだけ。公爵令嬢が王太子に紹介するに足ると判断した生徒をみすみす他の派閥に渡してなるものかと、モロリーヌは白百合寮で引き取ると言い出す。

 僕は優秀な生徒ではなく、コケトリスの調教師として紹介されたに過ぎないのだけど……


「そうですっ。モロリーヌちゃんは白百合寮で夜尿症の治療にあたるんですっ」


 ちょっ! なんてこと言うのドクロワルさん?


「あ、あんた……まさか……」


 脈絡もなく投げ込まれた爆弾に茶会室は驚愕に包まれた。この歳になってまでと、アンドレーアは顔を引きつらせてドン引きの姿勢だ。待ってくれ、違うんだと弁解しても、誰ひとりとして話を聞いちゃくれない。申し合わせたように生温かい視線で励ましの言葉をかけてくる。


 それを口にしたのが他の誰かであったなら、こうはならなかったろう。だけど、治療士であるドクロワルさんの診断となれば話は別。患者と医師、どちらの言うことを信じるかなど考えるまでもない。


 女子たちに代わる代わる「治療頑張ってね」とか「必ず治るから」と声をかけられる中、予告もなく茶会室の扉が外から開かれた。


 また、このパターンかよ……

 まてよ……バグジードは謹慎中だったはず……


「アーレイ。あんな汚いやり方でAクラスになって、君は恥ずかしくないのか?」


 お茶会に乱入してきたのはバグジードではなく、なんとクダシーナ君だった。


「君はあのワイバーンと契約しているのが彼でないことに気が付いていたんだろう。事前に出場停止にすることもできたはずだ。それなのに……」


 相手がバグジードだけであれば、試合中に不正を暴いて失格させられる。自分が優勝するために、あえて情報を伏せることで他の生徒がエントリーしないよう謀ったのだとクダシーナ君が僕を糾弾してきた。

 まったくの言い掛かりなのだけど、傍目にはそう見えるのだろう。


「それのどこが汚いのか……。ジュリエット、説明しなさい」


 自分だけが知る情報があるのであれば、それを最大限効果的に活用するのは当たり前。事前に騒ぎ立てて他の生徒にチャンスを与えるなんて、バカなお人好しのすることだ。情報を伏せた方ではなく、気付かなかった方が不利益を被るのは至極当然のことではないかとロミーオさんが指摘する。


「でも、そんな人に誇れないようなやり方、南部派には相応しくない」


 扉の外で話を聞いていたのだろう。南部派の品位を汚すと、クダシーナ君は僕を派閥に招くことに反対のようだ。


「もう南部派でないあなたが心配することではないわね」

「ロミーオ様、本当に……」


 Aクラスになれないようなら南部派に居場所はない。そう申し渡しておいたはずだとロミーオさんが冷たく突き放す。彼女の温情に一縷の望みをかけていたのだろうか。クダシーナ君の美少女のような顔が絶望に染まった。


「これでもBクラス上位よ。いかがかしら?」

「西部派にはいらない……」

「北部派もお断りいたしますわ」


 引き取ってくれないかとロミーオさんが言ったところ、主席と次席は考慮する素振りすら見せずにお断りした。話にならんとでも言いたげな態度にクダシーナ君が唇を噛む。


「どうして……アーレイばっかり……」

「何ひとつ結果を出せていない自分を棚に上げて他人を批判する。あなたのしていることはCクラスにいる最下位の方々と同じですわね」


 せっかくのお茶会に水を差されたせいか、今日の主席は容赦がなかった。泣き出しそうな顔で唇をわななかせるクダシーナ君に、お前は底辺ズの同類だと言い放つ。


「西部派に鋼をもたらし……ソコツダネ先生ですら敵わない騎士を実戦で倒し……あのワイバーンの攻撃を凌いで見せた……モロリーヌが非凡であることは証明されている……」


 実績のある者と口先だけの者。どちらを選ぶかなんて考えるまでもないと次席が冷笑を浴びせる。試験の成績ではAクラスに届かず、競技会では1回戦敗退。それがクダシーナ君の残した結果であり、派閥に迎えたいと思わせる要素は皆無だと追い討ちにも余念がない。


「この場でモロリーヌを非難すれば、同調する子が出てくるとでも期待していたの?」


 わざわざ教えてくれなくっても、僕のしたことに気付かないような生徒はここにはいない。皆、わかったうえでそれも作戦だと受け入れている。それすら理解できない甘ちゃんに、ここにいる資格はないとロミーオさんが扉を指し示した。


「アーレイッ。僕は君を認めないっ。来年の成績で君を追い抜いて、どこの派閥にいようと叩きだしてやるっ!」


 言葉ではロミーオさんに思い直させることはできないと悟ったのか、クダシーナ君は美少女のような顔を歪ませながら僕に挑戦状を叩きつけてきた。その瞳には涙が浮かび、僕を指差す右手はブルブルと震えていたけど、砕けよとばかりに喰いしばられた歯の隙間からは憎悪が漏れ出てくるようだ。

 笑っていられるのも今のうちだと言い残して、肩を震わせながら茶会室を後にする。


「今さらその気になったって……ジュリエット、あなたは気付くのが遅いのよ……」


 彼の去っていった扉に向かって呟くロミーオさんの魔力は、哀しさと寂しさと、言いようのない喪失感で満たされていた。






「もう勉強する必要はなくなったのです。これからは一緒にお昼寝をするのです」


 この時期にしては風もなく日差しが温かい日。タルトは外でお昼寝をするのだと僕を連れだした。課題や試験勉強で忙しく、ヒヨコとお昼寝をさせていたのがご不満だったらしい。Aクラスになったのだから、もう勉強など放っておいて自分を抱っこしろと圧し掛かってくる。


「下僕はわたくしの抱っこ係なのです。約束を忘れたのですか?」

「いや、忘れてはいないけどね……」


 ブーブーと頬を膨らませる3歳児を膝の上に乗っけてヨシヨシとあやす。それでよいのだとご機嫌になったタルトはさっそくウトウトし始めた。ヒヨコとティコアは乳母車でお昼寝中。こちらはバグジードから奪った竜の巫女、ブンザイモンさんが面倒を見ている。

 タルトの連れているへんてこな生き物がドラゴンであることを知らされた彼女は涙を流して大喜び。一も二もなくティコアとの契約に同意した。


 ヒハキワイバーンの今の主はコナカケイル氏。二度も気を失い暴走させてしまったこともあり、自分の身を護れない者と契約させておくのは危険だと判断されたためだ。売却代金の代わりとして、今後2年分の授業料を主席の実家が肩代わりしてくれるという。


「むぅ~、ホブゴブリンのところにいくのです~。暖かくてバナナがいっぱいなのでぅ~」


 僕の膝の上で横になって丸まりながら、不穏な寝言を唱える3歳児。まだ僕をホブゴブリンに売り渡すことを諦めていなかったらしい。

 それも、バナナのためだと……


 気持ちよさそうに寝息を立て始めた3歳児のほっぺたをつねってやりたかったけど、起こすと不機嫌になるのでプニプニすることで許してやった。


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